「被害者も前を向いていけたら」 映画「ブルーイマジン」、監督の#Metoo体験ももとに女性の連帯を描く
巣鴨にあるという設定のシェアハウス「ブルーイマジン」が舞台。映画監督から性暴力を受けた俳優志望の女性主人公をはじめ、様々な人たちが集い、互いの傷に寄り添います。
これを撮った松林麗監督は、16歳で芸能界に入り、「松林うらら」という名前で俳優として活動してきました。
「なんであのとき、ちゃんと言えなかったんだろう……」
俳優志望の乃愛(のえる=山口まゆ)は、2年前に映画監督から配役をちらつかされ、性暴力を受けた。当時、弁護士の兄(斉藤俊太=細田善彦)から「訴えても傷つくだけだ」などとアドバイスされ、誰にも被害をあかせずにいた。だがストーカー被害に悩む知人の相談にのったことで、乃愛は、性暴力やDV、ハラスメント被害を受けた女性たちを救済するシェアハウス「ブルーイマジン」の存在を知る。巣鴨三千代(松林うらら)という女性が相談役をつとめ、住人たち皆が心の傷みを受け止めていた。
乃愛は三千代のアシスタントをする中で、自身の心の傷と徐々に向き合えるようになっていく。そんなとき、かつて自分に性暴力をふるった監督から同様の被害を受けた女性・凜と知りあう。2人は勇気をふりしぼって声をあげ、行動を起こそうとするが…。
被害者のレッテルと沈黙と
松林監督はこれまでにも、自身がプロデュース・主演したオムニバス映画「蒲田前奏曲」(2020年)で、映画界にはびこる女性蔑視を描いてきました。「当時の日本では映画界での性被害問題を真っ向から表現する人は少なく、『ようやく日本でも#MeToo運動を描いた映画ができた』と注目されました。でも社会に大きな変化は起きませんでした。『蒲田前奏曲』の監督たちから受け取ったバトンを引き継ぎ、今度は私が監督を務めたい、そう強く思ったのです」と言います。被害にあった当事者たちの目線を第一にした映画を作りたい、と決意したそうです。
「#Metooムーブメント後、SNS上では、正義心から声を大にして発信する第三者が入り乱れていました。被害者に『連帯せよ』と強要した人もいて、私は違和感をおぼえました。当の被害者たちが置き去りになっているように感じたのです。私自身も当事者であると発言したことで、すごく神経をすり減らし、見えない圧力も感じました」
巣鴨にあるシェアハウス「ブルーイマジン」は架空の場です。蒲田を舞台にした「蒲田前奏曲」に続き、町の記憶が密接に結びついた物語となっています。
「その町に集う人たちと町の歴史は切り離せないものがあると思います。実は巣鴨は、あの女流文学結社・青鞜社(せいとうしゃ)が始まった場所なのです。日本の女性運動の先駆けとされる平塚らいてうや伊藤野枝が集まり、『女梁山泊』とも呼ばれていたそうです」
主人公の乃愛は、伊藤野枝の名前からとっており、タイトルの「ブルーイマジン」も、青鞜社へのオマージュ。現在の巣鴨には多国籍住民が集うシェアハウス「Ryozan Park」があり、多様なイベントが開かれ、松林さんもよく訪れているそうです。「様々な背景の人たちを受け入れてきた巣鴨で、もし女性が集うシェアハウスがあったら……と構想をふくらませていきました」
しかし、プロットを書き進める中で、松林さんは壁にぶつかりました。「自分の被害経験を物語にするのは難しかった。自分が被害者だという意識があまりにも強く根付いていたため、プロットを書き進めるなかで、自分にはできないと逃げてしまいました」
そんなとき、松林さんは「東京フィルメックス」という映画祭で、同い年の後藤美波さんと出会います。後藤さんは、東京大学で美術史学を学び、米コロンビア大学大学院フィルムスクールを修了、日米で数々の短編映画を監督・プロデュースをしています。松林さんは、「彼女の監督作である短編映画『ブレイカーズ』をみて深く感銘し、この人になら頼めると確信しました。後藤さんとはたくさんディスカッションしました。後藤さんが書いてくれた脚本の第1稿をみて、私自身が救われる思いでした」。後藤さんというパートナーを得て、「この映画を必ず完成させよう」と奮い立ったそうです。
「ジャーナリストの伊藤詩織さんや#Kutooを提唱した俳優の石川優実さん、元自衛官の五ノ井里奈さんら、自らの経験を告発する女性たちが出てきて、昔よりは被害者も声を上げやすくなっています。そしてそうした被害者たちの声が社会を動かしているな、と実感します。でも過去のトラウマに向き合うには、やっぱりすごく痛みが伴います。『被害者』っていうレッテルを貼られるのは嫌なのです。それまで私は自分の被害について沈黙することを選択してきました。でも作品作りを通じて、自分自身を見つめ直すことから逃げない方がいいなと思えるようになったのです」
松林さんは役者に対して、「被害者」の側面を強調しすぎないようにと話しました。
「主演の山口まゆさんや俳優の皆さんはものすごく真剣に性被害について考えてくれました。山口さんからは『監督の体験をきかせてほしい』『被害者がどう感じて何に悩んだか本当に分からないから、監督に寄り添いたい』とも言われました。それは私にとって本当にとても救いになりました。でも『被害者をきちんと演じなくては』と考えすぎて、悩んでしまい、撮影が止まってしまった時もありました。私は『被害者であっても、普通の人間で、生活をしている。ずっと下を向くのではなく、前を向いて欲しい』と伝えました」
