核のない世界に向けて行動する「カクワカ広島」田中美穂さん。メッセージを発信する理由とは
●サステナブルバトン5‐4
国会議員に面会 議論を沸かせたい
――「カクワカ広島」とはどのような活動をしているグループなのですか?
田中美穂さん(以下、田中): 正式名称は「核政策を知りたい広島若者有権者の会」といい、主に広島に住む若い世代の有権者が集まって核について知ろうとするグループです。通称のカクワカには、「核と若者」や「核問題を分かりたい」のほか、「核の議論を沸かせたい」という意味なども込められています。
2019年1月に発足し、これまでに広島県ゆかりの国会議員13人と面談して聞き取り調査を実施しました。市民の代表であり、国の政策決定者でもある彼らに、核のない世界への道のり、考え方を尋ねています。核政策のアンケートを募ったり、「核兵器禁止条約(TPNW)」の締約国会議に日本政府がオブザーバーとして参加するよう求める請願書を提出したりもしてきました。多くの人に核の問題についてもっと身近に感じてもらえるよう、SNSで発信、約月1回のペースでイベントを開催しています。
――なぜ、国会議員と直接話そうと思われたのですか?
田中: 2017年、核兵器を非人道的とし禁止する核兵器禁止条約が国連で採択されました。2021年には批准する国が50か国を超え、発効したのですが、被爆国である日本は今も署名・批准していません。イベントを通じて知り合ったメンバーと話すと、「どうしてなんだろう」とみんなが疑問に思っていたことが分かりました。この私たちのシンプルな問いに答えて欲しいと思い、国政に携わる広島県ゆかりの国会議員に、核兵器についてどう考えているか直接聞いてみたいと思うようになりました。面会の際には、なぜ日本は核兵器禁止条約に署名、批准しないのかという、その議員の考える「理由」をまず伺っています。
――これまでの面会で印象に残っていることは?
田中: 面会を始めたばかりのころ、広島の方々の犠牲を知りながら核兵器の必要性を容認する議員がいることに、正直衝撃を受けました。そして、何より意外だったのは、国会議員といえども核兵器禁止条約をはじめとする核に関する知識が豊富な人ばかりではないということでした。条約の署名に反対意見を示す人も「日本政府がそうしているから」という認識で、その中身を詳しく知らなかったりするんです。でも、我々が質問していくなかで関心を示してくれ、互いの理解が深められる場面もあり、市民の側から問いかける大切さを感じています。
――イベントも定期的に開催されています。
田中: 直近では、広島県呉市在住の地域コーディネーターさんを迎えて「『呉』から考える わたしたちの街に 持ち込まれるもの、残したい記憶、見たい風景」を開催しました。この7月に呉空襲から79年を迎えたことや、呉市の製鉄所跡地に大規模な防衛施設を造る案が浮上して話題になっていたからです。
今年4月には、米アカデミー賞を受賞した映画「オッペンハイマー」をテーマに、「カクワカ広島が語る 映画『オッペンハイマー』に描かれなかった核の被害」を催しました。昨年10月にはZ世代の若者たちが「戦争」について語るテレビ番組が放送されたのを受けて「Z世代と“戦争”」を開くなど、いろんな角度から興味を持ってもらえるようなイベントを企画しています。今回、この連載「サステナブルバトン」のバトンを繋いでくださった能條桃子さんとも、そうしたイベントの一環で知り合いました。
――能條さんとご一緒したのはどのようなイベントでしたか?
