121位の私たち

記事を書くのは男の仕事? ニューヨーク・タイムズ紙の初代ジェンダー・エディター、ジェシカ・ベネットさんが振り返る女性記者の“闘い”

世界経済フォーラムが毎年発表する、世界各国の男女格差の度合いを示す「ジェンダーギャップ指数」2019年版で、日本は過去最低の121位でした。前年の110位より順位を下げ、先進国の中でも最低レベル。どうして、こんな状況なのか。男女格差を縮めるには何が必要で、私たちには何ができるのか。国内外でジェンダー格差改善に取り組む人たちにお話を伺います。 第3回はアメリカの有力紙ニューヨーク・タイムズ(NYT)で、ジェンダー問題を専門に担当する「ジェンダー・エディター」をポストができた2017年から今年初めまで務めたジェシカ・ベネットさん。職場の性差別への対処法をつづった『フェミニスト・ファイト・クラブ』(FFC)という著書もあるベネットさんに、米国の男女格差やその解消に向けた取り組みなどを聞きました。

●121位の私たち

――ジェンダー格差を意識するようになったのは、いつごろからですか?

ジェシカ・ベネットさん(以下、ジェシカ):大学を出てニューズウィーク誌で働き始めた07年ごろです。数年して同じ時期に入社した同年代の男性記者たちが、私よりも早く昇進していると感じ始めました。自分の仕事ぶりのせいかも、と思っていたある日、給料も彼らの方が高いと知り「もっと大きな問題かも」と考え始めたんです。

――『フェミニスト・ファイト・クラブ』の中で、「記事を書くのは、やっぱり『男の』仕事だった」とつづっていますね。

ジェシカ:ニューズウィークはかつて女性差別がひどく、1970年に女性従業員たちが会社を訴えたことは有名でドラマにもなっています。60年代までは女性が記事を書くことは許されていないと公然と告げられていました。取材をしても、記事に女性の署名はでなかったそうです。私が勤めた7年ほどの間に明白な女性差別はありませんでしたが、記事の署名の数を調べてみると、男性記者の方が女性のよりも多かったんです(※FFCによれば、ある年の巻頭特集記事49本のうち男性が書いていなかったのは6本だけだった)。実際、私が提案した記事について、編集者に「ボツ」と言われた後、同じような男性記者の記事が掲載された、ということが何度もありました。多くは素晴らしい編集者で、「これは男性に書いてもらう」と明言していたわけではありません。思うに、長年にわたって染みこんだ「男性優位」のバイアス(偏見)が、男性記者の記事の方が良いと考えさせてしまったのでしょう。

――そんな職場環境でどんな行動をとったのですか。

ジェシカ:記事が採用されない理由について、ずっと自分のせいだと考えていました。でも、女性差別の問題が職場に根強く残っていると気づいたとき、「私のせいじゃない」と、自分を責めるのをやめられて、心が落ち着きました。1970年の訴訟から40年にあたる2010年には、ニューズウィークで何が変わり、何が変わっていないかをまとめた長文の記事「若い女性、ニューズウィーク、性差別」を同誌に書きました。批判的なことも書くため、編集幹部をかなり説得し、当時のメディア状況や歴史も振り返りました。この記事は私の転換点で「これこそが自分にとって大切で書き続けたい問題なんだ」と思いました。編集の過程では緊迫したやりとりもありましたが、出版後の反応はとてもポジティブ。会社は、だれが記事の筆者なのかや、幹部職の女性の割合などに、より目を配るようになりました。

――この10年間で、米国では女性を取り巻く環境が変わったと思いますか?

ジェシカ:FFCは、私が加わった10年前、まさに「秘密」の団体でした。職場にばれたら不利益になると思っているメンバーもいたので、その存在も、そこで何を語ったかも口外しないと決めてたんです。でも、いまはFFCについて公に話せるし、ジェンダー問題について、女性も政治家も経済界のリーダーもよりオープンに語れます。#MeToo運動のおかげで、タブーや性差別もおおっぴらに話せる。最も大きな変化です。

――逆に変わっていないことは何でしょう?