ブルーイマジンでは、被害を受けている最中のシーンは描かれていません。ですが、その前後は詳細に描かれています。暴力を受けた後、女性たちがうつむき加減で足早に被害現場を去る場面で、同意が全く無い行為だったことを伝えています。「被害を受ける場面を直接的にみせる必要はないと思いました。裸をみせることが『体当たりの演技』と言われてしまう今では、『濡れ場』として消費されてしまいます。どうしても『女優が脱ぐ・脱がない』という話題になるので……」
作品中、打ち上げのシーンで「役者は尻の穴を他人にみせる覚悟が必要だ」と演説する男性の監督の話に、俳優志望の若者たちがうっとりと聞き入る場面は、とても滑稽です。自分が囲う小さな世界での権力に酔いしれて慢心する「裸の王様」状態の男性を描き出しているからです。「私もかつてワークショップで同じようなことを言われて、覚悟を問われたんです」と松林さん。俯瞰したカメラワークで、たっぷり皮肉を込めて、その滑稽さをあぶりだしました。
作中には様々な人たちが集います。乃愛と共にブルーイマジンに住む友梨奈(北村優衣)は、金銭を受け取って男性と交際する「パパ活」相手からストーカー被害を受けました。ブルーイマジンに住むようになっても、また平然と援助交際に手を出してしまいます。友人である佳代(川床明日香)は心配と怒りで、厳しい言葉を友梨奈に投げかけます。
「生きていくなかでは、自分がいつも正しいわけではない。自分も誰かを傷つけたことは絶対にあると思います。性被害の当事者も様々です。友梨奈のような女性もいますし、佳代のように被害者の心境をつかみかねて悩む女性もいます。キャラクターに善悪はつけたくありませんでした。いろんな視点で俯瞰することで、観客に答えを提示するのではなく、問いを投げかける映画にしたかったのです」
声を上げる被害者には、あらゆる声と視線が投げかけられます。劇中でも、男性の新聞記者から「仕事が欲しかったんでしょう。役がもらえなかった復讐心で訴えているだけでは」と嘲笑される場面があります。その記者は「同僚の女性記者たちは『女』であることを上手に使い、取材相手にうまく食い込み成功している」と吐き捨てるように言っていました。いまも社会のあらゆる場で男性が意志決定権を握っていることで、女性が普通に仕事をしようとするだけでセクハラの被害にさらされ、成功すれば「女を使った」と非難される――。女性に向けられる蔑みの視線は、芸能界だけの話ではないのです。
勇気を振り絞って被害を告発したとしても、被害者に対して「なぜ二人きりでお酒を飲んだのか」「なぜ二人きりで部屋にいたのか」「被害者のくせに笑っている」「被害者らしくない服装・ふるまい」という批判が待ち受けています。それゆえ口を閉ざす被害者も少なくありません。
無条件で受け入れる 温かな連帯に希望
松林さんが演じるブルーイマジンの管理人・三千代は、あらゆる人の声に静かに耳を傾け、まずは「大変だったね」「辛かったね」と受け止めてくれます。現実の世界では、そうやって無条件で受け入れてもらえる場所や人にたどりつき、連帯することはまだまだ難しい。だからこそフィクションの可能性も感じさせる内容にもなっています。
ラストに乃愛らがある手法で、加害者に立ち向かう場面があります。松林さんは「乃愛を演じた山口さんも『こんなことするのは絶対無理』と、とても葛藤されていたのですが……。そこには私自身の『こうなったらいいな』という気持が入っています。現実で出来なかったことが、フィクションの世界で叶えられると、勇気づけられるし、その次の行動につながると思うのです」
歴史を振り返ると、映画では未来を予想したり、未来に期待を込めたりした物語が描かれてきました。映画の中では、すでに女性の米国大統領や日本の首相も誕生しています。
それと同時に、映画には時代の空気感を閉じ込めて後世に伝えるタイムカプセルの役割もあります。たとえば、1990年公開のラブコメディー映画「プリティ・ウーマン」は、男性実業家(リチャード・ギア)が娼婦の女性(ジュリア・ロバーツ)を淑女に育て上げていく物語で、当時大ヒットしました。ですが、いまになって見返すと、男が女を自分好みに変える、という極めて男性本位なストーリーで、女性の自立とはほど遠い内容になっているとも言えます。
被害者が口を閉ざさざるを得ない、まだまだ声をあげにくい現代の雰囲気を描いた「ブルーイマジン」が5年後、10年後の人々にはどう見られるのでしょうか。「当時はこんなに酷かったんだ」と驚かれる社会に、社会が良い方向に変わっていることを願わずにはいられません。そしてブルーイマジンで実現されていた女性たちの温かな連帯が、より広がっていることを心から願うばかりです。
■映画「ブルーイマジン」
公開 :3月16日(土)新宿K's cinema他、全国順次公開
配給 :コバルトピクチャーズ
©Blue Imagine Film Partners
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