田中: 昨年の「G7広島サミット」開催に合わせ、4月に「みんなの市民サミット2023~G7広島サミットに市民の声を届ける~」の分科会企画の一つとして、「もうひとつのサミット 〜G7の方向性、そっちで大丈夫そ?〜」を企画しました。広島はサミットで盛り上がっていましたが、何となく広島が「平和のブランド」として都合よく使われているんじゃないかという疑問を感じたからです。
様々な社会課題と平和は密接に関わっているので、基地問題を抱える沖縄や原発事故があった福島、また、ジェンダー、気候変動など、様々な課題について活動する我々と世代の近いアクティビストに集まっていただきました。その中で、ももちゃん(能條さん)は、ジェンダー問題に取り組むアクティビストとして出演を依頼しました。イベントやメディアで見る彼女は、すごくしっかりしていて頼もしいのですが、普段はふわっと柔らかいところもあって、そのギャップもすごく魅力的だなと思います。
平和問題とジェンダーの関係
――例えば核問題とジェンダーとは、どのような関連性があるのか、もう少し詳しく教えてください。
田中: 一見、すぐに結びつかないかもしれません。でも、たとえば核兵器に対して抑止力という言葉がよく使われますが、核は軍事力、そして力の象徴であり、男性的という見方があります。広島と長崎に投下された原爆に「リトルボーイ」や「ファットマン」というコードネームが付けられたことも象徴的だと思います。世界的に見ても核兵器に関する意思決定をする人たちのほとんどが男性です。
過去の国際会議で、軍縮を唱えた国に対して「女か」というような揶揄が飛び出したことがありました。平和に対して「女性的で弱い」というイメージを持つ人たちがいて、そこに性差別、ミソジニー(女性蔑視)のような考えが潜んでいると感じます。また、5歳以下で被ばくした場合、少年に比べて少女の方が将来的に癌になる可能性が高いという統計もあり、被害においても性差があることも知ってほしい事実のひとつです。
――そもそも、なぜ核や平和の問題に強い関心を持つようになったのですか。
田中: 就職して広島に住むようになったのがきっかけです。広島に来てまず驚いたのは、夏に限らず原爆に関する情報を週3回くらいはテレビなどで見かけることでした。生まれ育った福岡と違って、核の問題を話題にしやすい空気があるんです。ただ、最初の1年は、興味はありつつ特に活動はしていませんでした。まさか自分で何か行動を起こせると思っていなかったのです。
転機は、広島に来てから2回目の8月6日です。ノーベル平和賞を受賞した「核兵器廃絶国際キャンペーン『ICAN』」(以下、ICAN)の国際運営委員で、ピースボート共同代表の川崎哲(あきら)さんと直接お話する機会に恵まれました。「普通の会社員ですが、何かできることはありますか?」と尋ねたら、川崎さんは「何でもできるよ」とおっしゃいました。大学で専攻していた英語力を生かす機会は沢山あると助言をいただき、そこからスイス・ジュネーブを本拠地とするICANの公式サイトで、自分が訳してみたいトピックなどを英語から日本語に翻訳するボランティアを始めました。
祈るだけでは平和は実現しない
――得意の英語を生かして、一歩踏み出したのですね。
田中: はい。その後、川崎さんが再び広島に来るタイミングで、ICAN本部の方を帯同され、幸運にもお話しすることができました。その場で初めて広島に住む核問題に興味を持つ同世代に会うことができました。2018年11月のことです。
さらに、そのすぐ後、サーロー節子さんの講演を聞いたことが決定打となりました。ご自身も広島で被爆し反核活動家として精力的に活動を続けるサーローさんは「いろんな方々は、核兵器が無くなるといいですね、頑張ってくださいと言ってくれます。でも、祈っているだけでは世界は何も変わりません」と、強い言葉でおっしゃったんです。その言葉がすごく刺さりました。翻訳だけじゃなくもっと目に見えるアクション、手ごたえのある行動が必要だと感じました。その講演会で、ICANとの会合で知り合った人たちも来ていて意気投合し、いろんなアイデアを語り合いました。そこから2か月後にカクワカ広島ができたんです。
――カクワカ広島で活動していて、どんな気付きがありましたか?
