Beyond Gender#7

「女はかくあるべし?」「見る男性と見られる女性?」 ジェンダーギャップから見る映画

今秋から冬にかけ、映画を通じてジェンダー格差について考えたり、フェミニズムの視点で映画を見たりするイベントが日本で開かれます。ロサンゼルスで映画やジェンダー問題などを研究する伊藤恵里奈記者が、オンラインで企画に関わる人たちに取材しました。
映画祭という“場”で考える「多様性やジェンダー平等」~カンヌ国際映画祭リポート【後編】

世界各国で猛威をふるう、感染力の強い新型コロナウイルスのデルタ株。カナダで9月9日から始まるトロント国際映画祭(tiff)を現地で私が取材することは難しそうです。

tiffは北米最大の映画祭。各国の映画祭などで話題になった作品やスターが集結し、米アカデミー賞の前哨戦とも言われています。作り手と観客の距離が近いのが特徴で、スター俳優が気さくに写真撮影やサインに応じる光景もコロナ前には見られました。
tiffはジェンダー平等や多様性に力を入れています。今回もトークイベントでプロの映画批評に多様な視点が欠如している問題や、撮影現場における性暴力やパワハラの排除といったテーマが話し合われるなど、興味深い企画が盛りだくさん。現地に赴かなくてもオンラインで視聴はできるのですが……。

加藤泰監督の「骨までしゃぶる」 1966年/白黒/88分 東映京都作品、監督:加藤泰 脚本:佐治乾 撮影:わし尾元也、出演:桜町弘子、夏八木勲、久保菜穂子、宮園純子、三島雅夫

「フェミニスト・加藤泰を発見した」

日本でも、興味がかき立てられる映画イベントが続々と企画されています。
東京・京橋の国立映画アーカイブで開かれるPFF(ぴあフィルムフェスティバル)では9月21日、明治時代の遊郭を舞台にした映画「骨までしゃぶる」(1966年)が上映されます。時代劇や任侠映画で名をはせた加藤泰監督の作品。タイトルは過激ですが、いい意味で予想を裏切る内容になっています。

上映後に解説するのは、国立歴史民俗博物館名誉教授で昨年、日本の歴史をジェンダーの視点から見つめ直した企画展「性差(ジェンダー)の日本史」の代表を務めた横山百合子さん。歴史の中に埋もれていた女性たちの存在に光をあてた展示は、大きな反響がありました。
その横山さんは、「骨までしゃぶる」というタイトルと中身とのギャップに驚いたそう。「明治時代の遊郭の考証がきちんとされており、当時の娼妓たちが実際にどうやって『解放』されたのかをリアルに描いている」と評します。
主人公は、生活苦から身売りされた18歳のお絹。いくら働いても減らないどころか増えていく法外な利息で借金地獄に陥ります。

映画やドラマでは得てして、遊郭の女性たちの悲劇を美しくエロチックに描きがち。「この映画では、遊郭の経営者らにだまされている事実に気づいたお絹が、現状から抜けだそうと知恵をつけて、行動に移す過程を丁寧にみせている」と横山さん。お絹を演じた桜町弘子さんや、お絹にほれた職人を演じた若き日の夏八木勲さんら役者の魅力も光ります。

近代化を進める明治政府は「芸娼妓解放令」を出し、キリスト教系の救世軍や矯風会によって遊郭の女性たちを救済する動きが活発になりました。「しかし、そういった活動は『身を汚された女性を救う』とどこか上から目線。当時の史料で遊女たちが『私たちの現実を知らない活動。遊郭を出た後どう生活していけばいいのか』と言った記録も残っています」

一方この映画で、お絹の背中を押したのは、「自分はあきらめたが、あなたなら逃げられる」と励ます遊女の先輩でした。「困難な状況から一歩を踏み出すのはなかなか難しい。寄り添ってくれる人の存在や、なにげない一言で人間は変われることを伝えている。誰かに助けを求めることは、恥ずかしいことではない。#MeToo運動やコロナ禍で苦しい思いをする今の時代の人たちにも通じることです」と横山さん。
聞き手は、「フェミニスト・加藤泰を発見した」と意気込むPFFの荒木啓子ディレクター。詳細は公式サイトから確認してください。

12月に渋谷のユーロスペースで「ジェンダー・ギャップ映画祭」を開催する日芸の学生たちはオンラインで打ち合わせを重ねている=提供

ジェンダーギャップについて話し合う中での“変化”

政治、経済、教育、保健分野での男女格差を調べた世界経済フォーラムの「ジェンダーギャップ指数」で、今年、世界156カ国中120位だった日本。

その「ジェンダーギャップ」をテーマにした映画祭を企画したのは、日本大学芸術学部映画学科の古賀太教授ゼミに所属する学生19人です。12月4~10日、渋谷のユーロスペースで開催されます。同ゼミでは毎年「スポーツの光と影」など旬なテーマで映画祭を開催。
企画した学生には様々な思いがあるようです。「ジェンダーギャップ」というテーマについて長谷川諒さんは、「ジェンダー差別をめぐる世の中の反応が、数年前と比べても大きく変化している」と話します。学生たちがテーマを検討していた最中、問題になったのは東京五輪・パラリンピック組織委員会会長(当時)の森喜朗元首相の女性蔑視発言。映画祭全体を統括する林香那さんが「私は幼い頃から『男っぽい』と言われることに疑問を持っていた」と言えば、大戸香穂さんも「年齢を重ねるにつれて、行動や言動を性別に基づき判断されることが増えていった」と話します。

