「夫婦同姓の強制は人権侵害」。私がペーパー離婚した理由
別姓提案に、「縁を切る」と義父が激怒
「結婚するにあたって、自分の姓を名乗り続けられないのは、人権侵害に通じる問題」。首都圏に住む30代後半の会社員・なつみさん(仮名)は、婚姻する際には、夫か妻の一方が必ず氏を改めなければならない日本の「夫婦同姓」制度に憤りを感じています。この制度が原因で、結婚、ペーパー離婚、そして再び結婚に至った自身の道のりを振り返ります。
なつみさんは、同い年で会社の同僚である夫と2022年に結婚しました。
「婚姻後の姓を決める話し合いでは、夫も私のどちらも、改姓を望んでいませんでした。私としては、夫と平等な形で決めたかったですし、もし決まらなければ、2人でじゃんけんをして、どちらかの姓にとも考えていました」
ところが、夫の父親は、なつみさんが夫の姓に変えないのであれば、「息子とは縁を切る」と激怒。「私の結婚であり、当事者は私なのに、どうして義父が私の姓を決めようとするのか、全く理解できませんでした。義母はすでに他界していましたが、『亡くなったお母さんも許さないぞ』などと言うんです。私自身は生きているのに。家制度の考え方や妻側が低い立場に見られていることに腹が立ちました」

厚生労働省の「人口動態統計」(2023年)によれば、結婚にあたり約95%は妻側が改姓しています。夫婦の約78%が、婚姻時に姓の変更について話し合いすら行っていないという結果も出ています(大阪大学大学院・三浦麻子教授による「夫婦氏選択の際の話し合いに関する調査報告・2024年」)。
なつみさんは、夫婦同姓が法的に義務付けられていることは、現状では女性に対する「人権侵害」につながりかねない問題なのではないか、と思い至りました。
「女性に自身の姓の自己決定権がないという状況はおかしい。そのことが分かった瞬間に、私は絶対に改姓したくない、義父のような考え方に屈するぐらいなら、もう結婚はしなくてもいいかな、とさえ思いました」
とは言え、すでに、勤務先には借り上げ社宅の入居申請をしており、法律婚をしなければならない状況にあったなつみさん。自らの改姓には全く納得していませんでしたが、手続きの関係上、いったんは夫の姓で法律婚をする選択をしました。
改姓への怒り、不安……涙が止まらなくなった
結婚後も、なつみさんは「生まれながらの自分の名前を使っていこう」という強い思いを持っていました。勤務先では、名刺やメールアドレスなどはビジネスネームとしての旧姓利用が認められていました。しかし、給与口座は戸籍名であり、役所などからも戸籍上の夫姓で郵便物が届きます。健康保険証はどうする? 銀行口座は……? 様々な場面でなつみさんは違和感が拭えませんでした。
改姓によって様々な法的手続きが必要になって大変な労力がかかり、名義変更によって夫の姓で呼ばれることへの不満も募り、女性に対する人権意識の低さへの怒りも日々大きくなっていきました。「もう精神的に無理でした。ストレスや怒りで眠れない日があり、涙も止まらなくなりました。夫も、このままではダメだと分かったようです」
夫と話し合った結果、なつみさんは「ペーパー離婚」をして、同居を継続しつつ生まれ持った姓を取り戻すことにしました。結婚から半年後のことでした。
「どの場面でも本来の自分の名前だけを使えるということに、心からの安心感を覚えました。思えば、相手の名前を使わなければいけないときは、何か屈してはいけないものに屈してしまったという自責の念に駆られるような感じでした。名前が元に戻ったことで、私は、今、自分の人生を生きることができていると実感しています」

事実婚になったことで、直接的に法律的な不都合や手間は特に感じなかったものの、一方でいくつもの不安は残りました。もし、家族が手術や入院をして、病院から同意書に家族のサインを求められた場合、事実婚のパートナーである自分は認められないのではないか、この先、もし子どもが出来たら姓はどうするのか、もしもパートナーとして事実婚を証明する必要が出て来た時のために、公正証書を作った方がいいのだろうか……。考えば考えるほど、ややこしいことばかり。
こうした選択について、なつみさん側の両親はどう思っていたのでしょうか? 「娘が結婚して夫の姓にならないことに、おそらく違和感は持っていたのではないかと思います。私が完全に頭にきたのは、事実婚であったのにも関わらず、父から届いた宅配物の宛先が、夫の姓であったこと。『なぜ改姓しないのか? 夫の姓に変えて当然だろう』という圧力を感じました」
そんな中、会社で規定変更があり、借り上げ社宅では異性の事実婚カップルが住むことが認められなくなってしまいました。「同性のカップルは入居できるのに、異性同士の事実婚だと婚姻関係の認定が難しいのかもしれませんが、不公平だなと感じました。ただ、社宅から出ていけば、私たちにとって経済面での大きなデメリットがありました」
社宅に住み続けるため、夫婦で話し合った末、今度は夫がなつみさんの姓になり、再婚することにしました。「その頃、私は不妊治療のために仕事を何日も休んで病院に通っていました。それに加えて、私が改姓するとなると、名義変更の負担も加わります。夫はもともと自分の姓を変えたくないという思いでした。しかし、不妊の原因は夫にあり、彼はその負い目も感じ、私の様子を心配して、改姓に同意してくれたのかもしれません」
それから程なくして、待望の第一子の妊娠が分かりました。
「たとえ事実婚の状態だったとしても、子どもを産むつもりでいました。ただ、私の体は出産するにはハイリスクだと知っていたので、事実婚の時に妊娠して、医療行為について同意書が必要になった時のことを考えると、とても不安でした」

