セックスは、男性だけのものじゃない。映画「ラ・メゾン 小説家と娼婦」主演俳優と監督に聞く、セクシュアリティの自由と権利
欲望に忠実な女性に挑戦
――原作となったエマ・ベッケルの自伝小説「La Maison」は、出版当時、賛否両論を巻き起こしたそうですが、アニッサ・ボンヌフォン監督は、原作のどういったところにひかれたのでしょうか?
アニッサ・ボンヌフォン監督(以下アニッサ): 現代社会では、女性がセクシュアリティについて自由になることに、批判的な意見を持つ人がとても多いと感じます。祖母が生きた時代から人々の意識はずいぶん変わり、女性たちも自由に生きられるようになったはずなのに。今の時代はSNSがあり、そこには暗黙のルールのようなものがあって、私たちはそのルールに縛られ、常に周囲の目を気にしなくてはならなくなっています。
ところが、原作者であり、主人公であるエマ・ベッケルは、そんなことはものともせず、自分の欲望に忠実に、そして大胆に突き進みます。そんな彼女の生き方にとても心ひかれたんです。批判はもちろんあるでしょう。でもだからこそ、私は挑戦したかったし、映画を通して今の世の中に問題提起をしたかったのです。
――まさに体当たりでエマ役を演じたアナ・ジラルドさんですが、娼婦を演じることに不安や抵抗はなかったのでしょうか?
アナ・ジラルドさん(以下アナ): 私はアニッサとは全く逆で、はじめはとても不安でした。私はどちらかといえば周りの意見を気にするタイプで、できればみんなに好かれたいし、批判は受けたくない。でも、この映画の原作を読んだとき、危険を顧みずに自分の欲望を貫き通すエマに称賛の気持ちを抱きました。それから、これを映画にしようと考えたアニッサに対しても。
エマのように自信を持つには、まず、自分を好きになる必要があると思いました。でもそれは私にとって、簡単なことではありませんでした。
――アナさんは、役作りのためにパリの老舗キャバレー「クレイジー・ホース」でトレーニングを受けたことが話題になっていますね。これまでの自分を変えるため、自分自身と向き合うことはつらい作業でもあったのではないでしょうか。
アナ: 「クレイジー・ホース」では、ダンサーについてもらい、裸でハイヒールを履いて歩く練習や、鏡の前でポージングをしながら自分を見つめる、といった稽古を重ねました。これは精神的にもかなりハードなものだったのですが、この期間を通じて自分の中にあった障害を一つ乗り越えられたような気がします。
アニッサ: 厳しい稽古を通じて、アナがエマになりきっていくプロセスに監督として立ち会うことができたのは、とても素晴らしい経験でした。アナの中に何か強いものが生まれていくのを見てとることができたんです。
――アナさんの変化を最も感じたのはどんなときでしたか?
アニッサ: 稽古期間中のある日、彼女から「うちにきてくれない?」と連絡があって。彼女の家を訪ねると、玄関を開けて続く長い廊下を、向こうからアナが歩いてくるんです。まるでランウェイを歩くように、優雅に、セクシーに。私は彼女に誘惑される男性の気持ちになって、ドキドキしてしまいました。そうして彼女は、稽古の成果を見せてくれたわけです。「あなた、変わったわね! すごく成長したわ」と、伝えたことを覚えています。その彼女の変化は一過性のものではなく、俳優として、あるいは女性として、何か確固たるものを身につけたように感じました。
アナ: エマを演じることによって、自分の中に、今まで気づいていなかった女性のパワーを見出すことができたような気がします。でも、それは常にアニッサが私を見ていてくれたから。その安心と信頼があったからこそ、より深く作品に入り込むことができたと感じます。
カウンセラー的な役割も
――映画の中でも、エマが「娼婦」として働くことを妹が激しく非難しますが、セックスワーカーに対して偏見を持っている人も多いように感じます。お二人はどのようなイメージを持っていましたか?
