Presented by ルミネ
サステナブルバトン3

柔軟な働き方を選べる社会を目指すPolaris市川望美さん。「シゴト軸のコミュニティ」も構築

“心地よく暮らし、心地よくはたらく”をビジョンに掲げ、東京・調布を拠点に新しい働き方を提案する非営利型株式会社Polaris(ポラリス)。企業や組織が委託したい事務作業やシェアオフィスの運営などの業務を請負い、すきま時間を活かして働きたい子育て中の女性や、スキルを生かしながら自由度高く働きたい人たちがチームで働く仕組みを構築しています。創始者で初代代表の市川望美さんは、出産を機に地域の子育て支援NPOとかかわるようになり、多様な働き方を選べる柔軟な社会の実現を目指すようになりました。
子ども向けバイリンガル劇団を主宰する草野七瀬さん。国籍も言語も越え自由で平和な表現空間を 光の演出で包み込む デザイナー迫田悠さんが手掛ける映像空間の魅力

●サステナブルバトン3-12

子育て期はハンディでなくキャリア

――Polaris のミッションは柔軟な働き方を選択できる社会を作ることですが、具体的にどのような事業を手がけていますか。

市川望美さん(以下、市川): まず「事業伴走支援サービス CoHana」は、企業や組織などから事務や顧客対応などの業務を請け負い、Polarisに登録しているメンバーに委託する事業です。オンラインで完結する仕事と、現地に行って従事する仕事があります。

例えば、ある学校では、朝のテストの採点について、生徒たちの帰宅までにはテストを返したいけれど、先生方は忙しくて採点する暇がない。それを学校の近くに住むPolarisの登録メンバーが採点をして、その結果をお渡しするという業務です。本当はやりたいけれど後回しにしてしまっているような業務や、新たに人を雇うほどのボリュームではない業務と、フルタイムで働くのは難しいけれど、社会と繋がりたい、キャリアを築きたいといったPolarisのメンバーの思いが重なる所で仕事がうまれていると感じます。

また、「コミュニティ運営事業」も行っています。コワーキングスペースやシェアオフィスが近年広がり、その受付業務やスペースをきれいに保つといった場の管理業務、居心地のよい場所にするためのコミュニケーションなど、コミュニティ運営の需要は高まっていると感じますね。

――メンバーは子育て中の女性や主婦の方が多いのですか。

市川: そもそもは子育て中の女性たちのために立ち上げた会社なので、ほとんどが女性です。在宅で仕事をしている方は比較的子どもの年齢が低い方や、暮らしの制約があってなるべく家にいたいという方です。コミュニティ運営など、現地で業務に従事する方は、お子さんが大きくなって動きやすくなってきた方や、人と関わる仕事がしたい、コミュニティマネージャーという仕事そのものに興味があるといった方が多く、男性メンバーもいます。また、最近はフリーランスや個人事業主の方が「複業」でPolarisの仕事に従事するケースも増えてきました。私たちは、「主に対する副業」ではなく、「複数=マルチな仕事」という意味合いでとらえています。

個々の収入は月2~3万円から10万円程度がボリュームゾーンで、業務量が多い時は20万~30万円になる方もいます。扶養に収まる範囲で働きたいという方も多いです。 Polarisでは人材派遣会社のように雇用契約は結ばず、業務委託で働くのも特徴です。子育て中は、子どもの急な発熱や幼稚園からの呼び出しなど、予測できないことが起きますよね。ですから、子育て期の働き手女性にとって突発的なことが発生するのは当たり前のこと、を前提に、より自由度が高い業務委託を選択しました。同時に、どんなに小さな業務でも必ず2人以上のチームで担当します。メンバーに突発的な出来事がおきても対応できる仕組みであり、それぞれの経験を持ち寄って共有していくための仕組みでもあります。

――なぜ、そうした柔軟な働き方が必要だと?

