サヘル・ローズさん「人生を数字で決めないで」年齢・フォロワー数重視の風潮にいま思うこと

戦禍のイランで生まれ、孤児院で育ち、養母と8歳で来日した後も壮絶ないじめや貧困など様々な困難を乗り越えて、俳優・タレントして活躍するサヘル・ローズさん(36)。心に葛藤を抱える人に向けて『言葉の花束 困難を乗り切るための“自分育て”』(講談社)を出版し、メッセージを届けようとしています。同じように生き方に悩む同世代の女性たちに向けて、そして未来の子供たちに向けて発信したい思いとは――。
サヘル・ローズさんから葛藤を抱えるあなたへ「心のガーゼになってくれる本を」  【画像】サヘル・ローズさんの撮り下ろし写真

1985年にイランで生まれたサヘルさん。30代半ばになり、最近「結婚はどうするの?」「子供は?」と質問されることが多いそうです。

――そんな周囲の言葉をサヘルさんはどう感じているのでしょうか。

サヘル: 恋愛をすることはいいと思います。でも、まだやりたいことがあるので、「結婚」はそこまで真剣に考えていないですね。すべての道を自分で切り開いた母親を見ているせいか、結婚して男の人に依存したいと思ったことがないんです。

あくまでも私の考え方で、全ての女性にあてはまるとは思いませんが、読者の方々にもし今、自分のやりたいことがあってそれを貫きたいのであれば、無理に「結婚しなければ」と思う必要はないと思います。

私自身はやるべきこと、向き合いたいことが目の前にあるので、そこまで真剣に結婚やパートナーを探すことは考えていません。

――日本では20代後半以降になると「結婚しなくては」という焦りにとらわれる女性も多いです。

サヘル: そうですね。多くの日本の女性たちは「〇〇歳になったら、~しなくてはならない」ということを常に言われてきたのだと思います。特に20代後半ぐらいからは「結婚は~、子どもは~」と追い立てられる。私自身も30歳を超えた頃から「そろそろ結婚だね。子どもはどうするの?」と言われるようになりました。

日本でインタビューを受けるたびに思うのが、どうしていつも年齢を書かれるのだろうと。そして、どうしてみんな数字をこんなに気にするのかということです。InstagramやTwitterのフォロワーの数字…。

「そろそろ結婚した方がいい」とかいう以外にも、「それだけフォロワーがいればインフルエンサーになれるよ」など、数字が個人の価値を決めてしまっているような気がしています。社会が人間を数字で定義するのはやはりおかしい。そこからまず、自由になることが大切なのではないでしょうか。

夢を追い求め続けて

サヘル: 私はいま30後半で、日本社会の一般的な感覚ではもうそんなに夢を追い求めることはできないと言われる年齢です。でも、そんなことはない。ずっとやりたいことを続けて走ったら、叶うのだと思います。というのも、以前からずっと出演したいと公言し続けていた私の尊敬する演出家さんの舞台のオーディションに合格する事ができたのです。また、施設で暮らしてきた子たちにスポットを当てて彼らが出演する映画を監督するという挑戦もしました。今この作品は編集中ですが、年内には完成する予定です。

やりたくてもできないことはたくさんあって、それを成し遂げようと努力し続けていると悲観的になることもあります。でも、ひとつでも叶えば、また前に進めます。20代、30代の読者の方々は、年齢なんて気にせずにどんどん自分の道を進んだらよいと思います。

生き方は年齢や数字が決めるのではなく、私たちの意思が決めるのです。人のために生きることは私の目標ですが、だからと言って自分の軸をずらすことはできません。社会の敷いたレールに乗るために自分を変えるのは違う。ずっと仕事だけをしていたければ、ずっとそのままでもいい。今の時代は様々な選択肢があります。

自分のために精いっぱい生きる

――本のタイトルの中に‶自分育て″という言葉がありますね。

サヘル: 私自身が今、自分育てをしている最中です。私は「サヘル・ローズ」という人生を生きる実験をしているような気がしています。言い方を変えれば、感情の実験をしているのではないかと。とても嫌なことがあったとすると、「こういうことをされたらこういう気持ちになる、そして自分はこう動くのだ」ということがわかる。それは、ある意味自分という人生を通して行う実験ではないかと思います。いろんな経験をさせてもらいながら、「サヘル=ローズ」という人間を生き、実験して育てているような感覚です。

サヘルさんは著書で養母・フローラさんの「諦めない」姿勢から、多くを学んだと書いています。本からは、生きていくのに必死だったフローラさんの強さもうかがえます。

――フローラさんはサヘルさんの将来についてはどのようにおっしゃっていますか。

サヘル: 母は孤児になった私と出会い、私を養女にし、誰にも頼らずに育てた強い女性です。母は「自分で自分を育てる」ということを人から言われなくてもわかっていて、実践していた人でした。住む家がなくても、食べる物がなくても、常に与えられた環境の中で喜びを見つけ、その状況を楽しんでいました。そして、決して諦めなかった。

諦めたらそこで終わりですけれども、母は、道はいくらでもあるということを身をもって示してくれた人でした。そういう意味で今回の本は母をフィーチャーした一冊でもありますし、母からの影響を受けたからこそ書けた一冊です。私から母への手紙でもあります。

