「AFRIKA ROSE」萩生田愛さん ケニアのバラが紡ぐフェアトレードの絆
●サステナブルバトン3-3
――まずは、「AFRIKA ROSE」で扱っているバラの特徴を教えていただけますか?
萩生田愛さん(以下、萩生田): 一般的にバラというと、優雅で華やかな一方で繊細さもイメージされる人が多いと思います。しかしケニアのバラは優雅で美しいことに加え、力強さ、逞しさ、生命力を感じさせるところが魅力です。私は華道の師範の免許を持っており、たくさんの花を見てきましたが、ナイロビで赤とオレンジのグラデーションが見事なバラを見て衝撃を受けました。
持ちがよいのもケニアのバラの特徴です。中には1か月近く咲くものもありますよ。ボランティアとしてケニアの女性たちと接していたとき、彼女たちの芯の強さや逞しさに心励まされることが多かった。どんなに苦しい状況でも笑顔を忘れない彼女たちの力強さと、バラが重なる感じもあります。
――そもそも、なぜケニアへボランティアに行こうと?
萩生田: アメリカの大学に通っていたころ、ニューヨークの国連本部で模擬国連に参加した際、アフリカでは1日1ドル以下で生活している人たちがいることや、豊かな先進諸国が貧しい人たちに金銭的な支援をするだけでは貧困問題の根本的な解決にならないことを知り、「アフリカに行きたい」と思っていました。でも、まずは社会経験を積むのが先決と考え、その思いに蓋をして製薬会社に就職しました。その後、会社がWHOと共に感染症薬をアフリカの国々に無償提供するプロジェクトを立ち上げたことがきっかけで、アフリカへの思いが一気に再燃しました。
退路断ち、単身ケニアへ
――すぐ、アフリカへ旅立ったのですか?
萩生田: 現地でNGOに参加するという決断まで、2年近くかかりました。上司も「まずは2週間の休暇を利用してアフリカを旅してからでも遅くないよ」と引き留めてくれました。でも、戻る場所がある状態で見る景色と、そうでないときでは見えるものが違うだろうなと。性格的に保険があったら逃げてしまうと思ったので、会社を辞め、付き合っていた彼とも別れ、借りていたアパートを解約し、家具は実家に送り返して退路を断ちました。現地に行ったきりになるかもしれないので、片道の航空券だけを買い、ケニアへ旅立ちました。そのときは、ケニアがバラの世界的産地だということすら知りませんでした。
――ケニアではどんな支援活動を?
萩生田: 半年間、ナイロビ近郊の村で小学校を建てるボランティアに従事しました。しかし、現地では無料で通える学校があっても通学できない子どもたちが少なくないと知りました。ショックでした。当時、ケニアの失業率は約40%と深刻で、働き口のない親の代わりに子どもたちが少しでも家計の足しになるように働いたり、家の手伝いをするのです。一方で、支援慣れしている人たちもいるなと感じました。援助は必要ですが、それが自立の妨げになっては意味がない。現地の人たちとどう関わればいいか迷っていたとき、ナイロビのショッピングモールでバラに出会ったのです。
――ケニアのバラとの運命の出会いですね?
萩生田: ええ(笑)。あの衝撃はいまも忘れません。大輪でパキッとした色彩の鮮やかさやグラデーションの美しさ、逞しさや生命力すらも漂わせるこのようなバラを見たことがありませんでした。あんまり私が驚くので、花売りのお兄さんが「ケニアは、バラのナンバーワンの輸出国だ」と誇らしげに教えてくれました。
それを見たとき、「働くってこういうことだな」とハッとしました。生活の糧であると同時に、働くことで自分のやりたいこと実現したり、人とつながれる。お金以外でも得られるステキなことがあると、お兄さんが伝えてくれた気がしました。この美しいバラなら、フェアな雇用を生み出し、子どもたちは働かずに教育を受けられる良い循環が作れるのではないかと希望を感じました。
帰国後は、輸入に必要な手続きなどを調べながら、輸出してくれるケニアのバラ農家を探し始めました。ケニア大使館や日本貿易振興機構(ジェトロ)にも問い合わせつつ、バラ農家と相談しましたが、なかなかいい返事が返ってこず…。やきもきしましたが、ケニアでの友人が紹介してくれた農家さんと契約することができました。
――起業後は順調でしたか?
