本という贅沢
●本という贅沢#179

人生100年時代に、200年生きる、1000年分生きる。読書の「ノイズ」がそれを可能にする。『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』

全部、全部、本で経験した。書籍ライターの佐藤友美(さとゆみ)さんが7年にわたり、手作りの読書メモとともに本を紹介してきた連載「本という贅沢」も最終回。「こんな時代に本を読む行為」に向き合って考えたというさとゆみさんが紹介する、最後の1冊です。
「どうすれば○○になれますか?」と聞かれたら、これからもれなくこの本を渡す。『生きのびるための事務』

警察に追われて逃げたことがあるか。
友人の恋人を寝とったことがあるか。
オリンピック選手になったことがあるか。
幼い子どもを残して死んだことがあるか。

私は、ある。
全部、ある。
いったいいつ、どこで経験したのか。
それは、全部。全部、本で経験した。

っていう話をしてもいいですか?

この連載「本という贅沢」の最終回を書くにあたって、1カ月間「こんな時代に本を読む行為」について考えていた。
連載が始まった7年前に比べて、本を読むことはまさに「贅沢」に成り上がっている。本の値段が高くなったとか、そういうお金方面だけじゃない。私たちは、本を読むだけの時間を捻出できなくなった。

AIが普及したのに忙しくなってね? 
私たちの仕事、全然奪われてなくね?
効率化ぶん、仕事増えてね?

そんなご時世、1枚1枚ページをめくって300ページの本を読むなんてもう、42キロのマラソンぐらい無理ゲーじゃないか、と思う。

それでも、やっぱり本を読みたいと思うのはなぜだろう。

だいぶ考えてみたのだけれど、それはきっと、人生が一度きりしかないからではないか。
そして本は、人の人生を生きることができる、違う時代を生きることができる、究極の装置だからではないか。

本を読む行為と一番似ているのは、旅をすることだと思う。
旅をするとその分、時間は減る。でも、旅をすると、経験が増える。旅をしたことによって受け取れる感情や情報が増える。人生が増える。豊かになる。

それと同じ。
本を読むと時間は減る。でも、本を読むと経験が増える。誰かの人生を追体験することで、一度しかない人生が「増える」。
だから、読む。読みたいと思うのだ。

一昨年私は、『ママはキミと一緒にオトナになる』という本を上梓した。
この本に関してのインタビュー30回以上受けたのだけれど、何度も聞かれたのは「子育てに対して、そこまで肯定的なのはどうしてですか」「一人目のお子さんですよね。どうして子育てを楽しめるのですか?」だった。

どうしてだろう。
たしかに私、子育てでテンパったことがあまりない。インタビューで質問されるたびに考えてきたのだけれど、つい、先週、その答えがわかった。

私、子育て、何度もしたことがあるからだ!!

中学生の頃、「子どもにうまく愛情を伝えられなくてすれ違いまくる親子の話」を読んだ。
高校時代、「過干渉な親に育てられて苦しむ子どもの話」を読んだ。
「子育てに悩む母親の話」にいたっては、古今東西100冊以上読んだだろう。
そういえば、ヒトラーを育てた母親の話も読んだ。
もう、300人、400人くらいの子育てを、私は“経験”していたのだ。

もちろん、自ら孕(はら)んで産んで赤子を手に抱いて子育てしたわけではない。
でも、読書とはその人の人生を追体験させてくれる装置である。ページをめくりながら、ときにはページを閉じて、私はいろんな人の人生と身体を重ねてきた。痛みを痛みとして受け取り、喜びを喜びとして受け取ってきた。
ああ、私は、まだ49年しか生きていないけれど、いろんな人の人生を生きてきたなあと思う。

読書、ビバ!
ビバ、読書!
人生最後の瞬間まで、私は読書をしたい。そう思う。

そう思う……。
だけど……。
だけど、なのだ。
最近、読書する時間がない!!!!!!!(冒頭に戻る)

ってなときに、これですよね。
『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』(三宅香帆)

いやほんとそれ。それすぎる! 教えて三宅さん! ってな感じです。

『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』
『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』(三宅香帆/集英社文庫)

実はこの本、発売と同時に買ってた。めっちゃ売れてるの知ってた。いろんな人が絶賛してた! でも、積んでた!
この本が読めないくらい、バタバタしていたわけですよ。もう、タイトルの通りすぎる。

今回「やっぱり、私の人生で一番大事なのは読書だ!」となってやっと開きました。開いたら止まらなかった、一気読み。
でね、思った。

この本、「そーゆー本だと思ってなかった選手権」で優勝! ぶっちぎり優勝。
なるほど、こーゆーこと書かれていたのなら、もっと早く読めばとかったーーー!!となりました。

本という贅沢

この本、読書術の本じゃないんです。いや、正確にいうと忙しくても読書するためのコツは「おわりに」に書かれている。7ページ分だけ。
でも、本書の骨子はそこじゃない。
もっともっと太い話。そう、私たちは何のために読書をしてきたか。それを明治時代から今に至るまで分析している本だったのだ!

教養を得る。
修養をする。
自己を啓発する。
行動につなげる。
読書の意味は、時代によって変わってきた。
そして、著者の三宅さんによると、今の私たちにとって、読書とは「ノイズを入れる」ための行為だという。

三宅さんがいうには、webの情報にはノイズがない。
一瞬、「え?そう? webの海ってノイズだらけじゃない?」と思う。だがよく考えると、webはこちらから「知りたい情報」を取りに行く場所だ。「自分が知りたいことしか知れない」のがwebだ。
一方で読書は、知りたいことに加えて、知ろうと思わなかったことまで知れる。ちょうど学生時代の私が子育てについてのたくさんの物語を知れたように。

三宅さんは、本を読むために仕事を辞めたという。
私も実は昨年から、1月から3月まで働き、4月から12月までは2割稼働にすることにした。残りの人生、もっと本を読み、旅をしたいと思ったからだ。
この本で提唱されている「半身で生きる人生」、つまり仕事だけに忙殺されない人生を、私はこれから生きようと思っている。
その決意の年に、三宅さんのこの本に出会えて良かった。

体も旅をする。心も旅をする。そうやって、これからの人生を生きていきたい。
つまり、これからもバリバリ本を読んでいきたい。自分の人生にたくさんのノイズ(他の人の人生)を取り込みたい。80年だか100年だかの人生を、もっと増幅させたい。できれば1000年くらい生きたい。

本を読むって、なんてお得で、なんて贅沢なんだろう。
そんなの、やめられるわけがない!

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7年間にわたって、「本という贅沢」を読んでくださったみなさん、ありがとうございました。
またどこかでお目にかかれますように。さとゆみでした。

 

●佐藤友美さんの近刊『ママはキミと一緒にオトナになる』発売中!

「どうすれば○○になれますか?」と聞かれたら、これからもれなくこの本を渡す。『生きのびるための事務』
ライター・コラムニストとして活動。ファッション、ビューティからビジネスまで幅広いジャンルを担当する。自著に『女の運命は髪で変わる』『髪のこと、これで、ぜんぶ。』『書く仕事がしたい』など。