キャトリン・モランさん「女性の性についての秘密や欲望、もっとオープンに語られるべき」
描きたかったのは、自力で稼ぐことを覚えた10代の女の子
――イギリス郊外に家族7人で暮らす16歳のジョアンナ・モリガンは、類まれな文才と想像力を持っているが、学校ではイケてない普通の女子高校生。大手音楽情報雑誌のライター募集への応募がきっかけで、彼女はロンドンで働くようになります。毒舌記事を書き、夜遊びも派手になっていくジョアンナを演じたのは、「ブックスマート」や「レディ・バード」など数々の映画で活躍しているビーニー・フェルドスタイン(28)でした。
キャトリン・モランさん: 私はエグゼクティブプロデューサーとしてもこの映画に関わりましたが、ジョアンナ役を探すのはとても大変で、イギリス国内ではみつかりませんでした。地方都市にいる純真な少女が、都会でいろんな男性との夜遊びを楽しむような辛口ライターに成り上がる。その変わりっぷりを演じられる俳優は、そうそういませんから。ビーニーは性的な魅力もコメディーのセンスもある。彼女の幅のある演技のおかげで、冴えない女の子が急に輝き、目的意識を持っているような見せることができました。
キャトリン: 映画化の構想から、完成まで7年かかりました。その間、ビーニーは映画や舞台でキャリアを着々と詰んできた。彼女の演技には本当に感嘆させられましたね。誰にでも優しく温かくて、撮影現場でみんなに愛されていて、太陽のような存在でした。彼女の専属ドライバーは最終日に別れが寂しくて、空港に送る途中で泣いてしまったくらい。ビーニーと私は大の犬好きで、今もしょっちゅう互いの犬の写真を送り合っています。
――ジョアンナが恋に落ちるロックスターのジョン・カイトを演じたのは、「ゲーム・オブ・スローンズ」で裏切り者として苦難の道を歩むシオンを演じて強い印象を残したアルフィー・アレンです。
キャトリン: 私がアルフィーを最初に見たのは、大規模な野外音楽イベントでした。出演が終わった彼は泥酔して転倒したんですが、すくっと立ち上がり、周りの人に「みなさん、申し訳ありません」と丁寧に謝ったんです。それを見て私は「ジョンはこの人だ!」と直感しました。
彼の母親は、有名な映画プロデューサーのアリソン・オーウェンでこの映画にも関わっています。以前からの知り合いだったので、まずアリソンにアルフィーの出演を相談すると、アリソンがすぐ電話して、出演を取り付けてくれたんです。
アルフィーが本格的に人前で歌ったのは、今回が初めて。その歌声は素晴らしく、撮影スタッフや私は涙しました。彼は有名歌手のリリー・アレンの弟なんですよ。
――ジョンはすでに成功しているロックスター。自分に好意を寄せる16歳のジョアンナに対し、“ひとりの大人”として接しようと模索する姿が印象的でした。
キャトリン: 貧しい労働者階級に生まれて自力でお金を稼ぐことを学んだ、ふくよかで友人がいないティーンエージャーの少女が、男性との甘いロマンスを越えた関係をどう築くか――。この映画で描きたかったことです。これまで、10代の少女が主役の映画は“恋愛至上主義”の物語か、「導いてくれる年上の男性」といった年齢差を無視して恋に落ちるような展開が多かったように思います。
――ジョアンナは後に「ドリー・ワイルド」のペンネームで、大御所ミュージシャンから若手の音楽家までこきおろす批評家に転じます。その皮肉っぽい言論で注目を集めますが、次第に自身の文章が持つ毒に心が浸食されていく。現在、SNS上で冷笑的な論議がはびこり、「相手を論破する」といった対立を生んでいることを思い出しました。
キャトリン: 音楽や映画、ドラマなどの制作現場では、誰もが最良のものを作ろうと努力しています。「ゴミを生み出そう」という人なんていません。かつての私や、ドリー・ワイルドのように「駄作だ」などと辛辣に批判するより、いいところを見つけようとするほうが自身にとって有益です。
冷笑主義の中に閉じこもるのは、居心地はいいかもしれませんが、成長は期待できません。嫌いなものについて考えるより、自分に喜びを与えてくれるものに関心を向けるほうが、人生がより豊かになるはずです。
私たちの社会、男性を基準に動いている
――原作の小説『How to Build a Girl』は、不遜でたくましいフェミニストの少女の赤裸々な告白本として世界的にヒットしました。なぜ30代になってからこのような自伝的な小説を書こうと思ったのですか?
