Beyond Gender#4

ブリトニー・スピアーズの絶望「嘘をついていると言われるだけ」~“自由”を奪われた13年【後編】

2008年から現在に至るまで成年後見制度により生活の全てを実父らに管理されてきた歌手ブリトニー・スピアーズが6月下旬、ロサンゼルスの裁判所で訴えた後見制度の解除は大きな話題になりました。同じ米カリフォルニア州で暮らす伊藤恵里奈記者が、制度の問題点も含めてリポートします。

後見制度下の世界ツアー 50万人以上動員のブリトニー

ブリトニーはいまも、66億円(6千万ドル)とされる自身の財産の使い道や仕事の選び方から、誰に連絡したり会ったりするといった私生活の細部にいたるまで、父ジェイミーら後見人の管理下にあります。自分の意思では何も決められず、看護師やボディーガードなどの監視下に24時間置かれている苦痛な状況も法廷で明かされました。

サンフランシスコの非営利団体「CANHR」によると、ブリトニーが暮らすカリフォルニア州の後見制度では後見人の役割は財産管理と、衣食住など生活面管理の2つ。制度上、同じ被後見人に関しては財産面と生活面を、別々の後見人がそれぞれ管理することも可能だし、同じ後見人が両方を管理することもできるそうです。

父ジェイミーは娘の生活と財産、つまり全てをコントロールしてきました。19年に健康上の理由から生活面については後見人を退きましたが、今も資産管理会社と共にブリトニーの財産面の管理は続けています。生活全般に関しては、同年9月から暫定的に専門家のジョディ・モントゴメリーが後見人を務めています。ただ父ジェイミーは再び、全権を把握しようとしているよう。

ブリトニーは成年後見制度下の13年間も、新作アルバム4枚を出し、テレビ番組に出演したり、ラスベガスでショーをしたりと精力的な活動を続けてきました。日本を含めた世界各国をまわったツアーでは、計50万人以上を動員。その彼女がなぜ今も後見制度下に置かれる必要があるのでしょうか。

ブリトニーの話題で持ちきりのアメリカの雑誌

制度上、確保される透明性 実際には抜け道も・・・

ブリトニーはインスタグラムでも、長年の我慢の日々や自由を求める気持ちをつづっています。そして訴えは次第に世の中に届き、「#Free Britney」という言葉を掲げ、彼女の成年後見人制度の解除を支持する動きが、ファンを中心に広がっています。
テレビ番組で共演した歌手のクリスティーナ・アギレラは、SNSで「自分の運命を自分自身でコントロールしたいと思っている女性や人間が、思うような人生を送れないのは許せない」などと支持を表明しています。

ブリトニーは成年後見制度から解放されるのでしょうか。

そもそも成年後見制度は、認知症や障害などで判断能力が低下した人の暮らしと財産を守るための仕組みで、対象は主に重度の障害者や高齢者です。後見人は家庭裁判所の審理によって選ばれ、財産の管理のほか、食事の内容から福祉サービスの利用の種類、施設入所の契約など生活に関わる、ほぼ全てのことを本人の代わりに行えます。

CANHRによると、カリフォルニア州で後見人になるには、親族や友人、公職に就く人物、非営利機関、もしくは後見人業を職業としている専門家であることが必要。後見人が忠実に義務を果たすことができるかの証明は、保証機関(主に弁護士)が行います。
当然ながら後見人には被後見人のニーズを把握し、可能な限り自立して暮らせるような生活環境を整える義務があります。後見人の選出や、その報酬額などは裁判所を通して決められます。制度の運営過程上は、情報公開がなされてもいます。

しかし、実際には多くの抜け道があります。

米国では、裕福な高齢者をターゲットにした「後見人ビジネス」の存在が指摘されています。遠縁の親族や、医療機関や弁護士など第三者が「非常事態」などと称して、審理を十分に経ないまま裁判所に自身らを後見人に指名させるのです。その結果、高齢者が意に反して施設に送り込まれたり、親族との面会もままならなくなったりするケースが後を絶ちません。

さらに制度下にいったん置かれたら、解除されるのはほぼ不可能とされています。

abc10が成年後見制度の問題点を調査報道した「THE PRICE OF CARE」

後を絶たない“後見人による不動産売却や使い込み”

米国の成年後見制度の闇を描いたNetflixの映画「I Care a Lot」は、高齢化が進む社会のディストピアを描いています。

映画では、かつて介護施設で安月給で働いてたマーラ(ロザムンド・パイク)が登場。彼女は現在、高級インテリアに囲まれたオフィスで多くの高齢者の「支援」をしています。ターゲットは、身寄りのない金持ちの高齢者です。
マーラーは懇意にしている医師と結託し、狙いを定めた高齢者を「認知症で判断不可能」などと診断させ、「緊急事態」として後見制度の適用を裁判所に申請。本人の意思確認はおろか、全く預かり知らないところで、マーラが後見人になるのです。
一度、後見人として全権を掌握したマーラは被後見人を施設に無理やり送り込み、外に出られないようにするだけでなく、携帯電話をとりあげ、外部との接触も一切断たせます。被後見人の口座などから高額な報酬を得ているのに、“財産管理”と称して行うさらなる搾取。施設の関係者も弁護士もすべてグルだったのにある日、身寄りのないとされていた資産家女性に手を出したところ、想像もしない展開になって……。

