Presented by ルミネ

サステナブルバトン3

「”賞味期限”から解放されよう」食品ロス問題ジャーナリスト井出留美さん

食品ロス問題の第一人者として広報活動に取り組んできたジャーナリストの井出留美さん。丹念な取材をもとにした書籍も数多く出版しています。もともとは、ライオンや日本ケロッグといった企業でキャリアを積み重ねてきた井出さんが、その立場を捨て、食の分野で独立を決断したのはなぜだったのでしょう。いまさら聞けない「食品ロスは何が問題なのか」について、分かりやすく解説いただきながら、1人ひとりがすぐにできる食品ロスを防ぐアクションについてもうかがいました。
森を豊かに、自分も心地よく。森林ディレクター奥田 悠史さんが描く森の未来図 ハチドリ電力の小野悠希さん「一人が出来ることは決して小さくない」地球温暖化を止めるため「最も大きなこと」に挑戦

●サステナブルバトン3-1

――初めに、井出さんが食品ロス問題を意識したのはいつからですか?
井出留美さん: 2008年からです。当時、外資系の日本ケロッグで、広報や栄養、社会貢献などを担当していました。米本社から、「食べられるが賞味期限のルールなどの理由で店頭から消えて処分される食品を、寄付して生かせる“フードバンク”という活動がある。そのNPOが日本にもあるよ」と教えられました。「セカンドハーベスト・ジャパン」です。

日本には、メーカーは小売店に対して「欠品を起こしてはいけない」という暗黙のルールがあります。欠品したらメーカー側がその損失を補填し、場合によっては取引をやめるという強いプレッシャーをかけられているのです。また、余剰はメーカーが自費で処分しなければならないというジレンマも抱えています。
そうした行き場のない食品をフードバンクに寄付することで、廃棄コスト削減と社会貢献活動の両立ができると思いました。社長と共に話を進め、セカンドハーベスト・ジャパンへ寄付を始めたのが2008月3月から。そのご縁で、他の食品メーカーが集まる月例会議にも出るようになり、食品ロスについてより知るようになりました。

――当時は、今ほど食品ロスが認知されていなかったのでは?
井出: はい。当時は、「フードバンク」と聞いて、どこかの銀行だと思う人も多かったです(笑)。家庭などで余っている食料を持ち寄って寄付する「フードドライブ」という活動もしてましたが、それも車の運転するほうのドライブと勘違いされたり(笑)。あの頃は、インターネットでワード検索しても全然ヒットしませんでしたね。

2011年4月、石巻専修大学で。商品を支援食料としてトラックに積んで、6時間かけて宮城県石巻市に持っていった(井出さん提供)

東日本大震災で受けた食料支援の衝撃

――東日本大震災の経験も、食品ロス問題に取り組む大きなきっかけだったとか。当時、印象に残っている出来事は?
井出: いろいろとあります…。例えば、栄養バランスの良いケロッグの製品を迅速に被災者に届けるため、行政機関とやり取りしたときに省庁をたらいまわしされたことはいまも忘れられませんね。
国内外のケロッグ社と連携しながら、支援食料として現地に商品を提供しようと、震災直後から動き始めました。まず、農林水産省の人にどうやって運べばいいのかを尋ねたら、海外からの支援物資だったせいか、「それは首相官邸に聞いてください」と。生まれて始めて緊張しながら首相官邸に電話したら、「その件は厚生労働省の管轄です」とけんもほろろ。その後も「検疫所の扱いです」とか、「税関です」と、いつになってもゴールが見えず…。さすがに「食べられていない人がいるんですよ!」と厳しい口調で言ったところ、税関の窓口の方も非常に恐縮しておられましたね。

――縦割り行政を目の当たりにしたのですね。ご自身もアクションをおこされたのですか?

井出: まずは国内の物資を届けてから、海外の物資に取り組みました。一刻も早く被災地で手伝いたかったのですが、広報や社会貢献などの業務をほぼひとりでこなしていたため、時間の余裕がなくて。できたとしても、半日ボランティアをするのが精いっぱいで、もやもやした気持ちでした。震災直後は、交通網も寸断していたので個人で行くのが難しかったというのもあります。
ですが、4月に避難所の人たちが栄養不足になっていることがニュースで報じられて、居ても立ってもいられなくなりました。被災地で活動していたセカンドハーベスト・ジャパンの車に乗り込み、私も宮城県石巻へ向かいました。被災地では、届けられた食料が大量に廃棄されている事実を知りました。すごく衝撃を受けましたね。

