●本という贅沢番外編

人は優しい生き物? ずるい生き物? 『Humankind 希望の歴史』著者・ルトガー・ブレグマン氏とお話してきた!【前編】

書籍ライターの佐藤友美(さとゆみ)さんが、コラム「本という贅沢」で “世界を変えるかもしれない1冊”と絶賛した『Humankind 希望の歴史』。上梓したオランダ在住の34歳の歴史家兼ジャーナリストのルトガー・ブレグマンさんの来日に合わせて、さとゆみさんが話を聞きました。前編は若い世代への期待などについて――。
さとゆみ#153 人は本来、とても優しい成分でできている。そして『希望の歴史』を読めば、もっと優しく親切になる 日本人は本当に働きすぎ?『Humankind 希望の歴史』著者・ルトガー・ブレグマン氏に聞いてきた!【後編】

今年のはじめに私、ものすごい本に出会ったんですよね。その時の興奮がこちら。

この1年間、どれだけの人にこの本を勧めただろう。

私はこれまで「自分の本が出たときは毎日持ち歩き、人と会うたび本と一緒に写真を撮って拡散する&してもらいなさい」と先輩著者さんたちから教わってきた。
なのだけど、今年は自著を持ち歩くかわりに、この本を毎日持ち歩いて布教活動に勤しんでいたよ。重いんだよね、この本。分厚くて。でも、いろんな人に読んでもらいたくて。

この本に書かれている内容をひとことで言うなら

「人は元来、優しい成分でできている」
そして
「性善説を信じる人が増えると世界はもっとよくなり、人はもっと生きやすくなる」
だ。

大袈裟じゃなくて、この本を読む人の人口が増えたら、世界は変わると思う。
メディアに勤める人に勧めたし、部下を持つ人に勧めたし、ママ友にももちろん勧めた。

でね、神様いる、と思ったんだけど。
私がせっせとこの本を布教し、徳を積んできたのを見てくれていたのだろうか、なんとこの書籍の担当編集者さんから「著者のブレグマン氏が来日するんだけど、さとゆみさん、インタビューしませんか?」と連絡がきたのです。

マ・ジ・で・す・か・?
もちろん「よろこんで」の一択です。

で、るんるんお引き受けしてから、ブレグマン氏のことを調べてみた。この方、すごい人なんですね。なんでも「ピケティに次ぐ欧州の新しい知性」とまで言われているらしい。

ピケティ、だれ?

と、思った人。心配すんな、私も思った。いや、名前は知っているのだけど、具体的に何された人だっけってなった。「ああこれ、今からいろいろ調べるには時間足りない」と思ったよね。なので、このせっかくの機会、ブレグマンさんといろいろおしゃべりしよう! って思いました。

例えば彼が、大学のゼミの友達だとしたら(彼の方が一回り歳下だけどな)。彼が書いた本について、私はいろいろ尋ねたと思う。「21世紀最大の才能」と言われる彼の頭の中身をのぞいてみたいと思う。

幸いブレグマンさんは、めちゃくちゃ気さくな人だった。

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(文藝春秋社応接室にて)

性善説は、女性の方が受け入れやすい?

さとゆみ: 会えるのをとても楽しみにしていました。『Humankind 希望の歴史』を読んだことは、私の人生でも最も重要な体験だったよ! あなたは、超最高だよ!

ブレグマン氏: わお! それは嬉しいな。

(いきなり親しげですが、さとゆみは英語がザルなので、もちろん通訳さんを介しています。このテンションは私が受け取ったニュアンスです)

さとゆみ: この本の評判はどうですか? とくに、telling,を読んでくれているような、若い世代の女性たちからの感想はどうです?

ブレグマン氏: 実はこの本、とくに女性層に支持されているんですよ。歴史を振り返ってみても「人間はわがままで自己利益のために生きるものだ」という捉え方は、男性上位の考え方なんだよね。この本の中で紹介した「狩猟民族時代の人間は、もっと男女平等だった」という主張は、女性たちにとくに受け入れやすかったんだと思う。

さとゆみ: それ、まさに私も本を読んで思ったところ! 「人間は元々争うようにできていない」というこの本の内容、女性の方がすっと腹落ちするんじゃないかなって。
ということは、これからもっと女性が社会のいろんなシーンでリーダーシップをとるようになったら、世の中は性善説的な方向に動いていくと思う? 優しい世界になるかな?

