アメリカに蔓延するアジア系への「誤解」と「偏見」。ハリウッド作品へ及ぶ影響も
「知っているアジア系米国人は?」の質問、最多回答は…
アジア系に対してはステレオタイプな印象が強く、加えて女性の場合はジェンダーと人種の複合差別にあっている――。アジア系の地位向上を目指す団体「LAAUNCH」が、今年春に実施した調査で明らかになりました。
「知っているアジア系は?」という問いに対しては、回答した2766人の中で、最も多かった答えが「知らない」で42%に達しました。次に「ジャッキー・チェン」(11%)ですが、彼は中国籍です。3番目にようやく米国籍の「ブルース・リー」(9%)。アジア系、黒人、そして女性として初の副大統領になったカマラ・ハリスの名前をあげた人はわずか2%に過ぎませんでした。
人口は増加の一途でも、流布されたままの「誤解」
米国におけるアジア系のイメージは「勤勉、静かで、頭が良い」。“模範的なマイノリティー”とされた一方、他人の仕事を奪うなどとして排除されてきた歴史もあります。
現在も誤ったイメージを持たれています。
いまだに米国の企業や公的機関で指導的地位につくアジア系は少数派で、コロナ禍で失業したアジア系の割合は米国平均より高いのが事実です。しかし先の回答者の半分は「アジア系は公平もしくは過大に評価され、米国の企業や政治、メディアなどの指導的立場や上層部に多い」と答えており、「アジア系は優遇されている」と思い込んでいるのです。
また、「アジア系は米国に対してよりも自分のルーツや祖国へ忠実」というイメージも強い。LAAUNCHは「米国ではいまだにアジア系は『永遠の外国人』と位置づけられている」と分析しています。
アジア系は現在、米国人口の約7%を占めます。増加の一途をたどっており、米ピュー研究所によると、2000年から19年までで、アジア系の人口は倍増、2320万人に達しました。2060年になると、4600万人にまで増え、移民人口に占める割合としては現在最大のヒスパニック系を越えると同研究所は試算しています。
にもかかわらず多くの米国人は、アジア人像をあまりアップデートできていないようです。
ハリウッドも同様の傾向があります。南カリフォルニア大学アネンバーグ校が、2007年から19年までの興行成績100位以内だった映画、計1300作について調べたところ、セリフがあるAPI(アジア諸国や環太平洋地域諸国の人々)の役者は、全体の5・9%に過ぎませんでした。
主役級は、さらに少ない3・4%。アジア系にはルーツが多人種にわたる人も含まれるため、この中には、「ワイルド・スピード」シリーズでおなじみの「ロック様」ことドウェイン・ジョンソン(祖父母がサモア系や黒人)や、「マトリックス」のキアヌ・リーブス(祖母がハワイ系中国人)も。
彼らは白人役を何の違和感もなくこなします。アジア諸国の言語を操り、外見からもアジア系と認識される俳優となると……。
ハリウッドでも尊重されて描かれていない“現状”
映画の調査に関わったナンシー・ユエン博士は、2019年に公開された興行収入上位100位の映画の中で、APIの俳優が演じた役について、さらに細かく分析します。「約2割がアクセント付きの英語をしゃべっていた。外国なまりが、その人物を面白おかしく侮蔑的にみせるために使われているのです」と指摘しています。
たとえAPIが登場しても、7割以上の役がセリフが5つ以下だったり、劇中で1人のみだったり……。映画に登場するAPIの4人に1人が死を遂げ、その死因も水死や刺殺、自殺、爆死という結果も。映画の中で、アジア系や環太平洋諸国の人たちが1人の人間として尊重されて描かれているとは、言いがたい現状がハリウッドでもあるのです。
アジア系女性へのステレオタイプを根付かせた「対アジア戦」
女性の場合はより複雑です。人種差別に、ジェンダー差別が加わるからです。2割がセックスをしたり裸になったり、セクシーな衣装を着たりしています。
「か弱くて男性に従順だが、性には奔放で積極的」
アジア系女性に対しては現実でも、こうしたステレオタイプが根強くあります。
カナダの大学で教えるエレイン・チャン博士は、4月末に開いたトロント国際映画祭のオンラインイベントで「米国のアジア系への差別感情には太平洋戦争や朝鮮戦争、ベトナム戦争(の対アジア戦)が大きく影響している。アジア系女性へのステレオタイプもその過程で強化された」と説明しました。対アジア戦を経て「アジアは野蛮な後進国で支配すべき対象」とのイメージが定着したのです。
当時、米軍が赴いた戦地では兵士向けの慰安施設が作られ、基地の外では歓楽街が発展。そこで働くのは、地元の女性たちでした。こうして「アジア系女性は性的欲望の対象」という考えが広まったそうです。
米人権団体「ストップAAPIヘイト」によると、新型コロナの感染が世界的に広がった昨年3月から1年あまりで、アジア系や環太平洋諸国の米国人たちが差別的な発言や暴行を受けたという報告が6603件ありました。しかも、女性は男性より2倍以上の被害件数。私の近所でも通勤途中のアジア系女性が男性に殴られました。当然、日本人も標的になります。
見られる変化の兆し 実社会同様、映画やドラマでも光を!
21歳の白人男性が米ジョージア州アトランタ周辺のマッサージ店やスパを銃撃し、アジア系女性6人を含む8人が殺される事件が3月に起こりました。ヘイトクライムの可能性もあり、全米で暮らすアジア系、特に女性を震撼させました。
米国に住むアジア系・環太平洋諸国の女性のために活動する人権団体「NAPWAF」はアジア系への差別的な言動に対する声明を発表。「アジア系に対する差別や暴力の増加には、人種差別だけでなくジェンダー差別が絡んでいる」と指摘しました。
ジェンダー差別は、同じ人種内でも当然、あります。それがマイノリティーの女性となると、人種による差別も加わることで、複合的な被害を受けることになるのです。NAPWAFは、米政府に対してアジア系の女性にフォーカスした支援を求めています。
思えば、米アカデミー賞でも高く評価された韓国映画「パラサイト 半地下の家族」も、「ミナリ」も父と息子を中心とした物語でした。ブルース・リーの時代から、メディアの中のアジア系のイメージは男性中心。ハリウッドで活躍するアジア系の映画監督をみても、女性は男性よりはるかに少ない現状があります。
ただ、中国系のクロエ・ジャオ監督が「ノマドランド」でアジア系として初めて米アカデミー賞監督賞を受け、コンスタント・ウーやオークワフィナといった若手の女性俳優も台頭するなど変化の萌芽はあります。
ジェンダー平等や多様性の新ルールを昨年9月に発表した米アカデミー賞に続き、配信大手の米アマゾンスタジオも6月に新基準を発表。映画やドラマシリーズでは、少なくとも3割の女性と、マイノリティーの人種や民族が3割含まれていることを理想としました。2024年までに同スタジオが制作する作品の50%でこの目標の達成をめざします。
アジア系女性について「Invisible(見えない)」と言及されている場面に、頻繁に出くわします。見えない存在であるアジア系女性に、実社会とともに、映画やドラマが光をあてることを願っています。
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伊藤恵里奈記者の「Beyond Gender」は原則、第4日曜に公開予定です。