「女性映画産業従事者の声を聞く」に登壇した日本と韓国、フランスの研究者や映画産業で働く人たち
「女性映画産業従事者の声を聞く」に登壇した日本と韓国、フランスの研究者や映画産業で働く人たち

Beyond Gender#21

女性だからか?実力の問題なのか? 女性の働きづらさを映画界から考えた

この働き方は異様? これはハラスメント? そう違和感を覚えたら、声に出して同じ考えの人とつながっていく―。12月17日、京都大学で日本と韓国の映画人や研究者が集まったフォーラム「女性映画産業従事者の声を聞く:日本と韓国の映画製作労働環境と動向」は、そういった「つながり」の可能性を実感できました。#MeToo後、主に欧米で映画業界の女性たちを取材してきた記者の考察を交えて、登壇者の声を紹介します。
レインボーパレードで思い浮かんだ“地方の息苦しさ”。故郷を帰りたい街に 束縛か愛か。パートナーが別の誰かと……どう考える?『私の最高の彼氏とその彼女』

日曜に仕事をすれば、給料支払い義務が3倍に

「フランスや韓国での映画現場を体験して、これまで当たり前のように思っていた日本映画の労働環境に、危機感を覚えるようになりました」。そう問題提起したのは、是枝裕和監督や西川美和監督と長く仕事をして、是枝監督の映画「真実」(日本・フランス)や「ベイビー・ブローカー」(韓国)で、プロデューサーをつとめた福間美由紀さんです。

福間さんのターニングポイントになったのは、出産を経て、2014年に仕事復帰をしたタイミング。当時、周りには出産後に働く女性スタッフがゼロだったそうです。

「ランチや雑談の時間をなるべく削って、とにかく効率的に仕事を終わらせることに集中していました。子どもを寝かしつけた後、夜中の3時ぐらいが自分の仕事のゴールデンタイム。脚本や企画書を読んだりしていました」

「この業界は映画を『生涯の仕事』として打ち込み、素晴らしい努力をしてきた方たちによって形成されている、とも感じていました。子育ての悩みなど、口にすること自体が憚られたという感覚を、当時の自分は持ってしまっていた」

言葉を選びながら思いを込めて語る姿が印象的でした。

福間さんは日仏合作の「真実」(2019年公開)のプロデューサーとして、是枝監督と共に渡仏し、フランスで撮影をすることになりました。まず、一番大きく違ったのは労働時間だったそう。「フランスは一日の労働時間が8時間(1時間の昼休憩含む)と決められています。土日は基本休み、土曜日に仕事をすれば2倍、日曜日に働けば3倍の給料を払わないといけません」

福間美由紀プロデューサーの発表より、「フランスの労働環境 映画『真実』の場合」
福間美由紀プロデューサーの発表より、「フランスの労働環境 映画『真実』の場合」

主演は名優カトリーヌ・ドヌーブ(80)。朝が少し苦手だというドヌーブのために、集合時間は午前10時ぐらいだったという。「午前11時から12時までは、現場に帯同するシェフが作る温かい食事をみんなでとりながらコミュケーションを深めていきました」

「その分、12時から19時半までは、ほぼノンストップで撮影に集中しました。労働時間は日本よりはるかに少ないですが、撮る量が日本より少なかったかというと、決してそうではない。日本の現場と比べても変わらないか、多いくらいでした」。午後8時過ぎには家路につけたそうです。「夜間のシーンの撮影日の翌日は、休みになるか、インターバルをたっぷりとるよう調整されました」

「いい意味での公私混同」が可能な現場

その鍵となったのは、現場のスタッフの数でした。

人間がこなせる仕事の量は、限られています。そして人間には休養が必要です。ですが、日本では長らく、仕事量の多さを長時間労働で乗り切る根性をみせた人が「やる気がある」と評価されてきました。物資の補給や休息を無視して、大量の餓死者を出した“旧日本軍のマインド”がゾンビのように息づいていたのです。それがいかに非効率で、生産性がなく、人間を消耗させるか……。我が会社員人生を振り返っても、大きく頷けます。

