気候アクティビスト・小野りりあんさん「樹木を守り、自分も地球も持続できる生き方を」
●サステナブルバトン5‐1
気候変動問題は人権問題
――音楽家の故・坂本龍一氏や作家の村上春樹氏ら著名人が声を挙げたことでも知られる神宮外苑の再開発問題では、160人の原告団の一人として活動されています。
小野りりあんさん(以下、小野): 以前から、スクラップ&ビルドを繰り返す社会の在り方に対し、生き続けられる地球環境を失くしていると疑問を感じており、神宮外苑の開発はその典型的な例だなと思いました。坂本さんが疑問を投げかけてくださったことなどで注目を集められるようになりましたが、どんな反応であれ、話題になること自体を前向きにとらえています。
樹木は、地球温暖化につながるCO2を吸収するだけでなく、樹齢が長いほど陰を作り、その周辺の温度を下げ、人を癒やす役割も果たします。世界の主要都市では公園が不足しており、他の国では今ある樹木を守り、その上で増やす動きが見られるなかで、神宮外苑の再開発計画はそれに逆行する動きでもあります。ぜひ、立ち止まってほしいと思っていたところ、信頼の置ける方から「一緒に頑張りませんか」とお声をかけていただき、原告団に参加することになりました。先日も裁判所に行きましたが、とても緊張してうまく思いを伝えられたかどうか……。
――気候危機に関しては、年々温暖化が進み深刻化していますが、日本と海外の状況や捉え方の違いをどう見ていますか。
小野: 先日スイスでは、人権裁判所が気候変動対策を怠った国側に厳しい判決を言い渡しました。世界的には気候変動問題は人権問題だという考え方が広まっていて、原告側が勝訴する例がいくつも出ています。日本ではまだそうした考え方が浸透しておらず、裁判自体もとても少ないんです。裁判に臨むのは大変なこともありますが、勝訴すると法律を変えるほどの力があるのでとても有効です。私たち原告がこの訴訟で勝つことで、今後の気候変動への対応も変わるのではないかと期待していますし、この訴訟が注目を集めることで市民が動き出すきっかけになることを望んでいます。
――そもそも、モデルとして活躍していた小野さんが、気候変動に強い関心を持ったのはなぜですか?
小野: 地元・北海道が、自然に恵まれていたことは大きいですね。母の出身が青森県で、実家から車で1時間ほど行くと核燃料再処理施設のある六ケ所村があります。母は、私が子供の頃に小さな社会活動をしていて、世の中のために何か行動を起こす大人たちの姿を間近に見てきた影響も少なからずあるでしょう。
リオ地球サミット(1992年にブラジルのリオデジャネイロで開催された国連環境開発会議)で、当時12歳だったセヴァン・スズキさんが子供の目線から地球環境の重要性を説いた“伝説のスピーチ”がありました。この動画を、私が8歳の時、母の友人から見せてもらったことも直接的な動機になっています。私と同じ子供が、世界の大人たちに向けて力強くメッセージを発信していて衝撃を受けましたし、「私もこんなふうに、いつか自然や人を守りたい!」と思ったんです。
貨物船で太平洋を横断
――気候アクティビストとして転機になった出来事は?
小野: モデルとして長くファッション業界に身を置いてきたのは、自分に合った仕事だと感じているからです。でも、自分が飛行機を使ってあちこち飛び回っていることが、地球環境にすごく悪影響を及ぼしていることを知ったときはショックでしたね……。2015年ごろから、国際環境NGO「350 Japan」でボランティアをしたり、YouTubeで環境問題について発信したりしているにもかかわらず、私の行動パターンは大量のカーボンフットプリント(個人の温室効果ガス排出量)を出している。何かを変えたいと思い、当時の環境活動家たちのアクションのひとつ、飛行機に乗らずに地球を一周するというものにチャレンジすることにしたんです。
――2019年、環境活動家のグレタ・トゥーンベリさんがニューヨークの国連本部での気候変動に関する会議へ出席するため、大西洋をヨットで横断し話題になりました。
小野: 同じ2019年、CO2排出量の大きい飛行機はなるべく避け、貨物船やバスなどを乗り継ぎながら、私も約100日かけて10カ国を巡りました。アメリカのサクラメントに入ったタイミングで、今回この連載「サステナブルバトン」のバトンを繋いでくださった、岡本多緒さんから「カリフォルニアに来たなら、我が家に遊びに来て」とお誘いいただいたんです。
多緒さんとは、モデルの仕事で10代のころからたびたび顔を合わせていました。すてきな先輩からのお誘いが嬉しくて、お言葉に甘えることにしました。最終的にメキシコから横浜港まで貨物船で太平洋を横断したのですが、乗せてくれるその船が見つかるまで時間がかかり、なんと3週間も滞在させていただくことに(笑)。当時、多緒さんも環境問題に強い関心を寄せていたものの、どうアクションを起こせばいいかを迷っているようでした。そこで、ポッドキャスト「Emerald Practices」を一緒に立ち上げることにしたんです。
――順調に活動されていたなか、昨年は大人の学び場として知られるデンマークのフォルケホイスコーレに留学しました。なぜ、このタイミングで留学を?
