『マリア 怒りの娘』

Beyond Gender#22

「母のようにはなりたくない」。母娘の深き関係。ニカラグア映画「マリア 怒りの娘」

貧困に苦しみながらも、懸命に生きてきた母と娘。しかしある日突然、母は娘の前から姿を消し……。2月24日公開のニカラグア映画「マリア 怒りの娘」は、母の不在に戸惑い、怒り、悲しむ11歳の少女マリアの心の旅路を描いています。内戦や独裁政権による混乱で苦しむニカラグアで、これまでに作られた長編映画はわずか数本。この映画は、女性監督が作った長編映画としては、ニカラグア初となります。自身も母親との関係に悩み、一時は「母のようにはなりたくない」と考えたというローラ・バウマイスター監督に、今作に込めた思いをききました。
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愛情表現が不器用な母、怒れる娘

ニカラグアと聞いてすぐに場所を思い出せる人は少ないかもしれません。メキシコの南、中米に位置するニカラグア共和国は人口約662万人(2020年世界銀行調べ)。面積は約13万平方キロメートルで、北海道と九州を合わせたくらいの広さです。内戦が続いた後、現在4期目となるダニエル・オルテガ・サアベドラ大統領が独裁政権を握り、国民の多くは長く貧困にあえいできました。

外務省のホームページより
外務省のホームページより

映画「マリア 怒りの娘」の舞台となるのは、ニカラグアのマナグア湖に隣接する広⼤なゴミ集積場です。工業排水や生活排水などが流⼊して汚染され、湖畔にゴミが打ち寄せられています。マリアと母リリベスは、ゴミの山から金目の物を回収してなんとか暮らしています。政府による締め付けでゴミ回収が難しくなり、生活が苦しくなったリリベスは、マフィアがらみの危険な仕事に手を出します。目論見が失敗し追い詰められたリリベスは、リサイクル業を営む知り合いの夫婦にマリアを預けます。激しく抵抗するマリアに「すぐ戻る」と言って聞かせたものの、リリベスはその後行方が分からなくなり――。

リリベスは女性であるがゆえに周りの男たちから下にみられ、時には性暴力の危険にもさらされてきました。生活に余裕がないため、娘とのやりとりは、いつもトゲトゲしています。愛情表現は不器用ですが、娘には「疲れた馬みたいに下を向いていちゃダメ」「欲しい物は自分で勝ち取れ」と、誇りを失わず強く生きることを伝えようとしてきました。

そんなリリベスが簡単に娘を捨てるわけがない。娘を守るための、やむを得ない選択だったのだろう。観客にはそれが想像できますが、幼いマリアには事情がよく分かりません。マリアが母に抱く感情は怒りに似たものになります。この母と娘の間に絶えずある緊張感がとても印象的でした。

「マリア 怒りの娘」

ローラ・バウマイスター監督は今回、なぜ母と娘の関係をこのように描こうとしたのでしょうか。日本での公開に合わせて、彼女にインタビューしました。監督は、「自分と母親の関係がまさにそうだった。母はとても優しかったと同時に、娘の存在を拒否する側面もあった」と振り返ります。

監督の母親はニカラグアの革命に身を投じ、女性の地位向上のために運動して米国ハーバード大学に留学した知識人だそうです。「母は『娘のために献身的に尽くす』というステレオタイプ的な母親ではなく、娘を突き放し、放っておくタイプでした。だから幼い私は寂しさを感じ、母のような大人にはなりたくない、とすら思っていたのです」。そうした日々から、自然と、幼い頃から「母親らしさ」について考えるようになったそう。
「成長してフェミニズムについて学ぶうちに、そういった『母親の規範』のようなものが、社会の定義する『女性らしさ』に密接に結びついていることを知りました。私は世間でいう優しく愛情あふれる母親像から逸脱してしまう女性、子どもを生んだものの『母親』にはなれない女性たちを映画で描きたいと思い、これまで短編をいくつか作ってきました」

ローラ・バウマイスター監督
ローラ・バウマイスター監督

作品中でマリアが預けられた施設には、身寄りのない⼦どもたちが多く暮らし、廃棄物のリサイクル作業を⼿伝っていました。その経営者夫妻は、外からみたら「児童労働で子どもたちを搾取している」と見えなくもありません。しかし、夫妻が子どもたちを見る目は温かく、「行き場のない子どもたちをなんとか守りたい」という一心で、ギリギリのところで生活をやりくりしていました。

監督は「人間は誰しも複雑なものだと思うんです。完全な悪人も完全な善人もおらず、一人の人間の中にアイデンティティが幾層も重なっていると思うんです。私は光か陰かの択一ではなく、光と陰の両極で揺れているような人物を描きたいのです」

「感情の辞書」を植え込んでいく作業

その経営者夫妻や施設にいる子どもたちから優しい言葉をかけられても、マリアは頑なで心を開きません。「いつ母親が戻ってくるのか」ばかり考えています。マリアを演じたのは、それまで演技の経験がなかったアラ・アレハンドラ・メダル。周りに心を閉ざし、時に空想の世界にのめり込んで、母を追い求める切ない姿と強烈な意思を発する瞳がとても印象的です。