この映画祭では「女はかくあるべし」という価値観の押しつけに疑問を抱き、社会を変えようと動いた女性が登場する映画を中心に、学生たちが選考した15作品が上映されます。女性監督の先駆者アニエス・ヴァルダの「5時から7時までのクレオ」(1961年)や名匠・溝口健二監督の「浪華悲歌」(1936年)、タナダユキ監督の「百万円と苦虫女」(2008年)など製作された年や国も様々。
中国からの留学生・劉容辰さんは、中国映画「新女性」(1935年)を上映作品に選んだ理由について「差別に苦しむ女性の姿はいまの時代にも通じる」と言い、白井綾香さんは、サウジアラビア映画「少女は自転車にのって」(2013年)を「周囲の『女性だから』という圧力に対して、主人公の少女が『なぜ』と無邪気に問い続けながら、はねのけようとする姿がいい」と評します。

「ある職場」=舩橋淳監督提供

同じく上演される舩橋淳監督の最新作「ある職場」(2020年)は、日本の職場でおきた実際のセクハラ事件に着想を得た劇映画。ネット上の中傷の的になった被害者を励まそうと集まったはずの同僚たちが、会話を重ねる中でモラルの欠如や人間の愚かさ、弱さを露呈させていく作品です。

学生たちは様々な映画をゼミで見て、ジェンダーギャップについて話し合っていく中で変化があったよう。
男は一生働き、家族を支える義務があると言われて育ってきたという伊藤大貴さんは「その価値観に違和感を覚えるようになった」と話しますし、佐々木悠佳さんは「古い日本映画の中にある『奥ゆかしい女性像の美しさ』に疑問を持つようになった」。
映画祭はゲストも多彩。「この星は、私の星じゃない」(2019年)の上映ではウーマンリブ運動を牽引した田中美津さん本人が、「この世界の(さらにいくつもの)片隅に」(同年)では片渕須直監督が登壇するなどします。学生たちはツイッターで情報発信をしていますので、のぞいてみてください。

「燃ゆる女の肖像」©Lilies Films.

“見る男性と見られる女性”という図式を…

これまで無かった、映画を男女格差の視点から見る動きは広がりつつあります。
フェミニズム映画研究に詳しい斉藤綾子・明治学院大学教授は、長年にわたり自身を“異分子”のように感じていたそう。「映画研究の分野で、フェミズムやジェンダー格差の問題は重要性の認識されていても、専門的に取り組む研究者はあまりいませんでしたから」。
しかし、変化は確実に起こっています。日本映像学会の学会誌で昨年組まれた特集は「映像のフェミズム」でしたし、京都大学の木下千花教授が代表を務める「日本映画における女性パイオニア」プロジェクトも今年始動しました。フェミズム系の雑誌ではアニエス・ヴァルダ監督の特集も。前出の斉藤さんは「#MeToo運動の影響が大きい」と分析したうえで、「森元首相の女性蔑視発言などで、日本のジェンダー格差が国際的にみても大問題だと多くの人が気づいたのでは」と指摘します。

名古屋市で開催の「あいち国際女性映画祭」(今年は9月2日から5日まで)で、毎年フェミニズムの視点で映画を読み解く講座を開く斉藤さん。4日の講座では、女性同士の親密な関係を描いたフランスのセリーヌ・シアマ監督の「燃ゆる女の肖像」が上映されます。18世紀を舞台にした、女性の画家とそのモデルとなった女性の激しい愛の物語です。斉藤さんは上映後、シアマ監督の「まなざし」に着目した解説を行う予定です。

映画の中の女性たちは、カメラの後ろに立つ男性の「まなざし」の中で生きてきたと言えます。映画業界で女性の活躍が皆無だったわけではありませんが、プロデューサーや監督、カメラマンといった要職は、長年男性で占められてたからです。斉藤さんは「『ピアノ・レッスン』でパルムドールを受賞したジェーン・カンピオンらフェミニストの女性監督の多くは、『見る男性と見られる女性』という図式に代表される、古典的な『まなざし』を崩そうと挑戦してきた」と語ります。今回、斉藤さんが講座で取り上げるシアマ監督の映画は「女が女をみる」ことを大事にし、独自の表現を探究しているそう。「映画として、フェミニズムの視点からみてどう面白いのかを伝えたい」ということです(詳細は映画祭の公式サイトから)。

映画祭という“場”で考える「多様性やジェンダー平等」~カンヌ国際映画祭リポート【後編】
朝日新聞記者。#MeToo運動の最中に、各国の映画祭を取材し、映画業界のジェンダー問題への関心を高める。
国際女性デー

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