日本最古の御香調進所「薫玉堂」が提案する、現代の暮らしに寄り添う香り
●わたしと未来のつなぎ方 29
優雅な香りは秘伝のレシピから
京都駅から堀川通りを二条城方面に向かって歩いていると、やがて左手に西本願寺が見えてくる。このあたりは西本願寺のお膝元とあって、仏具店がちらほらと立ち並ぶ。「薫玉堂」の本店があるのもこのエリア。店の前に差しかかると、エントランスの香炉から爽やかで気品あふれる香りが漂い、心をほっと安らげてくれる。
「薫玉堂」がこの地で創業したのは1594年、安土桃山時代のこと。当時から本願寺をはじめとする全国の各宗派の寺院にお香を納める、いわば、寺院の御用達ブランドとして名を馳せていた。代々伝わる調香帳には、熟成された香木、古くから漢方にも用いられる植物といった原料や、長い歴史とともに培われてきた調香の技術などが記されていて、この秘伝のレシピを420年以上受け継ぎながら、時代ごとに合う香りを生み出してきた。
専業主婦から一転、改革の旗振り役に
そんな「薫玉堂」が経営の危機を感じ始めたのは、20年近く前のこと。かつての日本の家庭では、仏壇に朝晩手を合わせ、お線香をあげるのが毎日の習慣だった。「薫玉堂」の店内も常に西本願寺の参拝客や京都の観光客でにぎわっていたという。ところが、時代の流れとともに核家族化や暮らしの変化から仏壇を置かない家庭も増えた。「薫玉堂」の売り上げは右肩下がりとなり、いつのまにか一般の人の認知度も低迷。「どうにか販路を広げなくては」とリブランドを決断した社長を手伝うために立ち上がったのが、ブランドマネージャーの負野千早さんだった。
負野さんは22代目となる現社長の妻で、それまではずっと専業主婦だったそう。介護や子育てが落ち着いたタイミングで、「薫玉堂」の改革に乗り出すことに。
「お部屋で楽しむお香が並ぶ本店2階の売り場を見ていて、実はずっとモヤモヤしていたんです(苦笑)。品質は高くて良い香りなのに、コンセプトやデザインに統一感がなくて魅力が伝わってこず、私が『欲しい!』と思えるものがなくて。『なんとかしないといけないんちゃう?』と夫に提言し、言い出しっぺの私がリブランディングを担当することになりました」
当たり前のことが実は強みだった
単に見た目を整えるだけではなく、「薫玉堂」の存在意義から問い直し、一本軸の通ったブランドへと根本的に改善していきたい。そう感じた負野さんは、老舗の生活雑貨工芸品の製造小売業をはじめ現在は工芸メーカーへのコンサルティング業もおこなっている中川政七商店にコンサルティングを依頼。2014年のことだった。
「それまでは“京都”“老舗”という特徴を、ことさらには強調してこなかったんです。京都にはそもそも老舗が多いし、長い歴史があるのは当たり前よね、と思っていて。でも、中川政七商店さんとの話し合いのなかで、私たちが当たり前と思っていたことは、実は当たり前ではなかったことに気づいたんです。世界的にも憧れの地である京都で420年以上の歴史をもっていることは、とても価値のあることなのだと」
貴重な素材やレシピから生まれる「薫玉堂」にしかあつらえることのできない香りを、日常の暮らしのなかでもっと楽しんでほしい。そんなコンセプトと洗練されたデザインによって、「薫玉堂」は部屋で焚くための新しい線香を開発。さらに、キャンドル、石けん、フレグランスオイルなどの新商品を発表し、注目を集めるように。ちょうど近年のおうち時間の増加によるホームフレグランス人気も追い風となり、店舗も薫玉堂ニュウマン横浜店をはじめ、現在は全国5店舗まで拡大した。
香りの儀式こそ、暮らしの楽しみ
「薫玉堂」の目標は、100年後もずっと香りをつくり続けていくこと。それには、香りのアイテムを製造販売するだけでなく、香りのさまざまな楽しみ方を伝えていくことも大事。現在は各店舗で香袋や線香の調香体験のワークショップを開催しており、今後は香木のたき方を学ぶものや、外部講師を招いた香りにまつわる企画なども行っていく。
「香りは、一瞬にして気分を切り替えてくれるもの。お香の箱のフタを開けた途端、ふわっと立ち上がる香りに、瞬間的に癒やされた経験は誰しもあるのではないでしょうか」
香炉を用意したり、火をつけたりといった香りのための儀式も、積極的に楽しんでみてほしい、と負野さん。
「今日はキャンドル、今日はお香、といったふうにその日の気分でアイテムを選び、香りを準備することは、暮らしを楽しむということ。毎日を豊かに生きるヒントを、香りを通して伝え続けていきたいと思っています」
“いま”という時代を生きる女性の思いに応えるため
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https://www.lumine.ne.jp/
Text: Kaori Shimura, Photograph: Ittetsu Matsuoka, Edit: Sayuri Kobayashi
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