小野: 活動家として思いつくことをひたすらにやり続ければなにか見えてくると思っていましたが、いくらがむしゃらに突き進んでも次の展開があまり見えなくなったんです。このままでは持続可能な活動ができない……、そう思いました。簡単に言えば、煮詰まっていたんだと思います。
デンマークのフォルケホイスコーレ(以下、フォルケ)は、“人生の学校”とも言われていて、学び直すことで人生の分岐点になりうる場所なんです。10年前にも、モデルの仕事を休んで立ち止まって考えたいと思ったとき、母の勧めでフォルケに留学しました。実はそこで環境活動に目覚めたんです。だからまた今度も、フォルケに行って自分を見つめ直そうと思ったんです。
――2度目のフォルケでは、どんな気付きがありましたか?
小野: 気候変動や環境活動の人脈とは違う人たちと学んだり、語り合ったりすることがすごく新鮮で楽しくて。1度目は世界37カ国、そして、2度目の今回は、34カ国から生徒が集まっていて、世界全体とのつながりのようなものを実感できました。「こうした地球規模の感覚や活動が私は好きなんだな」って、しみじみ思いました。また、私は学ぶことが好きだと再認識し、今後のヒントも得られたと感じています。
人権や国際政治のクラスも面白かったのですが、やはり一番情熱を持てるのは環境や気候変動についてだなと改めて思いました。人権にかかわる、LGBTQについては学びを深めるだけでなく……、前述のポッドキャストでも既に皆さんにはお話しているのですが、実は留学中に私に彼女ができたんです。それによって、知識でしかなかったLGBTQが自分ごとになり、今までになかった視点で物事を捉えられるようになりました。思えば、これまでにお付き合いしてきた男性も、男性としてというよりまず人として魅力を感じていたんだなって。今は、「自分は(男女の枠にとらわれず恋愛感情を抱く)パンセクシャルなのだ」と自認しています。
――ご自分のそうした体験をオープンに語るのは、なぜでしょう?
小野: もし、少しでも生きづらさを感じている人に自分みたいな人もいるということを知って励ますことができたら嬉しいですね。私は、環境活動家とか気候アクティビストを名乗り始めてから、いろんな方から「励まされる」「ありがとう」と言っていただくことが増えました。私自身もこれまで様々な活動家の人から勇気をもらっていたので、そう言われると私自身も救われるような気持ちになります。
活動家という肩書に対し、いろんな意見や見方があることは知っています。でも、今できるだけのことを全部やらないと、生きる未来さえなくなるのだとしたら、非難されることを恐れてなんていられないなと。アクティビストと名乗るくらい、なんてことないと思ったんですよね。
快適な場所、仲間を見つけて
――私たちひとりひとりがまず第一歩を踏み出すには、どうすればいいでしょうか。
小野: 世間の理解は進んできましたが、それでもやっぱり一歩踏み出すのが怖かったり、勇気が出なかったりする人はいると思います。そうした人は、同じことに関心がある友達をまず一人見つけることから始めてみてください。SNSで繋がったり、楽しく集えたりするサークルみたいな場所でいいと思うんです。私自身、ハーフということもあって子供の頃からどこか疎外感のようなものを感じていましたが、環境活動をする人たちに出会って、すごく自分らしく居られるなと感じたんです。心優しい人たちにたくさん会うことができ、ありのままの自分でいいと思える場所ができました。
私が知人と共同で立ち上げたオープンコミュニティ「Spiral Club」は、まさにサークルのような気楽な場所ですし、その後に起こした「Green TEA ~Team Environmental Activists」は、共に勉強し、アクションへの最初の一歩を踏み出しやすく感じられるグループです。コロナ禍には、熱心にそれぞれの活動をする5人が一つ屋根の下で暮らしながら支え合う「アクティビストハウス」も立ち上げました。一人ひとり活動への熱量は違うので、自分に合った快適な場所を見つけることから始めてみてください。
――今後はどんな展開になりそうですか?
