初長編小説『僕の狂ったフェミ彼女』に続き『私の最高の彼氏とその彼女』が話題の韓国の作家ミン・ジヒョンさん
Beyond Gender#19

束縛か愛か。パートナーが別の誰かと……どう考える?『私の最高の彼氏とその彼女』

パートナーが誰かと食事をしたり、出かけたりするのを嫉妬・制限したりするーー。これは「愛」なのか、それとも相手をコントロールしたいだけの「束縛」なのか? 2022年に日本語版が刊行され話題をさらった『僕の狂ったフェミ彼女』の韓国人作家ミン・ジヒョンさん。新著『私の最高の彼氏とその彼女』は、互いの同意のもとで一対一の交際にとらわれない関係を模索する「オープン・リレーションシップ」を描いた意欲作です。実はこの作品を読んでモヤモヤとした気持ちを抱いた記者は、ジヒョンさんに率直な気持ちをぶつけてみました。
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オープンリレーションシップを描きたかったわけ

――ジヒョンさんの最初の小説『僕の狂ったフェミ彼女』(イースト・プレス/加藤慧訳)はフェミニストになってしまった初恋の女性を、若い男性の目線から描いて、とても興味深かったです。前作に関して私がジヒョンさんをインタビューした際、ジヒョンさんは「1作目では、どこにでもいそうな韓国人男性の一人称で、フェミニストの彼女を理解できない心境をアイロニーで描きました。次は、1作目であまり表現できなかった女性側の苦悩や努力、工夫の過程を詳細に書いてみたい」と言っていました。2作目となる今回の『私の最高の彼氏とその彼女』(同上)では、1人の相手に縛られない、いわゆるオープンリレーションシップ(OR)を選んだ女性が主人公。なぜORを描こうと思ったんですか?

ミン・ジヒョンさん(以下、ジヒョン): ちょっと突拍子もないかもしれませんが、決心したのはノア・バームバック監督の映画『マリッジ・ストーリー』をみたのがきっかけでした。

――これ、最高の映画ですよね! マリッジ・ストーリーといいながら、スカーレット・ヨハンソンとアダム・ドライバーが演じる夫婦が泥沼の親権争いをする。かつて愛し合っていた2人がなぜ離れてしまったか、その過程を描く物語が、なぜ『マリッジ・ストーリー』なのか……。映画『バービー』で大ヒットしたグレタ・ガーウィグ監督の現夫であるバームバック監督の実話が、ベースになっているといわれています。しかしなぜ、そこからORに?

ジヒョン: 離婚の過程で、「結婚とは何か」を明確にみせてくれたのがとてもすごいなと思いました。幸せな結婚の物語を通じて結婚の本質を語ることはできない、と気づかせてくれました。少し前に韓国で、男性2人に対して女性1人のORを実践している方たちのことが話題になりました。典型的な恋愛より、1対1の恋愛という概念を解体するORのように、普通の人から見たら変わっている恋愛をする人たちを通じて、読む人に考えてもらえるような話ができるかもしれないと思ったのです。

『フェミ彼女』の出版記念イベントで、「じゃあどうすればいいですか?」と恋愛のあるべき姿をきかれることが多かったことも執筆の動機になりました。1作目はフェミニストの問題をみせるだけで、じゃあ、どのように恋愛をするべきかという解はありませんでした。実は私にも正解は分からないんですけど(笑)。

――『僕の狂ったフェミ彼女』の主人公スンジュンは、どこにでもいそうな韓国人の若い男性でした。今回の主人公は34歳の女性ミレです。

ジヒョン: 『フェミ彼女』のスンジュンは、ジェンダー意識がない男の視点から、フェミニストの彼女がどのように見えるのか。その歪んだ視線を通じて、読者に共感を抱いてもらい、「こういう男いるいる!」みたいな感情を共有して一緒に笑う本だったんですね。今回は、1作目であまり表現できなかった女性側の苦悩や、関係をうまく続けるための努力の過程を詳細に書いてみたかったんです。

結婚を迫る彼氏と別れたばかりの34歳の会社員ミレは、結婚願望が皆無。付き合っている男性から「君は僕のものだよ」と言われるのが大嫌いで、ロマンスの先が結婚という社会に疑問を持っています。そんなミレは仕事先でイケメンで人当たりがいいシウォンと出会います。いい感じになったある日、シウォンから「僕はORの恋人がいる」と告白されます。ドイツ帰りのソリと、互いを独占せず、他者と付き合うことを許容するORを実践していました。ミレは驚きつつも、シウォンの魅力にひかれて付き合い始め、ソリとも仲良くなりますが……

『私の最高の彼氏とその彼女』

嫉妬は自然な感情なのか?

