サステナブルバトン2

「関わるものに、誠実に素直に対応できているか」株式会社起点代表・酒井悠太さんが福島県でオーガニックコットンを栽培する理由

サステナブル・エシカル業界で活躍する人にバトンをつなぎインタビューする「サステナブルバトン」の2シーズン。株式会社fog代表取締役の大山貴子さんからバトンを受け取ったのは、福島でコットンを有機栽培し、オーガニックコットン製品の企画・開発・製造などを行う、株式会社起点代表取締役の酒井悠太さん。国産のコットンとものづくりにかける想いから、震災から10年を経た今の福島に想うことまで、お話をうかがいました。

●サステナブルバトン2-08

震災復興ではなく、他社と肩を並べたい

――2013年から「ふくしまオーガニックコットンプロジェクト」のビジネス面を担う「いわきおてんとSUN企業組合」に勤めていたそうですね。なぜ、2019年に株式会社起点を起業し、独立したのですか?

酒井悠太さん(以後、酒井): 「ふくしまオーガニックコットンプロジェクト」(以下、「プロジェクト」)には、たくさんの方々が携わってくれるようになりました。喜ばしいことですが、一方で製品を作るときに、いろいろな人の思いが重なり、僕一人の判断ではハンドリングが難しいと感じていました。また、このプロジェクトは、震災復興が目的で始まったものだったので、そのイメージから抜け出すことが難しい。ローカルブランドとして、他社と肩を並べられるようになりたいと思っていたので、自分たちで栽培から製造までできるようにしたいと思い、独立を決めました。

――酒井さんは、もともとオーガニックコットンに興味を持っていたのですか?

酒井: 存在すら知らなかったです(笑)。ただ、クリエイティブな作業は好きでしたし、ファッションにも興味がありました。震災前は、地元の製造工場に契約社員として勤めていましたが、震災後に契約が切られてしまい、就職先を探していました。そんなときに「いわきおてんとSUN企業組合」(以下、「おてんとSUN」)が立ち上がり、市民主体でコットン事業や再生可能エネルギーを手がけると聞きました。震災後は街づくりにかかわる仕事に就きたいと思っていたので、何のスキルもなかったですけど、まずは飛び込んでみることに。理事に中高の同級生もいたのにも縁を感じましたね。

それまで街づくりは行政がやるもので、民間で何かできるなんて想像もしていませんでしたが、震災を機に同世代がいろいろな活動を始めていて、いい意味でショックを受けていました。自分も何かを始められると気づかされたんです。

©️ 2021小島沙緒理

――おてんとSUNで、酒井さんが思い描いていたような活動は実現できましたか?

酒井: やりたいことはいろいろと膨らむけど、それをうまく形にできないし伝えられない。そんな葛藤を抱える日々もありました。プロジェクトは震災復興もあり、東京の大企業やメディアからも注目され、たくさんの人たちの善意で支えられていました。ゆえに、いつになっても自立できないうしろめたさや覚悟のなさを自覚していました。

そんなとき、研修で石川県や淡路島などをまわり、徳島で藍染の会社を視察しました。そこにいた同年代の染め師の方がすごく情熱をもって仕事をしていて、藍染の歴史や文化について、とても熱心に語ってくれました。僕もこういう気持ちでコットンに取り組まなければならないと思い知らされましたね。僕のその後の人生に影響を与える出会いだったと思います。

状況を変えた、グローバル企業との出会い

――染め師の方以外にも、今のご自身につながる出会いはありましたか?

酒井: 2015年のラッシュジャパンとの出会いです。バスボムや石鹸などを包むノットラップ(風呂敷)にプロジェクトの織生地を使ってもらえることになったのです。その年は緊急雇用などに関する補助金がなくなり始め、おてんとSUNも厳しい状況でした。仲間の半数以上が離職しましたが、不安と寂しさを抱えながらも「福島のコットンにはまだまだできることがある」と信じていたので、僕は残ることにしたのです。

――大変ななかに、グローバル企業とコラボすることになったのですね。

酒井: ラッシュジャパンが国産綿を探しているという話をいただき、バイヤーチームが現地視察に来ることになりました。とはいえ、僕らの作るコットン製品は割高なので、取引が成立しないことが多かったのです。内心「今回も難しいだろう」とあきらめていました。ところが、その場で「商品化に向けて、話を進めたい」と言ってもらえたのです。

春の畝作り ©️ 2020 KITEN Co.,Ltd.

