バンギャルが30代から始めた介護と老後の話 藤谷千明さん・蟹めんまさん 

まだ差し迫ってはないけれど、考えると不安になる介護や老後の諸問題。「バンギャルちゃんの老後 オタクのための(こわくない!)老後計画を考えてみた」(ホーム社)を出版したライターの藤谷千明さんと漫画家・イラストレーターの蟹めんまさんは、30代から介護に向き合い、将来を前向きに捉えるヒントを得ました。訪問介護の現場にも立ち始めた藤谷さんと、3年前に家族の介護を経験しためんまさん。アラフォー、独身、フリーランスとして介護に向き合ったお二人にお話を伺いました。

「一緒に老人ホームに住みたいね」が始まり(藤谷)

――30代で、介護や老後というテーマに取り組み始めたのは何かきっかけがあったのですか?

藤谷千明さん(以下、藤谷): 私は長年ビジュアル系バンドのファン、通称バンギャルです。その仲間たちと集まると、「老後はみんなで老人ホームを作って一緒に住みたいよね」なんて、話題に出ることが何度かありまして。最初は冗談半分でしたが、それまでの老後や介護に関する記事は雰囲気が暗い印象だったので、30~40代の人が関心を持てるポップな切り口で「趣味と老後」の企画を作ることができないかなと考えました。蟹めんまさんとはバンギャル仲間としても付き合いが長く、似顔絵も上手なので、めんまさんのイラスト付きの記事にしたいなと、一緒に企画をやりませんかと誘いました。まだそこまで差し迫った問題じゃないからこそ始められた部分もありますね。

蟹めんまさん(以下、めんま): 私は企画に誘われる前、2019年ごろから介護職員初任者研修の勉強を始めていました。高齢の親戚が入院した時に、私が付き添うことが度々あったので、介護の資格を持っていると役に立つかなと思ったのがきっかけです。漫画を描く以外にも様々アルバイトしてきて、介護職は40代以降で始める人も多いと聞いていたので、選択肢を増やす側面もありました。資格が取れる少し前に、この企画のお誘いを受けて「バンギャルが老後を考える企画っていいネタになりそうだし面白そう」と気軽にOKしました。

藤谷千明さん

祖父が要介護認定5で介護の当事者に(めんま)

――スタート時はまだ、介護について関心を持ち始めたところという段階だったのですね。

めんま: それが、連載開始から1年ほど経った頃、96歳の祖父が倒れたんです。元々、祖父とはすごく仲が良くて月1回一緒にカラオケに行っていたんですけど、急に体調が悪くなって「要介護5」認定され、一気に切実な問題になりました。介護の方針を決めたり費用面のことは祖父と同居していた叔父夫婦が舵取りしてくれたのですが、日中は仕事もあるので、私が入院先に付き添うようになりました。

――どんなに仲が良くても、付き添いをするのは大きな決断ですよね。自分がやらねばという思いがあったのですか。

めんま: 「やらねば」とかではないです。病院の都合で個室に入ったので、私はタブレットとPCさえあれば仕事もできるし、支障が無いのでっていう感じでしたね。酸素マスクを自分で外してしまうこともあったので、誰かいた方がいいだろうと。当時、私は離婚する直前で、祖父にすがりたい部分もあったように思います。家に1人より、仲の良かった祖父の近くにいたかったんです。

――付き添うことで、自分も支えられていたのですね。

めんま: そうです。唯一「自分がやらねば」を感じたのは入院費用等のため、祖父の銀行のお金を引き出す時です。徐々に祖父の意識がぼんやりしてきた頃、祖父本人は銀行に行けないので叔父が銀行に出向き、付き添っている私の携帯を通して、銀行窓口の方とは祖父本人に話してもらいました。銀行の方曰く、この方式での銀行手続きは血縁者にしか認められていないようで、最低でも2名必要なんですが、銀行窓口が開いている平日の日中に血縁者2名が同時に動くってハードルが高いですよね。これはフリーランスの自分だからこそ携われると思いました。

ただ、こういう話をすると「献身的な孫」と見えるかもしれませんが、私が漫画家で、しかもこういう連載をやらせてもらってたので、当事者になったらどういう気持ちになるのか、作品や周囲との会話でどこまで茶化していいのかを知りたくて付き添っていたという部分も大いにありますよ。中途半端に関わるより全部見ておこうという気持ちになりました。

蟹めんまさん

――介護を「茶化す」というのは?

