「心地よい空間は、他者を思いやることから」。ダウン症の人の感性を発信し、居場所作りを進める佐藤よし子さん
●サステナブルバトン2-10
色鮮やかに心のままを描く作品 心を癒やす効果も
――まずは、今回バトンをつないでくださったラッシュジャパンの黒澤千絵実さんとのつながりを教えていただけますか?
佐藤よし子さん(以下、佐藤): もともと、ラッシュジャパンさんとは2007年に、同社のチャリティー商品の助成先として選んでいただいて以来、現在は「ノットラップ(風呂敷)」のデザインに起用していただくなど、長くお付き合いしています。黒澤さんは入社後すぐ、ギフトの部署に配属になった時に、私たちのアトリエに通うダウン症の人たちが描いた作品を見て衝撃を受け、いつか一緒にものづくりがしたいと思ってくださったそうです。その後、彼女がバイイングチームに異動になったとき、私たちと関わりたいと申し出てくださいました。以来、様々な形でサポートして頂いています。
――ビビッドでハッピーな作品が多いですね。
佐藤: 色は鮮やかなものが多いのですが、ダウンの人たちが描く絵はずっと見ていても不思議と疲れないんですよ。彼らにしかない色彩感覚があるのではないかと。それに、グループ展などで複数の作家の作品を並べると、たいていは作家同士の自我がぶつかり合ってしまうのですが、ダウンの彼らは目に見えたものを心のままに描いて、そこに自我が介入しないからか、いろんな作家の作品を並べても不思議と調和するんです。
――見る人の心が安らいだり、癒されたりする効果があると?
佐藤: あると思います。2014年、東京都美術館で「楽園としての芸術」展を開催したとき、こんな話を聞きました。あるサラリーマンの方が、会社に行きたくなくて山手線に乗ったままぐるぐる回っていたら、たまたま展覧会の車内吊りポスターを目にして、まるで導かれるようにして上野まで見に行ったそうです。そこでたくさんのダウン症の人たちの絵を見て心癒され、自殺を思いとどまったと。彼らの作品が、弱っていたり悩んでいたりする人に寄り添う場面を何度も見て来ました。
――アートの素晴らしい力ですね。
佐藤: 昨年からダウン症の作家の作品が版画になった「Down’s Canvas」シリーズを販売しているのですが、ラッシュジャパンの方々にもとても好評なんです。同社では年に2回、全社員の投票で頑張った社員上位20名を表彰して記念品を贈っているそうなのですが、そのときに「Down’s Canvas」を希望してくださる方が多いのだとか。一生懸命に頑張ったご褒美として、自分の部屋に「Down’s Canvas」の作品を飾って癒される…。その循環が素敵だし、話を聞いたときはとても感慨深かったですね。
――そもそも、佐藤さんはなぜダウン症の方々と交流するようになったのですか?
佐藤: 志摩で両親がアトリエを開いていて、そこにダウン症の人たちが絵を描きに通っていたんです。同年代の子たちも多く、庭で一緒に遊んだりおにぎりを食べたり、CDを聴いたりして過ごしました。交流というより、いつも身近にいた友達がダウン症という障害を持っていた、という感じだったのです。私は長女だし、いつかはこのアトリエを私が受け継ぐのかな…という思いは、心のどこかにあったと思います。
――高校は美術系ではなく、農業系に進まれたのですね?