自身を虐げてきた資本主義社会への復讐に燃えるかのように、裕福な高齢者を骨のずいまでしゃぶり尽くすマーラを演じたロザムンド・パイクの怪演は、迫力満点ですが、この映画の真の恐怖は、マーラの行為が、現代の米国社会では身近に起こり得るということです。

カリフォルニア州の地元テレビ局abc10は、成年後見人制度の問題点を長期間にわたり調査した特集番組「The Price of Care(ケアの代償)」を制作し、今年放送しました。同局の調べによると、カリフォルニア州だけで1兆437億円(130億ドル)もの財産が後見人に管理されているそうです。

番組では制度の悪用で家族を奪われた人々が登場し、赤裸々に被害体験を語っています。
「ある日突然、裁判所が後見人を決めて、母親は施設に送られた。認知症でもなく精神的にも肉体的にも健康だったのに、会うことすらかなわなくなった」「15カ月後にようやく面会できたが、母親は骨と皮になってすっかり衰弱していた」
後を絶たない後見人による勝手な不動産売却や、財産の使い込み――。

「裁判所は日々、多くの後見人申請を受け付けているため、制度の適用の際に中身を十分に調べず、流れ作業になっている」と番組は指摘。必要な書類を携えて「緊急事態である」と裁判所に認めさせ、48時間以内に後見人が指名された事例もあったそうです。後見人の不正が発覚しても現制度では資格の剥奪が難しいことや、いったん制度に絡め取られしまったら、家族や友人から被後見人が、孤立させられるといった巧妙な手口を紹介。警鐘を鳴らしました。

ブリトニーの話題で持ちきりのアメリカの雑誌

終わらせてほしいと申し立てできると知らなかった

話をブリトニーに戻します。
7月3日、ニューヨーカーから「Britney Spears’s Conservatorship Nightmare(ブリトニー・スピアーズの成年後見制度 悪夢)」という長文記事が公開されました。
筆者は、ジャーナリストのローナン・ファローと同誌のジア・トレンティーノ記者です。ローナン・ファローは、映画監督ウディ・アレンと俳優ミア・ファローの実子。#MeToo運動の旗振り役となったファローは、2018年にピュリツアー賞を受賞。父ウディ・アレンが過去に養女へ性的虐待をした疑惑に関する報道にも力を入れています。

今回の記事で、ファローとトレンティーノは、ブリトニー・スピアーズが「保護」の名目で、家族や周辺からいかに搾取され、虐げられてきたのかを詳細に報じています。ブリトニーへの後見制度適用に関する裁判所の審査に立ち会った関係者は「当時、ブリトニーは入院中だった。審査もわずか10分ほどで終了し、誰も証言を求められなかった」と振り返り、「当時は後見制度によって彼女が救われると思っていたが…」と後悔を漏らします。

報道によると、彼女の後見制度下では父ジェイミーのほかに弁護士、医療ケアにあたる看護師や身辺警護をするボディーガード、パブリシスト、プロデューサーなど様々な人物が策動。毎週木曜にインスタなどを管理する担当者やメディア担当など10人ほどのブリトニー抜きのチームで、様々な方針が決められるそうです。
報酬も高額で、裁判所が定めた後見制度下の弁護士は年5800万円(52万ドル)の一方で、19年のブリトニーの生活費は約4千900万円(44万ドル)。父ジェイミーは、後見制度を脅かす人々や動きについて、彼女のためという名目で彼女自身の資産を使い妨害。ブリトニーが信頼を寄せた人を、彼女と接見禁止にしたり、「#Free Britney」運動のホームページ運営者を脅したり。
最近の裁判資料によると、父ジェイミーに雇われた弁護士は、ブリトニー解放の世論が高まった昨年10月から今年2月までの間の対策費などとして1億円(90万ドル)を請求したそうです。

この絶望的な状況の中でも、ブリトニーは自由を求め続けました。携帯電話を没収されるなど、制限される交友関係の中、スーパーで他人に携帯を借りたり、手紙をしのばせたりして外部と接触。後見制度から抜け出そうと、もがいてきました。記事の中で、シラキュース大学の障害者権利センターの法律・政策担当シニアディレクターのジョナサン・マーティニスは「殺人の容疑者でも弁護士を得る権利はあるが、後見制度下のブリトニーにはその権利すらなかった」と制度の問題点を語っていました。

6月23日の法廷に電話参加したブリトニーは制度の適用を終わらせてほしいと主張し、「後見制度を終わらせてほしいと申し立てできると知らなかった」「長年、人前で語りたかったが怖かった。からかわれるか、嘘をついていると言われるだけ。『彼女はブリトニー・スピアーズだから』と」と証言したとされています。

7月に入り、ブリトニーの「父ジェイミーを後見人から外してほしい」という訴えは、裁判所が却下したことが明らかになりました。
しかし、後見制度自体をめぐる審理は続き、次回は7月中旬の予定。1人の女性、そしてブリトニーのファンとして、彼女の解放が認められることを願わずにはいられません。

朝日新聞記者。#MeToo運動の最中に、各国の映画祭を取材し、映画業界のジェンダー問題への関心を高める。