サヘル・ローズさんから葛藤を抱えるあなたへ「心のガーゼになってくれる本を」
8歳で来日後、学校でのいじめ、貧困など数々の困難に遭いながら、それを乗り越え、サヘルさんは芸能界へデビューしました。コロナ禍で多くの人の気持ちが弱くなっているいま、自分の経験を知ってもらうことで元気になって欲しいと語ります。
――今作では家族関係に悩む人、いじめに悩む人、適職を探している人など、それぞれの境遇に悩む読者を想定しています。
サヘル・ローズさん: この本を読んで下さる方1人1人に「これは自分に向けられた手紙なんだ」と受け止めて欲しかったんです。この本を作った動機は「自分と同じような辛い境遇にいた方に元気になって欲しい」というものでした。
親との葛藤がある、人間関係が上手く行かない、自分に合う仕事に出会えない――。どこの国籍の人でも、葛藤を抱えて生きているのが苦しいのは同じです。イランから日本に来た私が特別なのではありません。私の経験をそのまま表現するのではなく、読者1人ひとりのシチュエーション、置かれた状況をイメージし、私自身の過去の経験を振り返りながら「自分だったらこうするかな」と書きました。
自分に宛てられた手紙のように
――「私は強くない。私は弱い。これが私の強みです」という冒頭の言葉が印象に残りました。
サヘル: SNSが発達した今の時代では周りの人はみんな幸せそうに見えてしまいます。そうすると、常に自分も幸せであらねばならないという強迫観念に晒されているようなところもありますよね。
でも、実際はそうではない。私も含めてみんな苦しいし、泣いています。
今の若い世代の方々に言いたいのは、同じような闇や孤独を感じている人がたくさんいて、そしてそれでも皆生きているということです。
強がって外向けの自分を作り続けても、中の自分がきちんとできていないとその「外向けの自分」は長くは続かない。自分と向き合って、自分の中からの悲鳴に気が付いて欲しいと感じています。
私の場合は、自分の弱点を見つけて、その弱点を愛せるようになったことが転機だったと思います。どんなに辛いことがあったとしても、後から振り返れば全てがプラスで、何を言われても自分の弱さを長所に変えられる技術を見つけたような気もしています。
――弱さを長所に変える技術、そのために心掛けるべきことはどのようなことでしょうか。
サヘル: 人は常に人の顔色を窺ってしまいます。家庭では夫に対して、子どもに対して、外では、会社に対してもそうかもしれません。
ひとりでいられる時しか自分と向き合う時間はないのに、そこにSNSが入ってきて、他人の幸福そうな様子が目に入ると、自分だけが不幸なのかと思ってしまう。
なので、まず、辛いのは自分だけではないと知ること。そして、自分の弱さを知って受け入れることだと思います。
芸能界デビューは「死体」役
――芸能活動のスタートも決して順調ではなかったとも聞きました。
サヘル: 学費を稼がなければならなかったので、あらゆるバイトをしていていました。その中にエキストラのバイトがあったんです。
「何でもいいからやらせて欲しい」とエントリーしていたのですが、キャスティングする立場の人からすると自分は「まさかの黒髪」。日本人が持つ金髪に青い眼といった「外国人」のイメージにはまらなかったらしく、写真選考すら通りませんでした。
日本のエンターテイメントの世界には、私のような外国人の枠がなかったんですね。それから6年間はずっと死体役でした。そして、たまたま生きている役が来るとテロリストなんです(笑)。イラン人の役が来ると決まってテロリストの役で、とても悔しくなりました。
高校3年生の時、J-WAVEのジョン・カビラさん司会の番組のレポーターに合格したのですが、その頃から既に「なかった道を作りたい」という気持ちがありました。日本社会でエンターテイメントを目指す外国人の若い子たちのために道を作りたかった。社会に訴えたいメッセージがありました。
でも、無名の私では誰も聞いてくれない。ビッグな人が動けば世界は動くけど、私が動いたところで私には誰もついてこない。そうであれば、自分の名前に力をつけたいと思いました。電波塔になりたかったんです。それがこの世界を目指したきっかけです。
「自分探し」から「自分を作る」へ
バラエティー番組を中心に活躍を始め、注目されるようになりますが、キャラクター設定に戸惑いを感じることも。しかし「俳優になりたい」という目標がはっきりして来た時にその気持ちに変化が現れたといいます。
――多くのことで悩んだり、苦しんだりして「自分探しをしていた」時期から、「自分を作りにいく」というように変わったとありました。
サヘル: 20代半ばまではずっと自分を否定して自分探しをしていました。設定した目標とそれを達成できていない自分との距離に苛立っていたのかもしれません。
ただ、難民キャンプなどを訪ねて世界中を旅した時に、もっと世界には苦しい状況下にある人たちがいる。それにもかかわらず、もっとキラキラした人たちがいる、ということに気が付きました。
人は与えられているとやはり感覚が麻痺してしまいます。常に水が出て、常にご飯が出てくることが当たり前になると、その有り難さがわからなくなります。「当たり前」が毒になっていたような気がします。
