さようなら、痛みの記憶。『アンサンブル』最終回が見せた、自ら幸せを選び取る希望
愛されなかった子が、幸せを掴み取るまで
最終回の軸となったのは、優が幼少期のトラウマを受け入れる過程だ。実母の真戸原ケイ(浅田美代子)に捨てられ、長年心に深い傷を抱えてきた彼は、再会した瀬奈のサポートもあり、ついに自らその過去と向き合うことになる。
優とケイが対話するシーンは、淡々としていながらも衝撃的だった。どうして自分を捨てたのか、と問う優に対し「あのお祭りの日、ほんと、スッキリしちゃって。一気に体が軽くなったっていうの? うれしくなっちゃったの。これから私の人生が始まるんだ、って」「ごめんね。私あんたのこと、愛してるなんて一度も思ったことない」と話すケイの言葉は、残酷であると同時に、あまりにもリアルだった。
本心では息子のことを愛していた、でも仕方なかった、なんて安易なお涙頂戴(ちょうだい)の展開に逃げない。人間の弱さや醜さをそのまま描く覚悟と勇気があった場面のように感じる。
その残酷な真実が明かされたからこそ、優が過去に区切りをつけ、前へ進もうとする姿が際立つ。「あなたには金輪際関わるつもりはありません」「(愛されていないことは)心のどこかでそうなのかなって思ってました」と冷静に告げる優の言葉には、愛されなかった子どもが自ら幸せを掴(つか)み取ろうとする、健気な強さが宿っていた。
血縁を超えた新しい関係性
当初は脚本の不安定さが目立った『アンサンブル』だが、本作が見せたいくつかの家族像は、物語としての個性を感じた。とくに優の育ての両親、真戸原和夫(光石研)と有紀(八木亜希子)夫妻の描き方は秀逸だったように思う。
有紀の「家族として信頼されていないむなしさ」、そして和夫の「これ以上、苦労をかけたくなかった」という、一見相反する想いは、家族間のリアルな感情を見事に描いていたのではないか。お互いのことを思うからこそ、時にすれ違う。最終回では、和夫と有紀が互いに本心を打ち明け、有紀は自宅に戻ったが、言葉にしていない思いは察するにも限界がある事実を二人は示してみせた。
また、瀬奈が勤める法律事務所に集まる人々の繋(つな)がりは、血縁に縛られない新しい関係性を示している。所長の小鳥遊翠(板谷由夏)が語った「もっと周りを頼ってほしい」というメッセージや、パラリーガルの園部こずえ(長濱ねる)と弁護士の早川崇(じろう)が「交際0日婚」にあたって作った婚前契約書など、家族やパートナーの在り方に多様性があることをさりげなく混ぜ込んでいた。
家族とは、決して血縁や形式だけで決まるものではない。『アンサンブル』が示したのは、選び取った関係性のなかにこそ本当の家族が生まれる、そんな希望に満ちたメッセージだったのかもしれない。
真の豊かなパートナーシップとは
瀬奈と優の関係は、恋愛をただの感情の交換として捉えるのではなく、「ともに傷を背負いながら歩む相手を選ぶ」という強い意志のもとに育まれた。二人はすれ違うも、最終回では再会することができた。互いの過去を知り、支え合うことで得られる安らぎこそが、真の豊かなパートナーシップだと語りかけてくるようだった。
また、こずえと早川が提示した婚前契約書に見られるように、本作ではパートナー間での明確な合意や条件設定についても提案があった。恋愛や結婚において大切なのは、あいまいな感情に終始するのではなく、コミュニケーションと相互理解を深めることだと示唆している。こうした現実的な関係性を肯定してみせたことも、本作の意義ある側面のように感じる。
最終回を通して『アンサンブル』が提示したのは、どんな過去を持っていても、人は自ら幸せを選び取れるという小さな希望だった。瀬奈と優をはじめ、過去の痛みや家族の呪縛にとらわれるのではなく、自分の意志で前に進むことを選んだ登場人物たちの姿が、確かにここに残されている。
本作が示す多様であたたかなメッセージが、今後のドラマ界にも新たな指針を示してくれることを願ってやまない。
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日テレ系土曜22時~
出演:川口春奈、松村北斗、長濱ねる、じろう(シソンヌ)、戸塚純貴、香音、東野絢香、橋本マナミ、SUMIRE、瀬戸朝香、横田真悠、中田クルミ、稲垣来泉、八木亜希子、光石研、板谷由夏、田中圭ほか
脚本:國吉咲貴、諸橋隼人、ニシオカ・ト・ニール
主題歌:aiko「シネマ」
チーフプロデューサー:荻野哲弘
演出:河合勇人
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