――栄養不足に悩む人がいるのに、食べ物が捨てられていた?
井出: ええ。行政の原則は平等です。それはいいとして、おなじ食べ物であってもメーカーが違うと不平等になるから配れない、避難所の人数より少しだけ足りないから、平等じゃないから配らない、配らず余った食材は廃棄する、という流れです。
私の感覚では、避難所には赤ちゃんやお年寄りもいるし、食べる量は一律ではないのにと…やりきれない気持ちでした。平等を求めるあまり、1つのおにぎりを4人で分けたり、ソーセージしか食べられない人が出てしまったりすることがとてももどかしかったです。
メーカーに勤務していると、私の言動が会社を代表してしまいます。未曽有の大震災のとき、本当に伝えるべきことは何だろう、など、いろいろ悩んだあげく、日本ケロッグを退職することにしました。

――辞めるのは大きな決断だったのでは?

井出: それはもう! 子供のころは父が転勤族で、10年同じところにいたことがありませんでした。そんな私がケロッグには14年も勤務。その間、大学院に通わせてもらい、良い同僚にも恵まれました。いろんなことを任され、やりがいも感じていました。母からも「もったいない」と言われましたね。
ですが、銀行員だった父はがむしゃらに働いて、ようやく支店長になった5か月後に他界してしまいました。多感な10代にその姿を見て、「生きているうちにやりたいことをやらないと」と。3月11日は私の誕生日でもあり、これは運命なのかなと思いました。

世界の食品ロスは2.6兆ドル

――ところで、そもそも「食品ロス」はなにが問題なのですか?
井出: 大きく分けて経済、環境、社会の3つの軸で問題があると思います。
1つ目の経済ですが、FAO(国連食糧農業機関)駐日連絡事務所長だったチャールズ・ボリコ氏は、世界で食品ロスによって2.6兆ドル、日本円で285兆円の経済的損失があるとおっしゃいました。円安が進む今のレートではもっと高額になっているでしょうね。
2番目の環境ですが、廃棄された食料は、日本は燃やして処分するのでCO2が出ます。埋め立てる国もありますが、そうするとCO2の25倍以上の温室効果があると言われるメタンガスが発生します。温室効果ガスは、気候変動のもととなり、自然災害を引き起こしたり、作物が育ちにくくなったりします。ですから、食べつくすことがとても大事なのです。

――3番目の社会的問題とは?
井出: コロナ禍で、世界では飢餓人口が億単位で増えていると言われています。コロナに加えてウクライナ情勢もあり、その数は急激に増えています。その一方で、大量の食料が捨てられている。それで平気でいられるのかという、倫理的な問題は見過ごせません。
京都大学前総長の山極寿一さんは、「サルと人間の違いは、食べ物をシェアすること」とおっしゃいました。物理的には現在生産されている量で足りているにもかかわらず、こんなに食べられない人がいる。それは、食べ物=お金が関わってくるからです。また、紛争などのために食料にアクセスできないということもあります。
ウクライナは世界有数の穀倉地帯ですが、戦争で港から穀物を積んだ船が出られないため、穀物の価格は上がっています。日本にも間接的にその影響は出てくるのではないでしょうか。それとは別に、コロナ禍では物資の輸送が滞りましたよね。63%の食料を輸入に頼っている日本の食料事情は、いろんな理由で非常に危機的な状況なのです。

出典:国連FAOの食品ロスの定義を参考に作成=井出さん提供

――食品ロスを減らすため、1人ひとりができるアクションを教えていただけますか?
井出: まずは、賞味期限の呪縛から解き放たれることですね(笑)。賞味期限は、あくまでおいしく食べられる目安です。気を付けるべきは、消費期限。お弁当やサンドウィッチ、生クリームのケーキなど、時間経過と共に劣化するものに対して記されています。
たとえば、ペットボトルのミネラルウォーターも賞味期限はありますが、飲めなくなるわけではありません。ペットボトルからわずかに水が蒸発しているため、明記されている容量を保証するのが賞味期限なのです。ですから、ガラス瓶入りなら賞味期限は書かなくてもいいんですよ。
あとは、冷蔵庫をパンパンに詰めず、7割程度に留めるのもいいですね。そうすれば、庫内の奥まで見えるので、ダメにするという失敗を防げます。賞味期限は誤解している人がとても多いので、ご自分だけでなくご家族やお友達など周りの人にも教えてあげてほしいです。