田中: 一般企業に勤務しながらカクワカ広島の共同代表として自由度高く活動ができるのは、広島ならではだなと思います。活動に対して職場の理解が得られやすいことは、ありがたいです。広島に住んで 7年ほど経ちますが、平和記念公園や原爆ドームが自分の暮らしとともにあることは、活動の支えになっていると思います。転居した当初はあまり実感が沸きませんでしたが、様々な歴史や背景を知るにつれ、「平和記念公園は原爆で亡くなられた方々のお墓のような場所なんだ」と思うようになりました。足元には、今もたくさんの方が眠っていらっしゃる……そう思うと、全然それまでとは違った感覚になります。
イベントなどで、核問題とジェンダーや気候変動の課題は地続きだとお話しすると「考えたこともなかったけど、知ることが出来てよかった」といった反応をいただき、やりがいを感じますね。一方で、折に触れ核について考える機会がある広島と、かつての私のように夏になると急に思い出すような他の地域とのギャップも感じています。5年間活動し、少しずつ手ごたえも感じていますが、もっと頑張らなければという気持ちです。
――平和や核廃絶というテーマに関心があるものの、どうアクションしてよいか分からないという人へ、アドバイスをお願いできますか。
田中: 私たちも常に模索していますが、単に「核兵器をなくそう」「核兵器を使わないようにしよう」という話ではないということを知っていくと、自分ごとになっていくのかなと。たとえば、パレスチナ・ガザ地区の悲惨な状況に胸を痛めている人は多いと思います。今年3月、ある米議員はイスラエルが核保有国であることを念頭に「ガザを長崎・広島に」と発言し、波紋を呼びました。原爆投下から79年経ても、そうした発言が飛び出すことが悲しいし、「ヒロシマ」は過去ではなく誰もが知る影響力のある言葉なんだと改めて思いました。
また、ほとんど知られていない「グローバルヒバクシャ」についても私たちは発信しています。アメリカ国内や南太平洋などの核実験やウラン鉱山の労働者など、世界中で核の被害に遭っている人がいて、しかも現在進行形の問題なんです。国際情勢やジェンダー、気候変動、あるいはウクライナ問題でも、自分が関心のある事柄を入り口に、イベントやコミュニティーに参加してみて欲しいです。
――この先、力を入れていきたい活動は何ですか?
田中: 私たちはICANの皆さんや核兵器禁止条約の世界的な動きからもたくさんの力をいただいていますが、その活動の拠点は欧米です。最近特に思うのは、私たちに身近な日本を含むアジア諸国の若者とのつながりを深めることが、核兵器の今後を考えるうえで大切な視点になるのかなということです。
その過程で、過去の戦争における日本の加害についても考える機会も出てくると思います。私自身、この活動をするまで日本の加害についてあまりにも無知だったと反省しています。いろんな立場の人とつながりながら、正しく学び合う機会を持てたらいいですよね。
この4月に発足した、「核兵器をなくす日本キャンペーン」にも力を入れていきたいです。日本政府が核兵器禁止条約に署名・批准することを実現させるため、2030年まで活動していくもので、イベントやメディアへの働きかけなどを積極的に行っていく予定です。
――では、最後に田中さんにとってのサステナブルとは?
田中: 核被害に遭われた方々にお話を伺うと、多くの人が先祖から受け継いできたものを敬い、つながること、それを次の世代に引き継ぐことの大切さを口にします。特に、南太平洋で被曝された方々は、そうした継承の重要性をたくさん語ってくださいました。日本で、利便性の高い暮らしをしていると、先祖や土地の記憶とつながるという感覚を忘れてしまっているなと、ハッとさせられましたね。
過去や未来の人たちを思いやることは、「平和とはなにか」という考えにも繋がっていくと思います。平和って、すべての人が大切にされるためにみんなで努力し続けるプロセスを重ねていくことなのかなと。持続させるという意味のサステナブルというだけでなく、すべての人や自然に対して、現在進行形でよりよくなる努力を重ねることが大切なのではないかと思うんです。
(写真は本人提供)
●田中美穂(たなか・みほ)さんのプロフィール
1994年、福岡県北九州市生まれ。大学卒業後の2017年、広島市内のメーカーに就職。2018年夏からICANが発行するキャンペーンニュースやニュースレターの翻訳に携わる。2019年「カクワカ広島」の共同代表に就任。SNSでは、ガザに関する情報発信を日本語と英語で行っている。8月5日には、広島で「女性国会議員×GeNuine×カクワカ広島と考える 核問題とジェンダー」を開催予定。
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