上野千鶴子さんが恋愛から学んだこと。「愛されるより愛するほうがずっと豊か」

女性学の先駆者である上野千鶴子さんが、恋愛、結婚、出産などのライフステージの変化に直面するtelling,世代に送るメッセージとは? 上野さん自身の恋愛観や、後進の背中を押したいという思いで設立した「上野千鶴子基金」について、これから取り組んでいきたいことについても伺いました。
社会学者・上野千鶴子さん「キャリアも結婚も子育ても、は欲張りじゃない」

弾みで人生を送ったっていい

――「何歳までに結婚、出産」と、年齢とライフステージを結びつける価値観はまだ根強くあると思います。上野さんには同様の悩みはありましたか?

上野千鶴子さん(以下、上野): 私自身にはありませんでしたが、親から“脅迫”は受けました。特に女性は出産に生物学的なリミットがありますので、子どもが産める年齢までは、「子どもを産まないと、老後はどうするの」って。「あなた、自分の老後のために私を産んだの?」ってぞっとしましたけど、母の時代は介護保険も年金もなかったですから、子どもは老後の保険だったのでしょう。

――ご自身は心配はなかったのでしょうか。

上野: 全く。私には、「何歳までに結婚、出産」と考える人たちの気持ちが分かりません。「そんなに規格品になりたいの?」って。そうしたのは一体誰か。それはもうはっきりしています。親と社会。だって変でしょ。子どもは生まれたときに、自分の人生が規格品だなんて思ってないんだから。周囲が寄ってたかって子どもを規格品に仕立てあげていくんです。

だとしたら、やっぱり基本の「き」に立ち返ることです。「一体誰のために生きているの?」ってことですね。自分の人生は自分のもの。誰も代わって生きてくれたりしません。周囲の期待に応えるために、普通でいよう、規格品になろう、と頑張る必要なんてありません。

――女性は特にそういうものに縛られて苦しんでしまうような気がします。

上野: 人間ってそんな計画的に生きているわけじゃないですからね。流されたり、思いつきや弾みで行動したりすることなんていくらでもあります。間違ってもいいじゃないですか。それも人生の醍醐味です。逆に、あんまりきちんと計画性を持って、というのは何か不自然ですよね。

例えば妊活しても子どもができなければ、「頑張ってもできないのならしょうがない。それが私の人生だ」と思って、受け入れればいい。今は生殖補助医療技術があって、なんでもかんでも頑張ればできると思われているので、できないと、「どうして頑張らないの?」と言われてしまう。そんなプレッシャーに潰されなくても、「まあ、これも私の人生なんだ、仕方ない」って思ったらいいんです。妊娠だって弾みで起きちゃうこともある。弾みで人生を送るって楽しいことですよ。私の場合、弾みが起きなかったからね。起きていたらまた違っていたかもしれないですね(笑)。 

2019年6月22日、瀬戸口翼撮影(写真1枚目も)

自分が削られるパートナーならいらない

――telling,世代では、「彼からあまり連絡が来ない」「恋愛してもなかなか結婚に結びつかない」といった、恋愛で男性の言動に対して悩みを抱える人も多いようです。

上野: それを聞くと、本当に、もう十年一日、女って変わらないなと思いますね。半世紀前のリブ(ウーマンリブ)とフェミニズムは、「男の承認に依存するな」って言ってきたんですよ。「男に選ばれないから悲しい」とか、「彼から連絡が来なくて自分がないがしろにされているのがつらい」とか、そんなやつこっちから捨ててやったらいいじゃないですか。私たちは、「自分の値打ちぐらい自分で作れ、バカ者よ」って言ってきたんです。男に値打ちを与えてもらうなって。

その上で、ボーイフレンドがいたら楽しいじゃないですか。ボーイフレンドやパートナーがいて、子育ても一緒にできたら、その後の人生も豊かになります。そうじゃなくて、自分が削られていくようなパートナーならいないほうがましです。

――女性はなぜ、男性の承認に依存してしまいがちなのでしょうか。

上野: やはり、女は愛される側にいるんだということを子どものときから言われて育ち、どうすれば愛されるかというノウハウやスキルを、さんざんすり込まれているからじゃないですか。「女は男に選ばれて、母になって初めて一人前」という社会構造の中で生きていて、「女はかわいいのが一番」って言われる。だから愛されることばかり考えてしまうのです。そうではなくて、自分が愛する立場に立てばいい。愛をもらうより、与える方がずっと豊かなんですから。

全ての結婚は“国際結婚”。摩擦の中に学びがある

――これまでに、恋愛について「自分について学ぶ一番の場所」と語られていました。ご自身もこれまでの恋愛によって学びがありましたか。

上野: 山のようにあります。恋愛って、自分の無垢や純粋さだけでなく、醜さ、汚さ、エゴイズム、全部出ますから。私は、全ての結婚は“国際結婚”だと思っています。同じ日本人だろうが、育ち方が違えば異文化です。一緒に同じ場所にいれば異文化摩擦が起きますよね。その摩擦の中でどうやって調整するのかは相互の交渉です。

異文化摩擦の不愉快さに耐えるのが異文化共生なんです。でもその摩擦の中にこそ、自分にとって学びになることがある。自分が何を大切にしているのか、自分のどうしても譲れない一線はどこなのかは、実際に摩擦を起こしてみないと分からない。そこまで踏み込んだ関係って恋愛以外にめったにないので、やらないよりはやった方が人生はより豊かになります。

