上司の「やさしさ」がいらない女たち 飲み会「SSR」の悩みとは……
飲みの場があったから作れた、「斜め」の関係性
「誘い文句を間違えたら、内部通報されるんじゃないか」と、上司に思われていたみたいで……。
Kさんは、情報産業系企業に勤める25歳、社会人3年目だ。入社当時の部署は一切同僚たちとの飲み会がなかった。当時の部門長は男性で、「異性の後輩を誘うのはハードルが高い」とのことだった。なかなか入社すぐの1年目の自分から先輩たちを誘うことも難しく、誘われ待ちの状態で約2年間を過ごしたという。
当時のことを「もったいないことをした」と思う。ただ同じ部署に所属しているだけでは、同僚たちのパーソナリティーや、趣味などのプライベートな情報まで知る機会は少ない。仕事ぶりだけではその人たちの一部分しか見えず、根っこにある想いや人柄まではがなかなか理解しきれない。
昨年、社内で部署異動があり、“飲みニケーション”が活発な部署に移った。今では週に2、3日は同僚たちと飲みにいく。Kさんは「めっちゃドライ」だった以前の部署より、密な関係性が築ける今の部署のほうが好きだ。
飲み会に誘われて一度行くと、次回からはどんどん誘うハードルが低くなるのか、Kさんはもはや飲み会の「スタメン」になりつつある。飲み会に来る人、来ない人は徐々に固定化されていく。Kさんにとって飲みの場は、繋がりが作れる最高の機会。仕事は一緒にしたことがないが、よく喋るようになった「斜め上のお兄さん、お姉さん」が増え、直属の上司や一緒に仕事をしているチームメンバーではないからこそ、仕事での悩みなども相談しやすい。
飲みの場くらい「後輩力」を発揮させて
悩ましいのは、ちょうど新型コロナウイルスが広がり始めた頃に入社したKさんは、先輩から「職場での飲み会ルール」なるものを教わったことがなかったこと。上座、下座といった座席の配置から、先輩の飲み物がなくなりそうになったら次に飲みたいモノを聞く、取り皿が汚れてきたらお皿を交換するなど、ともすると「旧来型」といわれるような飲み会での”こうすべき”というマナーを知らずに、会社員2年目に突入した。
コロナの制限が緩和され始め、一気に飲み会が増えたが、そのときにはすでに後輩がいる状態だった。当初は後輩に何も教えられることがなくて困ったというが、その後“実践”を積んだ結果、今では後輩のケアから酔い潰れた先輩のケアまで慣れたものだ。一方で、入社10年目くらいの先輩たちは、グラス交換さえも「俺やっとくよ」というスタンスの人が多く、「後輩力」を発揮する場所がないのがもっぱらの悩み。きっと先輩たちも、「古いおじさん」と思われるのが怖いのだろうし、その配慮はやさしいな、有難いなと思うけれども、先輩を立てることができないことに後ろめたさも感じる。先輩たちを尊敬しているからこそ、仕事だけでなく、飲みの場くらい何かしたいのに、逆にお世話してもらっちゃったら、後輩としての立場がないのだ。
実はそうして優しくグラスを交換してくれる先輩たちも、「本当は後輩力を期待してるんじゃないか」と思ってしまったりもする。喫煙所で男性先輩が「あいつ先に潰れちゃって、タクシー捕まえるのとか全部俺にやらせたんだよな〜」と愚痴をいうのをたまたま聞いて、怖くなった。その先輩と後輩の関係について、Kさんは知らない。もしかしたらすごく仲が良くて、実は「愛あるいじり」なのかもしれない。それでも、「自分も気をつけなきゃ」と、思った。
同僚以上、親友未満
10年目くらいの先輩たちは、仲の良い同僚たちでW杯を現地まで見に行ったり、休日も家族ぐるみでBBQしたり。「どうやってそこまで仲良くなったんだろう」と思う。ようやく「飲み会」で親しい関係性が築けるようになっても、まだまだ「一線」を超えられていない気がする。飲みの場は自分も相手も盛り上げることに終始するから、真剣な話はあまりできないし、絶妙に安全な距離感だけど、それ以上は踏み込めない。飲み会の常連メンバーにはなれても、もう一歩踏み込んで今後のキャリアの相談や人生観の話を真面目にできるような深い関係性がなかなか築けない。築き方が分からない。「真面目な話は後輩が求めていないはず」という上司のやさしさゆえに、このままだと永遠に「飲み会」仲間で終わってしまうのではないかと心配だ。
コロナをきっかけに、無理しなくなった
もう一人紹介するのは、Kさんとは真逆で、オフィシャルな飲み会以外はほとんど参加したことがないというMさん。彼女もおなじく25歳、金融業界で働き始めて3年目だが、飲み会は苦手。前日に“メンタルセット”が必要だから、前々から予定される「慰労会」「歓迎会」などオフィシャルな会ならまだしも、残業後の流れで急な飲み会なんて、「行けたもんじゃない」。
職場の上司とは、近過ぎでも遠過ぎでもなく仕事の話はできる“ちょうどいい”距離感。飲み会に行かない人も許容される職場の空気が居心地いい。もともと人と仲良くなるのには時間がかかるタイプで、友だちとも狭く深く交流するタイプだという自覚がある。
自身の職場では、コロナ以降、「みんなで」という強制力がなくなった結果、本当に飲みたい人が参加し、そこまで“飲み会モチベ”が高くない人は飲み会に一切行かないという二極化が起こっているという。Mさんは、正反対の人たちと自分を比べ、仲良くなるチャンスを逃しているんだろうなと、ふと思うことはある。それでも激しい飲み会には行きたくないし、気を遣わないで済む楽な方へと、つい帰宅してしまう。
飲み会「SSR」には、みんなやさし過ぎ!