日本の撮影現場で女性は、編集や衣装、メイクといった分野に偏りがち。ですが、フランスでは撮影担当やプロデューサーとしても、子どもがいる女性がめずらしくなかったそうです。「みんな社会にある制度を十分に活用していました。住み込みのシッターを雇う人もいれば、撮影期間中はパートナーが育休を取っている人も」と福間さん。「子どもは社会全体で育てるという通念が浸透している。人口減少・少子化対策として、女性に産むことを奨励する日本。対して、フランスの制度は『産む』よりも『育てる』ことにフォーカスしている」とも感じたそうです。

福間さんは日本から子どもを連れて行き、共に現場に通ったそうです。「最初は何だか公私混同のような気がして、後ろめたさを感じていたのです。でもみんなが歓迎してくれ、ごく自然に子どもに接しながら、それぞれの仕事に集中していました」。その経験が、福間さんにいい意味での「公私混同」があると気づかせてくれたそうです。

韓国では全員が休む「主休日」

「ベイビー・ブローカー」を撮影した韓国でも発見があったそう。

「韓国でも労働時間は週52時間という上限が決まっていました。撮影時間は日々異なるのですが、毎週決まった曜日が必ず休みになる『主休日』が設けられていました」。子育て中だけでなく、あらゆる世代にとって恩恵があります。「ある人は病院の診察予約を入れ、ある人は子どもと遊びに行き、サーフィンやライブに行ったというスタッフもいました」。主休日があることで、多忙な撮影期間中も日常生活を取り戻して、心身のバランスを取ることができたそうです。

福間美由紀プロデューサーの発表より、「韓国の労働環境 映画『ベイビー・ブローカー』の場合」
福間美由紀プロデューサーの発表より、「韓国の労働環境 映画『ベイビー・ブローカー』の場合」

韓国にはKOFIC(韓国映画振興委員会)という国の機関があり、チケット代から徴収した3%を原資とした基金を活用して、映画製作を支援したり、人材育成をしたり、ハラスメント防止対策をとったりしています。フランスなどでも公的な映画機関がありますが、日本には存在しません。世界的な流れからとり残されることも危惧されています。福間さんは「撮影現場だけでなく、映画の配給や宣伝、映画館にも多くの女性が働いています。映画に関わる全ての人の尊厳や人権が守られる労働環境が必要」と話しました。

「女性は扱いづらい」とスタートから差が

韓国のチョン・ジュリ監督も自身の経験を語りました。チョン監督の最新作「あしたの少女」は今年、日本で公開されました。

1980年生まれのチョン監督は、99年に大学の映像学科に入学しました。「ほとんどが男子学生だった」。大学卒業後、映画監督を目指して韓国芸術総合学校映像院に進学します。その後、製作現場の演出部で経験を積もうとしました。当時30歳。「現場経験が少ないのに、年齢的に使いづらい。女性だからなおさら扱いづらい」などと、不採用続きだったそうです。

「映画監督になるには、脚本が着目されるしかない」。血のにじむ思いで企画書を書き続け、チャンスをつかみ、2013年に最初の長編映画「私の少女」を撮りました。

韓国を代表する俳優ペ・ドゥナを主演に起用し、抑圧される少女の絶望的な孤独や、女性の性的マイノリティーの問題を繊細に描き、様々な賞を受けました。私も当時、深い感銘を受けた一人です。2015年に監督が来日した際はインタビューをしました。「ふだんの関心事の延長に作品のテーマがあります。これからも現在の韓国で生きる女性たちを描きたい」と語っていたのが印象的でした。私は「監督の映画が出たら次も必ずみたい」とずっと心待ちにしていました。

でも 、日本の観客がチョン監督の次作「あしたの少女」を見ることができるまでに、約10年かかりました。

「私の少女」が一段落した後、チョン監督は3年以上に渡って次回作になりそうなシナリオを書き、企画を練り上げました。「ですが、すべての提案が却下されました」。その生みの苦しみについて、「もちろん私の能力不足が主な原因なのでしょう」としつつも、「同時に韓国の映画業界がいまだに男性中心で、主人公は男性。女性が主導する女性の物語は、いまだにマイナーだとみられているようでした」とも振り返ります。