スーパーでは「手前取り」を推奨

――食品を買うときにできることはありますか?
井出: 賞味期限が近いものから買うよう、陳列棚の手前の商品から手に取る「手前取り」を推奨しています。食品ロスの処分には2つあり、1つは先ほど述べたメーカーから直接出るもので、産業廃棄物として処理されます。
もう1つは、スーパーやコンビニから出るもの。こちらは、事業系一般廃棄物と呼ばれ、主にそのお店がある自治体のごみ焼却炉で処分されます。つまり、家庭ごみと一緒に燃やされているのです。自治体ごとに処理コストは違いますが、世田谷区は1キロ当たり57円。かなりかかっています。自治体の予算は限られていますから、食べ物を燃やすためではなく、教育や医療、福祉に使いたいですよね。ご自宅近くのスーパーで食品を奥から取るのは、結果として自分の首を絞めることにつながるので、ぜひ「手前取り」をしてほしいです。
一方、コロナ禍で、生産者さんから直接買う人が少しずつ増えました。規格外として廃棄されてしまうものも買えますし、生産者さんの支援にもつながるので良い流れだと思っています。欧州のことわざに「職人からものを買え」というのがありますが、私もコロナになってから、肉屋さんや魚屋さんなどの小売店で買い物をしています。1カ所で買える便利さをとる人は多いですが、魚屋さんで買うと魚の美味しい食べ方を教えてもらったり、おまけしてもらえたり(笑)。単なるお金と魚の交換ではないなと感じています。

――やりがいを感じるのはどんなときですか?
井出: たとえば、2016年に食品ロスに注力したいという国会議員の方から声をかけていただき、共に活動をしていくなかで、19年に日本で初めて食品ロスに関する法律である「食品ロスの削減の推進に関する法律」ができたときは嬉しかったですね。私はここ数年、大学生と一緒に夕方のコンビニで恵方巻のロスを数えているのですが、2019年に比べて、2020年、2021年は大幅に減って感激しました。
また、拠点としている川口市のパン教室に参加したら、そのパン屋さんは毎週パンの耳を捨てることに悩んでいました。そこで、つながりのある川口市議の方々と食品ロスを解消するプロジェクトを立ち上げました。そのパン屋さんから出るパンの耳と、賞味期限のルールで販売できなくなった食材をセットにして、支援が必要な方々に配るようになりました。食品ロスもなくなり、もらった人からは喜んでもらえてうれしいです。
川口市内では、商店街でフードドライブも実施しました。いろんな立場の人が交じりあいながら活気のある姿を見たときは、私は子供のころ転校生として疎外感を感じることが多かったせいか、居心地の良さややりがいを感じましたね。

2017年6月20日 農林水産省ASEAN事業 カンボジア王立農業大学、井出さん提供

――今回、この連載のバトンをつないでくれたハチドリ電力代表の小野悠希さんとは、講演を通して知り合われたのですね。
井出: はい、2020年からです。小野さんの上司にあたる株式会社ボーダレス・ジャパン代表の田口一成さんとご縁がつながったのがきっかけです。当時、はじまったばかりだったハチドリ電力の会員さん向けの学びの場「ハチドリアカデミー」に、講演者として登壇してほしいというお話をいただき、小野さんとも交流が生まれました。いま、新電力は大変な時だと思いますが、小野さんは若い感性で重責を担い、奮闘していらっしゃいます。頑張ってほしいなと思っています。

食品ロスと働き方の関係

――今後、井出さんが取り組みたいことは?
井出: コロナ禍の2020年、2021年にそれぞれ3冊ずつ本を出しました。私自身、幼いころから本と食べ物が大好きでしたし、出たばかりの本に限らず、10年前の本から答えをもらうようなこともあります。次の世代に書き残すことは続けたいですね。
また、著書『賞味期限のウソ』(2016年)でも書きましたが、食品メーカーには「3分の1ルール」と呼ばれる慣習があります。加工食品の賞味期限のうち最後の3分の1の期間は販売せずに返品や処分されてしまう。こうした、社会の不条理を少しでも良くできたら…という思いもあります。コンビニは便利で私も利用しますが、公正取引委員会によると1店舗当たり468万円(中間値)の食品を捨てています。日本人の平均所得が、433万円(国税庁、2020年)と言われていますから、どれだけ異常か分かります。しかも、コンビニのFCオーナーは、休みなく働いても、ぎりぎりの生活をしている人もいます。実は、食品ロスと働き方は密接にかかわっていると私は考えています。

