ハチドリ電力の小野悠希さん「一人が出来ることは決して小さくない」地球温暖化を止めるため「最も大きなこと」に挑戦
●サステナブルバトン2-12
電気を使うほど自然エネルギーが増える仕組みに
――ハチドリ電力は、これまでの電力会社とどう違うのですか?
小野悠希さん(以下、小野): ハチドリ電力は、「地球温暖化を止めるために生まれた電力サービス」です。利益の追求が最優先の会社ではないことが、他との大きな違いかなと思います。ソーシャルビジネスを通じて社会問題を解決する「ボーダレス・ジャパン」が母体の電力事業です。
ハチドリ電力には3つの特徴があります。1つ目は、CO2排出係数ゼロの実質自然エネルギー100%を販売していること。2つ目は、ハチドリ会員と呼ぶお客様の電気代1%が、自然エネルギー由来の発電所建設に使われること。つまり、ハチドリ電力の電気を使うほど、世の中に自然エネルギーの割合が増えていく仕組みです。3つ目は、別の1%が社会貢献などに取り組む組織や団体の支援に使われること。現在、「子どもの貧困や教育」「国際協力」「動物愛護」など12のカテゴリー、全65団体から会員様が支援したい活動を選んでいただいています。2022年3月現在の会員数は約6200件です。
――ハチドリ電力の名前の由来は、どこから来ているのですか?
小野: 南アメリカの先住民に伝わる「ハチドリのひとしずく」という逸話がもとになっています。森で火事が起き、多くの動物が逃げる中、1羽のハチドリがくちばしに水を蓄えて運び、必死に火を消そうとしました。「そんなことしても無駄だ」と周囲の動物たちは冷ややかでしたが、ハチドリはこう言いました。「私は私にできることをしているだけ」。私たちは、一人ひとりができることは決して小さくはないと伝えたいのです。目の前の出来ることを個人が積み重ねていけば、きっと社会は変わるはずです。
――なぜ電力事業を起こそうと考えたのですか?
小野: ずっと環境問題にアクションを起こしたいと考えていて、地球温暖化を止めるには、電力が最もインパクトがあると思いました。CO2排出の最大要因は発電ですから。実はそれまでにも、環境対策に挑戦したいといろいろな事業を考えていましたが、私ひとりでできることには限りがあるのではないかと、ずっとモヤモヤしていました。ある日、ボーダレス・ジャパン代表の田口一成に相談したところ、「今なら僕らにも電力会社を起こせるんじゃないか」という話になりました。ボーダレス・ジャパンはいわゆる電力自由化が解禁された2016年以降、参入を検討してきていました。その後も再生可能エネルギーが思うほど普及していないことを実感し、自分たちでアクションすべきだと考えました。それが2019年12月です。
グレタ・トゥンベリさんの存在に触発されて
――子供のころから環境問題に強い関心をお持ちだったのでしょうか?
小野: 特別に関心が強かったわけではありません。もちろん、子供のころから環境問題を学んでいましたが、自分ごとではありませんでした。でも、グレタ・トゥンベリさん(スウェーデン出身、2003年生まれの環境活動家)の存在を知って、がぜん興味がわきました。そこからいろいろと調べるうちに、国連の報告書で約100万種の動植物が絶滅したり絶滅の危機に瀕したりしていると知って衝撃を受けました。私は小さいころから動物がすごく好きなので、「それは良くない!」と。CO2も「人間が出すものなら、人間が解決できるはず」と考えたのがそもそもの動機ですね。
――電力事業の立ち上げに向けて、どのようにアクションを起こしたのですか?
