「10着のうち1着はサステイナブルに」。スローファッションを提案する「Enter the E」植月友美さん
●サステナブルバトン3-4
――「Enter the E」とは、どのようなコンセプトのお店なのでしょうか。
植月友美さん(以下、植月): 「Enter the E」は、世界中からエシカルファッションを厳選したセレクトショップです。消費者庁の調べでは、ファッションを含むエシカルなものを買いたい人は約85%いるそうですが、実践している人は3割くらい。お店がない、着たい服がないなど、何らかの理由で着られない人がたくさんいることが問題だと思いました。そこで、選択肢を増やすために立ち上げました。
私たちは「1.持続可能な材料」「2.情報の透明性」「3.創設者、デザイナーのビジョン」「4.デザイン」「5.作り手へのリスペクト」「6.エネルギー・CO2・資源の使用削減に対する努力」という6つの明確な選定基準を設け、公式サイトでも公開しています。スローガンは「10着のうち1着をサステイナブルに」で、ゆっくりと服を楽しむ“スローファッション”を提唱しています。
――そもそも、なぜエシカルファッションのセレクトショップを開こうと?
植月: どこから話せばいいか…。実は、ずっとオーガニックコットンの体験農場を運営したいと思っていました。というのも、今から10年以上前、24歳のときに人生を賭けて愛してきたファッションが、人にも環境にもすごく悪影響を与えている事実を知って、大変なショックを受けたんです。
たまたま、コットン栽培で農薬を散布する映像を目にしました。上空から撒かれた農薬で皮膚がただれたり、土壌が汚染されたりして深刻な影響が出ていることを知りました。実は当時、 ガンの治療中で人生を最大限謳歌したくて、好きなファッションに没頭してたんです。ストレス発散のために好きなだけ洋服を買いあさって、500万円もの借金を抱えていました。
そこまでして手に入れた服の山が、誰かの犠牲の上に成り立っている…。正直、「何のために生きてるんだろう」とさえ思いましたし、そうした服を着ている自分、知らないうちに加害者になっていた自分が許せなかった。罪の意識に押しつぶされそうになりましたね。そこから、「洋服×環境」で、社会によいことをしようというのが私の使命になりました。
グラミン銀行のユヌスさんの励ましが転機に
――最初、どんなアクションを起こしたのですか?
植月: 当時は、プライベートブランド(PB)を作る会社で商品開発などに携わっていたので、「オーガニックコットンでPBを作りましょう」と提案したりしていました。でも、今ほどサステイナブルへの関心が高くなかったため、企画は通らないし、「地球にうるさい変な人」と見られていましたね。10年近く、そんな足踏み状態が続き気持ちは焦るばかりでした。
そのころ、たまたま国連大学でノーベル平和賞を受賞したグラミン銀行のユヌスさんの講義を聴く機会に恵まれました。その場で、自分のプランをお話したところ、「どんな境遇の人でも、人は社会起業家になれる」と言ってくださいました。はじめて自分の話を否定しない人に出会えて嬉しかったですね。きっと誰かに背中を押してほしかったんでしょうね、その言葉を聞いて、自分が作りたい社会を実現するために会社を辞める意思が固まりました。
――すぐに起業できたのですか?
植月: いいえ。気持ちはあっても、やり方が分からない。ユヌスさんの話を聞いたのと同じころ、ボーダレスジャパンが社会起業家を目指す人に向けて「ボーダレスアカデミー」を開くと知り、応募しました。今回、この連載「サステナブルバトン3」でバトンをつないでくださった、アフリカローズの萩生田愛さんはアカデミーの特別講師だったんです。また、アカデミー終了時のコンペティションで、私の案「オーガニックコットンの体験農場」が最終選考に残りましたが、そのときの選考委員も務めておられました。
愛さんは尊敬する先輩であり、いまではお互いにインスタライブもする大切な同志だと感じています。なので、私がオーガニックコットンの体験農場ではなく「Enter the E」を開いたときは、驚いて(笑)お店に駆けつけてくださいました。以来、お客様としても支えてくださっています。
――当初の目的である、「オーガニックコットンの体験農場」は諦めてしまったのですか?