佐藤: 幼いころは喘息がひどく、入退院を繰り返していました。私の体を案じた父が、有機農法に取り組む全寮制の「愛農学園農業高校」の存在を知り、そこで生活することで心身が丈夫になるのではと考えたようです。私はといえば、学校見学で上級生も下級生も楽しそうにしていたので、あまり深く考えず入学を決めました(笑)。ここで食や命の大切さを叩きこまれたことは、今につながる良い学びになったと思います。
ダウン症の友達たちが通える学校を作ろう
――その後、東京・お茶の水にあった文化学院に進まれました。
佐藤: はい。ただ、多感な時期でもあり、両親への反発心から美術科ではなく文学科に進みました(笑)。とはいえ、小さな学校でしたから美術科の授業も選択し、そのころから父が東京・代々木でも開いていたダウン症の人たちのアトリエを手伝うようになりました。すると、今まで友達として接してきたダウン症の人たちは、大学に進学できないんだなっ、て改めて突き付けられて。このままでは、仲良しのケンちゃんやユキエちゃんは、施設に入ってもう会えなくなるかもしれない。そう思うと、ショックでしたね。そんなとき、アトリエに通ってくださる人から、「ダウン症の子が通える高校を作ってほしい」と言われました。日本はおろか、世界にもほぼ前例がないのではじめは面食らいました。
――「前例がないからできない」とは思わなかった?
佐藤: できないとは思いませんでした。ないなら作ればいいかと(笑)、2002年から「エコール・エレマン・プレザン」を始めました。「エレマン・プレザン」というのは両親がアトリエに付けた名前で、「現在の要素」という意味です。彼らの絵画、写真、造形などの制作をサポートする場で、正式な学校法人ではないので、端から見れば学校ごっこかもしれません。それでも形にとらわれるより、みんなが通えて、好きなことに打ち込める場所を作りたかったんです。ただ、ダウン症は疲れやすい人も多いので、週3回程度通えるカリキュラムにし、2011年まで続けました。学校が始まる前、とても弱っていたはるこちゃんは、フェルトなどのコラージュ制作をするうちに少しずつ体も心も元気になり、生きる力を取り戻していきました。主治医からも「命の輝きを取り戻したね」と言っていただきました。それぞれが自分の命の輝かし方を知ってほしいというのが私の願い。それを体得すれば「もう大丈夫だね」と背中を押せるので、それまでは力になりたい。それが活動の原点なんです。
――2011年にエコールを閉じた後は?
佐藤: 震災のあった11年は、妊娠まっただなかでつわりがひどくて。福島の原発事故のことも気がかりでしたから、思い切って翌12年に母方のルーツである三重県志摩市に移住しました。エコールと並行して、2006年からは、中沢新一さんが所長を務めた多摩美術大学芸術人類学研究所と共同で、ダウン症の人と共に暮らし創作できる場所を創出する「ダウンズタウンプロジェクト」をスタートさせていました。そのため、多摩美の学生さんもよくエコールに来てくれていました。ダウン症の人たちと仲良くなって、私の知らないところで多摩美の学生とエコールの子が映画を見に行ったりするほどでした。そのニュートラルな交流が素敵だし、私にとっても大切な場所だったので、この東京のアトリエは続けたいと思いました。
――志摩に移住した後も、東京と往来を続けていたのですか?
佐藤: 息子が重度の食物アレルギーだったのですぐには仕事復帰が出来ず、私は数年間育児に専念しました。パートナーの佐久間寛厚と多摩美出身のスタッフは東京のアトリエを切り盛りしていました。パートナーは忙しいと3か月近く戻らないこともあり、完全なワンオペ育児(笑)。そうまでして維持してきた東京のアトリエですが、コロナ禍の2020年末に閉じることになってしまいました。ただでさえ行き場が狭められがちなダウン症の人たちにとって、自由に描けるアトリエは心の支えにもなっていたはず。ですが、身体が弱い人も多いので、コロナ禍に公共交通機関を使って移動するリスクは大きく、「来てね」とはいえませんでした。2001年から20年間守ってきた場所を失ったときは、何もかも無くしたという失望感でいっぱいになりました。
――つらい決断でしたね…。
