Presented by ルミネ

サステナブルバトン2

森を豊かに、自分も心地よく。森林ディレクター奥田 悠史さんが描く森の未来図

高い山と深い森に囲まれた長野県伊那市に拠点を置く「株式会社やまとわ」は、地元の木材を使った家具作りをはじめ、農業や林業、森に関するイベントの開催など、幅広い事業を手がける森の専門家。2020年夏、木材をシート状に薄く切り出した「信州経木Shiki」を発売したところ、エシカルな暮らしを意識する人々に響き、ヒット商品になっています。起業メンバーで取締役の奥田悠史さん(33)は、「信州経木Shiki」作りのほか、森林ディレクターとして「やまとわ」の様々な活動を手掛けています。森林ディレクターという仕事について、また森への思いについて伺いました。
「心地よい空間は、他者を思いやることから」。ダウン症の人の感性を発信し、居場所作りを進める佐藤よし子さん

●サステナブルバトン2-11

コミュニティとして魅力ある森づくり

――やまとわの事業は幅広いですが、奥田さんの森林ディレクターというお仕事はどのような内容なのですか?

奥田悠史さん(以下、奥田): 大きな視点で言うと、森ごとの未来や目的を定めて、そのためには何をしていけばいいかを考えるのが森林ディレクターの役目です。同じ森でも、生態系の専門家の眼には生物多様性が豊かな森、林業の専門家にとっては採算性が低い無価値な森と、異なって見えることはよくあります。そこで、「この森は林業として活用しましょう」とか「あの森はみんなが集まるコミュニティとして魅力ある森にしていきましょう」と、森ごとに異なる目標を設定し、提案しています。

――森の未来図を描くお仕事なのですね。そもそも、なぜ森の在り方を提案する必要があるのですか?

奥田: 日本を含め、世界の森林がたくさんの課題を抱えているからです。たとえば、世界では違法な森林伐採が横行していたり、毎年のように大きな山火事が起きたりしていることをニュースで目にした人もいると思います。日本では、戦後に一斉造林されたスギやヒノキの森が多いのですが、それはいわばモノカルチャー。単一の植生では、生物多様性が損なわれてしまうんです。さらに、海外から安い木材が入るようになったことで、それらの森が放置され、荒れて暗い森になってしまった。
こうした、問題を抱えた森を何とかしたいというのが、僕らの活動の原点です。ただ、「森を守りましょう」と大上段に構えたところで、人の行動はそうそう変わらない。でも、自分が心地よいとか、面白いと感じれば、自ずと変わっていくものだったりする。森を豊かにしながら、自分も心地よく楽しく感じられる暮らし方を再定義し、提案することに意義があると感じています。

長野県伊那市の森

地域の木を使う

――なるほど。だから、企業理念が「森をつくる暮らしをつくる」なのですね。地元の木を使ってモノづくりするうえで、ご苦労されたことは?

奥田: 大変なことばかりで、どれから話せばいいか(笑)。「地域の木を使う」と口で言うのは簡単ですが、実践するのは難しい。地域材の市場流通はないので、簡単に買うことができませんでした。特に家具作りに使う広葉樹は苦労しました。
それでもあきらめきれず、「地域材でものづくりをしたい」と話して回ると、仲良くなった木こりの方から、「こんな木があるよ。山まで取りに来てくれるなら」と連絡をもらえるように。自分たちで山まで原木を取りに行くところも、ものづくりの一部みたいなものでした(笑)。

――地元で切られた木を、簡単に買えないとは驚きです。

奥田: ええ。ただ、続けていくうちに、「広葉樹があるけどいりますか?」と逆に声をかけてもらえるようになって。また、「うちでも地域の木でものづくりしたい」と、別の工房が現れたりもしています。小さな穴からちょっとずつ水が流れ、川になっていくように広がっている感覚です。何もないところから流れを作るのは、手間も時間もかかります。2017年に最初のリーフレットを作ってビジョンを定め、「農と森事業部、木工事業部、暮らし事業部、森事業部」という分野に分けて、それぞれを少しずつ形にしているところです。

――ご出身は三重県ですね。

奥田: 今回、僕にこの連載のバトンをつないでくれた、ダウンズタウンプロジェクトの佐藤よし子さんとは、三重県つながり。そもそも、僕の姉の同級生でもあり、ざっくばらんに話ができます。起業してからもいろんな相談を聞いてもらっています。分けへだてなく人と接するタイプで、誰にとっても居心地がいい人なのだと思います。

――信州大学に進んだのはなぜですか?