「私はSSRなんです。」とMさん。SSRとは、ゲームでいう「スーパースペシャルレア」キャラクターの略で、飲み会に来ようもんなら「え、今日来たの?!」とびっくりされる存在。周りもMさんのことをわかっているらしく、乾杯の際にグラスを飲み干さなければならないいわゆる“乾かし”も、20人ほどの飲み会でも唯一やらなくてもいいよ、と言われる。二次会だって「一次会で帰っても大丈夫だよ」とこっそり帰らせてもらえる。そんな環境をMさんは素直に有り難いと思う。
飲み会は、行かなければ行かないほどハードルが高くなり、久々に飲み会がある前日は怖い。「上座ってどこだっけ?」「なにかやらかしてしまうんじゃないか――」。いわゆる「飲み会ルール」を叩き込まれないまま、ここまで年次を重ねてしまったことに焦りも感じている。いつか失敗するのが怖いから、本当は年次が若いうちに処世術として知っておいて、自然にできるようになりたい。場数を踏んでないからこその恐怖。飲み会というものから足が遠ざかることが続き、苦手意識は強まるばかりだ。大学生のときは一度粗相をしたとしても、4年間限定の付き合いだから別に気にならない。一方職場は、毎日顔を会わせる人ばかりだし、転職でもしない限り、今後も繋がりがある人たち。いくら「前時代」的な強要がされなくなったとはいえ、飲み会での立ち振る舞いを見られている気がして、緊張してしまう。
後輩への配慮が、いつのまにか心の距離感へ
一方で、自分自身の性格の問題はさておき、ドライな上司に対してモヤモヤも感じている。上司との面談時に、ワークライフバランスとかライフキャリアというワードを出した瞬間、「俺は男だから、、」と予防線を張られた。「下手な話はできない」という上司の考えがよくよく分かってしまったし、投げ出された感じが悲しかった。飲み会が得意でないことへのケアはいいけど、ケア=距離をとられること、は望んでいない。自分よりもう少し年次が上の先輩たちは、会社の先輩後輩の関係性にはもはやみえないほど“マブダチ”のような人がたくさんいるようで、そういう関係性が羨ましい。
こうしたMさんにとって職場での理想のコミュニケーションは、「飲み会」ではなく「ご飯会」。上司からすると、若者とのコミュニケーションは、お酒か恋愛の話だと思われているようで、「飲み会」では仕事とか人生の話はしないのが暗黙のルール。本当は、仕事や家族、キャリア、人生の話までをフランクに先輩と話せる場が欲しいから、飲み目的ではなく、いつもよりちょっとイイご飯をみんなで食べながら雑談するような「ご飯会」が理想なのだという。
博報堂キャリジョ研が今年2月に、20-30代女性たちに「職場の関係性に関する意識調査」を実施したところ、回答者150人中「職場がドライだとおもう」「すこしドライだとおもう」と回答した女性は61人、全体の約40.7%にのぼった。また、「いまの職場の関係性を変えたいか」の質問に対しては、「ドライだとおもう」「すこしドライだとおもう」と答えた女性たちの27.9%が「変えたい」と回答。一方で、「変えたくない」、「どちらでもない」と答えた女性たちもまた、ほぼ3分の1ずつと意見が分かれた。まさに対処が難しい、一筋縄でない問題であることがわかる。「変えたい」派に、具体的に変えたいことを尋ねると、「上司に気軽に相談できる雰囲気作りをしてほしい」「もっと質問したり、寄り添ってもらえたりする空気感にして欲しい」など、目に見えない職場の「雰囲気」「空気感」をどうにかしたいという声があがった。
前述の2人の話や、アンケート結果から考えるに、「飲み会」「食事会」は、関係性づくりのひとつのきっかけであり、「飲み会はするべき」「しないべき」の二項対立では片付けられない込み入った問題であることがわかる。世代ごとに価値観を一括りにすることはシンプルでわかりやすいが、「最近の若者はこうでしょ」と距離を取られてしまうことに寂しさを覚える人もいることを知って欲しい。「異分子」的なタイプや異なる世代が存在すると、「とりあえず安全な方へ、触らない方へ」とケア・配慮の必要性を考えてしまうのがいまの社会だが、ひとりひとり異なる志向に向き合える、選択肢のある職場関係がこれからは必要なのだろう。