――今回の作品、一気に読みました。とはいえ、「相手を独占しないのが愛」と頭では分かっても、「こんな現実離れした物わかりのいい男女って、あり得ない」というモヤモヤを抱き、「私ならば嫉妬する」とも思いました。

ジヒョン: 韓国でもORへの反発がすごく大きかったんです。ORが嫌いな人がこんなにいるんだと、いまさらながら感じました。相手を失う怖さが、皆さんの心の中にあるんでしょうね。「ORの良さは頭では理解できる気もする。でも自分がORに賛同することで、パートナーが実践するのを想像したら嫌だ」という人が多いのではないかと思います。 「ORが平気な人って現実的ではない。人間ならこういう場合必ず嫉妬をするはず」という声もありました。

でも、嫉妬って本当に自然な感情でしょうか? それも固定観念かもしれません。人間の感情ってとっても多様なので、そうでない人もいると思います。ミレとシウォンとソリは、お互いにどんな関係がいいのか、不安も含めて徹底的に話し合います。その信頼があるならば、嫉妬の気持ちもコントロールできるのではないかと。「相手が別の人を好きになったところで、自分への愛は揺らがない」と信じられるから、見守ることができるのでは。

1作目の『フェミ彼女』の2人は、外からみると「社会的に理想」な、結婚適齢期の男女2人です。でもその実、2人は喧嘩ばかりで結局結ばれなかった。今回のORの3人は「世間からつまはじきされる」関係に見えるけど、この3人はお互い尊重し平等な関係を持っている。そのアイロニーが面白いと思いました。

――昔から男が、特に裕福な男性が複数の女性を囲うことは、ある種の羨望をもって受け入れられてきました。今回は1人の男性(シウォン)を2人の女性(ミレとソリ)が共有するというスタイルですが…。

ジヒョン: 韓国も、朝鮮時代は1人の男性が複数の妻を持つことが法律的に可能だった時代があったんです。今も法律的には駄目だけど、愛人がいるみたいな男も結構いますよね。私自身はフェミニストとして、このような設定にはやはり抵抗がありました。しかし1人の男性に複数の女性がいること自体が問題じゃなくて、その関係性自体が不平等で、家父長制の影響にあること自体が問題だったと思うのです。この小説の3人はそういうフェミニズムがない一夫多妻制とは全く違う、平等な関係性です。

『私の最高の彼氏とその彼女』(イースト・プレス/加藤慧訳、2023年)

――ジヒョンさんは「異性愛を諦めないフェミニスト」を自認されています。#MeTooなどを経て、「我々はこんな理不尽な社会で黙らされ、生きてきたんだ」と気づかされてしまった女性たちは、どう前に進めばいいですか。

ジヒョン: #MeToo運動をみながら、私は自分の過去の経験、仕事場でセクハラを受けたことなどを思い出して、一時期は「楽しいセックス・恋愛なんて一生できない」と考えました。スキンシップの記憶が人権侵害の記憶に汚されていたので、それがまた楽しい経験になれるのかに懐疑的になりました。ありえない性被害の事実が続々とあきらかになるなかで、世界中の女性がみんな同じ、もしくは似たような経験をしたのではと思います。

実はこのインタビューの直前に読み直した本があります。『Tomorrow sex will be good again』(キャサリン・エンジェル著)です。

「女性は窮地に立たされている。同意とエンパワーメントの名の下に、彼女たちははっきりと自信を持って自分の欲望を宣言しなければならない。しかし、セックス研究者によれば、女性が欲望を現すのはしばしば遅いという。そして男性は、「女性やその身体が何を望んでいるのか、自分たちが知っている」と主張したがる。性的暴力はあふれている環境で、女性が何を望んでいるのかわかるはずがない。そして、なぜ私たちは彼女たちにそれを期待するのだろうか?」

