古着物を「野良着」にアップサイクル 日常生活に採り入れ、魅力を発信 鈴木早織さん
●サステナブルバトン3-8
ワンコインでつなぐ古着物
――KMN projectの活動はいつごろから始めたのですか?
鈴木早織さん(以下、鈴木): 2年前の12月、着なくなった古着物を持つ人と着物のおしゃれを楽しみたい人を繋ぐ「ワンコイン着物市」を、初めて開きました。タンスの肥やしだった古い着物を、見に来た方が「かわいい」「素敵」と言って買っていかれるので、出品者の方もとても喜んでくださいました。きちんとマッチングすれば、双方が嬉しい気持ちになれると手ごたえを感じました。
――KMN projectでは、主にどのような活動をしていますか?
鈴木: 1つは、「キモノ交流会」を毎月最終日曜日にこの邸宅で行っています。大正期に実業家の別荘として建てられたこちらの邸宅がスペース貸しをするということで、アトリエ兼イベント場所としてお借りできることになりました。洋館と純和風建築を組み合わせた当時流行した建築方式で、広い和室を生かして単に古着物の売買だけでなく、お茶や着付けといった日本文化の体験会とセットで開催しています。「着物を着ていく場が増えて嬉しい」と喜んでいただいています。
もう1つは、先ほど挙げた「ワンコイン着物市」。シーズンごとに行っています。こちらは、着物に興味があるけれどなんとなく敷居が高いと感じている人に、手軽に手に取っていただく機会を作るのが目的です。また、地域の方などからご提供いただいた古着物をアップサイクルした「キモノラギ」の制作も手掛けています。受注生産のほか、10月には自分で作れるようになるワークショップも初めて開催しました。
――鈴木さんはもともと和裁や日本の伝統文化に親しんでいたのでしょうか。
鈴木: いいえ、全然。KMN projectをはじめるまで、ほとんどミシンを使ったこともありませんでした(笑)。ただ、父方の祖母はお茶やお花の師範で、母方の祖母は日常的に着物を着ていたので、小さいころから着物は身近でしたね。
2018年にここ、鵠沼に移住してから、かねてよりやってみたいと思っていた“おうち民泊”をはじめることにしました。「海外からわざわざ来てくださるお客様のために」との母からの提案で、滞在を楽しんでもらえるように祖母が残した着物を着ていただくサービスを始めました。そのころから、私自身も古着物を“ふだん着物”と称して、リメイクやアップサイクルしたり、洋服と組み合わせたりしながら日常的に着るようになりました。すると、見知らぬ方から「素敵ですね」とか「若い人が着物を来てくれると嬉しい」と声をかけていただくことが増えました。洋服ではそんなことってまずありませんよね。
それに、私が着ているのは祖母の着物なので、“身にまとえるお守り”のような感覚もあります。コロナ禍で民泊の仕事ができなくなり、自分のやりがいを発揮する場所が無くなったことで、「私がしたいことって何だろう」と改めて考え始めました。そして、古着物の魅力をたくさんの人に知っていただきたいと思うようになりました。
古着物でバイクにも
――“ふだん着物”とは、通常の和装とはどう違うのでしょうか?
鈴木: 自分の中で区別をしているわけでなく、着物を正統に着ることも好きですが、時にはルールに縛られ過ぎないほうが、着物を着る機会が増えるのかなと。イメージとしては、ラクなのにおしゃれも楽しめるワンピースのような存在に、古着物もなれたらいいなと思っています。私なんて、バイクに乗るときも着物です(笑)。裾をたくし上げ、その下にスカートはいたりする、そんな自由度の高い装いを参考にしてくださる方もいます。この2年で周囲に着物を着る人が少しずつ増えてきましたね。
――古着物をアップサイクルして作る「キモノラギ」も、日常で着られる着物として考案したのですか?
鈴木: はい。シェア畑などで農作業に携わることがちょこちょこあり、「もっと活動的な、ワークスタイルの着物があると便利だな」と思ったのがきかっけです。古着物をつなぎ風にして袖も邪魔にならない、着物×野良着でキモノラギを作りました。私自身はこれまでファッション関連の仕事に従いたことがなく、デザインを型紙に起こしたりできないので手探りで作っていった感じです。
おかげさまで好評をいただき、現在は出来上がりをお待ちいただく状態です。自分だけではとても手が回らないので、SNSで呼びかけた縫い子さんたちに少額ですが対価をお支払いして縫っていただいています。
――古着物を生かすアイデアが次々にわいてくるのですね。
鈴木: 現在、私の手元には譲っていただいた古着物が100着以上ありますが、1つとして同じ柄がありません。今の大量生産の世の中を考えるとすごいですよね。着物は発想次第で素晴らしい宝になるのに、それがうまく繋げられていないのがもどかしくて。アイデアは浮かぶのですが、作業や技術が追いついていないのが目下の悩みです。ワークショップやイベントへの出店、この春に通い始めたヘアメイクの学校など、目の前のことに日々追われています。
――ヘアメイク学校にも?
