さとゆみ#170 許してくれてありがとう。『ぼくらは嘘でつながっている。』
本という贅沢#170『ぼくらは嘘でつながっている。』(浅生鴨/ダイヤモンド社)
嘘をつくことについて、私は人よりだいぶ多めに考えてきたと思う。
前にも書いたことがあるのだけれど、嘘つき歴が長くて、そのリハビリのために、テレビ制作会社に入社した。ドキュメンタリー番組に携われば、私の嘘つき根性を叩き直してもらえると思ったからだ。
でも、テレビ番組に関わってわかったのは、事実と事実を丁寧に繋いでも、ちゃんと「嘘」になるということだった。
ある点(映像)とある点(映像)を結ぶ。その選択がすでに、「私が繋ぎたかった」点と点なのだ。そうやって点をつないで線にする行為で描かれるのは、「私にとっての」真実でしかなくなる。
そんなの、嘘、だろ。
そのことに、入社数ヶ月で気づいて、大絶望した。
たとえそれがドキュメンタリーだとしても、そこに万人にとっての真実はない。
あるのは、「その人をどのように描きたかったか」という「私都合の物語」だ。
カメラは取材対象者を撮影しているけれども、そこで描かれているのは、半分以上「私の物語」なのだ。
と、そこまで考えを進めてはたと、閃いた。
そうか! 私が今まで「嘘」だと思ってきたコレは、「物語」のことだったんだ、と。
これは多分、私が人生で発見したことの中でも、ものすごく重要な発見だった。
真摯にドキュメンタリーを作ろうとしても、嘘になってしまうんだもん。
人間関係に嘘が混じるなんて、もう、全然不可避じゃん。
頑なに嘘ついたらダメって思わなくていいんじゃね?
そう思ったら、すっごく楽になった。
嘘をついてもいいんだ、というか、そもそもお互いに嘘(自分が見たかった真実)を交換しながら生きていくんだと思ったら、嘘、恐るるに足らず。
ただ、同時に思ったんだ。
でも、仕事に関しては。
これから自分がドキュメンタリーに関わるにあたって、作ってもいい物語(嘘)と、作ったらダメな物語(嘘)があるんじゃないかなって。
そこで私はいくつかルール出しをした。
それは、今で言えば、アプリで写真加工するのはどこまでアリ? みたいな雑なルールだったと思う。
でも、自分なりに、ついていい嘘とダメな嘘の線引きをしてきた。
そのルールは、今、インタビュー原稿を書いたり、エッセイを書いたりするときにも適応されている。
さらには、人間関係においても。人間関係はもっと雑に運用しているけれど、だいたい方向性の同じルールを適応している。
と。
そんなふうに、嘘について人一倍考えてきた私の、100倍くらい嘘について考えている変態的な人がいた!!!
浅生鴨さんだ。
まずは、アレです。
嘘の分類表!!!
もっと早く欲しかった。見たかった。
これがあれば、ルール出し、もっと楽だったよ!!!
そして、こっちの方が声を大にして言いたいけれど、もっと早くに、「そもそも、ぼくらは嘘でつながっている」ことを、知りたかった。
私は、なるべく嘘を排除しようとして、苦しい時期が結構長かったから。
ぼくらは嘘でつながっている。
こんな優しい指摘、してくれる大人と早く出会いたかった。
許してくれてありがとう。
鴨さんによると、
・嘘は人間が生き延びるために必要な能力であり
・嘘をつく方、つかれる方、双方に必要なのは優しさであり
・相手の嘘を知ろうとすることは、相手にとっての真実を理解しようとする行為であり
・それは世界の解像度があがる行為だという
そしてこれは、もっとも重要な指摘だと思ったのだけれど
・意思のある嘘をつくことだけが、無意識の嘘から身を守る方法であり、真実を語る方法であるという。
ここを読んでちょっと涙が出そうになった。
つい最近、人前で泣いた時のことを思い出したからだ。
書いても書いても、本当に書きたいことに手が届かない。
書いた瞬間に嘘になってしまう気がする。
書くのが苦しい。何を書けばいいのかわからない。
そんなことを話していたら、なんでだろう、涙が込み上げてきちゃったのだ。
年甲斐もなく恥ずかしい。
その話を聞いてくれた人は、私にこう言った。
「それは、物語のサイズが小さいからじゃないかな。大きな物語を書こうと思ったら、エッセイやコラムじゃ無理だ。やっぱり小説を書くしかないんだよ」
と。
その時、私は何を言われているかわからなかったのだけど、今回、この本の最終章を読んで、ああそういうことかと腑に落ちた。
大きな真実を語ろうとしたら、意思のある嘘が必要なのだ。
あの時、アドバイスをしてくれた彼も(シャープさんという人だったのだけれど)、鴨さんも、多分、同じことを言っているのだなと、気づいた。
この本は、24歳までの私が深刻に悩んでいたことに、シンプルな解(=嘘はついていい、いやむしろつくべきである)を与えてくれる本であり(当時の私には間に合わなかったけど)、
46歳の物書きの私が深刻に悩んでいることに、ひとつの方向性(=制限をかけない嘘は真実を描きやすい)を示してくれる本でもあった(こっちは間に合った)。
みなさんにおかれましては、どうだろう。
間に合うかな。それとも、間に合ってるのかな。
●佐藤友美さんの新刊『書く仕事がしたい』が10月30日に発売!
『書く仕事がしたい』
著:佐藤友美
発行:CCCメディアハウス
書く仕事を20年以上続けてきた佐藤友美さんが、「書くこと以上に大切な、書く仕事のリアル」についてまとめました。 書く仕事がしたいと考えたり、長く物書きとして生計を立てていきたいと思っていたりする方にオススメの1冊です。
●佐藤友美さんの近刊『髪のこと、これで、ぜんぶ。』は発売中!
『髪のこと、これで、ぜんぶ。』
著:佐藤友美
発行:かんき出版
「本という贅沢」でおなじみで、ヘアライターとしても約20年にわたり第一線で活躍してきた佐藤友美さんの新刊が発売。 髪にまつわる「293の知っておくと良いこと」が1冊につまっています。