「女性というだけで、仲間とみなされない」

韓国のチョン・ジュリ監督(左)と日本の福間美由紀プロデューサー
韓国のチョン・ジュリ監督(左)と日本の福間美由紀プロデューサー

果たして「実力が足りなかっただけなのか」。この問いは映画業界に限らず、仕事で成長したいと願う多くの働く女性たちが直面してきた問題です。日韓の現場で撮影を担当する女性からも同様に悩んだとの発言がありました。

ドラマや映画の撮影を手がけてきた萬代有香さんは、撮影監督の下でアシスタントをまとめるチーフとして活躍しています。しかし「いつか撮影監督という立場で映画を撮りたいという希望を叶えることは非常に難しい。明るい未来を想像できない」と語ります。

それはなぜか。

「制作会議に参加すると、男性ばかり。女性のスタッフは増えたけど、助手からメインスタッフに昇格した女性は数えるばかりで、決定権をもつ立場は男性で占められています。撮影部にいたっては15年近く助手をつとめてきた女性たちが撮影監督にならず・なれずにとどまっています」

撮影全般を統括する「撮影監督」になるには、試験があるわけではありません。商業映画の世界では、助手から経験を重ねて技術を磨いていくと、アシスタントの中でも重要な役割が任されるようになり、いずれ撮影監督を任されるようになります。

「でも選ばれるには、技術や経験だけではダメなんです。コネが大切。同じ映画学校出身、同世代、同じ性別であるといった同じバックグラウンドを共有していることで、コネが作られていきます。女性というだけで、同じ仲間とはみなされない」。萬代さんは大学の文学部を卒業後、映像制作会社でディレクターを経て、ニューヨークで映画撮影を学びました。2008年からは、日本で映画やドラマなどの撮影スタッフとして働いています。「私のようなキャリアはコネを作るのがとても困難です」

萬代さんは、いま映画界の労働環境について発言したり、若い女性スタッフをアシスタントにつけてキャリア形成を応援したりしています。

記者が驚いたのが、そんな萬代さんに対し「それは逆差別では」という問いかける人がいるということです。育児と仕事の両立できる環境を主張することや、そうした男性中心のネットワークの外に元からはじき出されている女性を、女性が応援することが逆差別とは……。

「性転換手術をした方がいい」 

「撮影監督は誰かに選ばれる仕事。女性はスタートラインから圧倒的に不利でした」。韓国のイ・ソニョン撮影監督も、萬代さんと同様の問題を語りました。大学卒業後、映画に惹かれ、29歳で韓国映画アカデミーに入り、30歳で卒業したそうです。「撮影助手としてキャリアを積みたかったのですが、30歳の女性を助手に雇ってくれる場はなかった」

知人にツテを頼んだら、「性転換手術をしたほうがいい」と冗談交じりに言われたそう。食べるのにも事欠いた時期もあったそうです。「一緒に映画を作ってきた男性監督が少し予算の大きい映画を作ることになったとき、私は面接にも呼ばれなかったことが多々ありました」

「もし私が男性だったら……。そんな愚かな考えが頭をよぎり、小さくなってしまいました」

経験を積んだイさんにようやくチャンスが巡ってきました。予算10億ウォン(1億円)の映画の撮影監督を依頼されたのです。全スタッフと俳優が集まった最初の打ち合わせの日に、誰もが知る韓国の男性俳優が入ってきました。その俳優は、イさんが撮影監督を務めると知ったとたん、男性監督とプロデューサーを呼び出して3人で緊急ミーティングをしたそうです。直後、イさんは「一緒に映画が作れなくなった」とだけ告げられました。「その俳優は私の何をみて、判断したのでしょうか。冷静に理由を追及できたかもしれませんが、当時は家に帰って涙を流すことしかできなかった」

その後、イさんが商業映画の撮影監督としてデビューできたのは、2010年。2023年現在、イさんは5本の商業映画の撮影監督を担当しています。「次に誰かの作品に呼ばれるのを、いつも待っています」

韓国のイ・ソニョン撮影監督の発表で紹介された「韓国映画の性平等政策を目指す研究」(チョ・へヨン氏)のデータ
韓国のイ・ソニョン撮影監督の発表で紹介された「韓国映画の性平等政策を目指す研究」(チョ・へヨン氏)のデータ。映画を学ぶ学生の男女比に比べて予算の大きな映画になるほど女性がいない現状をあらわしている