ブレグマン氏: そうかもしれない。でも気をつけなきゃいけないことがある。こういう男女平等の話が出る時には、「女性が男性化すればよいのか」「いやいや男性が女性化すべきだ」という話になりやすいでしょ。そして今までは、えてして「トップに立つ女性は、これまでの男性のように振る舞う」という方法を選ぶ方向に傾いていた。これ、違うよね。

(ああ、これ本当に、フェミニズム問題の根幹だ。いわゆる「名誉男性」と言われる男性化した女性しかリーダーになれないの、おかしいよね。女性は女性のままで生きやすくならないと意味ないよなあ)

さとゆみ: 「性悪説を前提とした懲罰で縛るのではなく、性善説を前提とした社会形成を」というのがこの本の主張ですよね。これまで性悪説の根拠となっていた実験や論文の捏造を次々暴いていくところが衝撃でした。人間はこんなにもバイアスに引っ張られるんだなと思って。
その一方で、ブレグマンさんはどう? 「実は、人間は性善説的な行動をするのだ!」という発見に興奮して、そういう資料ばかり集めたくなったりしなかった? 

(これは今回、どうしても聞きたかったところ。この本は、性善説を支持する根拠をたくさん並べているのだけれど、それだけに、エビデンスのチェック機能をどう働かせたのかなと思ったので)

ブレグマン氏: それは重要な質問だよ。たしかに、人は自分が支持する理論を補強する証拠を集めるというバイアスの罠に陥りやすい。ただね、僕の場合は逆なんだ。
もともと僕は何の疑いもなく性悪説を信じていた。大学の講義でも、かの有名な「スタンフォード監獄実験」(人は看守と囚人のような役割を与えられると、人に残酷に振る舞うようになることを示した実験。『Humankind』で、ブレグマンさんはその実験が捏造であったと主張した)を教え込まれていたから。だから、僕自身が懐疑の目を持ちながら、ひとつひとつ資料を集めていったんだ。

あと、この本の元になっている原稿は、僕も参加しているオランダのメディア「デ・コレスポンデント」 で最初に発表しているの。そこで、何十万人という人の目に触れて、いろんな感想や意見をもらいながらトライアンドエラーを繰り返して書き続けてきたんだよね。一人の編集者がチェックしていたというよりも、何千人の編集者がついていたような感覚。実際に、その意見を聞きながら、原稿を書き換えたり、さらに調査を加えたりして完成までに6年かかっている。

この本は僕が書いたものだけれど、僕がやったのは、コネクティング・ドット(点と点をつなげる)だけなんだ。「人間の本質が性善的である」ことを示す新しい研究は、考古学、社会学、人類学、哲学など、あらゆる分野で進んでいたんだよね。僕はそれを、一歩ズームアウトした立ち位置から、俯瞰してまとめることができただけなんだと思う。僕一人の主張ではないんだよ。

さとゆみ: 厳しいチェック機能が働いていたのね。書いているとき、一番興奮した瞬間は?

ニュースが問題。人は、受け取るストーリーに引き寄せられる

ブレグマン氏: 難しいこと聞くね(笑)。そうだなあ、やっぱり『蝿の王』のような無人島でのサバイバル経験をした子どもたちが実在していたことを発見したときかな。実際に無人島で同じことが起こった時、子どもたちは殺し合いをするのではなく、むしろ真逆なことをしていた。

(『蝿の王』というのはイギリスの小説家・ウィリアム・ゴールディングによる世界的なベストセラー。無人島に漂流した子どもたちが、徐々に残虐性を発揮し殺し合いを始めるという話。ブレグマンさんは執筆の最中に、実際に似たような経験をした少年を見つけ出し、そこでは全員が協力し合って生活し、1年以上たったのちに全員救助されたことを知る)