――大きな案件が決まると、士気も高まりますね。

酒井: 著名な企業に採用いただいたことで、プロジェクトへの評価も高まりましたし、なにより栽培する農家さんが全国販売されることをすごく喜んでくれました。その後、グローバル販売の話が出たときは、涙が出るくらいうれしかったですね。僕を含め、関わっていた人が幸せになった仕事でした。

ラッシュジャパンとの縁で、2018年にはLUSH UKのイベントにも招待いただきました。実はそこで、今回バトンをつないでくれた大山貴子さんとも知り合ったんです。今では、貴子さんは尊敬する友人のひとり。仕事でご一緒したり綿の種播きに来てくれたり、交流が続いています。

いわき市四倉町にある約85aのコットン畑 ©️ 2020 KITEN Co.,Ltd.

ボランティアに頼らず、栽培も自分たちの力で

――素敵な交流ですね。ところで、起点ではどのような取り組みをしているのですか?

酒井: プロジェクトで管理しているコットン畑は、狭くて機械作業化が難しく、ボランティアさんの力を借りながら成り立っている状況でした。それでは商売として継続していくことは難しいと考え、起点を立ち上げた際に、栽培も自分たちで行うという目標を立てました。福島県の農地バンクに登録されていた休耕地で、それなりに面積が広いところを借り受け、トラクターを入れられるようになりました。かっこいいことを言って始めたものの、自然相手の作業はとにかく大変ですね。繁忙期には、これまでの繋がりやメンバーの家族や友人が手伝いに来てくれて、本当に助けられています。

10月頃からだんだんと弾け始める綿花 ©️ 2015 Takumi Fukushima

――起点で作る綿製品の特長とは?

酒井: 「備中茶綿」という在来の和種を有機栽培しています。その名の通り、繊維が茶色を帯びており、一般的に使われている毛足の長い高級綿と違って太く短繊維なので、厚みのある生地に向いています。海外の白いオーガニックコットンと混ぜると、ナチュラルな生成り色になるため、その風合いをいかした製品を作っています。製造は全て国内生産で行なっており、作り手と密なコミュニケーションを取りながら、糸から生地の品質を都度改善しています。また、染色やプリントなどを積極的に施してあるのには、オーガニック=ナチュラルのイメージに囚われず、消費者にとって選択の自由度を上げたい狙いがあります。

――自社ブランド「SIOME(しおめ)」には、どのようなこだわりがありますか?

酒井: おてんとSUNで立ち上げた「ふくしま潮目」をもとに、起点でリブランドしました。その際、製品づくりの流れをゼロから作ったことが、大きな変化だったかもしれません。かつては、在京メーカーが手掛けた生地や製品を仕入れて販売していましたが、それでは工場と直接話せる機会がありません。小ロットでも話を聞いてくださる事業者を探して、一から開拓をしました。すると、加工技術のことや職人さんの想いなど、これまで気づかなかったことが見えてきました。

SIOME の「Hand towel」(Natural/Plant dye) ©️ 2020 KITEN Co.,Ltd.

――どのようなことが新たに見えたのですか?

