盛らない女たち 加工だらけの自分にサヨナラ
カメラフォルダは加工写真だらけ
メーカー勤務のMさん(27)。もともと友達と遊ぶことが大好きで社交的なタイプ。そんなMさんが大学2年生の時、写真加工アプリの“SNOW”が流行した。SNOWは肌をきれいに見せたり目を大きく見せたりするだけでなく、例えばウサギの耳やサングラスをつけられたりといった遊びの要素も沢山入ったアプリだ。
SNOWの存在を友達に教えてもらってから、色々な加工を試した。「友達といるときに一緒に加工して、その写真を撮っていること自体が遊びで面白かった。その写真をSNSに投稿するかどうかに関わらず、まずiPhoneに保存する段階で加工していました」
日常的な写真、旅行に行った際などあらゆる時にこの加工アプリを使っていたところ、ある時、自分のスマートフォンのカメラフォルダを見返したら、加工写真だらけになっているのに気付いた。風景の写真はほとんどなく、顔を加工した写真だらけで、どこに行ったのかもあまりよくわからない。
「実際の思い出を映したものが全然ないことにさみしさを感じました。ここから、もう加工をするのはやめて、なるべく自分が過ごしたありのままを撮っておきたいと思うようになりました」。そのうち、SNOWの流行りが落ち着いてからは、加工写真そのものがダサいと感じるようにもなった。
今では自分がどう見られるかを考えて写真を撮るよりも、自分がみた景色をなるべくそのまま映したいため、自分が映った写真自体が減り、景色や食べたものなどのありのままの写真が増えた。「加工する時間がなくなると旅行や友達と遊ぶこと自体や、その瞬間をもっと楽しむことにあてられ、後から写真で思い出を振り返った時の充足感が大きく変わりました。思い出を作ることがもっと楽しめるようになった気がします」
SNSへも、今は加工した写真はほぼ投稿せず、風景そのものなどが多くなった。
「自分がそういう傾向になってからは、SNOWみたいなレベルの加工をしている人をみるとなんだかダサく感じるようになってしまいましたね」
ホンネは、さりげなく「盛りたい」が……
IT企業に勤めるOさん(26)が写真の加工を始めたのは大学に入ってからだ。
Oさんは普段、Instagram上の写真機能を使っており、写真を撮るのと同時にInstagramのフィルター機能などを使って加工している。それをインスタ上に投稿するかしないかは、その時の写真の出来栄えで決めている。
加工した写真はInstagramの機能で一定の時間が来ると出てこなくなる「ストーリー」上にしか投稿しない。「本当は写真を盛りたいという気持ちがあるものの、自分を盛った写真を周りの友達に見られた時に、『自分をよく見せようと思っているのだな』などと思われたくないんです」
盛りたい気持ちと、恥ずかしい気持ちの折り合いをつけた結果、“盛った写真”は時間が経ったら投稿が消えて、人の目につかなくなるストーリーに載せ、フィード投稿のように、ずっと投稿写真が残るようなところには載せないようにしている。そもそもOさんにとってはInstagramのフィード投稿と、ストーリー投稿の概念が違っていて、ストーリーは今自分が何をしているか親しい友達に知らせるもの。そしてフィード投稿は自分がどんな人間かをそこまで親しくない人を含めて全員に紹介する場所だという。
「盛った写真を投稿して、自分を良く見せようとする人間だと“自己紹介”しているような形にしたくないんです」。Oさんは、顔までかなり加工している人の写真をみると、「自信のないタイプなのかな」と感じ、「加工し過ぎる人は、なんだか寂しそうな感じにも見えてしまいます」。
本音としては、出来るだけかわいい自分をみてもらいたい。けれど写真を加工し過ぎる人間とは思われたくない。だから「加工」はせず、さりげなく“盛る”方法を研究している。例えば、広角でスタイルを少し良く見せる。また、下をむいて顔があまり見えないようにすることで、面と向かってカメラを見るよりもかわいらしく見えるようにする、など。「結局どうしたって写真を撮るときは、被写体として人からどう見られるかは常に考えていますね」
コロナをきっかけに変化
広告会社に勤務するKさん(22)。中高生までは、顔色の映りが悪いので、写真全体の明度を上げるような加工をしたことはあった。大学生になり、就活時に写真館で肌なども綺麗に見えるような写真は撮ったが、それ以外は“素の写真”しか撮らなくなった。それには、コロナが関係しているようだ。