めんま: 連載で、老後や介護についてどこまでネタにしていいのか私自身知りたかったんです。茶化すなんてもってのほかでネタにすること自体も不謹慎なんじゃないかと思いながら描いている部分もありました。でもいくら慮(おもんぱか)ろうとしても当事者にならないと本当の気持ちはわからないので、自分にその時が来たらしっかり見たいと思っていました。

で、その祖父が亡くなって、父も昨年急逝し、母も「要支援2」になったので、私は関東から引っ越し、今は奈良の実家で母と暮らしています。母は回復してきたのですが、私は一人っ子なので、私のワンオペ介護です。色々積み重なって完全に当事者になった今、作中でも状況を深刻に綴るよりも、できる限り面白がった方がいいような気がしてきました。
介護や老後の話を腫れ物扱いして話題に出さないことが一番よくないと今は思っています。

藤谷: おじい様の件で、お金のやり取りが大変だったと聞き、このことが本書での「エンディングノート」について調べようという話に繋がりました。

めんま: 亡くなった直後は葬儀など、まとまったお金がすぐに必要で、かなりバタバタしたことを教訓に、みんな両親にはエンディングノートを書いてもらった方がいいんだなと思ったんです。取材してみると、終末期に必要なものさえ分かっていればいいので、全項目を埋める必要はないとか、ある程度フリーフォーマットでいいとか、アドバイスはすごく参考になりました。父は急逝したのですが、それでもある程度あらかじめ準備しておいてくれたので、本当に助かりました。亡くなったことを知らせる人のリストや、葬儀に対する希望はほとんど埋められていなかったのですが、銀行関連はびっしり書いてくれていました。

「2000万円用意できなかったら、不幸な老後になるのか」問題

――藤谷さんも2022年に、41歳で介護職員初任者研修を取得しました。なぜ思い立ったのですか?

藤谷: 2020年以降のコロナ禍もあって、外に出る仕事……例えばライブレポートなどを書く機会が減り、時間ができたのを機に取得しました。めんまさんも取得しているし、この連載も長くなってきたところで、記事のヒントを得られるかもしれないと考えました。いざという時に、資格職があると食べていくのに困らなさそうだし、ちょうど学費がキャンペーンで安くなっていたのにも背中を押されました。

――藤谷さんは訪問介護の現場を経験され、めんまさんも当事者になり、実際に自分で携わってみて介護の印象や見方に変化はありましたか?

藤谷: 私は現在ライター業の傍ら、訪問介護ヘルパーとして週5、6軒ほど、高齢者のお宅にお伺いしています。各ご家庭ごとに家族構成や関係性、価値観、生活パターンなどは異なるわけで、誰一人同じ暮らしをしていない。そう考えると、どれだけ勉強しても、現場を見たとしても、自分自身が年齢を重ねたとき、今現在予想したものとは違う未来になるんじゃないかという気がします。そして、自分と介護の世界はそんな遠く離れていない、身近な話だと実感できたことも大きな変化ですね。

藤谷千明さん

――めんまさんは、いかがですか。

めんま: 私は世の中で「幸せ」「不幸」と言われているもの全部、本当にそうなのか?という疑問が大きくなりました。何が「不幸」なのかを知りたいという気持ちは当事者になってからずっとあります。介護されることとか、平均寿命より前に死ぬこととか、一見不幸っぽく見えますが、果たして本当にそうなのか?という。

――難しい問いですね。

藤谷: 私も長年一緒にいたパートナーと数年前に別れて現在に至るのですが、世間一般からすると、私もめんまさんも、アラフォーで独身、フリーランス(非正規雇用)と「可哀想」な人に見えるかもしれません。だけど幸せに関しても、結婚して、子どもができて、家を買って、孫に囲まれて死ぬことなのだろうか。それも素敵なことだと思います。ただ、そうじゃない人がバッドエンドなのかはわからない。あるいは、過去に「老後は1人2000万円の蓄えが必要」という話題もありましたが、2000万円用意できなかったら不幸になるのだろうか。では、何がどうなると不幸だ、バッドエンドと自分は感じるのかを知りたい、考えたい、そのためには知識がほしいと思いました。

めんま: 同様に「孤独死」が、不幸だと一般的には思われているけれど、それも本人がどう感じていたかは誰にも分からないですよね。うちの祖父は最終的に家族に囲まれて亡くなって、孫としては幸せな逝き方をしたと思いたいですが、私がそう思いたいだけで死後の本人に聞いたわけではないから「幸せか不幸せかのジャッジ」は他人がしない方がいいと思いました。

――介護に関して、いまご自身が困っていることや、改善を求めたいことはありますか。

藤谷: 制度面は時代に合っていない、足りていないことがまだまだたくさんあると感じるので、ブラッシュアップしてほしいと思います。例を上げると、介護職の待遇も決してよくはないですし。

