姓にこだわらない女たち 名字の選択はジャンケンで
より「お得」な名字はどっち……?
今年2月に結婚した自動車メーカー勤務の女性Kさん(26歳)。婚姻届を出す3-4カ月前、はじめて彼と今後の名字の話をしたとき、お互いに名字に対するこだわりがないことが分かった。じゃあジャンケンで決めちゃうか、なんて冗談まじりに話していたが、彼の両親から「さすがにジャンケンで決めるのは……」 と却下された。
そこで、二人の名字のどちらがより“お得”なのか、条件を洗い出すことに。それぞれ自分の名字で苦労したことがあるかどうかを考えて、「名前順で前の方だったから当てられやすい」「海外行くと、外国人が発音しづらい名字はこっち」なんてことを話したり、どちらがより珍しい名字か、名字の画数の運勢まで調べたりしたが、結果、条件的にはどちらも大差なく、どちらでもいいね、と元の状態に戻ってしまった。
名字に関する情報収集をしていたら、「名字を変えた男性はたったの数パーセント」(※)という事実にたどり着く。「少数派になるのは楽しそう――」。その彼の一言でKさんの名字を残すことに決めた。
彼が少数派なら、Kさんも少数派。ただ、自分が少数派になる不安はなかった。相手がKさんの名字になることで、不便な人生にならないか、ということが唯一心配だった。周りから何か言われたりしないか、制度的に問題ないかなどが気になり、“少数派”の人のブログを読むと、制度的には婚姻届のどちらにチェックをつけるか、という簡単な手続きのみで、特に不便はないことが分かった。また、名義変更の手続きの手間はあれど、それは女性が名字を変える時にも必要な手続き。こうして男性側が名字を変えた場合に起こりうることも事前に予想でき、満を持して「妻の氏」にチェックをつけ、婚姻届を提出した。
結婚後も、話のネタになるから面白いなというくらいで、特に変わったことはない。
「実験的に女性側の名字を残す“少数派”になることで、周りの女性が“名字を変えない”選択をしても大丈夫だと思ってもらえるかもしれない。最初から特に強いこだわりや思想があって自分の名字を残した訳ではないが、誰かに気づきや勇気を与えられるなら、むしろラッキーチャンスなのかも」とKさんは話す。
名字決めジャンケンは三本先取
次に話を聞いたのは、実際に「ジャンケン」で名字を決めた女性、Uさん(25歳)。食品メーカーに勤務し、今年5月に結婚 した。
Uさんの母親はどちらかというと保守的で、結婚したら女性側が名字を変えることが当然のように言われた。が、パートナーは「どっちでもいい」と言う。自分の名字は彼より珍しかったから、絶滅させるのはもったいないのかもーー。念のため、ということで彼の両親に確認したところ、特に気にしないとのことだった。
ジャンケンで決めようと言い出したのはUさんから。当時は結婚を控え、Uさんいわく「脳内お花畑」状態だったから、パートナーの名字に変えるのも素敵だなと少し思っていたし、もし自分の名字になったら母に説明するのが面倒かもしれないと思った。だけど、実際に名字を変えるのは自分だし、何で決めようが、Uさんの自由。結果、「三本先取のジャンケン」で勝ったパートナーの名字を残すことになった。
「名字を決めるジャンケンで、自分が負けたので、今日から◯◯(相手の名字)です」
結婚報告をSNSに投稿すると、何人かの友人から「ジャンケンで決めたってマジ?!」とコメントが来て、驚いた。Uさんの世代は、男女どちらの名字にしても普通だ、という考え方が多いと思っていたから、名字の決め方に関してそんなにも反応がくるとは思っていなかった。
自分の両親には、ジャンケンで決めたことを言わなかった。母は、夫の名字になったことに「そりゃそうよね」という感じだったが、それも母の価値観なのであえて何も言わなかった。価値観は人それぞれだし、押し付けられたら嫌。最終的に決めるのは自分。中学生の頃からSNSに触れてきたUさんは、いろいろな人の意見を目にしてきた。自分で情報を収集するようになり、母の意見だけが全てではないと知ることができたし、それがきっかけで、物事を俯瞰的に見ることもできるようになったと思う 。