市川: Polarisを立ち上げる前に、子育て支援のNPO「子育て支援グループamigo」や「NPO 法人せたがや子育てネット」などに参画していた経験から、そう考えるようになりました。育休中にたまたま知り、パソコンが使えるから何か手伝いますよということで活動に関わっていく中で、自分たちが欲しいと思うもの、必要だと思うものを形にしていく経験をしました。NPOの活動のおかげで当事者意識が芽生え、“社会”というものを考えたり、“社会の中の私たち”という視点が持てるようになったりしたことが大きいです。

また、そのNPOで、「子育てはハンディじゃなくキャリア」という言葉に出会いました。
子育てによる離職を「キャリアロス」「ブランク」と労働市場はいうけれど、それはそうせざるを得ない働き方だからです。小さくてもやれること、続けられる仕組みがあれば、やりたい人は沢山いる。だから、そういう人たちが集まる場をつくろうと思いました。

さらに、「ブランク」「ロス」と言われる期間の意味も変えたいと思いました。私たちにとって子育て期は「ブランク」でも「ロス」でもない。日々生きていて、何かを得ている。子育ても女性のキャリアの1つとして見てもらえるようにしたい、いろんな働き方で社会に参加できる仕組みを作りたいと考え、それに専念するためにPolarisを立ち上げました。

程よい距離感が心地良く、創発をもたらす

―― “場”作りもPolarisの使命のひとつと考えているのですね。

市川: “場”は人です。色々な人に出会う中で、自分がどうしたいのかが見えてくることも多いですし、自分が持つ強みなども見えてきます。子育て支援のNPOの「場」に参加したことで、色々な人に出会い、それまでの自分の人生では考えられないような多様な経験をしました。自分一人の価値観のままではPolarisは生み出せなかったと思います。

また、物理的な場としても、多様な働き方を支える基盤として、地域の中にコミュニティスペースやワーキングスペースがあるとより働きやすいと考えました。まさに今回取材でお越しいただいたコワーキングスペース「co-ba CHOFU」も、リモートワークなどが出来るスペースですが、「コミュニティ」として捉えています。単に働く場だけでなく会員さん同士が知り合って、時にはお茶やランチに行くといったことも可能になればと、気軽に参加できるイベントなども行っています。「コミュニティマネージャー」が場を整え、会員同士や、会員と地域をつなぐ役割を果たしています。

ウイークタイズ(弱い絆)という言葉があるのですが、程よい距離感が1番居心地良くて、「創発」(既存の情報やものが組み合わさり新しいことを生みだすこと)も起きることは調査でも明らかになっています。私たちは、変に結びつきを強くしようとしすぎず、「仕事」をきっかけに人とつながる、知り合いが増えるといった距離感を大切にしています。そして、それを「シゴト軸のコミュニティ」と言っています。

――このほかにも多くの事業を手掛けていらっしゃいます。

市川: 2年ほど前から本格的に取り組み始めた「学び系事業」も柱のひとつです。Polarisが提案する、多様で柔軟性のある働き方をより広く認知してもらうため設けている学びや探究のためのラボです。「自由七科(じゆうしちか)」という、他人と共に自由に生きるための様々な知恵と出会う学びの場です。

今回、この連載「サステナブルバトン」のバトンを繋いでくださった、劇団バナナの草野七瀬さんもメンバーの一員です。5年ほど前、Polaris主催のイベントで引き合わせてもらったのがはじまりです。今草野さんは、自由七科のメンバーとして、対話の場づくりやイベントの企画などに関わってくれているんですよ。

コワーキングスペース「co-ba CHOFU」

――リスキリングも注目されていますし、学びの重要性は増していますね。市川さんご自身も、Polarisに籍を置きながら大学院で学ばれたとか。

市川: 大学院には、Polarisの社会的な意義を見つめ直す目的で入学しました。そこでいろんな考え方の人との議論を通じて、多くの気づきがありました。例えば、Polarisの事業の社会的意義などについて伝えたいのに、「旦那さんの稼ぎで主婦ができている、恵まれている人たち」「働き方を選べない人たちもいる。その人たちのことはどう思うのか?」と言われたり、本当に話したいところまで議論がたどり着かなかったりすることがよくありました。

Polarisの社会的意義の研究以前に、子育て期の女性たちの働く上での課題は、家庭の問題や個人のわがままでなく、日本における働き方の構造の問題であり、社会の問題であるということを伝えなければならないと痛感し、研究の方向を変えました。子育て期の女性に関して、働き方にまつわる人生の選択とその背景を、ライフストーリーインタビューという手法を用いて丁寧にひもときました。個人の選択には社会の圧力が関係しているということなど、個人と社会の関係性について研究しました。

いったんPolarisから離れたことで外から見つめ直し、それまで会社では出会えなかった方々と交流できたのは貴重な経験でした。私にとって大きな転機にもなりました。

――大学院入学のタイミングで、代表を交代されていますね。

市川: はい。もともと設立した時から、代表は3~5年で交代すると決めていました。起業からしばらくは実績もないため、先々で創業者である私が代表としてPolarisのビジョンを語り、それを信頼していただくほかありませんでした。ですが、少しずつ実績が積みあがるにつれ、取引先にビジョンやストーリーで信頼していただくフェーズから、実績と事例をベースに話を進める段階になりました。