萩生田: いいえ、全然(笑)。2012年に個人輸入をはじめ、最初に出店したのは代々木公園で毎年開催される「アースデイ」でした。盛況でしたが、結果は大赤字。半数が売れ残りました。商いをしたことがなく、大量に輸入しすぎたのが原因です。冷静に考えれば、2日間で2500本もバラをさばけるわけがありませんでした。
でも、不思議と失敗とは思いませんでした。たくさんの方がバラを見ては驚き、「こんなバラ、見たことがない」「次に入荷したらまた買いたい」と喜んでくださいました。私がケニアで見た感動を共有できていると思うと、胸が熱くなりますし、今もその気持ちは変わりません。
ケニアの山麓から、17時間で日本へ
――ゼロから輸入・販売ルートを確立し、今では広尾と六本木に2店舗を構えるまでになりました。バラを通じて、ケニアとのサステナブルなビジネスを実践していますね。
萩生田: はい。契約するバラ農家は、首都ナイロビから車で3時間ほど行った2300メートルの高地にあります。寒暖差が大きく、日照時間が長いため、他にはない発色や逞しさを備えた特別なバラに育つんです。鮮度が命ですから、摘んだらすぐに出荷し、17時間後には日本に到着します。
バラは児童労働がない農園から、正当な価格で購入しています。提携する農園では働くスタッフのために無料で受診できるクリニックの制度が整っており、近隣では小学校建設プロジェクトが進行中です。また、再生可能エネルギーを採用し、農園で出た葉や茎、花びらをコンポストしたものでハーブなどを育てています。
フェアなトレードをすることで、ケニアの農園の適切な労働環境の後押しをしたり、地球温暖化防止などのSDGsに向けた取り組みにも力を入れたりしてきました。たとえば、バラ1本につき5円を追加することでカーボンオフセットができる仕組みを作ったのもそのひとつ。また、広尾店をバイオマスや廃棄物から作られるグリーンエネルギーの電力会社に切り替えたりしています。アフリカのバラの魅力に加え、そうした地道な取り組みを少しずつお客様に評価していただいたのだと思います。
こうした取り組みが、この連載「サステナブルバトン」をつないでくださった環境コンサルタントのエクベリ聡子さんとのご縁を引き寄せてくれました。もともと「AFRIKA ROSE」のお客様で、フェアトレードのフォーラムでご一緒したのをきっかけに、ご縁が続いています。
――コロナ禍では、ケニアからバラが届かずご苦労されたそうですね。
萩生田: 輸送が滞り、ケニアからバラが届かない事態となりましたが、逆に、販路を失ったバラもありました。コロンビアやエチオピアで行き場を失ったバラを受け入れることにしました。
また、イベントが急きょ取りやめになることも。1000本ものバラが余ったときはうろたえましたが、スタッフさんの「卒業式がなくなった友達に贈りたい」という思いに共感し、学生さんに1本ずつバラを贈ることにしました。それがSNSで話題となり、結果としてその年の母の日は、過去最高の売り上げになりました。コロナ禍で、身近な幸せを大切にする方が増えているなと感じます。
代表を退任、働き方を考えた
――10年をかけて大きくした「AFRIKA ROSE」の代表を、この3月で退いたのはなぜですか?
萩生田: そもそも数年前から、ピラミッド型ではなく自律分散型組織を目指していました。手前味噌ですが、会社の風通しは悪くなかったと思います。ただ、2018年に出産したとき、3か月の産休を取るつもりが、2週間で復帰せざるを得なくなりました。産後の体調がすぐれず、心身ともに追い詰められ、みんなで回せる仕組みづくりの必要性を痛感しました。
そこで2020年、自律分散型経営の第一人者である、武井浩三さんに経営参画していただき、改革を進めました。試しに昨年8月から4か月、デンマークに単身留学したのですが、その間も会社は問題なく機能しました。ならば、もう代表でなくてもいいなと思ったのです。もちろんいまも取締役のひとりとして経営全般に関わっていますし、アフリカローズへの強い気持ちは変わりません。今まで以上にもっとよい距離感で関わっていきたいと思っています。
――コロナ禍になぜ、デンマークへ?