小野: 気持ちはあってもボーダレス・ジャパンに電力の専門家はいなかったので、最初は電力業界に関する書籍をひたすら読むなどして、基本的な知識をつけることからはじめました。また、エネルギー関連メディアの編集長さんをはじめ、有識者の方々からいろいろ教えていただいたり、実際に地域電力を立ち上げた先輩方にヒアリングをお願いしたりしました。
――わずか半年弱でリリースとは、かなりスピーディーですね。
小野: 環境問題に関して残された時間はとても短い。少しでも早く動き出したいという思いがありました。最初は、小売事業者としてスタートする予定でしたが、調べるうちにライセンス取得に1年くらいかかると分かりました。それでまず取次店として始業し、次第に小売事業者へと切り替えていくやり方へシフトしました。電力業界は固定化されたルールが多いので、悩ましいこともあります。取次店としてはパートナー選びも難関でしたが、田口のコネクションもフルに生かしながら、よい事業者さんとつながることができたのは幸運でした。
――始業後すぐ、コロナ禍になりました。事業への影響は?
小野: サービスをリリースしたのが2020年4月で、第一波のピークでした。ただ、店頭で物を売り買いするサービスとは異なり、電力の切り替えはオンラインで完結します。オンラインのイベントやテレワークなどが浸透してきたことで、受け止めやすくなっていたのかもしれません。また、コロナ禍で生活を見つめ直す人が増えたり、SDGsの認知が広がったりしたことも、私たちを知ってもらういい流れになったのかもしれません。
「選択肢を作ってくれてありがとう」
――ハチドリ電力も小野さんご自身の歩みも、とても順調に見えます。
小野: 私自身は、結構挫折を経験していると思います。大学時代のインターンでソーシャルビジネスに興味を持ち、夢を持ってボーダレス・ジャパンに入社したものの、入社して1週間で悔し涙を流したりして(笑)。その後も、ことあるごとにそれまで持っていた小さな変なプライドを打ち砕かれました。それによって、「自分は何者でもない」ということに気づけたことは、とてもよかったなと思っています。代表として日々、責任を感じていますが、もともと社会起業家になりたかったのでその覚悟はあるつもりです。まだぶかぶかのブレザーを羽織っている感覚ですが、少しずつ「似合っているね」と言っていただけるように頑張りたいです。
――多忙な毎日の中で、やりがいを感じるのはどんなときですか?
小野: ハチドリ会員の方に、「選択肢を作ってくれてありがとう」と言っていただけたときはうれしかったですね。私が環境問題に対して何かアクションをおこしたいと調べていたとき、すぐには選択肢が見つけられませんでした。この先、地球環境は悪くなっていくと分かっているのに選択肢がないことに、とても怖くなりました。だったら、自分で作ろうと思って立ち上げたのがハチドリ電力です。地球温暖化の問題に関心を持ち、その深刻さに気付いた方々から、「ハチドリ電力に切り替えるというアクションがとれてよかった」と言っていただき、頑張ったかいがあったなと思いました。
――小野さんが思う、サステナブルとは?
小野: 一人ひとりが意志を持つこと。「消費は投票」という言葉を耳にする機会が増えたと思いますが、自分が選ぶモノや事が未来を作る………。そう考えるとすごく腑に落ちます。目に見えない電気もそうですよね。意志を持って、自分の未来を選択すること、それはサステナブルそのものだと思います。それに、一人ひとりの力って実はすごく大きい。ハチドリ電力では、毎月の電気料金のお知らせ明細にCO2削減量をキログラムで表示し、それは木を何本植えたのと同じ効果かを「見える化」しています。寄付先にいくら支払われたかもお伝えしています。目に見えず、利用感も得られにくい電気だからこそ、毎月丁寧に伝えることで、1人ができることは決して小さくないと感じていただけたらなと思っています。
市場価格の影響を受けない自然エネルギーを
――今後、取り組んでいきたいことは?
小野: まずは、自社の発電所を増やしたいです。2021年10月ごろから原油高騰の影響で電気代も上昇。そこへウクライナ危機が重なり、電力価格の高騰は長期化すると言われています。日本のエネルギー自給率はとても低いので、世界情勢にどうしても左右されてしまうのです。私たちはもともと、地球環境の負荷を減らすために電力の自給率を上げていきたいと考えていました。当初はもう少しゆっくりしたペースで、小規模の発電所を全国に造っていけたらと想定していましたが、その速度を上げなければと感じています。
――ハチドリ電力は自然エネルギー100%です。なぜ、輸入される原油やガスの価格上昇がハチドリの電気代に影響を及ぼすのですか?
