#MeToo後の映画界、その変化とは?~カンヌ国際映画祭リポート【前編】
世界各国の秀作映画が、最高賞のパルムドールを競い合うコンペティション部門。フランス人女性のジュリア・デュクリュノー監督(37)の「Titane(チタン)」が、パルムドールを受賞しました。
パルムドールに輝いた女性監督は、1993年の「ピアノ・レッスン」で受賞したジェーン・カンピオン監督に次いで2人目。この年は、「さらば、わが愛/覇王別姫」(チェン・カイコー監督)とのダブル受賞だったので、女性監督の単独受賞は今回が初めて。
当時の朝日新聞記事では、映画評論家の秦早穂子氏が2作について「結果は大方の予想通りに金賞を2作が分け合った」と振り返り、「映像表現と内容が一致しており(中略)、共通しているテーマは激しい情熱であり、人間の感情をもう一度探し求めようとしている」と絶賛していました。
最高賞の“パルムドール” 事前予想は日本作品?
一方、今回のパルムドールは、私も含めて“予想通り”ではありませんでした。
各国のメディアによるパルムドールを予想する星取表で最高得点だったのは、西島秀俊さん主演、濱口竜介監督の「ドライブ・マイ・カー」でした。原作は村上春樹さんの短編で、喪失の先に見える、かすかな希望を描いた作品。濱口監督と、共同執筆の大江崇允さんが、日本語だけでなく韓国語や手話を交えた脚本を仕上げたこの作品は、脚本賞を受賞しました。
2018年に濱口監督が初めてカンヌ映画祭に参加した「寝ても覚めても」を現地で取材した私のひいき目はありますが、多くが「ドライブ・マイ・カー」がパルムドールでは、と見ていたのです。
英国を代表する映画評論家のピーター・ブラッドショー氏も、「『ドライブ・マイ・カー』は魅力的で神秘的であり、物語の構成の巧みさなどからの点で、自分にとってのパルムドール」と評価。ブラッドショーは、ドゥクルノー監督の「チタン」については「コンペ部門のベスト映画ではないだろうが、何かを駆り立られる突き抜けた力がある」「新風を吹き込んだ」と評しています。
受賞監督、作風は「繊細さ」や「柔和さ」とは正反対
では今回、パルムドールを受賞したデュクリュノー監督とは、どんな人物なのでしょうか。
1987年にパリで生まれたデュクリュノー監督は、2011年に短編映画でデビュー。初の長編作は18年の「RAW ~少女のめざめ~」。ベジタリアンとして育てられてきた少女が、大学の新入生「歓迎」の一環で、生血を浴びさせられ、肉食を強制されたことをきっかけに、カニバリズム(人肉食)に目覚めていく様子を描いた衝撃作。同年のカンヌ映画祭の批評家週間で上映されて、話題になりました。
女性監督の作品への評でありがちな「女性らしい繊細さ」や「柔和さ」とは正反対の作風です。長編デビュー作も今回の受賞作も、主人公の女性は、観客の共感や理解を突き放す「モンスター」。徹底的に肉体を痛めつけられ、追い詰められていくなかで、秘められた欲望や本性と向き合っていくのです。
受賞をうけて、デュクルノー監督は「モンスターを受け入れてくれて、ありがとうございます」と涙ながらに語りました。女性監督2人目のパルムドール受賞については「私が女性であることと受賞は関係ないことを願う」「これから3人目、4人目、5人目と続くでしょう」と述べました。
映画界でジェンダー平等への動きは「後退?」
#MeToo後、映画界の体質自体にメスを入れる動きが進んでいます。18年のカンヌ国際映画祭では、同年のコンペ部門の審査員長を務めた俳優のケイト・ブランシェットやフランスの俳優レア・セドゥ、フランスの女性監督の先駆けであるアニエス・ヴァルダ監督ら女性82人がレッドカーペットを行進し、映画業界のジェンダー平等を主張。“82”という数字は、それまでコンペ部門に参加した1645作のうち女性監督の作品がたったの82作であることへの抗議でした。
その勢いに押されたのか、映画祭トップのティエリー・フレモー氏は同年、20年までにジェンダー平等を実現する「50/50x2020」という憲章にサインしました。
しかし――。カンヌの審査員のジェンダー比はここ数年男女半々ですが、依然として選ばれる映画に偏りはあります。世界最高峰とされるカンヌ国際映画祭には、各国の著名なベテラン男性監督たちも目標にすることも要因の一つ。
今年コンペ部門に選ばれた映画24本のうち、女性監督作は4本。ラインアップ発表直後は「実質的に後退した」という批判も噴出しました。
映画に「暮らす国のあり方を反映させたい」
制作会社のトップやプロデューサーといった意思決定層が長年男性で占められてきた映画界。その構造を変えるのは、容易ではありませんが、映画業界の中から「今のままではダメだ」と挙がる声が、大きなうねりとなりつつあります。
カンヌのトークショーに登壇した米俳優のマット・デイモンは、南カリフォルニア大学アネンバーグ校が実施している映画とジェンダーの調査に言及し「映画界でいかにジェンダー格差があり多様性に欠けていたかを知って、衝撃を受けた」と明かしました。
デイモンは、映画を制作する際に出演者やスタッフのジェンダー比や人種などの多様性の確保をめざす「インクルージョン・ライダー」という契約にいち早く賛同した大物俳優としても知られています。「自分たちのビジネス(映画界)に、自分たちが暮らす国のあり方を反映させたい」と語るデイモン。彼のようなスターが、ジェンダー平等や多様性について言及することが今では当然となっています。
はるか昔から続いてきた「映画をつくりたい」と願う女性たちの挑戦――。今回のカンヌ映画祭のクラシック部門では、日本を代表する名優田中絹代が監督した「月は上りぬ」(1955年)が上映されました。しかし、カンヌでいまだに飛び交うのは「女性初」「女性○人目」という言葉。聞かれなくなるのは、いつでしょうか。
次回は話題作への出演が目白押しの俳優ティルダ・スウィントンや、アカデミー賞俳優で監督作が米アカデミー賞にノミネートされたレジーナ・キングら女性たちが、ジェンダー平等や多様性についてカンヌでどう語ったかを詳報します。
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