●本という贅沢番外編

日本人は本当に働きすぎ?『Humankind 希望の歴史』著者・ルトガー・ブレグマン氏に聞いてきた!【後編】

『Humankind 希望の歴史』を出版したオランダ在住の34歳の歴史家兼ジャーナリストのルトガー・ブレグマンさん。“ピケティに次ぐ欧州の新しい知性”とも称されるブレグマンさんに、telling,のコラムでこの本を激賞した書籍ライターの佐藤友美(さとゆみ)さんが話を聞きました。後編では、ブレグマンさんが日本と子育てなどについて語ります。
人は優しい生き物? ずるい生き物? 『Humankind 希望の歴史』著者・ルトガー・ブレグマン氏とお話してきた!【前編】 さとゆみ#153 人は本来、とても優しい成分でできている。そして『希望の歴史』を読めば、もっと優しく親切になる

日本人は5時に強制的に仕事を切り上げた方がいい

(文藝春秋社応接室にて)

さとゆみ: ブレグマンさんの目には、日本はどう見えてる?

ブレグマン氏: そうそう、昨日、妻に思わず電話しちゃったんだけれど、日本の地下鉄で「電車の中でメイクをしないでください」という広告があったんだ。それを妻に伝えたら、「オランダでそんなことがあったら、オランダの女性はその広告主のビルの前に集まって火をつけるくらいの騒ぎになるね」と言っていたよ。

さとゆみ: ん? それはどういう意味

ブレグマン氏: 「どこで化粧をしようが、人にとやかく言われたくない」ってことだよね。

さとゆみ: ああ、なるほど。日本では、それに限らず抗議行動は、ほとんど見かけない気がする。大規模なデモもなかなかおこらないし。

ブレグマン氏: 僕は日本のスペシャリストではないし、あくまで僕の目から見えることだけれど、日本の課題は2つあるよね。ひとつは、とにかく働きすぎなこと。5時になったら強制的に仕事を切り上げなきゃダメって法制化してもいいくらいじゃないかな。もうひとつは、子育て中の親に対するバックアップが少なすぎること。

さとゆみ: たしかに日本人は働きすぎだと言われるよね。私の知り合いで、オランダの企業に勤めていたんだけれど、「毎日9時5時で仕事が終わって、6時にはビールを飲み始める生活をしていて、自分は成長できるんだろうかと不安になった」って、帰国して日本企業に勤め直した人がいるよ。その人、今は夜中まで働いてる。

ブレグマン氏: それは、道のりは遠いな……。

さとゆみ: でも、ブレグマンさんだって、忙しすぎじゃない? いろんなところで「もっと仕事を休むべき。週休3日制を導入すべき」と言っているけれど、ブレグマンさん、めちゃくちゃ働いているでしょ。今回の日本での滞在中も取材三昧だって聞いているよ。

ブレグマン氏: (笑)。「仕事」とはなんたるかという言葉の再定義をしないとダメだと思うな。いま、先進国では、何百万人もの人たちが、「本当は嫌だけれど、やってもやらなくてもよいような仕事をやっている」と思っているんだよね。

さとゆみ: 逆に言うと、仕事が楽しいと思えていれば、どれだけ長くやってもいいということ? 私、いつも楽しくて働きすぎちゃうんだけれど。

(そうそう、「つまらない仕事に拘束される」ことも問題なのだけれど、「面白すぎて仕事を手放せない」のも、問題だと思いません? telling,読者の皆さんにはそういう人、多いと思う!)

ブレグマン氏: うん、その気持ちはわかる。ただ、これは強調しなくちゃいけないと思うんだけれど、「グッドライフ」は「リッチライフ」のことだと思うんだよ。
リッチといっても、それはお金の面だけではなくて、家族のために何かをすることもそうだし、読書することも、劇場に行くことも。もしくはボランティアで何かをすることも。人生には本当にいろんな広がりがあるでしょ。それを味わえるのが、リッチライフだよね。

さとゆみ: ブレグマンさんは今、何をしている時が一番幸せを感じる?

ブレグマン氏: 娘といるとき! 

さとゆみ: キュート!

ブレグマン氏: 今、2歳なんだけれど、子どもが生まれたときは1週間毎日、涙がとまらなかったよ。僕、3ヶ月仕事を休んだんだよね。それでわかったのだけれど、父親が育児を行うのはとてもナチュラルなことだということ。実際、狩猟民族の時代は、子どもを育てることにおいて、男性の役割が大きかったことがわかっているんです。母親だけが子どもの面倒を見るというのではなく、双方で子どもを見るのが本来の姿だなあと。

それから、子どもは、見ているだけで本当に興味深い。彼らには、自分にもともと備わっている力を自分で引き出していく力があるのだと感じました。もちろん、お世話しなきゃいけないことはたくさんあるけれど、「うまく歩けるか」「うまくしゃべれるか」といったことを、人と比べて採点をしたり評価したりする必要は全然ない。むしろ、そうすることによって、大事なことが失われてしまう。

さとゆみ: 日本は遅きに失した感はあるけれど、ほんの少しずつ変わろうとしています。父親の育休制度など、これからどんどん普及していってほしいな。

ねえ、ブレグマンさん、ちょっと想像してもらっていいですか。地球が2つあるとするじゃない。地球Aにはブレグマンさんがいるんです。そして、地球Bには、ブレグマンさんがいない。つまり、地球AとBのギャップは、ブレグマンさんが存在するかどうかの差です。この場合、ブレグマンさんは地球AがBに比べて、どんな地球であってほしいと思う? 