小野: 少し専門的な話になりますが、自然エネルギーを国内で普及させるための「固定価格買取制度(FIT制度)」という制度があり、FIT電気の仕入れ価格は市場価格と連動するという決まりがあるからです。ハチドリ電力はFIT制度を使って作られたFIT電気をお届けしているため、市場の価格が上がると、どうしてもその影響を受けてしまう。その点、FIT制度を利用しない自然エネルギーは市場価格の影響を受けません。急ピッチで新しい発電所を造れば、会員様の電力料金にもいい影響があるんです。
それとは別に、「ハチドリソーラー」という新しい仕組みも動き出しました。自家発電すれば、ご自宅で使う電気は市場価格が高騰しても関係ないですよね。今まで、初期費用が高いなどの理由から導入をためらっていた人にも取り組みやすいよう、ハチドリソーラーは初期費用が0円になるよう設計して障壁をできるだけ取り除いています。
――「ハチドリアカデミー」という、会員のための学びの場を定期的に開催していますが、どのような内容ですか?
小野: ハチドリ電力をご利用いただいている、各分野の第一線で活躍する方々から、いま世の中で起きている問題や私たちにできることについて語っていただく講座です。ハチドリ会員は無料で講演を視聴できます。これまでに、社会活動家の辻井隆行さんや、エシカル協会代表理事の末吉里香さんらに登壇いただきました。
今回、私にこの連載の「サステナブルバトン」をつないでくださった「やまとわ」の奥田悠史さんとは、昨年10月にアカデミーにご出演くださったのがご縁です。奥田さんは「森づくり 暮らしづくり」をテーマに、やまとわの活動や、森、自然との共生について話してくれました。森の話やご自分の夢について語るとき、ふだんはゆったりとした奥田さんの口調が熱を帯びてキラキラしてくる。「ああ、本当にこの活動が大好きなんだな」と思いました。
――こうしたソーシャルグッドなアイデアは、どのようにして生まれるのですか?
小野: お客様との距離が近い会社なので、対話の中からヒントをいただくことも多いですね。会員の皆様には、私たちが本気で地球温暖化を止めるために活動していることが、浸透しているのかなと感じます。かつての私は、地球温暖化に対して「どうせ自分にできることなんてない」と膝を抱えていました。日本の若者は他国と比べて、自分が社会を変えられると考える人がとても少ないとデータも示しているそうですが、まさにその1人だったんです。
しかし、実際は1人の力はとても大きい。たとえば、コンセントを抜くと待機電力がすごく減らせるといった、すぐにできることもたくさんあります。残念なことに、こうした環境にやさしい行動って意外と知られていないと感じることも多いので、滞在しながらそうしたことを学べるホテルがあったらいいな…と想像を膨らませています(笑)。電力という端から見れば大きな事業をやっているからこそ、小さなアクションの大切さを痛感します。一人ひとりができることは決して小さくないと、これからも伝えていけたらなと思っています。
■ 小野 悠希(おの・ゆうき)さんのプロフィール
1995年生まれ、兵庫県出身。関西学院大学在学中に様々なインターンを経験。そのなかで出会ったソーシャルビジネスに興味を持ち、社会起業家を目指す。2018年、株式会社ボーダレス・ジャパンに新卒で入社。ミャンマーで小規模農家の所得を上げる事業のリモデルに携わるなどしたのち、2019年よりハチドリ電力の立ち上げに参加。オオカミのフォルムには特別の美しさを感じるという、生き物が大好きな26歳。
(記事トップの小野悠希代表の写真=2021年11月17日、福岡市東区、根本晃撮影)
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