恋愛・キャリア

「出国女子」が語る生きづらさ ロンドンなら仕事も恋も子育てもハッピー?

海外から日本に移住して外資系企業に勤め、現在はイギリスで働く独身女性(33)が、仕事や恋愛事情、そして社会のことを率直な気持ちで綴った『ロンドンならすぐに恋人ができると思っていた』(幻冬舎)が、SNSを中心に共感を呼んでいます。セクハラなどを経験して息苦しさから日本を出国、ロンドンでのリアルな日常を鋭くユーモアたっぷりに切り取っています。国籍も顔も明かしていないペンネーム・鈴木綾さんを直撃しました。
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スーツケース1つで東京へ

――母国の大学を卒業後、22歳で来日し、東京の外資系企業で6年間働いたのですね。

鈴木綾さん(以下、鈴木): 以前、日本で3ヶ月の留学経験があり、とても過ごしやすい国であるというイメージがありました。朝3時まで楽しく友だちとカラオケとプリクラができて、どこの店に行っても料理が美味しい。そして、何より綺麗で安全です。

日本文学に興味があり、大学時代に日本語を学んだ私は、卒業後、就労ビザも仕事のオファーもないまま、2011年9月にスーツケース1個と現金20万円を持って成田空港に降り立ちました。何も決まっていませんでしたが「大好きな日本で仕事がしたい」という一心で日本に来たのです。そこから、外資系企業に職を得て、東京のシェアハウスで暮らし始めました。

最初は日常会話程度の日本語しかできず、毎日辞書を引きながら仕事をしていました。ちなみに、私はいま日本語で文章を書いていますが、日本人ではありません。出身国やルーツも明かしていませんが、それは「~の国の人だから~という考えに違いない」というイメージを持たれたくないからです。

――日本では一生の友達を得たと書かれています。

鈴木: はい、大事な友達、大切な人間関係をたくさん築くことができました。ただ、保守的な考えの女性が多いことに驚くこともありました。たとえばシェアハウスの友人は「自分は恋人ができないので、結婚できないかもしれない、お母さんになれないかも…」と悩んでいました。そこで「結婚をゴールにする必要はない。好きなことをして生きていれば自然に恋人ができるのでは?」とアドバイスしたところ、叱られてしまいました。「綾ちゃんにはキャリアがあるからいいけど、私はママになりたい。それだけでいい」と。

その後、日本で数多くの女性と話しましたが、将来的に仕事は続けていくかもしれないけど、あくまでも人生のゴールは「結婚してお母さんになること」という人が多かったです。

確かに、上の世代の日本女性たちは、残業が多い上にワンオペで家事や育児もこなしています。こんな過酷な働き方をしたくないと思うのは当然ではないでしょうか。「家庭に入って安泰な人生を送りたい」と思うのは自然かもしれません。

私自身には、仕事をしないという選択肢はありません。そして、そのことが母親になるということとも矛盾しているとは思いません。

ある晴れた日のロンドン市内

息苦しさを感じてロンドンへ

――その後、ロンドンへ渡りますが、きっかけは何だったのでしょうか。

鈴木: 就職してから6年間が経ち、キャリアも友人も手に入れたと思っていました。しかし同時に日本社会での生活に息苦しさも感じていました。

電車内で痴漢に遭ったことがあります。でも、周りの人は私のことを助けようとしませんでした。また、仕事で知り合ったクライアントも含め、複数の人からストーカー被害に遭いました。国会議員の秘書に赤坂見附駅の前で強制わいせつをされたこともあります。取引先との飲み会では、セクハラまがいの発言は当たり前で、足を触られたこともありました。

母国を出て来日する時、父は「ツナミ、ジシン、セクハラに気を付けなさい」と言ったのですが、本当にその通りだったな…と。

限界を感じた私は、より良い環境を求めて、日本を出国することを決意しました。そして、海外の大学でMBAを取得後、ロンドンに来て投資会社に就職し、現在はスタートアップ企業で働いています。

――東京とロンドンの企業で働いてみて、どのような違いを感じましたか?

