大山みこさん

「選択的夫婦別姓」はビジネス界でも不可欠。経団連・大山みこさんに聞く提言の背景

結婚後も夫婦それぞれが結婚前の姓を名乗ることができる「選択的夫婦別姓」について、今国会での審議入りが注目されています。保守派の反発で長年議論が進まず、世界で別姓が選択できないのは日本だけ、95%は妻側が改姓しているのが現状です。女性の社会進出の妨げにもなりかねないことから、日本経済団体連合会(経団連)は昨年、早期審議入りを求める提言を公表しました。案をとりまとめたソーシャル・コミュニケーション本部統括主幹の大山みこさんにその意図を伺いました。

95%は妻側が改姓、負担も集中

――選択的夫婦別姓について、経団連が昨年ビジネス上のリスクの観点から早期実現について提言されたことはインパクトがありました。自民党総裁選や総選挙でも争点になり、今国会での行方が注目されています。なぜこの時期に提言をとりまとめることになったのか、経緯を伺えますか。

大山みこさん(以下、大山): 夫婦の姓のあり方をめぐっては、30年も前から選択的夫婦別姓の必要性が言われ続けてきました。これまでの議論はどちらかと言えば、人権の視点や家族のあり方に対する価値観、時にはイデオロギーに関わる問題として位置付けられ、特に政治の場ではなかなか議論が進まず積み残しになってきました。今回、経団連がこの問題に着目したのは、社会や経済の構造が急速に変化していく中で、この10年ほど経済界も多様性の重要性に直面し、真剣にダイバーシティー、エクイティ、インクルージョン(DEI)を推進してきたことが背景にあります。多様性はイノベーションの源泉であり、持続的成長に不可欠。とりわけ人口の半分を占める女性の活躍は当然進んでいかなければいけない。

結婚は本来であれば喜ばしい大きなライフイベントですが、それには夫または妻が改姓して同じ姓にしなければならないことが民法で規定されています。もちろんどちらかを選べるわけですが、厚生労働省の調査を見ても95%は妻が夫の姓に変更しているという実態があります。

歴史を遡ると、そもそも日本では江戸時代までは一般庶民に姓はついておらず、姓があったのは武家や公家の人々のみ。その後、明治8(1875)年に名字を持つことが義務化をされ、武家の習わしを採用して実は「夫婦別姓」から始まったのです。その後ドイツを参考に明治31(1898)年に現在の「夫婦同姓」制度となったので、たった130年の歴史です。ただその間に、社会の環境も大きく変わり共働き世帯が7割いる。女性が働くことが当たり前の社会となり、日常生活、そして職業生活の中で、女性ばかりに改姓による様々な負担がかかってしまう。これを制度的に今の社会実情に合った形で見直す必要があることから、経団連はこの問題にフォーカスして提言を出しました。

大山みこさん

――同姓でないと法律的に結婚と認められない現状。選択的夫婦別姓で、希望すればそれぞれが生まれ育った姓を名乗り続けることもできる、というのはごく自然に思えます。

大山: 提言で強調したのは、多様な価値観や考え方を尊重できる「選択肢のある社会」の実現です。その1つとして姓についても、本人が望めば、結婚後も生まれ持った姓を使い続けることができる制度の導入を提唱したわけですが、これはあくまで「選択制」。すべての皆さんに別姓にしてと言っているわけではなく、これまで通り夫婦同姓にしたい人はそのままですし、夫婦別姓のまま法律婚をしたいという声に対しても選択肢を作っていくということが必要だと考えます。それがまさに多様性をチカラにしていく社会、選択肢のある社会を実現していく上でのシンボリックなテーマであるといえます。

家族のあり方も多様化し、晩婚化、少子化、核家族化という課題もあります。3組に1組が離婚し、また再婚もする時代です。国際結婚も増え、その場合は夫婦別姓が原則になっています。様々な理由で両親と子どもの姓が異なる家族も少なくない。日本の法制度の中でも夫婦別姓は“初めて”ではなく、それによって社会的混乱が起きるわけではなく、もう既に社会に存在しているわけです。

通称使用による混乱がビジネスリスクに

――提言をまとめるにあたり、経団連の会員企業(対象1741社)と、その企業の女性役員(同288人)に対して、それぞれ調査を実施されました。多くの企業で実際、改姓を巡って混乱が起きていることが見て取れます。