「演技経験のないアラと仕事をするのは、挑戦でした。アラは元々反抗的なところがあり(笑)、まさにマリアのような少女だったんです。演技指導のコーチをやっている友人女性にも手伝ってもらい、マリアの役を作り上げていきました」

3カ月ほどかけて、アラの内面に「感情の辞書」のようなものを作っていったと監督は言います。「例えば怒り、喜び、悲しみといった感情をどう体で表現していくかを、アラの体の中に植え込んでいったんです。アラは脚本にあるセリフを完璧には覚えられませんでした。『これからシーン35』といわれても、それが物語の中でどういう位置付けかよく理解できなかった。だから『ここは、子犬のシーン』という感じで、登場する動物などで具体的にイメージ付けて、彼女が全体を把握できるよう工夫しました」。子役を過度に追い込み、感情を引き出す手法ではなく、寄り添い時間をかけて役を作りあげていく。そうした監督の姿勢が垣間見えました。

「マリア 怒りの娘」は、カナダのトロント国際映画祭や韓国の釜山国際映画祭といった著名な映画祭で高い評価を受けました。しかし、「国の暗部を誇張して伝えた」として、ニカラグアでは独裁政権の怒りを買い、国内で上映できていないそうです。監督も故郷に戻れず、現在はメキシコで暮らしています。

「故郷で上映できないのはとても残念です。そのかわり、これまでコスタリカや米国のマイアミといった、ニカラグア移民が大勢いる場所で上映しました。大勢の女性たちが涙を流しながら映画を見てくれて……。ニカラグアなまりのスペイン語やゴミ山の景色に触れて、故郷や家族を思い出してくれたようです。韓国の釜山で上映した時は、『朝鮮戦争が終わった後の混乱や貧困を思い出した』と自分と関連づけて、遠いニカラグアの映画に心を寄せてくれる人もいました」

「マリア 怒りの娘」

今月 、映画の公開にあわせて来日するという監督。「尊敬する是枝裕和監督や宮崎駿監督を生んだ日本に行けることはとても嬉しいです。日本語は分かりませんが、映画館で観客のみなさんのエモーションをたくさん受け止めたいです」と語ります。

日本人女性の熱意が公開のきっかけに

今回、日本でこの映画を配給するのは、配給・宣伝会社「ストロール」です。映画の宣伝や字幕製作といった仕事に長く携わってきた湯川靖代さん(51)が、介護や出産・育児を経て、「自分が心の底から伝えたいと惚れ込んだ映画に、自分のペースで携わりたい」と、2022年に一人で会社を立ちあげました。「様々な人と仕事をする中で、パワハラや『振り返ってみたらあれは女性差別だった』というような扱いを受けたこともあります。 介護や育児を経て、長時間労働が当たり前の働き方に疑問を思った今だからこそ、伝えたいと思う映画がはっきりしてきました」

湯川さんが最初に上映権を買い付けたのが、韓国のオムニバスドキュメンタリー映画「アフター・ミー・トゥー」でした。この映画については、このBeyond Genderの連載の中で少し触れています。

「マリア 怒りの娘」は2022年に釜山映画祭で見て、一目ぼれしたそうです。「日本映画にある母と娘の関係は、毒親や虐待をする親などワンパターンなものが多い。この『マリア 怒りの娘』は、悲惨な状況にありながらも娘マリアをたくましく育てようとする母親リリベスが深く描かれていました。リリベスを陰ながら見守る町の女性たちの視線も印象的でした。女性をエンパワーメントする物語でもあり、観客は母娘の暮らしの背後にある環境問題や貧困についても思いを巡らすことでしょう」と力を込めて語ります。

「マリア 怒りの娘」

日本でなじみのないニカラグア映画を買い付けることは、映画会社に所属していたら許可されなかったかもしれません。「不安のあまり夜中に目覚めてしまうこともありました。でも、この映画を日本で上映することができてよかった」

映画が観客のもとに届くまでには、映画制作の現場だけでなく、映画祭や宣伝・配給、映画館など実に多くの人の意思が反映されます。湯川さんの熱い思いがなければ、「マリア 怒りの娘」は日本で上映されることはなかったでしょう。遠路はるばる来日するバウマイスター監督の思いと共に、ぜひ劇場でご覧ください。

写真:(C)Felipa S.A. - Mart Films S.A. de C.V. - Halal Scripted B.V. - Heimatfilm GmbH + CO KG - Promenades Films SARL - Dag Hoel Filmprooduksjon as - Cardon Pictures LLC - Nephilim Producciones S.L. ‒ 2022

女性だからか?実力の問題なのか? 女性の働きづらさを映画界から考えた レインボーパレードで思い浮かんだ“地方の息苦しさ”。故郷を帰りたい街に
朝日新聞記者。#MeToo運動の最中に、各国の映画祭を取材し、映画業界のジェンダー問題への関心を高める。
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