Presented by ルミネ

サステナブルバトン

「家庭科で学ぶエシカル。サステナブルな未来は“やってみる”から始まる」高校教諭・葭内ありささん

サステナブル・エシカル業界で活躍する人にバトンをつなぎインタビューする「サステナブルバトン」。第7回はお茶の水女子大学附属高校専任教諭の葭内ありささんです。家庭科教諭である葭内さんは、日本の高校で初めて「エシカル」を取り入れた教育を行いました。ともすれば堅苦しいイメージになりがちなエシカル教育ですが、葭内さんの授業は極めて実践的。この授業がきっかけで、校外でエシカルな活動を始めた生徒も多いといいます。一体どんな工夫をしているのでしょうか。

●サステナブルバトン07

前回の小森優美さん(エシカルファッションデザイナー)から葭内ありささんへのメッセージ

未来の社会をつくる重要な基盤となる教育の現場で、エシカル活動をされているありさ先生。私の周りにも、高校時代にありさ先生からの影響を受けてエシカル活動をしている子がいます。 ありさ先生からエシカルを学んだ卒業生の中で、志を持って活動をする人がこれからどんどん増えていくのでしょう。先生のおかげで、未来がとっても楽しみです!

藍染め職人のアドバイスで、エシカルな服を制作

――まず、葭内先生が推進されている、エシカル教育について教えてください。

葭内ありささん(以下、葭内): 私のいるお茶の水女子大学附属高校は、生徒たちに学習を指導するだけでなく、国立大学法人として「教育の研究機関」という役割も担っています。つまり、教育に関する先進的な考え方を提案し、それを全国に広めていくのがミッションです。

そのなかで、私が2011年から始めたのが「エシカル教育」の取り組み。「エシカルファッション」をテーマに、生徒たちと一緒にエシカルのことを考えています。

私が担当している、高校で必修の家庭科は、もともと半分が実習と決まっています。だから生徒たち自身が実際に体験して、能動的に参加してもらうことが授業の中心です。これは最近では「アクティブラーニング」と言われて注目されていますね。ただ、私自身は教職に就いた当初からこういったやり方で授業を進めていて、たまたま後からエシカルという言葉を知った感じです。

――具体的には、どのような授業をしているのですか。

葭内: たとえば、2013年から3年ほど実施していたのが「藍染め」の授業です。藍染めといっても、近年は現代的で簡便なやり方も開発されています。しかし環境に優しい江戸時代から続く伝統的な製法では、藍の管理に大変な手間と労力がかかります。私はどうしても、これを生徒たちと共有したかったのです。

最初は都内の藍染め職人さんを訪ねたものの、どこも「素人には無理だ」と断られました。行き着いたのが、徳島県にいる若手の職人さんです。電話で事情を話して頼み込み、インターネットのビデオ通話を通して藍染めを教えていただくことに。なんとか材料を集めて試行錯誤しながら、授業の3日前にやっと環境が整って、藍染めをすることができました。

徳島の工房と高校をビデオ通話でつなぎ、生徒たちが染め上げた布を職人さんに見せて、講評をいただきました。生徒たちはみんなすごく喜んで、一生懸命に取り組んでくれて。

その後は、染めた布を使って服を作りました。完成したら、今度はグループワークで服を売るためのファッションカタログを作り、各班がブランド名をつけて商品の値段を設定します。最終的には全員でカタログを見せ合い、「どのブランドの服が欲しいか」「それはなぜなのか」ということを話し合いました。

「楽しい」の体験が次のアクションに

――とてもユニークな授業ですが、その意図は何だったのでしょうか。

葭内: 生産から販売、消費までの一連のプロセスを、生徒たちに体験してもらいたかったのです。自分で実際にやってみることによって、途中でさまざまな気づきが生まれます。たとえば、どんな服にも必ず背景やストーリーがあること。きちんと原価計算してみると、服の値段は本来もっとずっと高くなること。自分で作った服は、それだけでとても愛しいものになるということ……。

生徒たちが感じたことを話し合い、それを次のアクションにつなげていきます。あるときはエシカルをテーマに文化祭を行ったり、エシカルファッションを解説する動画や冊子を制作したり。自分たちが授業で学んだことを、同じ敷地内にある附属小学校や中学校に行って教えるというプログラムもあります。