小野: デンマークから戻って数カ月。まだ決めかねている部分もありますが、ソーシャルビジネスについての知識を深めたいので、本格的に学ぼうと思っているところです。また、拠点を北海道から東京に移す予定なので、モデルの仕事も頑張りたいですね。モデルの私を見て、そこから気候変動に関心を持ってくださる人もいると思うので。東京にいることでできる、アクションにも力を入れていけたらいいなと思っています。
実は、アクティビストは経済的側面や精神面も含めて継続するのがとても難しいんです。ソーシャルビジネスの起業や、インフルエンサーとしての役割を上手く活かしながら、アクティビストが持続可能に活動できる道筋をつけられたらいいですね。
――では、最後に小野さんにとってサステナブルとは?
小野: 私には、小さいころからなりたいおばあちゃん像があるんです。年を重ねたときに、美味しい水と空気がある素晴らしい環境が保たれていて、世界中の人たちが私のところに、私がいようがいまいが関係なく自由に遊びに来てくれる……というものです。そうした未来のためには、世界中が平和じゃなければならないし、もちろん豊かな自然がなくては実現できません。樹木が減って空気や水が汚れてしまったら、地球だけじゃなく私たち人間も健康ではいられませんよね。
北米の先住民で構成するイロコイ連邦の方々から発祥した「7世代先も生きていける社会を考えよう」という考え方があります。自分も地球も持続できる生き方ということなのかなと思いますが、そこに自然があるだけで経済価値がある世の中に変わっていくことで、私が夢見るおばあちゃんに近づけるんじゃないかなって。そうした社会づくりに、私はどう関わっていけるかを、いま改めて考えているところです。
●小野(おの)りりあんさんのプロフィール
2004年からファッションモデルを始める。2019年、「気候変動枠組条約第25回締約国会議(COP25)」の開催地、スペインのマドリードへ飛行機に乗らずに旅をし、そこからもなるべく飛行機を使わずに世界一周に挑戦。その後もSNSなどで、気候変動に関する情報を発信し続けている。企画、設立、運営に関わったプロジェクトには、Podcast番組「Emerald Practice」、気候変動に関するコミュニティ「Spiral Club」「Green TEA ~Team Environmental Activist」、気候危機の基礎を楽しく学べるソーシャルメディア「気候辞書」などがある。
- ■サステナブルバトン5
#01 気候アクテイビスト・小野りりあんさん。「樹木を守り、自分も地球も持続できる生き方を」
- ■サステナブルバトン4
#01 毎日のごはんから感じるしあわせ 菅野のなさんが伝える素朴だからこそ奥深い料理
#02 長く愛せて顔が見える服づくり 会津木綿で受注生産を続ける山崎ナナさん
#03 郷土料理の魅力を残したい。料理家・写真家minokamoさんが伝える食文化の奥深さ
#04 一番身近なものは、心地よさにこだわりたい。デザイナー荒川祐美さんの考える豊かなくらし
#05 環境にも体にも優しく美しく。YOKO KOIKEさんの手掛けるヴィーガン料理。
#06 美しさとサステナブルが両立するデザインに挑戦 空間演出家・稲数麻子さん
#07 乗鞍高原の自然をいつまでも。シンガーソングライター高橋あず美さんが主催する「自然にやさしいフェスティバル」
#08 トラウデン直美さん「環境にも自分にも嬉しい選択を」。サステナブルも気負わずに
#09 古着で表現する自分らしさ。「DEPT」オーナー・eriさん。使い捨て生活からの脱却に挑戦
#10 コムアイさん、アマゾンでのお産で体感した生命力。「サステナブルとは生き延びるための闘い」
#11 気候変動対策、1歩を踏み出すには? NGOリーダー荒尾日南子さん「みんな自然とつながっている」
#12 岡本多緒さん、ポッドキャストで環境問題を発信。「気候危機は他人事じゃない」
- ■サステナブルバトン3
#01「”賞味期限”から解放されよう」食品ロス問題ジャーナリスト井出留美さん
#02 アフリカのバナナペーパーで環境と貧困対策を実践 エクベリ聡子さん
#03「AFRIKA ROSE」萩生田愛さん ケニアのバラが紡ぐフェアトレードの絆
#04 「10着のうち1着はサステイナブルに」。スローファッションを提案する「Enter the E」植月友美さん
#05ソーシャルオーディター・青沼愛さん 「ラナ・プラザの悲劇」を繰り返さないために