そして、交渉に必要なのは、勇気ではなくて愛です。「あなたとの関係を諦めたくない」という愛ですよ。勇気を出して交渉する必要なんかありません。諦めたくないという愛のある間は交渉ができます。愛がなくなったら終わりですね。

ジェンダーだけでもジェンダー抜きでも

――2023年5月に、一般財団法人「上野千鶴子基金」を開設されました。きっかけを教えてください。

上野: 私には子どもがいないので相続権者はきょうだい、おい・めいですが、彼らに財産を残す理由は何もありません。私は教育者をやってきましたし、血はつながらなくても、これからの研究や活動をしたいという人たちの背中を押してあげたいと思いました。

基金のことは、結構長い間考えていました。何しろ私は遺言状を書き出したのがとっても早かったんです。財産の遺贈先をどうするかも含めて数年おきに書き直しながら。でも、友人に「死んでから使ってどうすんの」と言われ、なるほど、と。

――設立時のあいさつで、「公平公正中立を目指しません」とおっしゃっていたのが印象的でした。

上野: この基金は100%、私の私財。だから、ふるさと納税をしようが何をしようが私の勝手です。もしも、皆様からご寄付を募ったら公的責任というものが発生しますが、会員もいませんし寄付も募らないので、その責任はありません。私が誰に何を助成しても文句を言わないでくれという意味で、そのように書きました。

最近の財団は、財産を使い切ったら終わりという期間限定のものが主流だそうで、上野千鶴子基金も同じです。永続性のない財団の方が、担い手の方や理事や評議員をお願いした方の負担も少なくて済みます。

――助成対象事業のジャンルは問わないのでしょうか。

上野: もちろんジェンダーにこだわりはあります。でも、わざわざジェンダーを看板に掲げなくても、近年の研究や調査においてその視点が入るのは当然になっています。以前、私は「これからの世の中は、もはやジェンダーだけではどんな問いも解けないが、ジェンダー抜きでもどんな問いも解けない」と書きましたが、それが当たり前の時代になりました。ならば申請の中身をみて判断すれば良い。なかにはびっくりするような応募もありましたよ。採用の基準? それは私の好みです(笑)。

2019年7月19日、恵原弘太郎撮影

もうひと踏ん張りして取り組みたいのは

――今後のご活動についてお聞かせください。

上野: 直近で、頑張ってどうしてもやりたいのが介護保険制度を守るための活動です。せっかく良い制度を作ったんだから、これは何とか守りたいし、できればもっと良くしたい。今、介護保険は本当に危機なんです。放っておくとどうなるか分かりませんよ。読者のみなさんが必要になったときには使えなくなっているかもしれません。

若い世代のみなさんが、いま親を安心して一人にできるとしたらそれは介護保険のおかげ。介護保険は世界に誇ることのできる日本の制度です。みなさんも、いずれ年をとれば介護保険のお世話になります。知らない人が多いと思いますが、75歳以上の後期高齢者医療の窓口負担が1割から2割に引き上げられましたし、それに合わせて介護保険の自己負担率を2割に引き上げる動きもあります。みなさんの親はその負担能力がありますか? 払えなければ子どものあなたが仕送りするか、自分で介護を担わなければなりません。この切実な問題のために、あとひと頑張りしたいと思っています。

――tellihg,読者にメッセージをお願いします。

上野: みなさん、男女平等が達成されるのにあと何年かかると思いますか? 私の目の黒いうちは無理。あなたの生きている間も無理かもしれません。げっそりしないでね(笑)。何しろ根が深い問題ですから、10年、20年でどうにかなるものでもないでしょう。それでも、私の母や祖母の時代よりは、私の時代の方がちょっとマシになったし、あなたの時代の方が、もっとマシになるでしょう。変わったのではなく、私たちが変えてきました。だからあなた方も、あなたの妹や娘たちのために、そして後から来る人のために、今よりちょっとでもマシな社会を次の世代に渡せるように変えていってください。

社会学者・上野千鶴子さん「キャリアも結婚も子育ても、は欲張りじゃない」

●上野千鶴子(うえの・ちづこ)さんのプロフィール

1948年、富山県出身。京都大学大学院社会学博士課程修了。社会学者・東京大学名誉教授・認定NPO法人ウィメンズアクションネットワーク(WAN)理事長
専門は女性学、ジェンダー研究。この分野のパイオニアであり、指導的な理論家のひとり。高齢者の介護とケアも研究テーマとしている。
『近代家族の成立と終焉』(岩波現代文庫)、『おひとりさまの老後』(文春文庫)、『最期まで在宅おひとりさまで機嫌よく』(中央公論新社)、『非婚ですが、それが何か!?』(水無田気流氏との対談、ビジネス社)、など著書多数。最新刊に『最期はひとり 80歳からの人生のやめどき』(樋口恵子さんとの共著、マガジンハウス)がある。

■『最期はひとり 80歳からの人生のやめどき』(マガジンハウス)

著者:上野千鶴子 樋口恵子
出版社:マガジンハウス
定価:1,100円(税込)

愛媛県生まれ。5年間の都内学習塾勤務を経て、2011年にフリーライターに転身。ウェブや雑誌のインタビュー記事、教材や試験問題の作成や小論文の添削などを担当する。高校生と中学生の息子とのおしゃべりが大好き。