酒井: たとえば、2019年に訪問した手ぬぐい生地を織る機屋さんは、お客さんに製品が届くまでに中間業者が関わりすぎて、メートルあたりの加工単価が十数円という耳を疑うような状況でした。そこのご主人が、「仕事を続けたい意欲はあるけど、作れば作るほど苦しくなるから今年でやめようと思う」と話していたんです。業界のフローとして全く健全じゃないと感じました。

僕らが栽培している綿や販売する“もの”は、生産者と消費者をつなぐツールでしかないと思っています。製品としての満足感は重要ですが、自然環境はおろか、人や業もつながっていくべきと思うのです。作り手と使い手が“もの”を通して歩み寄ることで、互いの生活を豊かなものに変えていける。そのために、僕たちの製品はストーリーのみに頼らず、作り手の技を意欲的に学び、“もの”に落とし込んで届ければならない。

想いを形にするのは簡単ではありませんが、私たちのものづくりの最大のポリシーでもあります。

サステナブルやエシカルは強要できない

――起点での活動一つひとつが、サステナブルだと感じます。

酒井: 僕がオーガニックコットンに意義を感じて、一生の仕事として選んだこともそうですが、関わるものに、誠実に素直に対応できているかを大切にしています。大人になるにつれて、ずるさを身につけていくこともあるけれど、自問自答したときに納得する行いができていればそれでいいとも思っています。だから僕は、サステナブルやエシカルを他者に強要することはできません。

何かのきっかけで身の回りのことに疑問や関心を持ったら、放置せずに知見を広げていくこと。それに対する主体性を持って、自分自身の選択の幅を広げていくこと。結果、サステナブルかどうかは分からなけれど、僕にとっての循環の指針になっています。

――誠実に向き合い続けているからこそ、LUSH ジャパンをはじめとする企業から評価されているのですね。

酒井: そうであればうれしいですね。震災から10年。福島が復興できたかどうかの基準は分からないけど、人それぞれの歩みが確実にありました。震災当時に10代だった子たちが立派に成人して、新しいプロジェクトをどんどん立ち上げています。それによって、自分の立場や年齢に伴う“社会にとっての役割”を意識するようになりました。

先日は、コットンが好きだという東京の学生が畑を見たいと訪ねてくれました。気候問題や発展途上国の課題についても熱心で、帰りしなには「コットンの仕事は楽しいですか」とまっすぐな目で尋ねられたときは、ドキッとしましたね(笑)。恩着せがましいかもしれないけど、彼らが3040代になったときによりいい社会になっているように、僕らの実践を何とか継続させていきたいと気持ちを新たにしました。

©️ 2020 小島沙緒理

――つまり、今は楽しいということですね。

酒井: もちろん、楽しいですよ!いくつか大きな仕事もいただけるようになってきて、今しかないと思い起業したものの、あっという間にコロナ禍の影響を受けて、商売としての先行きはだいぶ不安になりましたけどね(笑)。厳しい状況が続いていますが、畑に栽培体験に来てくれる地元のコミュニティは毎年広がっていて、すごく励まされています。やりがいだけは絶えずありますね。

今後は、製品に地域性を落とし込みたいと考えています。ただ漠然と品質の高いものづくりを続けようと考えていましたが、それだけでは自分たちらしさを打ち出すのが難しい。福島県、いわき市でやっているからこその形を見つけていきます。また、商品を作ることだけに捉われず、コットン畑を起点として少しずつ着実に前進しようと思います。

 

■酒井悠太(さかい・ゆうた)さんのプロフィール
株式会社起点代表取締役。1983年福島県出身。20194月に起点を立ち上げ、有機農業による綿花の栽培、オーガニックコットン製品の企画・開発・製造・販売を行う。優しい生成色が特徴の綿花は塩害に強く、放射性物質の移行係数が低いことから注目されている。製品はSIOME」オンラインショップで購入可能。

「サーキュラエコノミーとは心地よさ」fog代表・大山貴子さんが考える、循環型社会とは
ライター×エシカルコンシェルジュ×ヨガ伝播人。出版社やラジオ局勤務などを経てフリーランスに。アーティストをはじめ、“いま輝く人”の魅力を深掘るインタビュー記事を中心に、新譜紹介の連載などエンタメ~ライフスタイル全般で執筆中。取材や文章を通して、エシカルな表現者と社会をつなぐ役に立てたらハッピー♪ ゆるベジ、旅と自然Love
わたしと未来のつなぎ方