『Tomorrow sex will be good again』本の紹介文

ジヒョン: #MeTooがあり、同意が重要だと認識されました。だから女性はもっと責任をもって、自分が本当に同意しているかどうかを、自分自身で判断しなくてはいけないので、女性にとって困難な時代になっているという内容です。今の自分が何を望むかを確実に認識するのは、女性だけではなく、男性にも実は難しいことですよね。

#MeToo後、自分をどう守りながら異性愛をできるのかを考えるこの本を読み、ORはとっても参考になると思いました。なにもORを実践しなくてもいいんです。私も今はやっていませんし。でも、今回の小説に登場する3人が徹底的に自分の欲望と気持ちに向き合い、それを相手にぶつける姿は参考にできるのでは。

恋愛観に家父長制の影響が

――確かに、いきなりORをやるのは無理ですが、「自分が捨てられてしまうんじゃないか」という恐れや怒りから、相手を愛という名のもとにコントロールしようとし、相手を「自分のもの」とみなしてしまう思考を手放すヒントはあちこちにありますよね。

ジヒョン: 「相手を所有する」というのが、今の恋愛で一番まずいところだと思います。ロマンチックなようにみえますが、その裏には暴力がはびこっています。韓国では「交際殺人」といって、法的な婚姻関係にない相手を殺す事件が後をたちません。

一番重要なのは、「中心を自分に置くこと」です。自分の人生、自分の仕事、そういうのをもうちょっと大事にしてもいいのではないでしょうか。ORの一番いいところは、誰かとパートナーになっても、相手と自分がすぐ一つになるわけではなく、それぞれの独立性をずっと維持しながら交際するっていうことだと私は思っています。それが今の恋愛に一番必要な考えではないかと思いました。

初長編小説『僕の狂ったフェミ彼女』に続き『私の最高の彼氏とその彼女』が話題の韓国の作家ミン・ジヒョンさん

――この小説のミレも、そのことに気づいて変わっていくわけですよね。何かをされて「嫌です」という待ち・受け身のスタイルではなく、もっと女性から相手に対して提案したり、気持ちを伝えたりしていくことから世の中が変わるかもしれません。

ジヒョン: 日本もそうですが、アジア文化における恋愛はものすごく家父長制の影響を受けています。そして恋愛と結婚がセットになっているから、恋愛が嫌な人も多いと思います。でもその恋愛のあり方自体をパートナーと話し合って、自分たちなりの恋愛をするのはいいのではないでしょうか。ORだけでなく、一対一の恋愛でも自分たちにとって何がベストかを話しあえばいいのです。

韓国も日本も不倫ドラマが多い。ドラマだけじゃなくて、ネットの掲示板でも不倫の話が注目されています。韓国人はすごく不倫に興味を持っている一方で、不倫はとても嫌がっています。この小説の3人は、一応3人の間で同意をもってORをしている、誰も騙されたり、欺いたりはしていないことを繰り返し書いてきたのですが、不倫と同等にみられてします。

「ORは浮気者の言い訳」というのが未だに世間のイメージです。この本のネットレビューのなかで、「本は面白かったけど、私は絶対こういう関係には興味がありません」と強調するものもありました。でも私は実際にORをしている人たちのインタビューなどを読んで、むしろ感動したんです。今回の作品の中でも書いているのですが、このような関係を正しく持つためにはとてつもない努力が必要です。ずっと会話しながらお互いに合意しあうのは絶対疲れることだと思います。それでも今の社会では「1人以上を求めるなんて、自分勝手だ」という認識は強い。

――でもその一方で、不倫はあちこちであり、関心は高いんですよね(笑)。たしかに欧米ではほかの人を好きになった段階で、一対一の関係性をやめる潔さや自由さがあります。でもアジア圏では、家族の目や世間体などを言い訳に、愛のない一対一を表向きは続けないといけない。