萩生田:私の関心が、コロナ禍で環境問題へ大きく傾いたからです。10年間は「AFRIKA ROSE」を通じて貧困問題に取り組んできましたが、個人で環境や循環型社会についての活動を広げたいと考えるようになりました。2年前から畑のある家に転居して、自宅の生ごみはすべてコンポストするなど、小さな循環にも取り組んでいます。環境やサステナビリティが暮らしに溶け込んでいるデンマークは、教育レベルや幸福度も高い。また、機能的でデザイン性にも優れたプロダクトもたくさん生み出しています。そういう国のライフスタイルや国民性に関心があり、サステナビリティ、ウェルビーイングを学びに行ったのです。
――お子さんや家族と離れ、お一人で行かれたのですね。
萩生田: 先ほども少し触れましたが、産後に心身のバランスを崩し、それをやや引きずっていました。私にとって、「AFRIKA ROSE」は命の次に大事なものでしたが、子どもが生まれて命よりも大事なものができました。自分の優先順位が圧倒的に変わったことに自分自身が戸惑っていたうえ、産後2週間で仕事に復帰することになり、「仕事は大事なわが子との時間を奪う疎ましい存在」とすら思ってしまったのです。そんな自分を責めたりして、とてもつらかったです。
パートナーと相談し、私がデンマークへ行っている間は実家に同居して両親のサポートも得ることにしました。デンマークでは、森を2時間散歩したり、ヨガやマインドフルネスのクラスに参加し、子どものころの自分に還る感覚がありました。
日本では、「AFRIKA ROSE」の代表という肩書が邪魔して挑戦できなかったこと、例えばダンスをする、下手だけど歌うとか(笑)、そういう何気ないことによって心が解放されたのです。もちろん、サステナブルな企業を訪問したりもしましたよ。ただ、何を見聞きしたというより、日本を離れて自分にかえる時間が持てたことがとても良かったですね。
――頑張りすぎていた自分に気づいたと。
萩生田: ええ。いま思うとすごく生き急いでいたなと。それはやはり女性には出産というリミットがあるからだと思うのです。出産から逆算して、それまでにキャリアを築いていないと同期に負けてしまうとか、スタートアップを始めた時も、できる時にやっておかないと、などと無理を続けてきました。無理を重ねるうちに、自分が無理していることにも気が付かなくなっていたのだと思います。
でも、デンマークでひとりになり、気持ちがリセットされました。これまでもやりたいことに巡り合えて充実してはいましたが、急ぎすぎていました。これからはゆっくりしたペースで進みたいですね。
――最後に、萩生田さんにとってのサステナブルとは?