めんま: 私は母と2人暮らしを始めてからコロナの感染を恐れて、ライブもほとんど行けなくなったのは本当に苦しかったです。行ける人は行ったらいいし、ずるいとか腹が立つとは思いませんが、嫉妬の気持ちはあります (笑)。最近描いているエッセイ漫画では、私が「ライブに行けるのが羨ましい!」と七転八倒している絵ばかり出てきます。ただ、介護職員初任者研修の資格を取る時、介護する側が健全でいられることが重要だから、趣味がある人は続けてねと言われました。介護中でも、遊びに行きたいときはデイサービスを利用しても全く問題ないし、むしろ使いなさいと。ライブは控えていたけど、母と密室状態にならないようにしようと思って、地域包括センターに頼りまくっています。

蟹めんまさん

私の例を、親と話すきっかけに

――頼る先を複数確保しておくことも重要なんですね。ちなみにインタビューアーの私、両親、義理の両親ともにエンディングノートを書いてほしいのですが、切り出す勇気がありません。どのように声をかければいいでしょうか?

めんま: このインタビューを読んでくれた方は「友達が介護と看取りで大変だったらしいけど、うちはどうなっているんだっけ?」と私のことを友達のように話してくれたらいいですよ。私を「フリー素材」だと思ってご家族と話し合うきっかけにしてくれたら筆者冥利に尽きますし、父も祖父も浮かばれます。

藤谷: 私も「親御さんが急に他界した友達が大変そうだったから書いておいてほしい」とノートを実家に送りました。そしてダメ押しに、自分自身が昨年胆嚢(たんのう)摘出手術で入院したこともあって、「私も書いておくから」と両親に伝えました。

――介護や老後というテーマを間近で捉えた今、何を伝えていきたいですか?

藤谷: この本の執筆をきっかけに、老後について考えたり書いたりする機会が増えたけど、老後どころか明日突然死ぬ可能性だってありますからね。先のことが分からないのなら、人生を面白がった方がいいかなと。介護現場のことも守秘義務はありますし、面白がるのにも限度がありますが、自分も含めて色んな人が自身の考えを発信していけたらいいですよね。多少自由になる時間とお金があれば、介護職員初任者研修を気軽な気持ちで取得してみるのもアリだと思っています。知識も手に入るし、働くのであれば、日頃デスクワークの人なら運動にもなるし人の役にも立てる。最初は「ノリ」でもよいのではないでしょうか。

蟹めんまさん(左)と藤谷千明さん(右)

めんま: 私も茶化そうと思ったのは、介護当事者の弱音や愚痴って、言われた方もどう反応すればいいか戸惑うでしょうし、「大変だったね」と言われるよりは、「ワロた」と言われる方が個人的には気楽なんですよね。先ほども言いましたが、周りから腫れ物扱いされたくはなくて。母の介護も、ワンオペのしんどさはあるけど、一人っ子で、かつ今結婚していなくてよかったって思っています。相談相手がいなくて大変そうと心配してもらえるんですが、母と私の好きにやれる部分が多くてラクですし、行政に頼れるなら今はそれでいいかなって。兄弟、パートナーがいなくても、それはそれなりのメリットもあります。

藤谷: 私はきょうだいが4人います。なので私が地元を離れて暮らしていても、両親のことは、きょうだいが同居していたり近くに住んでいたりするしな、という当面の安心感はあります。とはいえ、なんせ4人もいるので、万が一のときに、大きなトラブルに発展する可能性がないわけではないですしね。それぞれにメリット・デメリットがあることは、めんまさんと一緒に取り組んで分かったことかもしれません。でもお互い「遺影は早めに撮っておくのがいいね」という意見は一致しました(笑)。

●蟹(かに)めんまさんのプロフィール
漫画家・イラストレーター。奈良県出身・在住。バンギャル歴20年以上。著書に『バンギャルちゃんの日常』『バンギャルちゃんの挑戦』などがある。介護職員初任者研修修了。

●藤谷千明(ふじたに・ちあき)さんのプロフィール
1981年生まれ。自衛官、書店員などの職を経てフリーライターに。バンギャル歴は約四半世紀。著書に『オタク女子が、4人で暮らしてみたら。』などがある。介護職員初任者研修を修了し、訪問介護にも従事する。

●「バンギャルちゃんの老後 オタクのための(こわくない!)老後計画を考えてみた」

著者:藤谷千明・蟹めんま
発行:ホーム社 発売:集英社
定価:本体1200円+税

携帯向け音楽配信事業にて社内SE、マーケティング業務に従事した後、妊娠・出産を機にフリーライターに転向。 映画とお酒と化粧品が好き。
写真家。1982年東京生まれ。東京造形大学卒業後、新聞社などでのアシスタントを経て2009年よりフリーランス。 コマーシャルフォトグラファーとしての仕事のかたわら、都市を主題とした写真作品の制作を続けている。