植月: 言い方が難しいですが、手段、Howはどうでもいいというか。 好きな洋服が誰かを傷つけたり地球を汚したりするのがつらいし、私は死ぬまでに洋服で地球に恩返しがしたい。その解決策として、オーガニックコットンの体験農場を考えましたが、ビジネス化するには10年やそれ以上に長い時間がかかります。環境問題はまったなしなのに、そんなに悠長でいいのかなと。
私の人生の目的は、「地球と人が洋服をたのしむ社会をつくる」ことなのでで、そののための手段はなんでもいいんですよね。自身はどん底を味わって気付いた特異な例なので、起業を目指す人の参考にならないかもしれませんが、“心からあふれ出ちゃうもの”が一番大事だなと私は思っています。
――先月、「Enter the E」オリジナルブランドの製品の生産と販売を始めました。
植月: セレクトショップはもともと、エシカルファッションの選択肢を広げるためのものでした。製品のテイストやプライスは、エシカルファッションに興味を持ち始めた方が手に取りやすいものから、知識が豊富で見る目が厳しい方に納得していただけるものまで、幅広く取り扱うのが目的でした。なので、オリジナル製品を作るつもりはなかったんです。ただ、弊社で扱う多くが欧米製品で、デザインや素材はよくても、私たち日本人にはサイズが大きかったり、丈が長すぎたりする。
お客様に、着用感で我慢していただいているのが心苦しくて、はじめは体格差が少ないアジアのブランドを探しました。ただ、日本をはじめアジアのサステイナブルファッションは発展途上。先ほどの6つの基準をクリアするブランドと出会うことができませんでした。昨年11月、「Enter the E」の製品 、なかでも、注文を受けてから届くのを待つ「受注販売型の製品」を購入してくださったお客様が2000名を超えたのを機に、オリジナルの制作を決めました。
――かなり細部にまでこだわりを詰め込んだそうですね。
植月: はい、たくさん!エシカルな面でも、素材ははじめから認証付きのテンセルかオーガニックコットン100%。裏地やタグなどの細部まで脱プラにこだわろうと決めていましたし、着る人が圧倒的にきれいにみえるようにシルエットやデザイン、着用感にもすごくこだわりました。サステイナブルなファッションで、しかも着ていただく方がワクワクするような服にしたくて、パタンナーさんには、何十回もパターンを変えてもらうなどかなり無理なお願いをしたと思います。縫製工場さんにも、「こんな手の込んだ縫製、できないよ」と言われながらもご協力いただき、感謝するばかりです。お陰で、自分でも「欲張りすぎたかな」と思うくらい納得のいくセットアップが完成しました。
手が込んでいるからと言って、高価ではお客様にやさしくない。そこで、生産過程の無駄を省けて在庫のロスもなく、様々なコストも抑えられる受注生産にしました。長いときは商品が届くまで1か月くらいお待ちいただくこともありますが、“待ってもいいよ”と言ってくださるお客様がいることは本当に心強いですね。
サステイナブルとは「八方よし」
――エシカルファッションに興味がある人が、実践するためのコツは?
植月: 1つは、質の良いものを選ぶこと。私自身、18歳で古着のバイヤーになったこともあり、古着も大好きです。私服は「Enter the E」と古着、ヴィンテージが3分の1ずつくらいの割合で、バッグや靴のほとんどが中古品です。良いものはトレンドにあまり左右されないので、いい値段で買い取ってもらえることも多く、引き継いでもらえるのもいいですよね。逆に、ファストファッションは買値が付かず2次流通で売れないからゴミの山になってしまうんです。
もう1つは、組成に注目してください。オーガニックコットンやシルクなど、天然素材100%はリサイクルしやすく、地球にやさしい素材です。手前味噌ですが、弊社オリジナル製品は100パーセントの組成に気を配っていますし、いろんな服と組み合わせがきく、着回しがしやすいデザインです。クローゼットで眠っている手持ちの服も、組み合わせ次第でまた活躍してくれると思いますよ。
――今後はどのような展開をお考えですか?
植月: 具体的な目標としては、「Enter the E」オリジナル製品の充実ですね。 作る人、着る人、環境、未来さえもハッピーな「八方よし」の服とうたっていますが、ここまで安心して着られる服はそうはないと思っています。今回はブラウスが1万2000円台と、「このクオリティでこの値段なら即決できる」と、価格的にもかなりがんばりました。急激な円安などで素材費などが高騰するのは悩ましいですが、今後も直感的に手に取っていただけるプライスを保ちながら良い服を増やし、メンズも展開できたらと。
そうやって前に進み続けることで、おこがましいですが、「あそこ、いつも突っ走ってるな。真似してやろう」と思ってくれる同業者を増やしたいんですよ。全体にエシカルの波が広がることで、世の中が良くなっていくと思うから、突っ走っていきたいですね。
――では、最後に、植月さんにとってサステイナブルとは?