萩生田: ありのままの自分が自然に発揮されている状態で、自分がその環境の循環の一部になっていること、でしょうか。デンマークでは、まず自分自身がサステナブルであること、いつも幸せと愛情に満ち溢れた状態でいることの大切さに気付かされました。
今は土に興味があるので、有機栽培で地球環境を良くしながら全国に花を咲かせようという“心に花を咲かせるプロジェクト”に向けて、少しずつ動き出しています。10年前の私なら、投資家を募って一気に展開させるころですが、それでは自分が疲れてしまいサステナブルではありません。「急がないで」と自分に言い聞かせながら(笑)、ていねいに取り組んでいきたいです。
また、最近はYouTubeチャンネルで、『幸せに夢を叶え続ける人生』をテーマに、願いを簡単に叶える方法や、夢や目標の見つけ方のヒントなどを発信しています。いままでたくさんの人にサポートしてもらったので、こんどはサポートできる側になれたらなと。夢や目標を見つけたい人のヒントにつながれば嬉しいです。
●萩生田愛(はぎうだ・めぐみ)さんのプロフィール
1981年、東京都生まれ。幼いころから祖父に「グローバルな人材になれ」と言われて育つ。高校2年でオーストラリアに短期留学し、自由な空気と充実した教育システムに感銘を受ける。2001年、米カリフォルニア州立大学に入学し、国際関係学を専攻。2005年、エーザイ株式会社に入社。2011年に退社し、NGOの一員としてボランティア活動のためアフリカのケニアへ。2012年、バラの個人輸入を開始。2015年、東京・広尾にバラ専門店「AFRIKA ROSE」をオープン。2017年に結婚し、翌年第1子を出産。2019年、六本木ヒルズに2号店をオープン。2022年3月、代表を退く。著書に「アフリカローズ 幸せになる奇跡のバラ」がある。
- ■サステナブルバトン3
#01「”賞味期限”から解放されよう」食品ロス問題ジャーナリスト井出留美さん
#02 アフリカのバナナペーパーで環境と貧困対策を実践 エクベリ聡子さん
- ■サステナブルバトン2
#01留学で気づいた「ファッションを通した社会貢献」。徳島県上勝町でゼロ・ウェイストに取り組む、大塚桃奈さんの新たな挑戦とは
#02「“エシカル”という言葉を使うことで、抜け落ちてしまう何かがある」コミュニティ・コーディネーター松丸里歩さんが考えるエシカルのかたち
#03「サトウキビストローを販売するだけでなく、回収し堆肥化までが本質」4Nature代表・平間亮太さんが取り組む、人と人とのエシカルなつながり
#04「エシカルを押し出すのではなく、コーヒーショップとしてできることを考えたい」オニバスコーヒー坂尾篤史さんが考える、エシカルの本質
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#07「サーキュラエコノミーとは心地よさ」fog代表・大山貴子さんが考える、循環型社会とは
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#12 ハチドリ電力の小野悠希さん「一人が出来ることは決して小さくない」地球温暖化を止めるため「最も大きなこと」に挑戦
- ■サステナブルバトン1
#01 「消えゆく氷河を前に、未来のために今日の私にできることを考えた」エシカル協会代表・末吉里花さん
#02 「ファストファッションは悪者? そうじゃないと知って、見える世界が広がった」エシカルファッションプランナー・鎌田安里紗さん
#03 「薬剤やシャンプーはすべて自然由来。体を壊して気づいた、自然体な生き方」ヴィーガンビューティーサロン美容師・中島潮里さん
#04「“地球に優しい”は、自分に優しいということ」エシカルコーディネーター・エバンズ亜莉沙さん
#05「花屋で捨てられていく花たちを、どうにかして救いたかった」フラワーサイクリスト・河島春佳さん
#06「花の命を着る下着。素肌で感じるサステナブルの新しいかたち」草木染めランジェリーデザイナー小森優美さん
#07「家庭科で学ぶエシカル。サステナブルな未来は“やってみる”から始まる」高校教諭・葭内ありささん
#08「ふぞろい野菜、瓶に詰めたらごちそうに。自然とつながる“おいしい”の作り方」ファームキャニング代表・西村千恵さん
#09「世界を9周して気づいた、子どもを育てる地域コミュニティーの大切さ」一般社団法人「そっか」共同代表・小野寺愛さん
#10「エシカルとは“つながっていること”。人生の先輩たちの生活の知恵を残していきたい」一般社団法人はっぷ代表・大橋マキさん
#11「庭で見つけた“発見”を作品に」変化し続けるアーティストasatte羽田麻子さん
#12「自分で自分を幸せにしてほしい」TOKOさんが考えるヨガとエシカルの関係
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第52回アフリカのバナナペーパーで環境と貧困対策を実践 エクベリ聡子さん
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第53回アーティスト鈴木掌さんが、ルワンダの子どもたちの自立を支援する理由
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第54回「AFRIKA ROSE」萩生田愛さん ケニアのバラが紡ぐフェアトレード
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第55回心のサステナブルとは? 人気ブランド「ヌキテパ」の神 真美さんに学ぶ
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第56回「10着のうち1着はサステイナブルに」。スローファッションを提案する「