鈴木: 日本は義務教育が徹底しており、識字率が100%に近い。日本の初等中等教育は世界の他の国と比較しても優れています。ただ、日本では大学を卒業した以降は、博士号やMBAなどの学位はそれほど求められていません。費用も掛かるので一概には言えませんが、海外ではキャリアアップしたい人は、必ずと言っていいほど博士号やMBAを取ります。実際、2020年に売上高上位の米国企業30社の社長の4割以上はMBA取得者でした。

日本では従業員に対し、「みんなでがんばって働く」という忍耐を求める風潮があったように感じます。一方、現在勤務しているイギリスのベンチャー企業では「やりたかったらやりなさい」が基本で、すべては自分次第。日本のように「与えられた仕事をこなす」という雰囲気はないです。

ロンドン市内の自宅近くにある大人気のパン屋さん

「出国女子」が語る、働きやすさとは

――働きやすさを求め、綾さんのようにロンドンへ渡る「出国女子」は少なくないようですね。

鈴木: 日本からロンドンへ渡ったキャリア女性を、何人も知っています。こちらでは、例えば「女性は~歳になったら結婚をして子どもを産まなくてはならない」というような固定概念に縛られることがありません。ロンドンは国際社会なので多様なバックグラウンド、考え方を持った人が多く、一つの考え方に縛られるということがないからかもしれません。

それからロンドンの方が休みを取りやすい。会社から、夏と冬、きちんと2週間ずつ休暇を取ることを命ぜられます。

――子どもを持つ女性にとっても、ロンドンは日本より働きやすい社会だと思いますか。

鈴木: はい。男性中心社会を脱却してダイバーシティを推進しようという強い動きがあります。なぜならば、ダイバーシティは経済成長につながることは立証されており、それが進んでいる会社はパフォーマンスが高く、利益を上げられるとみなされているので。

ロンドンは東京よりも競争が激しいので、ビジネスのためにダイバーシティを推進させようと必死です。金融業界や成長業界では、国籍、人種問わず、様々なバックグラウンドを持っている人たちが入ってくるので新しいアイデアを取り入れるのが早いですね。

――ロールモデルになる女性はいるのでしょうか。

鈴木: たくさんいます。女性が育休も産休も取りやすく、出産で一時期会社からいなくなっても、ポジションが奪われることはありません。そして、育休産休を取る男性も増えています。

また、子どもが熱を出したので保育園に預けられないような場合にも、有給を取ることは強制されません。1日は24時間なので、その間のどこかで仕事をすればいいというスタンスです。

ちなみに、前職の会社は「子育てに割く時間を尊重すべき」として有給に上限はありませんでした。仕事で結果を出せば時間の使い方は自由なんです。そういう会社が増えています。

友達と出かけたレコード店のショーウィンドウ

女性を守らない日本社会

――日本はジェンダーギャップ指数が先進国で最低レベルです。また最近も、政治家や会社役員、映画監督らによるセクハラなども問題になっています。

鈴木: 昨年、東京オリンピック・パラリンピック大会組織委員会の会長だった森喜朗氏の女性蔑視発言は、ロンドンでも話題になりました。「女性が多い会議は長い」という発言について、周囲から「日本って大丈夫?ひどくない?」と心配されてしまいました。

私はその時、日本でのセクハラ体験を正直に話しましたが、みんな「え――っ」と驚いていました。ロンドンでも若い女性が便利屋扱いされるという現実はあります。でも、公の場で女性を蔑視することは絶対に許されないという風潮があります。

――背景には何があると思いますか。

鈴木: 司法の力に訴えやすい環境であれば、「ハラスメントは訴訟につながる」という緊張感が生まれます。ロンドンで女性蔑視の発言が許されないという風潮があるのは、この緊張感があるからかもしれません。

一方、日本の法律や制度運用は女性を守っていません。例えば、強姦の被害に遭ったジャーナリスト・伊藤詩織さんの言い分を、日本の警察は真剣に聞こうとはしませんでした。被害者にとって被害の内容を公にすることは辛いことです。周囲のサポートがないと実際に起きたことを告発することはできません。それどころか、日本では被害者をバッシングしてしまう。

これでは司法の力に訴えづらい状況ができてしまい、「これぐらいなら許される」という意識がいつまでたっても改善されないのではないでしょうか。

また、プライベートでも男女平等がないことも原因だと思います。欧州の男性は日本の男性と異なり家事を積極的にこなします。日本のジェンダーギャップは、男性の家事の参加が低いことに起因しているかもしれません。

フェミニズムがピンと来ない男性たち

――イギリスはフェミニズム発祥の地ですが、ロンドンでも課題はあると書かれていますね。

鈴木: もちろんです。仕事の雑用は女性にばかり降ってきますし、女性側もつい謙虚な言い回しをしてしまいがちです。ロンドンはとても物価が高く、家賃やベビーシッター代を払い、子どもを持って働くことは共働きでも大変です。2人の収入の半分は保育料に消えてしまうと聞きました。