大山: 調査では様々な不都合や弊害が顕在化されました。結婚後も「旧姓の通称使用」を認めている企業は9割でしたが、旧姓はあくまで通称、ニックネームのような位置づけですので、旧姓と結婚後の姓を使い分ける煩雑さだけでなく、旧姓だけでは手続きができない場面が多々あるわけです。例えば税や社会保険などに関する公的な手続きでは戸籍上の姓が求められる。国際的な場面でも、パスポートでは旧姓の併記は認められていますが、カッコ書き内であり、あくまで戸籍姓を補足する情報です。旧姓単独で正式な証明になるわけではありません。加えてパスポートは今、国際基準に基づくICチップで管理されていますが、そこには戸籍上の姓しか入っていません。カッコ書きの旧姓は入っていないのです。

通称使用が可能でも、「通称」を認めることができない/していないもの。「企業」における社員の姓(氏)の取扱いに関する調査結果より(2024年6月、経団連)
通称使用が可能でも、「通称」を認めることができない/していないもの。「企業」における社員の姓(氏)の取扱いに関する調査結果より(2024年6月、経団連)

海外出張の際、航空券の発券、入国手続きなどはもちろん、民間の組織を訪問する時も今はセキュリティーチェックが厳しいので、いちいち足止めをくいます。私たちもよく海外に行きますが、一行の中で必ずだれか女性が入国や入館の際などに足止めを食らうのです。照合手続きなどに20分30分と待たされるんですよね。これだけ女性の活躍が進展してきているのに、企業からするとそこで足止めされて、もし重要な商談に遅れたら契約の機会を失ってしまうかもしれない。こうなると、これは本人の努力で解決すればいいことではなくて、企業はビジネス上のリスクと位置付けなければいけない。こうして問題が可視化されてきました。

企業内でも、旧姓と戸籍名との照合作業は煩雑で手間がかかります。大手企業はシステム化していますが膨大な費用がかかり、時には手作業で修正する必要もあります。通常は旧姓を使う社員側からすると、皆が知らない戸籍上の名前で書類が届くことや、戸籍名が知られるのは時にプライバシーにも関わり、結婚した、離婚した、そういう個人的な事情が、知らず知らずに他の社員に知られてしまうリスクもあります。こういう様々な問題がアンケートから浮かび上がってきました。

名前にはキャリアと生き様が詰まっている

――女性役員向けのアンケートを見ると、旧姓の通称使用が可能でも、ほとんどの方が何らかの不都合が生じていると感じていますね。

大山: はい、88%の方が、旧姓の通称使用ができても、何かしら不都合不利益が生じていると答えています。改姓による書類の書き換え、海外出張時、金融機関での手続き時などを挙げた方が多い。大手金融機関では今は旧姓でも口座を作れることになってはいますが、実際窓口で作ろうとしても、本人確認のための追加書類が求められるなど簡単ではありませんし、地方銀行や信用金庫では旧姓口座には対応していないところもまだ多い。また、クレジットカードや証券取引も旧姓ではできません。こうした金融機関の対応は、マネーロンダリング防止やセキュリティーの問題といった不正取引の防止という事情があります。不動産登記も最近は旧姓併記ができるようになりましたが、旧姓のみではダメなんです。特許も戸籍姓しか認められていませんし、自分の名前で積み重ねてきた長年のキャリアが、姓が変わることでリセットされてしまうのは大きなリスクです。

これは、女性たちがわがままを言っているわけではなくて、やはり自分のキャリアや生き様が詰まった大切な名前は、自分が生きた証しじゃないですか。それを結婚後も使い続けたいというシンプルな要望だと思います。旧姓の通称使用の拡大を進めることで解決できる部分もあるので是非進めてはいただきたいですが、どんなに進んだとしても、法的な位置づけのない通称では限界がある。特に生まれ持った姓を使い続けたいというアイデンティティーに関する問題は、選択的夫婦別姓を採り入れない限り解決できない問題です。今回のアンケートに答えた82%が「選択的夫婦別姓制度を導入し、本人が望めば別姓を選べるよう選択肢を増やすべき」と回答しました。

旧姓の通称使用で不都合を感じている女性役員の割合 「女性エグゼクティブ」の姓(氏)の取扱いに関する緊急アンケート結果より(2024年6月 経団連)
旧姓の通称使用で不都合を感じている女性役員の割合 「女性エグゼクティブ」の姓(氏)の取扱いに関する緊急アンケート結果より(2024年6月 経団連)

「虎に翼」が気づきのきっかけに!?

