本という贅沢153『Humankind 希望の歴史 人類が善き未来をつくるための18章 上下』

さとゆみ#153 人は本来、とても優しい成分でできている。そして『希望の歴史』を読めば、もっと優しく親切になる

コラム「本という贅沢」。今回は33歳の歴史家兼ジャーナリストによる“世界を変えるかもしれない”1冊を取り上げます。思わず一気読みしたという書籍ライターの佐藤友美(さとゆみ)さんが紹介します。
さとゆみ#152 圧倒的絶望から、圧倒的希望へ。『世界のマーケターは、いま何を考えているのか?』で語られる新しい地球の歩き方

●本という贅沢#153
『Humankind 希望の歴史 人類が善き未来をつくるための18章 上下』 (ルトガー・ブレグマン著 野中香方子訳/文藝春秋)

あれは、昨年の夏。8月前半のことだったと思う。
私が「この人が面白いと言っている本は、(なるべく)読む」とひそかに決めている5人の友人知人有名人のうち、3人がSNSでこの本を大絶賛していた。

なので、秒の速さで買ったのが、この本です。
その後5ヶ月の間、外出するたび持ち歩き、出張のたびにスーツケースに入れ、「時間ができたら読むぞ!」と思っていた本でもある(早く読め)。

で、そんな本書なのだけど、やっと、読んだよ。
そして(読む前からそんな気がしていたんだけれど)、マジでほんと、5ヶ月も寝かしていたオレのバカ! と自分をポカポカしたいくらい、読み始めたら一気読み。どれくらい一気読みだったかというと、もう本から離れたくなくて、息子のご飯を2食連続でうーばーいーつさんにお願いしたくらい、一気読みでした。ああああ、もっと早く読めばよかった。

この本、母国のオランダでは25万部を突破(オランダの生産年齢人口は1100万人ほどなので、実に44人に1人に届いている!)、世界46カ国で翻訳されているのだけど、大げさではなく「この本が世界人口の何%に読まれるか」によって、これからの世界の方向性が変わるかもしれない。

たとえば、私の息子は小さい頃よく「どうやったら、戦争はなくなるの?」と聞いてきた。そう尋ねられると、ちょっと困ってしまうよね。ごにょごにょってなる。私も、「できるだけ、いろんな国の人と話をしてみるのがいいと思う」くらいに答えてきた。

だけど、「この本に書かれている話を、隣人に教えてあげる」ことが連鎖すれば、ひょっとしたら戦争はなくなるかもしれない。
それくらい、この本がしでかしたことは、すごいなと思った。「一冊の書籍が、人の思想と行動を変えうる」と感じたことは、これまでも何度かあった。けれども、この本が変えるかもしれない世界の変化ほど、大きな変化はないかもしれない。
たとえば、世の中から戦争がなくなるかもしれない、くらいの規模感。

この本で書かれていることを、ざっくりひとことで言うと、「人間の本質は、善である」です。

人間は本来、
・人に優しくしたいし
・思いやりを持ちたいし
・仲良く暮らしたい生き物なのだ
ということが、さまざまなデータから検証されている。

そして、
・人は、放っておけば悪さをする
・人は、できるだけ富を独り占めしようとする
・人は、他人よりも自分を優先する
の根拠とされた過去のさまざまな心理学的実験や歴史的事実が、「ほんとうに事実だったか」を検証し、それらの実験や歴史に隠された嘘や捏造を指摘している。

もちろん、歴史上の全ての出来事を検証しているわけじゃないし(そんなの無理だよね)、紹介されている事例にも偏りはある。
けれども、私たちがこれまでによく聞かされてきた「人間の邪悪さ」を語る実験や過去の有名なエピソードが、嘘や捏造であった可能性をこれでもかと並べられると(そして、なぜこういった捏造が行われるかのメカニズムも紹介されると)、いやこれ、知ってよかったなーと思う。

なぜ知った方がよいのか。
それは、「人は本来、とても優しい成分でできている」ことを知るだけで、世界全体が変わっていくから。

まだ読んでいない人は、「知るだけ」でいいのか? と思うかもしれない。
でもね、読めばその理由が説明されているんだけれど、「知るだけ」でいいんだって。
なぜなら、「人は本来、とても優しい成分でできている」ことを知れば、人は安心してそのように振舞えるメカニズムを持っているから、だそうです。

多分、この本を読んだ人のほとんどは、「ああ、やっぱりそうだったのか!(みんな、違うと言うけれど)私は、薄々そうじゃないかと思っていた!」といった感想を抱くと思う。そして、その感覚を多くの人が抱いたとき、世界は変わる。

ところで、この本の面白いところは、「性悪説(ex.ホッブズ)か性善説か(ex.ルソー)」という話だけじゃないところなんですよね。

作者のルドガー・ブレグマン(33歳だよ!)は、本書で

選ぶべきは厳しい処罰か、手厚い福祉か。 少年感化院か、芸術学校か。 トップダウンの経営か、権限を持つチームか。 一家の稼ぎ手としての父親か、育児に熱心なパパか。 あなたが思いつくほぼすべての議論が、元をたどればホッブスとルソーの対立にさかのぼる

と書いている。

そう。読んでいて驚いたのは、私がたまたまここ数日考えていたことや、友人たちと話をしたこと、ほぼこの本の中に書かれていることに、たどりつくなって。

・たとえば、私、3日前に『キングダム』読んで、投降した兵士たちを虐殺した武将・桓騎を、嬴政(のちの始皇帝)が断罪しようとするシーンで頭ぐるぐるなっていた(プライベート)。

・2日前には、「人間のようにふるまうAIを作るための教育方法として、賞罰モデル(アメとムチ)を使うのは是か非か」というアメリカの研究論文を読んでいた(仕事)。

・そして昨日は、ある方との対談で、私たちがお互い「ライバルを蹴落とすのではなく、協力して業界全体を良くした方が結果稼げる」という共通の考えを持っていることに気付いた(仕事)。

・その日の夜は、友人と「そういえば、なんで人間は一夫一妻制が良いって話になったんだっけ?」なんて話をしていたし(プライベート)、

・さらに今朝、「ストップ詐欺被害!私はだまされない」というNHKのコーナー番組があることを息子から聞いて知った(プライベート)。

これ、すべてここ数日の間の出来事なのだけれど、なんとこれら全部、この本で語られていた。これらの話が内包する根本的な課題、全部、書かれていた。
そして、これから私が人生で考えたり話したりすることの多くが、この本で語られていることにつながるだろうという予感もする。

下巻の帯には、「あらゆる分断を統合しうる一冊」という、斎藤幸平さんの帯コメントが書かれている。
読み終わったあと、この意味が、わかる。わかったときの、鳥肌って、さ。

というわけで、結構分量あるし大変なのだけれど、よかったら読んでほしいなー。
そうそう。
私、息子に「(戦争をなくすためには)できるだけいろんな国の人と話をしてみるのがいいと思う」と伝えてきたけれど、これは相当芯を食った回答だったらしいということも、本書のラストで書かれている。
最後はボロ泣きです。

それではまた、水曜日に

 

●佐藤友美さんの新刊『書く仕事がしたい』が10月30日に発売!

 

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さとゆみ#152 圧倒的絶望から、圧倒的希望へ。『世界のマーケターは、いま何を考えているのか?』で語られる新しい地球の歩き方
ライター・コラムニストとして活動。ファッション、ビューティからビジネスまで幅広いジャンルを担当する。自著に『女の運命は髪で変わる』『髪のこと、これで、ぜんぶ。』『書く仕事がしたい』など。

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