現在、長男を含め、家族3人がなつみさんの姓を名乗っています。「息子は結果的に私の姓になりましたが、前もって子どもの姓を夫と自分のどちらにするかを決めていたわけではありませんでした。それでも、息子にはたとえどちらの姓になっても合うように名前を付けました。人生、この先も何があるかわからない。もしかすると、私が夫より先にこの世を去ることすらあるかもしれない。そうなったら、夫も元の姓に戻るかもしれないし、息子にも私の姓にとらわれず、自由に生きてほしい」
夫婦同姓は日本だけ 海外では理解されず
なつみさんの姓を巡る思い、そして今度は夫が改姓したことについて、夫はどのように思っているのでしょうか。
「彼が手続き上の不便さにイライラしているのはしょっちゅう見ていますが、私が受けたほどのショックは、それほど感じていないのではないかと思います。私は、事実上女性が姓を自分で選べない、改姓を強制されているのは人権問題だという意識があり、絶対に許容してはならないと強く思うようになりました。それが、夫側との大きな違いなのかもしれません」
しかし、夫の父親はいまも、孫が母親側の姓を名乗っている状況を気にしているそう。「財産など継ぐものなどたいしてないのですが、それでも義父は受け継がれてきた自分たちの姓を残したいのかもしれません」

仕事では、海外の女性とやり取りをすることもあるなつみさん。イスラム教国の女性たちに、「日本では、夫婦同姓にしなければならない制度が民法で定められている」と話しても、「それは慣習でしょう?」と、すぐには理解してもらえなかったそう。「日本は、女性が自分自身の姓を決めることすらできない国なのだ、“嫁”への人権意識が低い国なのだと、みなさんにもっと知ってほしい」
姓の自己決定権を尊重して
今後、たとえ選択的夫婦別姓が制度として実現した場合でも、なつみさんにはなお懸念があると言います。「結婚する本人同士が、別姓に同意していたとしても、やはり古き家父長制の名残で、男性側の親から夫側の姓にするようにと圧力がかかり、別姓にしたくともできない女性が出てくるのではないか。子どもの名前をどうするかも問題で、孫の名前を男系にするために、妻側に圧力をかけてくるのではないか。そうなると結局、現状と変わらないことになってしまいます」
日本での「夫婦同姓」制度については、「家族の一体感や絆を深める」という意見も一部に根強くあります。なつみさんは、「そうした考え方を持つ人はこれまで同様、夫婦同姓にすればいいのです。でも私のように、結婚後も自分の姓をそのまま使いたいという意思を持ち、自己決定権を尊重してほしいと考える人たちもいます。それぞれの理由で自分の姓を“選択”する。シンプルに、それだけのことだと思います」。親子や兄弟で姓が異なる事例は、選択的夫婦別姓が制度化されている海外では当たり前で、それで絆が薄くなるわけではない。「両親が別姓である理由を子どもに説明して、個々を尊重することを理解してもらうのが大人の責任なのではないでしょうか」

現在、選択的夫婦別姓の議論が進む中で、旧姓の通称使用拡大で対応できるのではという案も出されています。しかし「それでは何の問題解決にもならない」となつみさんは話します。通称として旧姓を併記したり、カッコ書きとして使えたりしても、「夫婦同姓」の原則を存続させることには変わらず、戸籍上どちらかが改姓せざるを得ない。国際的にも通用しない。結果としてほとんどの場合は女性側が改姓することになるためです。
「改姓を避けるために事実婚にせざるを得ないカップル、選択的夫婦別姓の法制化を待って結婚したいと思っているカップルは、私の周りに何組もいます。我が家でも、もし選択的夫婦別姓が導入されたら、夫はもとの姓に戻すと決めていますし、私もそれを望んでいます。夫には早く元の姓を名乗らせてあげたいです。将来、息子が夫と同じように望まない改姓や望まない事実婚をしなくて済むように一日も早く法改正されることを願っています」