Kさんは2020年4月に大学に入学してすぐコロナ禍を経験。外出できないストレスが溜まったのもあり、そのうち密室でないアウトドアならと、周囲では屋外で遊ぶ人が徐々に増えていった。そして、日光の下でよく写真を撮るようになった。「自然体できれいな写真を撮るという傾向が生まれたように思います。自分でわざわざ明度を調節せずとも、自然光なら十分綺麗な写真が撮れるので、特に加工はしなくてもいいと思えるようになりました」。周りの友達にも、加工はせず自然光の下で写真を撮る傾向が以前よりもみられるという。
Instagram、Snapchat(※)など様々なSNSを使っているKさん。それぞれのツールは全然違う意図で使っているという。Instagramは機能の特性上、仲の良さのレベル感を問わず様々な人と繋がっているツールになっている。「だから、Instagramの投稿には気を使ってしまい、素をだすのは難しくて、写真のトーンを上げるなど少し盛ることがあるんです」と打ち明ける。
一方、中学生の頃から始めたSnapchatは、Instagramほど多くの友達を追加することはなかった。そして大学生になって以降は親しい人とだけつながる交流ツールとなったそう。交友関係が一旦落ち着く時期となって友達が精査され、中高時代の友達の価値がぐっと高まったと感じたため、Snapchatでは中高時代の友人を中心に少人数とだけやりとりをするようにようになった。
「ずっと親しくしている友達には、自分の素を見せることができます。Instagramでは投稿に気を使ってましたが、Snapchatでは親しい友達しかいないので肩ひじ張らず、加工などをせずにぱっと写真を送れるようになりました」。つまり、SNSの元々の特性が、大きくユーザーの使用目的に影響しているのだとKさんは考えている。
*Snapchat・・テキストメッセージの自動削除機能や、オリジナルのARフィルター(レンズ)、位置情報共有機能なども搭載されているSNS。チャットに共有した写真や動画には閲覧期限を1秒から最大10秒(または無制限)で設定できるのが特徴。
Chillの文化が影響?
「素の写真を投稿するのは私の身の回りでも流行しているように感じます」と、Kさんは言う。それはSnapchatだけでなくTiktokでもいえることで、TikTokでは当初はフィルター機能を付ける人が多かったが、逆に今はフィルター機能をつけずきれいに撮ることで「いいね」が沢山つく。この背景には、「きっとChillの文化が影響しているのではないでしょうか」とKさんは推測している。
Chillとは「落ち着く・くつろぐ」などの意味がある。「コロナになって自分を見つめ直したり、セルフケアをしたりする時間が増えました。これがChillの文化を後押ししたと思います。そしてこのChillの文化によって写真を撮る時も気張らなくてよくなり、SNSなどへの投稿を含めて、自然体でいられる生活の心地よさを感じています」
【グラフ1,2】
博報堂キャリジョ研は2023年7月、「写真の加工についての意識調査」を20-30才の仕事をしている女性100人を対象に行った。グラフ1の設問で毎回~時々も合わせ、写真を加工すると答えた人は63%。このうち、毎回~時々も合わせ加工した画像をSNSへ投稿すると答えた人は46%となった(グラフ2)。
【グラフ3,4】
また、写真を加工する人、加工しない人、それぞれに理由を尋ねたアンケート結果がグラフ3,4となる(グラフ3の調査対象者は71人、グラフ4は72人)。写真を加工する理由として最も多いのは「風景や物をより綺麗に見せるため」で50.7%。また、写真を加工しない理由として最も多いのは「面倒だから」で62.5%に上った。
しかし10代(15-19歳、26名)だけに絞って数値を見てみると、「面倒だから加工しない」が60.0%と最も割合が大きいことは変わらないものの、「友達とはより素を見せ合いたいので加工しない」が35.0%と、全年代の傾向と比べて大きい割合になることも分かった。
調査から分かるように、頻度の差はあれ、写真を加工している人は多い。「自分をよく見せたい」という思いが生まれるのはどの時代も普通のことなのだろう。今後も「盛り方」は変化していくものの、盛る文化そのものは消えないと思われる。しかし、今回インタビューを受けてくださった方々のように、自分を盛ることに疲れ始めた人がいるのも事実。そうした盛ることと素を見せることのバランスは、SNSの様々なツールを使い分けることで、ある程度は可能になるのかもしれない。
(写真はGetty Images)