奥田: 小さいころから環境問題に興味があり、環境について学びたいと思ったからです。幼いころ、三重の森や川が遊び場で、あるとき皮膚病のタヌキを見かけたんです。それが自分にとってとても衝撃でした。どうしてタヌキはあんな姿になったのだろうか、と。
当時は、酸性雨の問題がたびたびニュースで取り上げられていたので、子供なりに「なぜ、地球環境が悪化する方に進むのだろう」と思っていました。森林破壊に興味があったので、森林科学科のある信州大を選びました。それに、昔からスノーボードなどで長野を訪れるたびに、美しい景色に感動して、いつか暮らしたいなという思いもありました。

やまとわがある長野県伊那市の山並み

――在学中は年輪の研究をされていたとか?

奥田: はい。年輪の幅は気象条件によって変わります。60年や80年のスパンでそれを見ると、いろんなことが見えてくるんです。古材になると、千年単位で気候変動を知ることができ、地域のダイナミズムが分かります。この年は幅が狭いから雨が少なかったのかなと見てみると、歴史上の飢饉とぴったり合致したりするんです。

――ほかに、大学時代の授業で印象に残っているものは?

奥田: ある木材利用の授業で、サプライチェーンの図を見たときはショックでしたね。日本の森では木がたくさん育っているのに、海外から木を輸入して使っている。なぜそうなのかというワケを含め、産業のスケールの大きさと解かねばならない問題の根深さを目の当たりにし、途方に暮れました。自分1人で直接的にアクションをおこすことがイメージできず、それでも何か役に立ちたいという気持ちから、しがみつく気持ちで現状を発信できる編集・ライターの仕事を選びました。

――ライターとしてどのような活動を?

奥田: 中山間地域の取材をたくさんして、その地域の問題を肌で感じました。良いものを作っても伝える手段がないという声が多かったので、三重でデザイン事務所を立ち上げ、地域の問題とともに発信し始めました。そこで、今、一緒にやまとわをやっている代表の中村さんとの出会いがありました。

人の手が入らなくなったことで暗くて入りずらい森に変わってしまった地元長野の森を、子供のころに見ていたような明るい森に戻したい。中村さんはその一念から、地域材をつかったものづくりを実践していた人です。大きなサプライチェーンの図を前にして、何もできずに立ち去ってしまった僕には、1つ1つ手間のかかる家具を作って地域の課題に立ち向かう中村さんの姿勢にグッとくるものがありました。最初はデザイナーとして、中村さんが当時やっていた工房のビジョンづくりの話から、いつのまに「一緒にやろう」という話になり、生まれたのがやまとわです。

地元の針葉樹を使った持ち運べる家具

地元産アカマツで作った経木

――やまとわを立ち上げてから、転機となった活動は?

奥田: 一番分かりやすいのは、2020年夏に販売をはじめた「信州経木Shiki」だと思います。長野県、特に僕らの拠点である伊那周辺は、カラマツやアカマツが多く生えています。近年、松枯れ病の被害に長野県の各地も遭っており、伊那も例外ではありません。せっかく伊那に豊富なアカマツがあるのだから、松枯れする前に新しい使命を吹き込もうと考案したのが「信州経木Shiki」です。

これまで僕らは地元の木を使って家具を作ってきましたが、頻繁に買い替えるものではないため、接点が限定的だと感じていました。その点、生活雑貨である経木は、やまとわが生活に溶け込むきっかけになりました。僕らが林業や農業、家づくりなど様々な種を蒔いてきた中で、最初に芽を出したのが経木だったのです。

――食品などを包む「信州経木Shiki」は、紙のように薄くしなやかで、木目も美しいですね。

奥田: ありがとうございます。和菓子の包装をはじめ、パンの冷凍や煮魚、油煮込みのコンフィ、ラッピングなど、幅広く使っていただいています。脱プラスチックの流れの中、無添加の新素材、という感覚で楽しんでもらえているのかなと。アカマツは市場価値が低い木ですが、経木に最も適していると言われています。安価な木でも、新しくて“面白い”価値がつけば話は違ってくる。まさに、適材適所ですよね。

和菓子の包装などに幅広く使われているやまとわの経木

――「信州経木Shiki」製作で、大変だったことは?