子どもを持つ選択肢も多様に

そんな母は「サヘル、私は孫が欲しい。でも結婚にとらわれないで」と言うんです。「お母さん、どっちなの?」と(笑)。母は「色んな人とたくさん恋愛をすればいい」と言っています。結婚がゴールや結果ではない、と。大切なのは、自分がやりたかったことがあるのに、「結婚のため、子どものため」と他人のためにそれを諦めないことだと。

そうしないと、「あなたはいつかあの時やればよかったと後悔する」と言われました。人間は基本的に何をしても後悔がついてくるものです。ならば、自分でやりたいことを徹底的にやって、「もういいかな」とお腹いっぱいになった時に立ち止まるのはわかるけども、「誰かのために何かを諦めるのは絶対にやめなさい」と。

――「孫が欲しい」という両親のプレッシャーを感じる女性も少なくありません。

サヘル: 子どもを持つことにも、様々な選択肢があると私は思っています。「子どもはどうするの?」と聞かれる度に、「自分のお母さんみたいに私も養子を引き取りたい」と答えています。

人は0歳から4、5歳にどういう環境で育つかによって決まるといいますが、その頃のサヘルはいつも悲鳴を上げていました。でもそのことを私自身はポジティブに捉えています。このDNAが生かされるのは今の自分が最後だと思って、全力で生きていたいのです。

社会を変えるメッセージを発信したい

サヘルさんは現在、俳優・タレント業のほか、国際人権NGOの親善大使も務めるなど、幅広い分野で活躍しています。世界の難民キャンプを訪れており、子供たちからかけられた「僕たちが誇れる人になって」という言葉が忘れられないそうです。今回出版した本には「親代わりのお仕事の皆様へ」「世界を旅して出会ったアナタへ」といった、児童養護施設や難民キャンプにいる子どもたちや、その子たちを支えるスタッフの皆さんへのメッセージも綴られています。

――これからの活動で目指していくのはどんなことでしょうか。

サヘル: 私と同じような思いをする子どもを社会に出さないようにすることです。現在、国際人権NGOの親善大使を務めており、戦争で1人になってしまった人や難民キャンプ、孤児院にいる子どもたち、いろんな立場の人に話を聞いています。私は彼らと同じ状況から日本に来て、今があり、情報発信をできる立場になりました。そして、そのことで彼ら彼女らの話を聞く「受け皿」として存在していると感じています。

これ以上こういう思いをする子どもたちを生み出さないために、社会の土台を変えていきたいのです。そのメッセージを世界中に発するために、女優としてアカデミー賞を取りたい。こうと言うと、揶揄されることもあります。でも、自分の意思さえはっきりあれば、私が途中で倒れたとしても、意思を引き継いでくれる人がいるのではないかと願い、今はその夢を追っています。

この先も子どもを取り巻く問題について活動して行きたい。子どもの頃に貰った言葉で、大人になってからの行動が変わってしまう気がします。私も母にかけてもらった数々の言葉がなかったら、良くない方向に行っていたかもしれません。何度もレールを外れそうになった時がありましたが、それを戻して真っ直ぐ歩くことができたのは、母親の言葉があったからです。

これからも両親のいない、難民キャンプや児童養護施設などにいる子どもたちを応援するメッセージを発信し、そして支えていきたいです。日本は豊かに見えますが、本当の意味で豊かであるとは言えません。

例えば、児童養護施設を退所した子たちの非正規雇用率や離職率は高く、社会で生きていくのは困難になっているという現実があります。SDGsが度々話題になっていますが、貧困は施設で引き取り、食事を与えれば解決するのかというと、そうではありません。そうした厳しい状態にある子どもたちの進路相談など、他のサポートも必要とされているのではないでしょうか。

本当に豊かな社会、子どもたちが安全に暮らせる社会を実現するために、これからも自分のできることをしていきたいと思っています。

サヘル・ローズさんから葛藤を抱えるあなたへ「心のガーゼになってくれる本を」  【画像】サヘル・ローズさんの撮り下ろし写真

●サヘル・ローズさんのプロフィール

1985年イラン生まれ。7歳までイランの孤児院で過ごし、8歳で養母とともに来日。高校生の時から芸能活動を始め、舞台『恭しき娼婦』では主演を務め、映画『西北西』や主演映画『冷たい床』はさまざまな国際映画祭で正式出品され、イタリア・ミラノ国際映画祭にて最優秀主演女優賞を受賞。映画や舞台、俳優としても活動の幅を広げている。また、第9回若者力大賞を受賞。芸能活動以外だけでなく、人権活動にも力を入れている。

『言葉の花束 困難を乗り切るための“自分育て”』(講談社)

著者:サヘル・ローズ
発行:講談社
価格:1430円

写真家。1982年東京生まれ。東京造形大学卒業後、新聞社などでのアシスタントを経て2009年よりフリーランス。 コマーシャルフォトグラファーとしての仕事のかたわら、都市を主題とした写真作品の制作を続けている。
ライター、合同会社インディペンデントフィルム代表社員。阪南大学経済学部非常勤講師、行政書士。早稲田大学法学部卒業。行政書士としてクリエイターや起業家のサポートをする傍ら、映画、電子書籍の製作にも関わる。