ジェシカ:エビデンス(証拠)がないので言いにくいんですが、職場で意見を聞いてもらえない女性は今もいます。職場での女性の地位や賃金について経年変化を検証すると、今も「男性優位」が残っていることがうかがえます。私たちはいまだに「女性大統領は誕生するだろうか」といった会話をしています。マサチューセッツ工科大の最近の調査によれば、人々は未来の米大統領について語るとき、女性に使う代名詞の「she」をほとんど使わない。「リーダーを描いて」と言うと、白人男性の姿を思い描く人がほとんど、という別の調査結果もあります。「当然、女性大統領候補に投票する」という私のような人でも、「リーダー」と言われたら、白人男性を思い描くほど、文化に浸透しています。

――どうして、変わらないんでしょう?

ジェシカ:リーダーは常に男性だったという歴史があり人々もそれに慣れている。女性は仕事の世界にいるものじゃないという社会通念も長らくありました。社長や医者、科学者といった職業と女性を結びつける際には、乗り越えるべき文化的な障壁(バリアー)がまだ多いのです。

――2020年は米国で女性の参政権(suffrage)が導入されてちょうど100年。米政界で男女平等が達成されるには何年かかると思いますか?

ジェシカ:分かりません。そんなに長くかからないことを望んでいますが、いまのところ、よい方向に進んでいるとは思えません。18年の米議会の中間選挙は女性の当選者が歴史的な数になり、実に大きな前進でした。同時に私たちの大統領(トランプ)は、女性についてとても悪いことを語る人物です。歴史を振り返ると、女性が参政権を得た後も、投票を禁じられた女性は大勢いたし、アフリカ系、先住民、ヒスパニックの女性たちにいたっては、投票できるまでにその後何年もかかりました。私自身、女性参政権の歴史を学校では教わりませんでした。ニューヨーク・タイムズでの仕事は、再教育の役割も担っていると思っています。米国で女性の投票権獲得にどれだけ長い時間がかかり、困難であったか。その全体像を、かかわった人を網羅して描きたい。人々の欠落を埋める物語を描きたいと考えています。そして、当時起こっていたことと、現在起きていることを関連づけることも試みたい。女性議員をいかにふやすか、女性がいかに効果的な一票を投じるか、ある地域で有権者がいかに抑圧されているか……私たちはそんな話をいまだにしています。だからこそ、過去と現在を結びつけることが大切なんです。◇

■ジェシカ・ベネットさんのプロフィール
米西海岸シアトル生まれ。ニューズウィーク誌などを経て2017年にNYTの初代ジェンダー・エディター就任。「生まれ育った街は進歩的で就職するまでジェンダー格差を感じたことはなかった」。『フェミニスト・ファイト・クラブ』(日本版・海と月社刊)は初の著書。

■フェミニスト・ファイト・クラブ
ジェシカ・ベネットが2010年に加わった女性だけのグループ。若者の秘密組織を描いた映画「ファイト・クラブ」をまねて以前は秘密の存在だった。メンバーは当時20代の記者、コメディアン、テレビ局のプロデューサー、映画の作家など。月に1回集まり、女性ゆえに差別される経験などを互いに告白し励まし合った。メンバーは今も不定期に集まり、子育ての悩みや管理職としての対応なども語り合う。ジェシカによる同名の著書(日本語版・海と月社刊)の副題は「『職場の女性差別』サバイバルマニュアル」。「こんな態度に気をつけよう」「『典型的な言われ方』を把握し、うまく対処する方法」「(男性の)いいところはどん・よくに盗もう」といったアドバイスが書かれている。英語版の巻頭には「この本のなかに、職位や性自認、人種にかかわらず、すべての人のためになるなにかがあることを望んでいる。女性のためにも、男性のためにも書いた。男性のフェミニストは、この闘いにとってきわめて重要」というメッセージがある。