奥田: まず、機材の扱いに一苦労しました。日本中の経木屋さんは、50年も前の機械を使い続けています。経木を使う人が減り、機械を作るメーカーがなくなってしまったためです。僕らがパーツの取れた機械をもらってきて、経木作りに挑戦しているのをたまたま地域の新聞に取り上げてもらったのをきっかけに、「うちにあるよ」と部品が揃っている機械を譲っていただけたのでラッキーでしたね。ただ、機械があっても、薄く均等に削る技術はすぐには身に着きません。群馬県桐生にある経木工房の方たちに教えを乞いながら、市場に出せる製品になるまで2年近くかかりました。

――奥田さんにとって、サステナブルで大切なこととは?

奥田: サステナブルとは巡り続けること、循環し続けること、これが何より大事なのではないでしょうか。循環を止めないための活動をしていると、トレーサビリティとは切っても切り離せないということに気づく。誰がどこで作ったか分からなければ、循環のしようがありませんからね。だから、僕らは地域材にこだわるのです。
 日本は約7割が森林に覆われていて、森林率は世界で3位なのに、木材輸入量は世界第4位です。日本は森林再生がしやすい土地にもかかわらず、世界から木を買っている。海外に森林伐採を押し付けて、自国の木を伐らないということになりかねない。人が入ることによって、生態系が成り立つ里山がすぐ近くにあるのだから、もっと積極的に関わって再生産し、それを持続可能に使っていきたいです。

経木を干して乾かす

――最後に今後の目標を教えていただけますか?

奥田: 「森を面白くする」人たちをもっと増やしたいですね。2020年から「伊那谷フォレストカレッジ」を開き、森の第一線で活動している人と、一見、森と関係のない人たちと結ぶ活動をしています。その活動を通じて面白い化学変化も起きていますし、森に関わる100の仕事をつくるのが目標です。
それと、仕事に関係なく、まずは森に来て、自分も自然の循環の一部であることを感じてもらいたいですね。森の中にいると、「こんなに美しい循環があるのか」といつでも感動します。水を飲み、呼吸する日々の中で、本当は誰もが森と関わっています。自然にとって本来あるべき姿にすることは、人間にとっても良い形のはず。森の木々は約60年で再生しますが、自然界でそれはかなり効率がいい資源です。優れた再生資源である木を持続可能な形で使いながら積極的に循環させていきたいですね。 

(写真はやまとわ提供。トップ写真は林光さん提供)

■奥田 悠史(おくだ・ゆうじ)さんのプロフィール

1988年生まれ、三重県出身。やまとわ取締役/森林ディレクター。信州大学農学部森林科学科で年輪を研究。大学卒業後、編集者・ライター、デザイナー、カメラマンなどを経験。2015年から、三重県で実姉が営む自然食品店「ハラペコあおむし」の前で、「ハラペコ里の市」というマルシェを開催。2016年、やまとわ立ち上げに参画。同社では、ディレクションやクリエイティブを担当。3月に販売予定の「信州経木Shiki」を使ったノートの制作にも携わっている。

 

「心地よい空間は、他者を思いやることから」。ダウン症の人の感性を発信し、居場所作りを進める佐藤よし子さん
ライター×エシカルコンシェルジュ×ヨガ伝播人。出版社やラジオ局勤務などを経てフリーランスに。アーティストをはじめ、“いま輝く人”の魅力を深掘るインタビュー記事を中心に、新譜紹介の連載などエンタメ~ライフスタイル全般で執筆中。取材や文章を通して、エシカルな表現者と社会をつなぐ役に立てたらハッピー♪ ゆるベジ、旅と自然Love
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