――今回この提言をまとめるまでにハードルになったり、横やりが入りそうになったりしてご苦労された点はありましたか?

大山: いっぱいありました(笑)。ビジネス界に女性役員が増えてきたとはいえ、意思決定層はまだまだ圧倒的に男性が多い中で、そもそもなぜ経団連がこの問題を提言するのか、というところから理解し共感してもらうために知恵を出し合いました。どうしても価値観とかイデオロギーの問題とされがちなテーマなので、ビジネス上の実害が起きており、女性活躍や多様性を推進するという観点から必要なんだ、という論理構築を行うなかで、女性はもちろん、男性のリーダーにも応援してくれる方々がたくさん出てきました。そして十倉雅和会長のもと、ダイバーシティー推進委員会(委員長:資生堂取締役シニアアドバイザーの魚谷雅彦さん、サニーサイドアップグループ社長の次原悦子さん、SWCC社長の長谷川隆代さん、企画部会長:SMBC副頭取の工藤禎子さん)で精力的な検討を重ねて提言にまとめました。

――十倉会長は提言を公表する記者会見の際、ビジネス上の夫婦別姓の重要性を強調していましたね。昨年のNHKの朝ドラ「虎に翼」も、気づきのきっかけになったと話していました。

大山: 十倉会長は、この問題は女性活躍を進めていく上で、“一丁目一番地”の課題だと。このようにトップがいろいろな場面で旗を振ってくれたことは大きかったです。「虎に翼」の1シーンで、民法学者が、あなたの息子さんがもし妻側の姓になったら、あなたの息子さんへの愛情が薄れるんですか、と問うシーンには特に心打たれたそうで、家族の在り方や愛情、一体感は表面的なものじゃないよね、すごく刺さったと、そんな風に話されていました。

ある男性経営者からも、今回こういうイシューについて家族の話題となり、妻から、「もし姓を選べるのなら、私は旧姓を選びたかった」とか「自分が結婚する時にあなたは私が姓を変えるのは当たり前だと思っていたかもしれないけれど、実はすごく寂しい思いをした」と言われたというお話も伺い、これを機にもっと男性も含めて話し合うことが必要なんだなと思いました。

もちろん、だからといって、それで皆が今から別姓にするわけではないと思いますが、「そんな寂しい思いをしていたのか……」とか、やはり話さないと相手は気づかないわけです。悪気があるわけではなく、これまでの日本では当たり前だと思われてきたから。こうしたことがジェンダーバイアスになるのだと思うので、姓のあり方をきっかけに家族のあり方、自分の生き方を考えるきっかけになればいいなと思います。

大山みこさん

――もし日本の社会の様々な分野で、意思決定層にもっと女性も入っていたら、この選択的夫婦別姓ももっと早く法制化されていたのではないでしょうか。

大山: 本当にそう思います。政治も含めて、意思決定層の仮に3割が女性だったら、この問題はとっくに解決されていたと思います。もちろん男女という切り口だけではなく、世代などいろいろファクターはあるとは思いますが、多様な人たちが多様な視点から意見が言えて、建設的な議論ができるということが、組織なり、社会の成長のエンジンになる、イノベーションの源泉になるということを改めて感じますね。多様性を力にできる組織や社会になっていくということはすごく重要で、そうした社会には選択肢が必要だと思います。

「子どもの姓」は法制審案を議論の土台に

――家庭内で子どもの姓をどうするかは大事な点ですね。そこはどうお考えですか?

大山: 慎重なご意見のなかには、「夫婦別姓にすると子どもが可哀想だ」「家族の一体感が薄れる」といったお声もいただきますが、個人的には、本当にそうかな?と。先の「虎に翼」ではないですが、家族としての一体感や愛情は、本来、名前によって薄らぐようなものではないと思いますが、子どもの姓については、様々な考え方があることは当然のことで、それこそが多様性なのだとも思います。ですから、懸念がある方は、これまで通り、夫婦同姓を選択すれば良いわけです。あくまで選択制ですから。この制度の理解がまだ十分に浸透していないがゆえに、見えない恐れみたいなものもあるので、きちんと情報発信して正しい理解をしていただき、一人ひとりが自分事として考えていただくことが重要と思います。

ちなみに、今回の我々の女性役員アンケートで、子どもの姓についての考えをたずねたところ、50%は公明党や立憲民主党の案と同様で、「子が生まれた時に定め、兄弟姉妹でバラバラになってもいい」という回答が一番多かったんです。次いで「子の姓は婚姻の際に定めて兄弟姉妹で統一する」とする案が27%でした。