さとゆみ: この本を読んで私、自分の11歳の息子に「人間は優しくて人のためになりたいと思っている人が多いと思う? それとも人を騙して自分が得しようと思っている人の方が多いと思う?」と聞いたの。そうしたら彼、「後者の方が100倍くらい多いと思う」と言うんですよ。
子どもたちが、「本当は自分の周りの人たちは優しい人たちの方が多い」と信じられる世界にするためにはどうすればいいんだろう。

ブレグマン氏: 人は、自分が語ったり受け取ったりするストーリーに引き寄せられるものだと思うんだよね。「人間はわがままなものだ」という前提で接すると、そういう人格に育っていく。

だから、子どもたちには、『蝿の王』のような「人間の本来の姿は残忍なものだ」という物語ではなく、実際の無人島で起こった子どもたちの助け合いのストーリーのような話を伝えていきたいよね。実はあの話、今度ハリウッドで映画化されるんだよ。

さとゆみ: なんと! それは素敵。息子と一緒に観にいきたい。

ブレグマン氏: これは子どもだけじゃないけれど、人が人をいじめるとき、「その子どもの中にそういう要素がもともとあるからだ」と考えるのではなく、そういう状況を発生させた環境を疑うべきだよね。その環境は、ほとんどの場合、大人が作っているでしょ。

さとゆみ: うん。だからこそ、大人が性善説を信じられるようになると、子どもにとってもよい環境が生まれるのだと、この本を読んで思ったよ。

ブレグマン氏: ニュースが問題だよね。

さとゆみ: そう。ニュースが問題。

ブレグマン氏: ニュースでは、ものごとの悪い側面が強調されて報道される。本当は殺人事件の数も、交通事故の件数も、子どもの死亡率も減ってきているのに、事件が減れば減るほど悪いニュースがセンセーショナルに報道される。

さとゆみ: ニュースを見ていると「世の中は悪い人ばかり」となっちゃうよね。

ブレグマン氏: だから、最近は「コンストラクティブ・ジャーナリズム(建設的なジャーナリズム)」という考え方が進んできたんだよね。僕が関わっている「デ・コレスポンデント」では、もちろん子どもの貧困や地球温暖化といった話題も取り上げるけれど、悪いことばかりではなく、改善されてきたことも取り上げるし、解決策なども盛り込む。これまでのニュースに対する解毒剤のような感じ。

さとゆみ: それはとてもいい流れ。

ブレグマン氏: Z世代の人たちをはじめ、アメリカやヨーロッパの若者は、今までにない高い教育を受けていて、「このままの現状を続けて行ってはいけない」とわかっているんですよね。だから、#MeToo やBLM(ブラック・ライブズ・マター)のような運動が出てくるのも、起きてしかるべしだったと思う。

さとゆみ: 日本でも、若い世代は本当にしっかりと世界を見据えていると感じます。そういう人たちにこそ、この本がもっと届いてほしいなー!

(後編に続く)

●ルトガー・ブレグマンさんのプロフィール
オランダの歴史家、ジャーナリスト、作家。著書に世界46ケ国でベストセラーになった『Humankind 希望の歴史』(文藝春秋)や、ベーシックインカムの可能性を指摘した『隷属なき道AIとの競争に勝つ』など。広告を排除したウェブメディア「デ・コレスポンデント」の創立メンバー

 

●佐藤友美さんの新刊『書く仕事がしたい』が10月30日に発売!

 

●佐藤友美さんの近刊『髪のこと、これで、ぜんぶ。』は発売中!

さとゆみ#153 人は本来、とても優しい成分でできている。そして『希望の歴史』を読めば、もっと優しく親切になる 日本人は本当に働きすぎ?『Humankind 希望の歴史』著者・ルトガー・ブレグマン氏に聞いてきた!【後編】
ライター・コラムニストとして活動。ファッション、ビューティからビジネスまで幅広いジャンルを担当する。自著に『女の運命は髪で変わる』『髪のこと、これで、ぜんぶ。』『書く仕事がしたい』など。
1989年東京生まれ、神奈川育ち。写真学校卒業後、出版社カメラマンとして勤務。現在フリーランス。

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