佐藤: ええ。ただ、アトリエを閉じたから生まれたものもあります。たとえば、今日ワークショップを開いた「渋谷東しぜんの国こども園」ですが、運営する「東香会」理事長の齋藤紘良さんとのご縁からです。以前からこども園の保育士さん達の研修をアトリエでしてほしいと何度かオファーをいただいていましたが、ダウン症の子は静かな環境を好み、変化が苦手なため、なかなか実現出来ずにいました。一昨年、東京のアトリエを閉じることを伝えるためご挨拶にうかがったところ、「だったら、来春からうちの園に来て、描いていいよ」と言って下さり、そこから園でのワークショップが始まりました。今日も、ダウン症の子ははじめ、「声がうるさいです〜」と言っていましたが、次第になじんで絵を描いていましたよね。ダウン症の子も園児も小さいころから、こうしてフラットに交流できる機会が持てると、「支援する側」「支援される側」という見えない壁が取り払われていくのではないかと期待しています。
サステナブルとは、どれだけ他者を思いやれるか
――大事なものを手放したからこそ、新しいものが生まれたと。
佐藤: 見方をがらりと変えたときに、変化が起きるのかなと思います。早稲田大学近くの商店街にある食堂「都電テーブル早稲田」でもワークショップを開いています。これもアトリエを閉めた後に生まれたご縁です。大きなガラス窓から、中で絵を描いている様子が商店街を通りがかる人に見てもらえるのがすごくいいんですよね。東京のアトリエは常に定員オーバーで新規の方をお断りせざるを得ない状況が続いていました。ですので、ワークショップをするならこれまでよりオープンな形でと思い、三分の一を新規枠にしました。それもすぐ満席になっちゃいましたが・・・。「10年前、子どもが小さい時にアトリエに見学に行ったことがあるのですよ」と声をかけてくださる人もいて、こうした場を待ち望んでいる人がいらっしゃるんだと、改めて励まされる思いです。
――形を変えながら続いていく。まさにサステナブルですね。
佐藤: ありがとうございます。私にとってサステナブルとは、どれだけ他者を思いやれるか、かなと。それがすべての行動につながっていくと思うし、誰かにやさしい社会であることは、結果的に自分にやさしい社会でもあると思うんですよね。
ダウン症の人たちは様々な部分で誤解されやすいですが、争いごとがとにかく苦手でとても友好的です。そういうやさしい性質が正しく伝わることで、彼らを取り巻く環境も違ってくるのかなと。そのためにも、彼らの感性がゆがむことなく伝わるようにサポートしていきたいです。
――最後に、今後取り組んでいきたいことや目標について教えていただけますか?
佐藤: ダウン症の子は自分を飾らない、ありのままをさらけ出す。彼らの生きざまを見るにつけ、「正しいな」と感じます。800人、または1000人に1人の割合でダウン症の人たちはこの世に生を受けます。だとしたら、障がい者と健常者に分けるのではなく、一緒に生きる仲間として捉えられたらいいですよね。彼らが描いた作品が人を癒すように、ダウン症の人たちだからできること、社会に貢献できることがきっとある。それをひとりでも多くの人に、彼らの作品を通して感じ取ってもらいたいです。
そのためにも、彼らが自由に作品を創り続けられるゲストハウスの居場所を作りたいと思い、続けているのが「ダウンズタウンプロジェクト」です。専門の施設のように囲うのではなく、公園のような風通しの良い場所で、作品を見に来てくださった人も、本当の自分、ありのままの自分に戻れるような空間、時間を作り出すことが目標です。
■佐藤よし子(さとう・よし子)さんのプロフィール
1979年生まれ、東京都世田谷区出身。祖父・佐藤武雄は画家、祖母・静子は染色家、父・佐藤肇、母・敬子はともに画家という芸術一家に育つ。文化学院で書き上げた論文の構想を元に、2006年、中沢新一氏が率いる多摩美術大学芸術人類学研究所と共同で「ダウンズタウンプロジェクト」を立ち上げる。現在は、三重県志摩市と東京を行き来しながら、ダウン症の子供たちの伸びやかな感性を伝えるワークショップや、企業とのコラボレーションなどに携わる。著書に「学校つくっちゃった!」(ポプラ社)がある。
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