すると、起業のビジョンに惹かれて賛同してくださる方々と、実績やデータを元に話を聞いてくださる人では属性が異なってきて、Polarisの次の成長のためには別の人が代表となり、私は創業者としてビジョンを語る役割を担った方がいいと思いました。そこで2年間大学院に通うという機会ももらいました。Polarisの意味や意義を探求できたのは本当によかったですね。

――ちなみに、“非営利型株式会社”というのは聞き慣れないのですが、一般的な株式会社とどう違うのですか。

市川: 非営利型株式会社というのはあくまで通称で、登記上は株式会社です。株式会社というと利益が出たら株主などに還元する仕組みが一般的ですが、Polarisでは利益は内部保留して再投資し、配当を制限しています。解散後には出資した分は払い戻しますが、余剰は寄付する仕組みになっており、非営利性を担保しています。

第1の目的が営利ではないと分かりやすく伝えるために非営利型という文字を掲げることで、社会問題に関心が高い人の目につきやすいのも利点で、そこから話に入りやすいなと感じますね。

選択出来る社会こそがサステナブル

――今後、Polarisではどのような展開図を描いていますか。

市川: Polarisという器を、もっといろんな人が使ってもらえたら嬉しいですね。周囲には、ご自身やお子さんの障がいや病気、ご家族の介護、子どもの不登校など、様々な理由で働くことをあきらめている人もいます。多様な仕事を請け負って、誰もが望めば参画できる、よりインクルーシブな働き方を実現していきたいです。

また、2020年度からは世田谷区の事業で、ミドルシニアを対象とした就労マッチング事業も行っています。多様な仕事を地域で連携して生み出すことで、仕事が町と人をつなぐきっかけになっていけばいいなと思っています。私の父は電気工事士として働いていましたが、少し前に怪我をして続けられなくなりました。そうした人も、地域で別の役割ができたら、たとえ月に数回でも自分の経験が生かせることで、元気になったり、やりがいを見つけられたりするんじゃないかなと。新しい観点でビジネスを考える人と連携しながら、なるべく沢山の働き方を創出していきたいです。

――では、最後に市川さんにとってサステナブルとは?

市川: 誰かと関係性を持ちながら、ずっと心地よく暮らし、働き続けられることと、選択肢を自分で選べることですね。大学に行ってないから、スキルがないから、女だからというような理由で諦めるのではなく、自分の本当の願いにフォーカスし、それに根差した選択ができることがサステナブルだと思います。

SDGs(持続可能な開発目標)が採択されたとき、「私たちがずっとやってきたことだね」って思いました(笑)。でも、SDGsという言葉が出現したことで、街づくりやジェンダーのことなど、ビジネスとして通りやすくなった側面があり、Polarisで働くメンバーも自分たちの業務が社会課題解決につながっていると理解しやすくなり、どこか誇らしい気持ちもがあるんです。自分たちで暮らしやキャリアを構築することを実感できる仕事をどれだけ作れるか、それが社会とどうつながっているのか。Polarisの持続可能性のためにも、多くの人がそんな循環のイメージを持って生きることができる社会にしていきたいですね。

●市川望美(いちかわ・のぞみ)さんプロフィール
1972年、東京都生まれ。出産を機にIT系企業を退職。利用者として通っていた子育て支援のNPO活動に参画。2011年に内閣府地域社会雇用創造事業ビジネスプランコンペで起業支援案件として採択され、地域における多様な働き方を支える基盤づくり事業を開始。2012年、非営利型株式会社Polarisを設立。2016年から立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科に進み2018年3月終了修了。2019年8月から社会デザイン研究所研究員となり、働き方と女性のライフストーリーについて、現場に根差した研究を継続中。

子ども向けバイリンガル劇団を主宰する草野七瀬さん。国籍も言語も越え自由で平和な表現空間を 光の演出で包み込む デザイナー迫田悠さんが手掛ける映像空間の魅力
20~30代の女性の多様な生き方、価値観を伝え、これからの生き方をともに考えるメディアを目指しています。
写真家。1982年東京生まれ。東京造形大学卒業後、新聞社などでのアシスタントを経て2009年よりフリーランス。 コマーシャルフォトグラファーとしての仕事のかたわら、都市を主題とした写真作品の制作を続けている。
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