「自然はとても複雑で答えはひとつではない」アーティスト勅使河原香苗さんが自然から学んだこと
●サステナブルバトン2-06
絵画教室で学んだ、自然との対話の原体験
――昨年末まで、千葉県木更津にある、サステナブル ファーム&パーク「KURKKU FIELDS」で体験プログラムなどの企画運営に携わっていたそうですね。大学院まで美術に専攻してきた勅使河原さんが、なぜKURKKU FIELDSで働くことになったのですか?
勅使河原香苗さん(以下、勅使河原): 絵を始めたのは、小さいころから話すのが苦手で、母が絵画教室に入れてくれたのがきっかけです。埼玉の自然豊かな場所で育ち、教室では絵を描くほかに先生の畑で土をいじったり、自然界のこと、そして自然と共に人の暮らしを作っていく楽しさも学びました。そのたび、「自然の世界はなんてクリエイティブなんだ!」と、ワクワクしましたね。
大学院修了後は都内百貨店に就職して、ギャラリーの運営やアーティストのサポートをしていました。ところが、次第に自然が恋しくなって。「自然や農業に関われる仕事はないかな」と思っていたところに、KURKKU FIELDSの立ち上げメンバー募集が目に飛び込んできたんです。いきなり就農というとハードルが高いですが、環境問題への喚起が設立理由だと知り、農場にレストランや宿泊施設を作るということだったので、自分のキャリアをいかして自然の魅力を伝えられそうだなと思い応募しました。
――KURKKU FIELDSでは、具体的にどんなことをしていたのですか?
勅使河原: 広報と体験プログラムの企画運営とどちらもおこなっていました。オープン前は自分たちの手でビオトープや、畑に石垣を作ったり、植樹をしていたんですね。あるとき「こういう場内をつくる作業を一般の方も巻き込んでできたら良いのでは」と思って。入社当初は広報を担当していたけれど、だんだんと場内をつくる体験プログラムを担当するようになりました。
――つひとつ石を積み上げるのは重労働でしたね。
勅使河原: IT化が進み、こんな便利な世の中なのに、なんてアナログなんだろうと(笑)。スタッフ全員がその道のプロではないので、ゴールが見えず果てしない感覚はありましたが、楽しかったですし、何より達成感がありました。自分たちがつくったビオトープの池に、数年後も生き物が暮らしているのを見ると感慨深いですよ。池づくりに参加した子どもたちは、季節ごとに池の変化を見に来てくれますし、なんてやりがいのある仕事だろうと思いました。
――特に人気だったプログラムは何ですか?
勅使河原: 私にバトンを繋いでくれた、三上奈緒ちゃんとも取り組んだ「デイキャンプ」は特に好評でした。子どもたちと大きなパエリアやサンドイッチをつくるのですが、そのために畑で野菜やハーブを収穫します。KURKKU FIELDSは農場で採れた食材を使った食の施設もあり、そこへも食材をとりに巡って学んだり。また、その中でレストランやベーカリー、農業スタッフと話すことで、「今から自分が口にする食材はこの人がつくったんだ」という実感が持てますよね。スーパーで食品を買うときには想像できないことを、さまざまな視点から体感できるプログラムでした。
コロナ禍の独立「子どもたちに向けた活動を深めたい」
――KURKKU FIELDSでのお仕事も充実されていたと思うのですが、なぜ今年1月に自分自身で活動を始めようと思われたのですか?
勅使河原: 体験プログラムを重ねていくうちに、私のなかで「子どもたちに向けた活動をもっと深めたい」という気持ちが強くなったからです。KURKKU FIELDSが伝えたいことや思いは今も同じですが、コロナによって体験プログラムの運営が難しくなり、広報の比重が増えました。それは当然のことですが、今後自分がやりたい道筋について考えたとき、一度離れて挑戦してみようと感じたタイミングだったのかもしれません。
またフリーランスの活動以外に、株式会社マザーディクショナリーと出会い、公共の施設でありながら子どもたちの感性を刺激するプログラムや居場所づくりをする姿勢に共感し、在籍して、学ばせていただくことになりました。
――ガーデンティーチャーという職業は日本ではまだ聞き慣れないのですが、どのような活動をしているのですか?