――エシカル教育を実施するうえで、葭内先生が心がけていることは何ですか。

葭内: 生徒たちが心からワクワクできるものを取り入れることです。だからエシカルの中でも、身近にあって楽しみやすい「ファッション」をテーマに選びました。

現在の地球環境を考えると、正直言ってエシカルの実現は極めて切迫した課題です。でも、ネガティブな事実だけを言って脅しても、生徒の心は動かせない。一人ひとりが問題を自分のこととして考えるには「いいな」「楽しいな」と思える体験が必要です。

あとはとにかく、アウトプットの繰り返しです。私は教師として、生徒たちが間違った方向に行かないよう指導はするけれど、実際にどうやるかは生徒自身に任せています。自分たちで調べて、アイデアを出して、それを実現していく。最初はエシカルのことなんて全然知らなかった子たちが、実体験を通してどんどん自分の頭で考えるようになり、他の人に伝えることができるようになっていきます。

伝える相手は、もちろん学校の中だけではありません。たとえば昨年2019年は、エシカルブランド「CLOUDY(クラウディ)」とコラボしての商品開発をしました。生徒が考案したエプロンとエコバッグがアフリカのガーナで量産され、東京ミッドタウンで販売されました。ほかにも、NGOや官公庁などとも連携できる機会をつくり、生徒たちに刺激を与えるようにしています。

生徒たちが考案したアイテムをガーナ人女性が一つひとつ手作りしている

「エシカルネイティブ」が増える社会に向けて

――そこまで場を用意し続けるのは大変なことだと思います。先生ご自身が、エシカルな考え方に目覚めたきっかけは何だったのでしょうか。

葭内: 実を言うと、私の中で過去に何か大きなエピソードがあって、ある日突然エシカルに目覚めたわけではありません。幼少期からの小さな体験が積み重なり、いつの間にか環境や人権について考えるようになっていました。

たとえば、10歳の時に家族でヨーロッパ旅行をした時のこと。中庭がきれいなレストランで食事をしていると、ひとりの女の子が近づいてきて「このバラの花を買ってほしい」と言うのです。私と同い年くらいの子なのにと印象に残り、みんなが自分と同じ環境ではないと感じました。その年の自由研究では彼女の絵を描きました。

また、私の両親はもともと社会貢献への意識が強く、インドなどの貧困地区の子どもに教育を支援するという里親制度に登録していました。私が中学校で英語を勉強するようになると、よくその子に英語で手紙を書いたのを覚えています。

大学1年生で初めてインドに行った時は、物乞いをする子どもたちを見て、いろんなことを考えました。そして大学院を卒業して教員になると、もう当たり前の感覚として、こういうことを生徒たちに伝えなければと考えたのです。

――周りの環境によって、自然とエシカルの考え方を身につけていかれたのですね。

葭内: 私はエシカル研究のために、海外のフェアトレードなどの現場に行くことがあります。そこで出会った人に「あなたはなぜこの活動をしているのですか」と尋ねると、「どうしてそんなことを聞くの?」と逆に聞き返されるんです。大抵の場合、強烈なきっかけなんてありません。

これはいわば「エシカルネイティブ」と言えるのかもしれませんね。社会の風潮や教育など、幼い頃からエシカルのベースができている環境で育った人は、当然のこととしてその考え方を受け入れていく。私がエシカル教育によって目指すのは、きっとそういう社会だと思います。

●葭内ありさ(よしうち ありさ)さんのプロフィール
お茶の水女子大学附属高校教諭、同大学非常勤講師。児童労働やフェアトレード、環境問題などを家庭科の授業で取り上げ、現在はエシカルファッションやSDGsをテーマにした授業を展開。学会活動や教育関係者向けワークショップを通して、エシカル教育の普及に努めている。文部科学省検定高校家庭科教科書(東京書籍)の編集委員として、教科書で初めてエシカルファッションを扱った。NHK高校講座「家庭総合」監修・講師。

ことりと暮らすフリーランスライター。米シアトルの新聞社を経て、現在は東京を拠点に活動中。お坊さんやお茶人をよく追いかけています。1984年生まれ、栃木出身
フォトグラファー。北海道中標津出身。自身の作品を制作しながら映画スチール、雑誌、書籍、ブランドルックブック、オウンドメディア、広告など幅広く活動中。
わたしと未来のつなぎ方