でも、世界を見て「当たり前なんてどこにも存在しない」と気が付いた時に、自分は自分のことを悲観的に見過ぎていたと思いました。そして、その時に「私は私でいいんだ」と思えました。
「自分を作りに行く」という意識を持った大きなきっかけは、芸能界に入って「俳優になりたい」という目標をはっきり持ったことだと思います。その時、改めて自分が本当にアウェーな立場になったと思ったんですね。
確かに、日本にやってきた時はアウェーでした。でも、そこには学校という受け皿があったのですが、芸能界では私には「外国人」という枠もなかった。何しろ生きている人物の役はテロリストばかりだったのですから。常に私は1人でした。
そこで、このままではいけないと。自分探しをしている場合ではなく、自分が後に続く人のための道を作らならなくてはという意味で、「自分を作る」という意識を持つようになりました。
心の傷を癒やすには
今回の本では、サヘルさんの中の「インナーチャイルド」の存在にも触れています。インナーチャイルドとは「心の内側の子ども」の意味で、幼少期から思春期までに強烈な体験で傷つくと、大人になっても自分自身を肯定できず、対人関係が上手く行かなくなるような状態が続くと言われています。
――サヘルさんも、幼少期の過酷な経験が大人になった今でも「癒えない傷」として心の中に残っているのですね。同じような悩みを抱える人にアドバイスをお願いします。
サヘル: 人によって状況は違うと思いますが、まずはもっと気軽にカウンセリングを受けてみたらいいのにと思います。海外ではカウンセリングを受けることは普通です。1週間に1回カウンセラーに会いに行って、自分の心に溜まってしまったあらゆることを吐き出すのです。そうすると心が軽くなり、また新しい一歩を踏み出せるんです。
ところが、日本ではカウンセリングに保険が適用されません。また、カウンセリングに行くと、「心に何か問題があるのではないか?」と周囲に思われてしまうと心配かもしれません。
でも専門家にカウンセリングを受けることは、恥ずべきことではありません。決して自分が悪いとか、おかしいとか思わないで。カウンセリングを特別視することは日本特有の問題だと思います。
人生の最初から「偉人」はいない
―サヘルさんはカウンセリングを受けたことがありますか。
サヘル: はい。高校生の時、辛いことがあって精神科にいったことがあったんです。そしたら、「あなたは鬱ですね」とクスリで処方されたことがとても悔しくて…。自分は気持ちを吐き出しに行ったのに薬を処方された、と。
そこで頼ったのが本でした。あらゆる人たちの生き方を読んだことが一番のカウンセリングになりました。私はカウンセラーではありません。でも、自分の言葉が誰かの心のガーゼになればいいと思って、この本を書きました。この本は、あの時の自分が必要とした本なのです。
――かつてご自身にとって「心のガーゼ」となるような本はあったのでしょうか。
サヘル: 幼少の頃、母から自伝を読みなさいとよく言われました。実際の出来事から人は学べますし、多くの自伝を読むと、あらゆる挫折があったということがわかります。成功者という表面だけでは分からない挫折の部分を知ると、ヒントを得られます。
喜劇王チャップリンの本が記憶に残っています。両親は1歳の時に離婚、貧困や母親の入院により、幼くして孤児院に収容され、また生活費を巡業で稼ぐために学業も断念します。喜劇王がどんな悲劇を体験したかが綴られていましたが、喜劇は悲劇から来るのだと思いました。私は真面目な役が多いのですが、いつか喜劇をやりたいと思っています。
ココ・シャネルの本も読みました。貧困のために孤児院に預けられ、そこで裁縫を学び、副業としてキャバレーで歌いながら仕立て屋で修業し、デザイナーとしてデビュー。ファッション界で不動の地位を築き上げました。
確かに、「偉人」と言われる人たちは、生まれながらに天才と言われるだけの資質があったのかもしれないです。でも、最初から天才として世に出て来たわけではない。努力があってそこに辿り着いたんだということを幼いながらに実感しました。
今、コロナ禍で元気がなくなってしまいがちな時期ですが、私が経験したこと、感じたことを文章にすることで、自分の経験が参考になって元気になってもらえたら嬉しいです。1年後でも、100年先でも、この本を開いて下さった人に何か残せたらいいなと思います。
●サヘル・ローズさんのプロフィール
1985年イラン生まれ。7歳までイランの孤児院で過ごし、8歳で養母とともに来日。高校生の時から芸能活動を始め、舞台『恭しき娼婦』では主演を務め、映画『西北西』や主演映画『冷たい床』はさまざまな国際映画祭で正式出品され、イタリア・ミラノ国際映画祭にて最優秀主演女優賞を受賞。映画や舞台、俳優としても活動の幅を広げている。また、第9回若者力大賞を受賞。芸能活動以外だけでなく、人権活動にも力を入れている。
『言葉の花束 困難を乗り切るための“自分育て”』(講談社)
著者:サヘル・ローズ
発行:講談社
価格:1430円