フォーラムでは各登壇者がこういったジェンダー不平等に根ざした問題をどう解決すべきかに対して、提案や考察がありました。

日本芸能従事者協会代表理事の森崎めぐみさんは、芸能・文化に関わる人たちの雇用形態や年収、契約書の有無、ハラスメントの被害実態といった調査結果を発表。フリーランスが大半の中で、まずは適正な契約を交わしたうえで、長期的な支援が必要だと訴えました。

助監督として現場にいた経験から女性の働き方の改善に力をいれる近藤香南子さんは「人を増やして分業化していくこと。長時間労働をなくすと深夜のタクシー代や仕事上のミスも減るので、コスト増に見合う結果が得られる」と主張しています。

元助監督の近藤香南子さんは、日本映画界における女性労働者の歴史や割合を調査して発表した
元助監督の近藤香南子さんは、日本映画界における女性労働者の歴史や割合を調査して発表した

「映画を続けるためには、名誉ある男性になるか、クソ野郎になるか、消え去るか。答えは三つのうちどれかだ」。釜山大学のキム・ヨン教授は、韓国の女性監督が発した強烈な皮肉を引用しました。

この10年をみても、韓国では女性たちが性差別や暴力に対して、たびたび集まり大規模な抗議活動をしてきました。キム教授はそういった写真をスライドで見せながら「近代以降、女性は声をあげて女性を解放してきた。映画産業でも、ジェンダー平等を推進させたのは、女性映画人が戦ったから。最後には戦う女性が勝つ」と力を込めました。

韓国やフランスでは、撮影前にハラスメント防止対策の講座を受講することや、ハラスメントが発生した場合の被害者支援や処罰が明確化されています。女性たちが集まり、声をつなげ、行動に移したから、映画業界が変化したのです。

欧州にも行動する女性映画人たちはいます。筆者は欧州の映画祭に行く度、女性映画人の集まりを取材してきました。たとえば2013年に設立された「EUROPEAN WOMEN’S AUDIOVISUAL NETWORK(EWA)」は、女性同士のヨコのネットワークを重視し、映画祭などで集まり各国のジェンダー問題について討論を重ねています。

ヨーロッパの女性映画人ネットワーク(EWA)=2018年、カンヌ国際映画祭
ヨーロッパの女性映画人ネットワーク(EWA)=2018年、カンヌ国際映画祭

日本にだけ目を向けていると、10年前に比べて、ワーク・ライフ・バランスをめぐる環境と意識がずいぶん改善されたようにみえます。けれども、世界でみると日本はずいぶん取り残されていることは明白です。映画界も同様です。変えるためには、当事者が行動するしかない。日本でも女性の映画人や研究者たちが集まり、それぞれの立場から社会をよくしようと行動に移し始めています。

このフォーラムを企画したのは、京都大学の博士課程で学ぶ、キム・スヒョンさん(46)。韓国の映画祭や韓国と中国の合作映画「第三の愛」に関わり、2014年に来日しました。日韓を研究や仕事で行き来するなかで、日本の映画界の劣悪な労働環境や女性映画人の置かれた状況に関心を持ったそうです。京都大学では日本の映画界の労働環境をテーマに博士論文を仕上げました。京都大学が女性の研究者を支援している制度で採用され、日韓からゲストを呼んで開催することができたそうです。日本のアカデミアで映画界のジェンダー格差や労働環境について研究する学者はとても少なく、キムさんの存在はとても貴重です。彼女はフォーラムでこう呼びかけました。 

「2010年代初めの韓国映画界は、現在の日本と同様の労働環境でした。しかし、国際共同製作が増えたことで、他国の状況を知るようになり、改善されていきました。今日のフォーラムが新たな交流の場になり、日本の映画界にとって未来へのランドマークになることを願っています」

レインボーパレードで思い浮かんだ“地方の息苦しさ”。故郷を帰りたい街に 束縛か愛か。パートナーが別の誰かと……どう考える?『私の最高の彼氏とその彼女』
朝日新聞記者。#MeToo運動の最中に、各国の映画祭を取材し、映画業界のジェンダー問題への関心を高める。
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