ジヒョン: さきほど言ったように実際に韓国でORを実践していることを公表した3人、女性1人に対して男性2人がいまして、その3人のインタビューはネット上ですごく非難されました。「欲望で理性を失ってしまった人たち」にみえるらしいんですが、私は3人の勇気をすごく尊敬します。私から見たらむしろ3人でORをするほうが、一対一の恋愛より何倍もの理性が必要だと思います。

――確かに理性的でないと無理ですよね。だからでしょうか……。この小説の、主人公以外の2人(ソリとシウォン)が特に現実離れしている完璧な人にみえて、共感しづらかったです。でも2人だって、最初から完璧な関係だったわけではなく、特にソリに告白したらORを提案されたシウォンの方は、様々な戸惑いや葛藤があったのだなと想像できます。

ジヒョン: 作品内でもちょっと書いたんですが、今の時代では結婚したくない、恋愛だけを求める女性はどんどん増えていると思います。しかし、結婚したくない男性って不誠実にみられるし、ドラマや映画でも、噓をついて浮気ばかりという感じで描かれますよね。結婚したい男がやるべきこと、「いい男」としてやるべきことって、あるじゃないですか。たとえば記念日に花をプレゼントするとか、素敵なプロポーズをするとか。

でも結婚したくないタイプの男たちには、マニュアルがない。結婚したくないと言っている男は、社会的に信用できない男になってしまうのが不満でした。だから、結婚はしたくないと思ってるけど、関係を大切に思い、相手と真剣に付き合っているシウォンという理想的な男性キャラクターを作りたかったです。この本は男性があまり手にしないかもしれないけど、今までの恋愛のあり方に疑問をもつ男性にもぜひ読んでもらいたいですね。

韓国の#MeToo運動の熱気から3年、残された課題と連帯の軌跡を追う4つの短編で構成される映画『アフター・ミー・トゥー』=2022 GRAMFILMS. ALL RIGHTS RESERVED

――実はこの本の日本語版発売と同時期に、韓国のドキュメンタリー映画『アフター・ミートゥー』が公開されました。舞台は2021年。かつての熱気が落ち着いた「#MeToo」は、どのような状況にあるのか。世代の異なる4人の女性監督が撮った4編の映画からなります。学校やアートの現場で「#MeToo」運動に参加した人たちの“その後”を描くもの、「#MeToo」から取りこぼされた中年女性の姿を追う作品のほか、「加害」「被害」の区分けが難しい体の自己決定権に関わるグレーゾーンをテーマにした作品も収めています。この小説と同様、「#MeToo」の先にある新たな課題を感じました。

ジヒョン: やはり4番目の『グレーセックス』という作品がとても印象的でした。男性を相手に欲望を見せるだけでとても弱い立場になってしまう女性の現実が、生々しく表現されていました。自分の似たような経験とかも思い出しました。本当に辛いですね。その矛盾の中で欲望を追求するのはやはりとても難しいと思います。しかし、それでも諦めず……いい方法をどうしても探したいっていう気持ちが、私にずっと小説を書かせているのかなと思いました。

――ジヒョンさんの3作目の小説がすでに韓国で出版されました。SF小説とうかがっています。

ジヒョン: 2人の女性が主人公です。30年後の韓国が舞台で、脳内の記憶を再生して体験できるVR機器をめぐる物語です。この機器がなかったら会うことがなかった2人の女性の冒険劇であり、恋物語です。

――日本語版の翻訳を心待ちにしています。モヤモヤした気持ちを抱えていましたが、今回の3人が他者と真摯に向き合う姿から、自分を尊重し、他人も大事にできる関係性ヒントをいただき晴れ晴れとした気持ちになりました。ありがとうございます!

ジヒョン: ありがとうございました。

虐げられた彼女たちは立ち上がった。映画「燃えあがる女性記者たち」 独身・非正規雇用・地方出身……。人生に迷う女性が自己再生するまで 映画「658km、陽子の旅」
朝日新聞記者。#MeToo運動の最中に、各国の映画祭を取材し、映画業界のジェンダー問題への関心を高める。