また、フェミニズムに関しては、#metooのムーヴメント以降、「自分たちは脅威に晒されている」と思っている男性が多いようです。何もしていないのに、なぜこんなに男性だからといって叩かれるのか?と…。特に社会的・経済的強者である白人男性にはピンと来ていないようです。

女性と2人になる時には、疑われないようにドアは必ず開けるようになったという男性もいます。それ自体は悪いことではありませんが、本質的な理解が進まずに委縮してしまっているのかもしれません。フェミニズムが浸透すれば、男性たちだってラクになるということも伝わっていないと思います。

そして、イギリスは古くから階級社会であることから、白人の上流階級しかフェミニズムの恩恵を受けてこなかったという歴史的な事実があり、階級格差に伴う意識格差、経済格差も厳然としてあります。もちろん、格差の問題は、イギリス国内だけではなく世界全体にもある問題です。

ロンドン市内で開かれた草間彌生の展覧会にて(テートモーダン)

――何をしたら状況を変えられると思いますか?

鈴木: ひとつには、女性の管理職を増やすことすよね。例えば、ダイバーシティの推進プロジェクトにおいて、決定権を持つ責任者が男性の場合、社会的強者であるがゆえに、女性の置かれている立場に対する想像力が欠けていれば、そのプロジェクトは上手くいきません。

恋人はいなくても

――『ロンドンならすぐに恋人ができると思っていた』というタイトルですが、恋人を作るのはどこにいても難しいということなのでしょうか?

鈴木: このタイトルは、ふと私が漏らした言葉が元になっています。最初は「日本よりもロンドンの方が自分に合った男性がいると思っていたけれども、いなかった」という意味で捉えていました。時折、デートする人は出来ても、考え方などが合わずにすぐに別れてしまう。

ところが、今感じているのは「私にはそもそも恋人が必要なかった」のではないか、ということ。自分の周りには素敵な友だちや同僚、メンターがいるので、このままでもいいかなと思い始めました。大切なのは恋人の存在ではなくて、どこに住んでいても、積極的にコミュニティを探して、人と接すること。 そのことに気が付けたのは良かったと思います。

ただ、難しいのは、イギリスは「パートナー文化」ということが基本になっていて、多くの人は結婚して家庭を持ちたがっています。パートナーがいないと招待されないパーティーもあるくらいです。一方で、日本は「おひとりさま」の文化があるので気楽です。人付き合いをする上で、その人にパートナーがいるかいないかは関係ありません。

もちろん、どちらの国でも、ひとりでは自分の居場所が見つかりにくいことは確かです。それは日本でもロンドンでも同じかもしれません。

それでも少しずつ環境は変化しており、ロンドンでは最近、男女ともに、私のように「未婚・子なし」の生き方をする人に向けたシェアハウスができ始めました。ヨガのクラスがあったり、金曜日の夜にカクテルがでてきたり、いろんなアクティビティがあります。新しい生き方が登場する予感がしています。

課題のない国などありません。なので、どのようにしたら改善できるのか、みんなで議論することが大切ではないでしょうか。そう思ってこの本を書きました。ぜひ、多くの人に読んでもらい、考えるきっかけにしてもらえたら嬉しいですね。

新川帆立さん 「女性ならではの生きづらさ」弁護士の時も、作家になってからも サヘル・ローズさん「人生を数字で決めないで」年齢・フォロワー数重視の風潮にいま思うこと

●鈴木綾(すずき・あや)さんのプロフィール

1988年生まれ。6年間東京で外資系企業に勤務した後、MBAを取得。ロンドンの投資会社勤務を経て、現在は、ロンドンのスタートアップ企業で働く。Webサイトで日常生活で感じる幸せ、悩みや違和感についてエッセイを執筆。日本語で書いているが日本人ではない。本書がはじめての著書となる。

『ロンドンならすぐに恋人ができると思っていた』

『ロンドンならすぐに恋人ができると思っていた』

著者:鈴木綾 発行:幻冬舎 価格:1650円(税込み)
ライター、合同会社インディペンデントフィルム代表社員。阪南大学経済学部非常勤講師、行政書士。早稲田大学法学部卒業。行政書士としてクリエイターや起業家のサポートをする傍ら、映画、電子書籍の製作にも関わる。