#06 350年続く老舗酒蔵に生まれ、酒の飲めない寺田聡美さん 酒粕で発酵食品作り
#07 てぬぐいカフェから盆踊りまで 瀬能笛里子さんが鎌倉で実践する”和の豊かな暮らし”
#08古着物を「野良着」にアップサイクル 日常生活に採り入れ、魅力を発信 鈴木早織さん
#09ハンドメイドマルシェで、女性たちと地域の輪をつなぐ齋藤直美さん
#10光の演出で包み込む デザイナー迫田悠さんが手掛ける映像空間の魅力
#11子ども向けバイリンガル劇団を主宰する草野七瀬さん。国籍も言語も越え自由で平和な表現空間を
#12柔軟な働き方を選べる社会を目指すPolaris市川望美さん。「シゴト軸のコミュニティ」も構築
- ■サステナブルバトン2
#01留学で気づいた「ファッションを通した社会貢献」。徳島県上勝町でゼロ・ウェイストに取り組む、大塚桃奈さんの新たな挑戦とは
#02「“エシカル”という言葉を使うことで、抜け落ちてしまう何かがある」コミュニティ・コーディネーター松丸里歩さんが考えるエシカルのかたち
#03「サトウキビストローを販売するだけでなく、回収し堆肥化までが本質」4Nature代表・平間亮太さんが取り組む、人と人とのエシカルなつながり
#04「エシカルを押し出すのではなく、コーヒーショップとしてできることを考えたい」オニバスコーヒー坂尾篤史さんが考える、エシカルの本質
#05 旅する料理人・三上奈緒さん「旅する理由は自然の中に。答えは自然が教えてくれる」
#06「自然はとても複雑で答えはひとつではない」アーティスト勅使河原香苗さんが自然から学んだこと
#07「サーキュラエコノミーとは心地よさ」fog代表・大山貴子さんが考える、循環型社会とは
#08「関わるものに、誠実に素直に対応できているか」株式会社起点代表・酒井悠太さんが福島県でオーガニックコットンを栽培する理由
#09 英国発のコスメティクス「LUSH」バイヤー・黒澤千絵実さんが魅了された「美しい原材料」の考え方
#10「心地よい空間は、他者を思いやることから」。ダウン症の人の感性を発信し、居場所作りを進める佐藤よし子さん
#11森を豊かに、自分も心地よく。森林ディレクター奥田 悠史さんが描く森の未来図
#12 ハチドリ電力の小野悠希さん「一人が出来ることは決して小さくない」地球温暖化を止めるため「最も大きなこと」に挑戦
- ■サステナブルバトン1
#01 「消えゆく氷河を前に、未来のために今日の私にできることを考えた」エシカル協会代表・末吉里花さん
#02 「ファストファッションは悪者? そうじゃないと知って、見える世界が広がった」エシカルファッションプランナー・鎌田安里紗さん
#03 「薬剤やシャンプーはすべて自然由来。体を壊して気づいた、自然体な生き方」ヴィーガンビューティーサロン美容師・中島潮里さん
#04「“地球に優しい”は、自分に優しいということ」エシカルコーディネーター・エバンズ亜莉沙さん
#05「花屋で捨てられていく花たちを、どうにかして救いたかった」フラワーサイクリスト・河島春佳さん
#06「花の命を着る下着。素肌で感じるサステナブルの新しいかたち」草木染めランジェリーデザイナー小森優美さん
#07「家庭科で学ぶエシカル。サステナブルな未来は“やってみる”から始まる」高校教諭・葭内ありささん
#08「ふぞろい野菜、瓶に詰めたらごちそうに。自然とつながる“おいしい”の作り方」ファームキャニング代表・西村千恵さん
#09「世界を9周して気づいた、子どもを育てる地域コミュニティーの大切さ」一般社団法人「そっか」共同代表・小野寺愛さん
#10「エシカルとは“つながっていること”。人生の先輩たちの生活の知恵を残していきたい」一般社団法人はっぷ代表・大橋マキさん
#11「庭で見つけた“発見”を作品に」変化し続けるアーティストasatte羽田麻子さん
#12「自分で自分を幸せにしてほしい」TOKOさんが考えるヨガとエシカルの関係
-
第95回岡本多緒さん、ポッドキャストで環境問題を発信。「気候危機は他人事じゃない
-
第96回ダンスで社会課題に挑戦 「ライフル アルトリズム」の活動とは?
-
第97回気候アクティビスト・小野りりあんさん「樹木を守り、自分も地球も持続できる
-
第98回人気ブランド「ミースロエ」が目指す、等身大のサステナビリティ
-
第99回「デザインとはメッセージ」。環境活動家でグラフィックデザイナーの平山みな