――なぜ、食品ロスと劣悪な働き方に関係があると?
井出: 『捨てないパン屋の挑戦 しあわせのレシピ』(2021年)で取材した広島県の田村陽至さんは、かつて15時間から20時間も働き、40種類ものパンを焼いていたのに、毎日仕事終わりにゴミ袋いっぱいのパンを捨てていたそうです。仕事が苦痛なのはつらいですよね。その後、対象を常連客にしぼり、パンを4種類にして材料を厳選して味にこだわったところ、捨てないし、休みも増え、収入も上がっています。
先ほど触れたように、コンビニの本部とFC店や、メーカーと小売店といった上下関係が食品ロスを生むということもあるのかなと。以前、老舗和菓子店の榮太樓總本舗さんを取材したとき、小豆農家さんなどを決して下請けとは呼ばず、パートナーとして協業していらっしゃいました。そうした企業の方がロスは少ないですし、食品ロスを減らしているところは働き方も良いのかなと感じますね。

――では最後に、井出さんにとってのサステナブルとは?
井出: 人がサステナブルであるべきだと思っています。今は資源や環境など、自分ではないものに対するサステナブルが語られることが多いですが、自分自身が持続可能でなければ何事も続かないと思うのです。
私自身、JICA青年海外協力隊としてフィリピンに赴任したとき、働きすぎて鬱状態になったことがありました。医師のすすめで緊急帰国し、しばらく実家で静養しました。時間はあっても何もやる気がおきず、フィリピンの仲間たちに手紙を書こうとしても、文章も文字すら書けない。ずっとこのままだったら…という不安が常にありました。味覚がなくなり、大好きなお寿司を食べても味がせず、「砂をかむってこういうことだ」と落胆しました。きつかったですね。その時に思ったのは、みんな全員と仲良くしなくてもいい、いい顔をしなくていいんだということ。たった1人でも心を割って話せる人がいれば、それが立ち上がれる力になります。

フィリピンで青年海外協力隊員として活動していた時。(井出さん提供)


人生はハプニングの連続で、自分の思うようにいかないもの。スタンフォード大学の故ジョン・クランボルツ博士は「計画された偶発性理論」を説いていますが、ハプニングを生かせた人ほど自分に合ったキャリアを築けるのだそうです。私も、立場がそれぞれ異なる様々な人たちとの交わりを大切にしながら、なるがままに流れてきたらここに来たという感じです。だからこそ、行政や企業など、立場の違う人たちが危機意識をひとつにし、貧困や食品ロスといった社会問題に立ち向かう「コレクティブインパクト」という考え方は、とても魅力的だなと思っています。立場の違う人たちがコレクティブ(集合的)に共存できることは、人がサステナブルであることにもつながっていくのではないでしょうか。

井出留美(いで・るみ)さんのプロフィール:

東京都出身。ジャーナリスト、株式会社office 3.11 代表取締役。
奈良女子大食物学科卒、女子栄養大大学院博士(栄養学)、東大大学院農学生命科学研究科修士(農学)。
子供のころは父の転勤のため、日本各地へ引っ越しが続いた。「母親の作る葛湯が不思議で、5歳のころから食に関心がありました。高校では食品成分表を熱心に読みふけり、食物学科の大学に入ろうと決めていました」という、生粋の「食べもの」好き。
著書に『食べものが足りない!』『SDGs時代の食べ方』『捨てないパン屋の挑戦』など多数。食品ロスの認知を高めたとして、第二回食生活ジャーナリスト大賞食文化部門/Yahoo!ニュース個人オーサーアワード2018/令和2年度 食品ロス削減推進大賞消費者庁長官賞受賞。
2021年から、「The Asahi Shinbun SDGs ACTION」で連載中。

 

森を豊かに、自分も心地よく。森林ディレクター奥田 悠史さんが描く森の未来図 ハチドリ電力の小野悠希さん「一人が出来ることは決して小さくない」地球温暖化を止めるため「最も大きなこと」に挑戦
ライター×エシカルコンシェルジュ×ヨガ伝播人。出版社やラジオ局勤務などを経てフリーランスに。アーティストをはじめ、“いま輝く人”の魅力を深掘るインタビュー記事を中心に、新譜紹介の連載などエンタメ~ライフスタイル全般で執筆中。取材や文章を通して、エシカルな表現者と社会をつなぐ役に立てたらハッピー♪ ゆるベジ、旅と自然Love
写真家。1982年東京生まれ。東京造形大学卒業後、新聞社などでのアシスタントを経て2009年よりフリーランス。 コマーシャルフォトグラファーとしての仕事のかたわら、都市を主題とした写真作品の制作を続けている。
わたしと未来のつなぎ方

Pick Up

ピックアップ