キャトリン: 30代で、自分の人生を振り返ったのがきっかけでした。少女から大人に成長する過程で、女性には特有の“大変なこと”がたくさん待ち受けています。それなのに、その世代の女性に向けた文章がないことに気づいたんです。
――小説では性行為や生理、マスターベーションなどが真正面から書かれています。「こんな風に女性が自身の性についてあけすけに語る本や映画に、思春期の頃に出合っていたかった」と私も思いました。
キャトリン: 同じような感想を多くの人からもらいます。他人や親に聞くのが恥ずかしいと思うようなことを、16歳の自分に向けて書いたのです。肩に手をまわして「心配ないよ。私はこれからあなたに何が起こるか知っている。悩みは私に話してみて。一緒に解決策を探ろう」と語りかけたい気持ちを文章にしたのです。
――少年の性への関心の高まりは、「大人への通過儀礼」として映画やドラマで描かれてきました。一方、少女が、性への関心や性体験について語ることは大っぴらにはおこなわれてきませんでした。
キャトリン: 私たちの社会は男性を基準に動いています。女性の経験や感覚、欲望は、何か特殊なもので重要ではないと考えられがちです。
女性であるがゆえの秘密や欲望について語ることが、ようやく普通のこととして、世の中に受け入れられるようになってきたと思います。私はその先陣を切ったと自負しています。
小説が出版された後、電車の中で女子中学生に話しかけられたんです。「本を読んで感激しました。学校で『マスターベーションクラブ』を作ったんです。毎日どれくらい、どうやってマスターベーションをしているかを友だち同士で語り合っています」と握手を求められました。うれしかったですね。そばにいた私の幼い娘2人は、「何が起こったの?」と、あっけにとられていましたが(笑)。
――最近では映像作品でも、女性がマスターベーションを楽しむシーンが増えているように思います。
キャトリン: 欧米の女性を主人公にしたコメディー映画やドラマなどでは、かなり頻繁に描かれていますね。全国放送のテレビ番組で、女性のマスターベーションについて話したことも私はあります。日本はどうか分かりませんが。
オープンに語り合う必要があると、私は思っています。マスターベーションは自分が傷つくこともなければ、お金もかからないし、リラックスできるし、最高の趣味ですよ(笑)。
年を重ねることは案外楽しい
――キャトリンさんはこの夏、最新刊『More Than a Woman』を出版しました。育児や家事、仕事上の重圧など、中年期の女性が抱える問題を扱っているそうですね。日本では、若さへの手放しの称賛の一方、女性の加齢を「劣化」などとネガティブにみる傾向が強いです。このような「若さ至上主義」についてどう思われますか。
キャトリン: 自分が40代になって分かったのが、年を重ねることは案外楽しいということ。イギリスでは昔から「女性は年をとると魔女になる」と言われています。それは決してネガティブな意味ではないと思うようになりました。
魔女は、町外れの家で誰に気兼ねすることもなく暮らしています。犬や猫、そして賢い鳥など生き物に囲まれて、体によさそうな薬草をみつくろうなどしている。そして時々訪れる魔女の仲間たちと何時間も笑っておしゃべりをする。それって最高じゃないですか。年を取るって全然怖くないですよ!
●キャトリン・モランさんのプロフィール
1975年、イギリス生まれのジャーナリスト、作家、テレビ司会者。15歳でイギリスの新聞「オブザーバー」紙の若者レポーター賞を受賞し、16歳で小説「ナルモ年代記」(91年)を出版。10代から音楽雑誌やタイムズなどでの執筆も開始し、音楽番組の司会も務めた。英国記者賞や英国雑誌編集者協会(BSME)賞など、数々の受賞歴がある。著書の『女になる方法』(2011年)は25カ国語に翻訳され、世界的ベストセラー。代表作に『How to Build a Girl』(14年)や『How to be Famous』(18年)などがある。
原作:『How to Build a Girl』(キャトリン・モラン)
監督:コーキー・ギェドロイツ
出演:ビーニー・フェルドスタイン、パディ・コンシダイン、サラ・ソルマーニ、アルフィー・アレン、フランク・ディレイン、クリス・オダウド、エマ・トンプソン
配給:ポニーキャニオン、フラッグ
公開:10月22日全国公開
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