植月: 今回のオリジナル製品のようにサステイナブルは「八方よし」だと思っています。ファッションに限らず、これまでの資本主義「一部の誰かだけが得するもの」だった、つまり一部の人しかハッピーではないということなんですね。お客様から、「『Enter the E』があってよかった」とか「助かるわ」と言っていただくことがありますが、そうした意識を持つ人もハッピーで、製品作りに関わる全ての人も幸せな構図がサステイナブルなのかなと。私の考えでは、環境や人に配慮する=エシカルファッションはもう古い。環境や人に対し未来までも幸せにするのが、エシカルファッションだと思っているんですね。それを体現するのがサステイナブルだとするなら、自ずと八方よしになっていくだろうし、そうしていかなきゃなって思うんです。
●植月友美(うえつき・ともみ)さんのプロフィール
祖父が用品店を営み、母は洋裁上手という家庭環境のもと、母の手作りの「ほかの子とは少し違った服を着て」幼少期を過ごす。18歳で古着のバイヤーとなり、その後、カナダのジョージブラウンカレッジでファッションマネジメントを学ぶ。卒業後は、米ニューヨークを拠点に再びファッション業界で就業するも、体調を崩し帰国。国内の大手小売企業で、商品開発やバイイングなどを担当。ファッション業界の抱える環境破壊や人権問題に衝撃を受け、「人にも地球にもやさしい」社会を目指し起業を志す。2019年、「Enter the E」を創業。同年、ジャパンソーシャルビジネスサミット・審査員特別賞を受賞し、2021年エシカルアワード、2022年にはソーシャルプロダクツアワード・ソーシャルプロダクツ賞にも輝く。
- ■サステナブルバトン3
#01「”賞味期限”から解放されよう」食品ロス問題ジャーナリスト井出留美さん
#02 アフリカのバナナペーパーで環境と貧困対策を実践 エクベリ聡子さん
#03「AFRIKA ROSE」萩生田愛さん ケニアのバラが紡ぐフェアトレードの絆
- ■サステナブルバトン2
#01留学で気づいた「ファッションを通した社会貢献」。徳島県上勝町でゼロ・ウェイストに取り組む、大塚桃奈さんの新たな挑戦とは
#02「“エシカル”という言葉を使うことで、抜け落ちてしまう何かがある」コミュニティ・コーディネーター松丸里歩さんが考えるエシカルのかたち
#03「サトウキビストローを販売するだけでなく、回収し堆肥化までが本質」4Nature代表・平間亮太さんが取り組む、人と人とのエシカルなつながり
#04「エシカルを押し出すのではなく、コーヒーショップとしてできることを考えたい」オニバスコーヒー坂尾篤史さんが考える、エシカルの本質
#05 旅する料理人・三上奈緒さん「旅する理由は自然の中に。答えは自然が教えてくれる」
#06「自然はとても複雑で答えはひとつではない」アーティスト勅使河原香苗さんが自然から学んだこと
#07「サーキュラエコノミーとは心地よさ」fog代表・大山貴子さんが考える、循環型社会とは
#08「関わるものに、誠実に素直に対応できているか」株式会社起点代表・酒井悠太さんが福島県でオーガニックコットンを栽培する理由
#09 英国発のコスメティクス「LUSH」バイヤー・黒澤千絵実さんが魅了された「美しい原材料」の考え方
#10「心地よい空間は、他者を思いやることから」。ダウン症の人の感性を発信し、居場所作りを進める佐藤よし子さん
#11森を豊かに、自分も心地よく。森林ディレクター奥田 悠史さんが描く森の未来図
#12 ハチドリ電力の小野悠希さん「一人が出来ることは決して小さくない」地球温暖化を止めるため「最も大きなこと」に挑戦
- ■サステナブルバトン1
#01 「消えゆく氷河を前に、未来のために今日の私にできることを考えた」エシカル協会代表・末吉里花さん
#02 「ファストファッションは悪者? そうじゃないと知って、見える世界が広がった」エシカルファッションプランナー・鎌田安里紗さん
#03 「薬剤やシャンプーはすべて自然由来。体を壊して気づいた、自然体な生き方」ヴィーガンビューティーサロン美容師・中島潮里さん
#04「“地球に優しい”は、自分に優しいということ」エシカルコーディネーター・エバンズ亜莉沙さん
#05「花屋で捨てられていく花たちを、どうにかして救いたかった」フラワーサイクリスト・河島春佳さん
#06「花の命を着る下着。素肌で感じるサステナブルの新しいかたち」草木染めランジェリーデザイナー小森優美さん
#07「家庭科で学ぶエシカル。サステナブルな未来は“やってみる”から始まる」高校教諭・葭内ありささん
#08「ふぞろい野菜、瓶に詰めたらごちそうに。自然とつながる“おいしい”の作り方」ファームキャニング代表・西村千恵さん
#09「世界を9周して気づいた、子どもを育てる地域コミュニティーの大切さ」一般社団法人「そっか」共同代表・小野寺愛さん
#10「エシカルとは“つながっていること”。人生の先輩たちの生活の知恵を残していきたい」一般社団法人はっぷ代表・大橋マキさん
#11「庭で見つけた“発見”を作品に」変化し続けるアーティストasatte羽田麻子さん
#12「自分で自分を幸せにしてほしい」TOKOさんが考えるヨガとエシカルの関係
-
第54回「AFRIKA ROSE」萩生田愛さん ケニアのバラが紡ぐフェアトレード
-
第55回心のサステナブルとは? 人気ブランド「ヌキテパ」の神 真美さんに学ぶ
-
第56回「10着のうち1着はサステイナブルに」。スローファッションを提案する「
-
第57回日本最古の御香調進所「薫玉堂」が提案する、現代の暮らしに寄り添う香り
-
第58回ソーシャルオーディター・青沼愛さん 「ラナ・プラザの悲劇」を繰り返さない