ブレグマン氏: 面白い質問だね! そうだなあ……。本を書いた時、いろんなメッセージをもらったよ。それこそ、何百人もの人から、「本を読んで仕事を辞めたよ」と言われたりして(笑)。僕の書いた本が、誰かの人生を少し変えることができたのだったら嬉しいと思うし、ほんのちょっとはそういう変化を及ぼせているのかもしれないと思います。

ただ、こういうのは、続いているんだよね。

さとゆみ: 続いている?

ブレグマン氏: そう。僕だけが考えているわけじゃなくて、いろんな場所でいろんな人が考えてきたことが、思考として繫がって続いている。

さとゆみ: そっか。繋がってるんだね。

「正直に物を言う」ことは、相手への敬意を示すこと

さとゆみ: これからやりたいことは何ですか? 次の書籍の構想は?

ブレグマン氏: 中世の歴史を調べていると、たとえば魔女狩りのような今では考えられないような残虐なことが起こっていたりしますよね。僕が考えたいのは、「今の時代に起こっていることで、未来から見たら魔女狩りにあたるようなものがないかどうか」。それが今のテーマです。

さとゆみ: ブレグマンさん、怖いものってある?

ブレグマン氏: え? 怖いもの?

さとゆみ: ほら、ブレグマンさんって、ダボス会議で「ここにいる人たちはプライベートジェットで駆けつけて、地球温暖化について話している。おかしいよね」とか、ズバッと言っちゃうでしょ。そういうの、怖くないのかなって思って。

ブレグマン氏: ああ、そうだね、それは怖くない。直球の物言いをするのはオランダ人の気質というのもあるし、母親に似たところでもあるな。僕の母は、とにかく正直に生きなさい。絶対に嘘をつかないでという人だったので。

ただ、「正直に物を言う」ことは、相手への敬意を示すことだと思ってるんだよ。だから、本当に思っていることを率直に伝えることを意識しているね。怖いという感覚はないな。

さとゆみ: 死ぬのは怖くない? 

ブレグマン氏: 死ぬの……か。うーん、それは、やっぱり怖いよ。まだやりたいこともたくさんあるし、まだ死にたくない。僕は牧師の息子だけれど、天国のようなものは信じてないしね。

ただ、そういうこととは別に、これまで自分がいろんな分野を学んできて思うのは、「人はみんな繋がっている」ということ。単独で生きているわけではなく、大きな流れの中に所属している。ひとつの小さな川が終わったところで、より大きな川に繋がっていくようなイメージ。だから、「死」というものが全ての終わりではないと思う。

さとゆみ: ありがとう。繋がっている感じ、私もときどき感じます。というのも、私は、この『Humankind』を読んで、ブレグマンさんからバトンをもらっているような気がしているんです。

「人は元来親切な生き物なのだよ。その親切さを共有しあって生きていこう」というメッセージを、私も日本の友人たちに伝えていきたいし、自分もそうでありたいなって思っている。私の方がだいぶ年上だけれど、バトンを受け取った気持ちでいる。

ブレグマン氏: それは僕も嬉しいな。

さとゆみ: そういうことを発信できるブレグマンさんの脳みそはとても大事だから。働きすぎないで。体を大事にして長生きしてね。

ブレグマン氏: それな!(笑)。うん、長生きするよ。今日はありがとう。

さとゆみ: 善いオオカミに餌を!

ブレグマン氏: (笑)。善いオオカミに餌を!

___________

『Humankind 希望の歴史』には、こんな一節がある。

おじいさんが孫の男の子に語って聞かせた。「わしの心の中には、オオカミが二匹住んでいる。この二匹はいつも激しく戦っている。一匹は悪いオオカミだ。短気で、欲張りで、嫉妬深く、傲慢で、臆病だ。もう一匹は善いオオカミだ。平和を好み、愛情深く、謙虚で、寛大で、正直で、信頼できる。この二匹はおまえの心の中でも、他のすべての人の心の中でも戦っているのだよ」
孫は少し考えてから尋ねた。「どっちのオオカミが勝つの?」 老人は微笑んでこう答えた。
「それは、おまえが餌を与えた方だ」

善いオオカミに餌を与える。
本を読んでから、人生の判断に迷ったときは、いつでもこの話を思い出してきた。善い方のオオカミを育てる。それを教えてくれたブレグマンさんに感謝している。なぜなら、そうすることですごく生きやすくなったからだ。自分が信じることを、心配せず、まっすぐにできるようになったからだ。

今日も私は『Humankind』を持ち歩いていて、隙あらば、この本を人に勧めようと思っています。telling,のみなさんにも、全力でおすすめです!

●『Humankind 希望の歴史』 (ルトガー・ブレグマン著 野中香方子訳/文藝春秋)

●ルトガー・ブレグマンさんのプロフィール
オランダの歴史家、ジャーナリスト、作家。著書に世界46ケ国でベストセラーになった『Humankind 希望の歴史』(文藝春秋)や、ベーシックインカムの可能性を指摘した『隷属なき道AIとの競争に勝つ』など。広告を排除したウェブメディア「デ・コレスポンデント」の創立メンバー

 

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人は優しい生き物? ずるい生き物? 『Humankind 希望の歴史』著者・ルトガー・ブレグマン氏とお話してきた!【前編】 さとゆみ#153 人は本来、とても優しい成分でできている。そして『希望の歴史』を読めば、もっと優しく親切になる
ライター・コラムニストとして活動。ファッション、ビューティからビジネスまで幅広いジャンルを担当する。自著に『女の運命は髪で変わる』『髪のこと、これで、ぜんぶ。』『書く仕事がしたい』など。
1989年東京生まれ、神奈川育ち。写真学校卒業後、出版社カメラマンとして勤務。現在フリーランス。