勅使河原: 今は主に、マザーディクショナリーが運営する東京・渋谷区にある「かぞくのアトリエ(渋谷区こども・親子支援センター)」や、アメリカ、カルフォルニア州バークレー市にある公立中学校でその取り組みから始まった団体「エディブル・スクールヤード・ジャパン」が関わる小学校で活動をしています。これまではもちろん都心の子どもたちも多く来場する千葉のKURKKU FIELDSで子どもたちを受け入れていましたが、今では、私が東京にいながら自然プログラムをおこなってます。「かぞくのアトリエ」には小さなガーデンがあり、種まきから収穫まで行っています。この夏は、ナスやトマト、パプリカ、ハーブなどをたくさん育てました。育てたハーブで、虫よけスプレーを作ったり、草とりをしてコンポストに入れまたその土を循環させたり、生命力豊かな藍を育てて草木染の体験もしました。KURKKU FIELDSには単発で訪れる子どもたちが多かったですが、かぞくのアトリエは区の施設なので、子どもたちは学校帰りに来られます。同じ子が継続して種まきから収穫までの自然の循環を体験できるのがいいですね。
――イラストレーター/アーティストのお仕事と、両立はできていますか?
勅使河原: 現在、自然プログラムの教材としてイラストを描くことが多く、イラストも自然プログラムもどちらも子どもたちに自然のことを伝えていく手段として、私にとって大切なことなので、ゆるやかにその両立ができています。イラストを書かせていただいてる団体のひとつである「エディブル・スクールヤード・ジャパン」は、「すべての子どもたちに学校菜園を」を掲げた活動を行っています。今では、それが日本でもじわじわと広がっています。東京・多摩市の愛和小学校で早くからその活動に取り組んでいましたが、環境問題に取り組むことや食育等が重要視される中、企業からの問い合わせが増えていると言います。人が集まる場所としてのガーデンが、求められているのでしょうね。
奥深く複雑な自然を観察し、ブレない自分を築く
――食べること、命のつながりを子どもたちに教えるのは大切なことですね。その実践者である勅使河原さんにとって、サステナブルとは何だと思いますか?
勅使河原: 言葉にするのは難しいですが、子どもたちに伝えたいのは「自然はとても複雑で答えはひとつではない」ということ。奥深く複雑な自然のなかから、自分がやりたいことや自然とのつながりを見つけていくことが、サステナブルになっていくのかなと。私は自然のなかで育った原体験があり、自然との向き合い方をいつしか身につけました。だから、頭で考える前に人間以外の生き物について考えたり、環境意識が芽生えるし、「今の地球ってなんか変だな」と感じる力が備わったのかなと思います。
――小さいころから、自然の循環を体感・体験することが大切だと。
勅使河原: そう思います。自然を観察していくと、ブレない自分を築ける気がしますね。
――「自然がブレない自分を作る」とは?
勅使河原: 最初にお話したように、私は話すのが苦手な子どもでした。ただ、子どもの世界は狭いから、まわりに「なじまなきゃ」という気持ちにもなります。でも、野の草花を観察していると、すごく自由で、その在りようを見て「自分らしく生きてていいんだ」と強く思うことができました。
――自然はいつでも、勅使河原さんを励ましてくれる存在なのですね。では最後に、今後取り組みたいことを教えていただけますか?
勅使河原: プログラムも作りながら、イラストレーターとして、自然と子どもたちとのつなぎ手になれたらと思っています。実は、百貨店勤務のころ絵を描かない時期もありました。KURKKU FIELDSで、絵を描くことが求められる機会が増えて、「思いを伝えるなら、どんな絵だろう」と考え、描くことに戻りました。やっぱり、絵を描いて伝えることが大好きなんだと気づかされました。
一方で埼玉・秩父に祖母の家がありそこで今年から畑作りを始めています。自分の手で畑を作り自然と関わっていくことで得た実体験が、また私の伝えたいことにつながっていく、そんな予感があります。
人の意識を変えていく活動という意味では、全ての取り組みがアートパフォーマンスに近いようにも感じています。
――描く喜びにあふれているから、勅使河原さんのイラストは生き生きとして人をひきつけるのでしょうね。
勅使河原: そうだとうれしいです。先日、こだわった素材を使う料理家の方から、「難しくではなく、食材がどう育ってきたかを伝えてほしい」と依頼され、アニメーションの制作を始めています。絵にはそういう直感に訴える力があると思います。大学院までは自分の想いを描いていましたが、いまは、伝えたいことがある人の言葉を受け止めて、それを絵で返すような感覚もしっくりくる。自然に対する誰かの想いのような、自然の目に見えない世界と目に見える世界を絵で結ぶ“繋ぎ人”になれたらいいなと思っています。
■勅使河原香苗(てしがはら・かなえ)さんのプロフィール
ガーデンティーチャー、イラストレーター。筑波大学芸術専門学群卒業。自然と関わることで、子どもたちが見せる瑞々しい感性を引き出し、自分たちが自然、地球、大きな繋がりの中にいることを伝えるイラストやアニメーション、プログラム作りをライフワークにしている。
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