戸籍上の名字は口外しない
最後に話を聞いたのは、パートナーと同棲中で、近いうちに結婚を考えている広告会社勤務のAさん(26歳)。今のパートナーとは付き合って3年目になるが、最初は冗談でしていた結婚の話が、2年目頃から現実味を帯び出した。名字の話もその流れで、Aさんが名字を残したい意志を伝えたとき、彼は、女性からそんな話が出てくるなんて、という風に驚いた。「俺のお母さんが聞いたら、そんな女の子やめなよって言うと思う」と彼。価値観が合わないことはこれまでもあったが、この言葉には、“ヤバい”と思って別居した。
Aさんは、自分の名字を残したいという気持ちより、名字を決める権利は夫婦平等にあるはず、という考えが強かったから、どちらの名字が大事かという議論はしたくなかった。事実婚であれば、お互いの名字のままでいられるし、医療制度や税制など、本来の結婚と異なる点は特に気にならなかったため、彼に事実婚を提案したが、はっきりと断られた。
お互いメンタルを消耗するから話し合いを続ける訳にもいかず、別居は1カ月で終わった。名字の話は決着がつかず、二人のあいだでなあなあになっていたが、彼の友人たちの多くが結婚したタイミングで、やはり自分も結婚したいから、名字をどうするか考えたいと彼から言い出した。「だったら、クジで決めるのが一番平等なのではないか」とAさんが提案すると、彼は最初反対したが、ある夜「クジでいいよ」と言ってきた。彼が折れたのは、きっと友人たちとそんな話をし、説得されたからだろうとUさんは笑う。
結局彼がやりたいと言った「チンチロリン」で、その夜のうちに決着はついた。しかし、どちらの名字にすることになったかは、まだ誰にも言っていない。戸籍上どちらの名字になっても、可能な限り周りには言わないでおこう、というのがUさんの強い希望で、その約束があったからサイコロを振った。
「彼が露骨に女性が名字を変えるべきだと言ったように、いまも“世の中”はまだまだ女性が名字を変えることが当たり前なんですよね。例えば、私が彼の名字になったという報告をすれば、まあそうだよね、と言われるでしょうが、それは嫌。だから、小さな反抗かもしれないけど、誰にも言いたくない。その点は曲げたくない」とAさんは言う。
「名字は、どちらでもよい」4割
博報堂キャリジョ研は今年8月、未婚・既婚問わず20-40代の女性150名を対象に「名字に関するアンケート調査」を実施した。全体の約4割の女性が「自分の名字でも、パートナーの名字でも、どちらでもよい」と回答した。世代別に比較すると、30代女性が44%と最も多く、40代女性が39%、20代女性が32%という結果になった。
【グラフ1】
理想の名字の決め方については、「パートナーとの話し合いで決めたい」女性が56.1%と過半数を占めた。ほか、自身やパートナーの「親、親族との話し合いで決めたい」が20.8%、「周りの女性たちと同じやり方で決めたい」が9.6%となった。
【グラフ2】
また、結婚後の名字に関して懸念される点について聞いたところ、「親から反対されそう」「パートナーの親の独断だったので遺恨が残った」など自身やパートナーの親との関係に関するものや、改姓することで「今まで積み上げたキャリアが失われる心配」など、キャリアへの影響を心配する声もあがった。「(どちらの名字にしたか)自分や他人に示す必要があるかどうかは、自分で決められると嬉しいと思う」などの意見もあった。
選択的夫婦別姓の議論が活発になり、今回の調査でも4割近くの女性たちが「どちらでもよい」考えになっていることが明らかになったが、実際に名字を変えない女性は未だ5%と増えていない(※2021年厚生労働省「人口動態統計」より)。少数派になるのはいつだって勇気がいるが、サイコロやジャンケンの偶然性に身を預ける女性や、「話のネタになるから」と少数派になる女性たちのこうしたリアルな体験談が、誰かの背中を押すことになるのかもしれない。
(写真はGetty Images)