アニッサ: これまでは、売春というものを真剣に考えたことはありませんでした。多くの人がイメージするように、そうせざるを得なくて仕方なく、あるいは強制的にこの職業についているんだろうと思っていましたし、男たちの犠牲者であるというような、か弱いイメージもありました。ところが、この映画を作るにあたり、実際にセックスワーカーの人たちを取材して、そうではない女性もいるのだということに気付かされました。
例えば、あるSM嬢は、学歴も高く、大手の会社でキャリアを積んできた女性でしたが、自ら選択してSM嬢になり、今、とても生き生きと自分の人生を生きている。それはとても豊かなことだとも思えました。
アナ: 私もアニッサ同様、これまで売春に対して深く考えたことはありませんでした。ただ、今回の役を通じて、娼婦はセックスというサービスを与えるだけでなく、クライアントの話を親身になって聞く、カウンセラーのような役割も持っているのかもしれないと気づきました。それは、人としての思いやりや優しさがなければできないこと。そうした側面から見ると、素晴らしい職業であるとも感じました。
アニッサ: もちろん彼女たちの多くは、心から望んで娼婦という職業についたわけではありません。そこには苦渋の決断だってあったかもしれない。でも、最終的にはそれをやらされているんじゃなく、「自分が責任を持ってやるんだ」という、肯定的なスタンスで仕事をしている女性はとても強いと感じましたし、魅力的でした。
――まさに、エマも、取材という目的はありながらも選択的に娼婦になりましたよね。
アニッサ: そうなんです。多くの女性はなんらかの事情によって仕方なく娼婦という職業を選んでいるのに対して、エマは自らの意思で選択して娼婦になる。そこには自分でも気づいていなかったセックスへの欲望があるのかもしれない。私はそこを綿密に探求してみたいと思いました。
――「ラ・メゾン」で働く娼婦の女性たちも皆、とても人間味があり、魅力的だと感じました。
アニッサ: 「ラ・メゾン」は、女性たちの巣のような場所にしたかったんです。そこに集まる娼婦一人一人出自も違えば、働く理由も違う。それをきちんと見せることが重要だと考えました。彼女たちの生きてきた物語は、決してシンプルなものではありません。でもその複雑さこそ、耳を傾ける価値のあるものだと伝えたかったんです。
「女性性」は、男性の目を引くためのものではない
――女性が自らの身体やセクシュアリティについて自分で決める権利SRHR(Sexual Reproductive Health and Rights)について注目が集まる今、女性がセックスワークを仕事(労働)として選ぶこと、その労働者としての権利を守ろうという声も広がっているようです。
アニッサ: セックスワーカーへの取材を通して、働く女性にはさまざまな理由があると知り、善悪で判断できることではないと感じました。ですから今回、私自身も娼婦たちをジャッジするような目を持たないようにしようということは、とても意識しました。
アナ: 売春というと、多くの人が否定的な捉え方をしますが、他の多くの職業と同じように、彼女たちの職業に対してもリスペクトが必要だと思っています。まずは、セックスワーカーの女性たちが安心して働くことができるよう、社会保障が追いついていかないといけないのではないでしょうか。
――日本でも世界でも、セックスワーカーは圧倒的に女性が多く、それを利用するのは男性が多いのが現状です。そこには社会の性差別の構造が反映されているようにも感じます。日頃、ジェンダーギャップや女性としての生きづらさを感じるようなことはありますか?
アニッサ: 映画業界では最近、女性監督が増えていると言われていますが、実際に統計を見てみると意外なほどパーセンテージが低いんです。それは、デビュー作に続く2作目を撮る女性がとても少ないことにあると思います。私生活で出産や育児があったり、資金調達ができなかったり、さまざまな理由があると思うのですが、女性にとってなんらかの障壁があるということは感じますね。
また仕事の面だけでなく、例えばセクシュアリティに関しても、性関係の多い女性は、「娼婦」「アバズレ」などと陰口を叩かれますが、男性の場合はそれを武勇伝として語る人も多く、「モテる男」としてもてはやされる風潮が未だにあります。なぜ女性の性的な欲望だけが批判されなければいけないのでしょうか?
――日本ではまだまだ女性が自らのセクシュアリティに対して自由になることへのハードルの高さを感じています。お二人から日本の女性をエンパワメントするようなメッセージをお願いします!
アニッサ: 女性性を考えるとき、大切なのは、男性の視線を気にしないことだと思っています。男性に対して自分が魅力的に映るかどうか、そうしたことは一度脇に置いて、自分の中のフェミニティ(女性性)と向き合い、大切にしてほしい。そうすることで、今まで気づかなかった自分の内側にあるパワーに気づくこともあるのではないかと思います。
アナ: おそらく映画では今まで、こうした女性の側面が問題提起されることは少なかったのではないでしょうか。エマの周囲をものともしない強さと自由さは、きっと多くの女性に気づきを与えてくれるはずです。実際、この映画を観た私の女友達もそう言ってくれましたから。原作が世界中でベストセラーになったように、この映画も国境を超え、日本の皆さんの心に届くことを願っています。
●アニッサ・ボンヌフォン(Anissa Bonnefont)さんのプロフィール
1984年、仏・パリ生まれ。映画監督のほか、俳優としても活動し、『マダムのおかしな晩餐会』(18)、『THE INFORMER 三秒間の死角』(19)などに出演。監督としての長編1作目となったドキュメンタリー映画『ワンダーボーイ』(19)では、フランスの高級ブランドである「バルマン」の現デザイナーであるオリヴィエ・ルスタンに密着。ファッション業界で活躍する現在を追いつつ、親に捨てられた過去を持つ彼が、自身のルーツや真実を追い求める過程に迫った。主な監督作に『Nadia』(21)がある。
●アナ・ジラルド(Ana Girardot)さんのプロフィール
1988年、仏・パリ生まれ。両親は、俳優のイポリット・ジラルドとイザベル・オテロ。3歳の頃から子役として活動し、主演を務めた本格スクリーンデビュー作『消えたシモン・ヴェルネール』(10)がカンヌ国際映画祭で上映されると、その演技が高く評価される。主な出演作に『最後のマイウェイ』(12)、小栗康平監督の『FOUJITA』(15)、『おかえり、ブルゴーニュへ』(17)、『パリのどこかで、あなたと』(19)、などがある。
●映画『ラ・メゾン 小説家と娼婦』
監督:アニッサ・ボンヌフォン
原作:「La Maison」エマ・ベッケル著
出演:アナ・ジラルド、オーレ・アッティカ、ロッシ・デ・パルマ、
ヤニック・レニエ、フィリップ・リボット、ジーナ・ヒメネス、ニキータ・ベルッチ
2022年/フランス、ベルギー/フランス語、英語、ドイツ語/89分/カラー/1:2.35/5.1ch/
原題:La Maison/字幕翻訳:安本熙生 /R-18
後援:在日フランス大使館/アンスティチュ・フランセ日本
配給:シンカ
12/29(金)より新宿バルト9、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国公開