1996年に出された法制審議会の答申では、子どもの姓は婚姻の際に定めるとしています。今回の我々の提言では、まずはこの法制審の答申をベースに審議を始めていただくことを求めており、是非、国会での建設的な議論を経て、子どもの姓のあり方も決めていただければと思います。重要なのはまずはスタートするということです。まずは小さく制度を生んで大きく育てていくという発想も戦略としてあり得るのではないかとも思います。

夫婦の姓・子どもの姓に関する各国の制度比較(経団連提言「選択肢のある社会の実現を目指して」2024年6月より)
夫婦の姓・子どもの姓に関する各国の制度比較(経団連提言「選択肢のある社会の実現を目指して」2024年6月より)

もちろんいろいろなご意見がありますし、それこそが多様性でもあるので、それぞれのお声も無視してはいけないと思っています。主なご指摘や論点についても改めて考え方を公表しており、ぜひ皆さんに正しい認識をしていただきたい。そのうえで判断するべき問題なのです。深く知らないと、何となく今のままでいいよねと流されがちですよね。丁寧に説明して、理解していただいたら、結構「“選択式”なら別にいいんじゃないか」となります。

世界から取り残される日本

――周囲でも、この制度が実現するかもしれないということで、結婚届を出すのを今まだ待っているという声を聞きます。今国会にこの法案が出されて成立する見込みをどうみていらっしゃいますか? 

大山: そうした若い方々、私もよく耳にします。これから未来を担っていく彼らのためにも、一刻も早く制度化されなければいけないと思います。今、各種の世論調査を見ても確実に賛成が増えてきて、60歳以下のすべての世代で賛成が反対を上回っているものや、年代が下がるほどその差は大きくなる。かつてない機運の高まりを感じています。石破総理は総裁選の際に「やらない理由がわからない」とおっしゃっておられます。ぜひ政治のリーダーシップを発揮していただきたいと思います。日本の未来に繋がるものであって、世界では日本以外はすべて別姓が選べるわけで、これが成立すれば日本は変わったという世界へのポジティブなメッセージにつながると確信しています。

大山みこさん

――96年の法制審の答申から29年の間に、各国では次々と別姓が選択できるようになり、日本だけが取り残されました。国連の女性差別撤廃委員会は昨秋、4度目となる是正勧告を出しています。

大山: 外から日本がどう見られているか、日本のプレゼンスやレピュテーションに直結するので、無視はできないと思いますね。日本はジェンダーギャップ指数では昨年も146か国中118位と低迷し、G7諸国で最下位から抜け出せずにいます。特に女性役員の割合などを含む経済分野での順位は120位、政治分野では111位。意思決定層に女性を増やすことなど共通する課題がありますが、各企業の自助努力だけでは乗り越えられない制度的な課題がある。その一つがこの夫婦同姓制度です。

単に姓をどうするかというテクニカルな問題ではなくて、どんな社会にしていきたいのか、多様な意見や価値観を尊重できる社会、選択肢のある社会にするのか、それとも今までのような同質性の高い、選択肢のない、要は夫婦同姓を強制するような社会のままでいいのかが問われているということ。本当に一人ひとりに通じるテーマだと考えていただきたいですし、30年来の積年の課題ですので、今回こそがラストチャンスという気持ちで解決していきましょう。

●大山(おおやま)みこさんのプロフィール

一般社団法人・日本経済団体連合会 ソーシャル・コミュニケーション本部統括主幹。経団連会長秘書、米国代表、米国有力シンクタンクCSIS客員研究員、ハーバード大学客員研究員などを経て現職。女性のエンパワーメントをはじめDEIの推進、コーポレートガバナンス改革をはじめ政策決定プロセスを手掛ける。印象戦略コンサルティング・オフィス「CATCHY」を起業し、「自分らしく、カラフルに生きる」ことをサポート。慶應義塾大学大学院、コロンビア大学大学院修了。
Instagram:@miko_catchy
WEB:https://catchy35.com/

telling,編集長。朝日新聞社会部、文化部、AERAなどで記者として教育や文化、メディア、ファッションなどを幅広く取材/執筆。教育媒体「朝日新聞EduA」の創刊編集長などを経て現職。TBS「news23」のゲストコメンテーターも務める。
長野県生まれ。東京都在住。ポートレート、ライフスタイルを中心にフリーランスで活動中。 ライフワークで森や自然の中へ赴き作品を制作している。
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