鈴木: 実は、将来的に七五三や成人式といった着物にまつわるイベントのトータルプロデュースをやりたいと思っていて、着物に合うヘアメイクを学びに週1回通っています。生涯生かせる技術を身に着けたいという思いもありますね。今年はいろんな意味で学びの年だと割り切って、収支は来年以降釣り合うようにしていきたいです。
――ご苦労もあるなかで、精力的に活動を続けられるモチベーションの源はなんでしょう?
鈴木: 大変なことを挙げればきりがありませんが、いろんな方とつながれることが嬉しくて。私の住む地区の町会長さんから、タンス丸ごと着物を譲っていただいたときは、お宅におじゃまして一緒に古着物の整理をしたんです。すると、タンスの底から戦前の新聞が出てきて驚きました。知らぬ間に歴史を引き継いでいるんだなとしみじみしましたね。
このアトリエをお借りすることができたのも、地元の人に使って受け継いでもらいたいという館のオーナーの想いや、古きよきものを守りたいという私の気持ちが重なって、管理を任せていただけたのかなと。キモノラギを縫っていただいている方からは、「縫っていることが楽しい」「この仕事を与えてくれてありがとう」と思いもよらない言葉をいただくことも。湘南エリアの地域性かもしれませんが、すてきな関係性がどんどん広がっていくんです。この「サステナブルバトン」の連載をつないでくださった瀬能笛里子さんも、そうして出会えたひとり。多くを語り合ったわけではありませんが、通じ合える何かがあると感じています。そうやって点と点が繋がり、線となるのが実感できるから、前を向けるんだと思います。
野外フェスでも使える着物ポンチョを作りたい
――今後、KMN projectをどう展開させていきたいですか?
鈴木: まずはKMN projectと仲間のご縁から、2023年1月にドイツ・ミュンヘンで、制作したアップサイクルのキモノ作品を展示していただけることになりました。海外でも古着物の循環やアップサイクルの実例を発信できるのはとても嬉しいですし、これを機に国内外に広めていけたらなと思っています。
ほかには、「2年後のフジロックフェスティバルに出店する!」を目標に掲げています。この夏、はじめて音楽フェスに出店したとき、「フェスの時期は雨も多いから、レインポンチョのような着物があったらいいな」とひらめいて。洋服でも和装でも、雨の日に着られるアウターを作りたいと思いました。名付けて「フェス着物」(笑)。素材は古着物ではなく、難燃性や撥水加工などの機能性を重視し、形を着物の羽織のようにできればなと思案中です。人がたくさん集まるフェスで、キャッチ―なオリジナル商品を入り口に、1人でも多くの方に着物に興味を持ってもらいたいです。
――こうした古着物に新たに命を吹き込むKMN projectは、まさにサステナブルですが、鈴木さんが考えるサステナブルとは?
鈴木: そうですね…。多分、サステナブルなことをしているように見えると思いますが、私自身はそう感じてはいないんですよね。サステナブルって自分のできる小さなことから…みたいな印象があって。確かにそうですが、自分だけじゃなく仲間と一緒に続けることが、サステナブルにとって大事なのかなと。
私はここ鵠沼で、瀬能笛里子さんをはじめ、たくさんのいい仲間に巡り合えました。同じような価値観を持つ人たちと知恵を出しながら、楽しみながら活動を続けた先に、古着物の循環がいつしかムーブメントになり、カルチャーになっていったらいいですね。そうすることで着物の価値も見直され、それらを支える着物業界や職人さんたちの地位も向上していったら、すごく素敵なことだなって思うんです。
●鈴木早織(すずき・さおり)さんプロフィール:
1989年3月14日、東京都生まれ。2018年、神奈川県藤沢市の鵠沼に移住したのち、憧れだった「おうち民泊」を始める。海外からの宿泊客に祖母の古着物を着て楽しんもらううち、KMN projectを思い立つ。2年前、現在のアトリエ兼住居に移転し、「ワンコイン着物市」や、「着物交流会」を定期的に開催。地域のゴミを集めて着物に仕立てたアート作品なども手がけ、アップサイクルのファッションショーなどにも出展。
- ■サステナブルバトン3
#01「”賞味期限”から解放されよう」食品ロス問題ジャーナリスト井出留美さん
#02 アフリカのバナナペーパーで環境と貧困対策を実践 エクベリ聡子さん
#03「AFRIKA ROSE」萩生田愛さん ケニアのバラが紡ぐフェアトレードの絆
#04 「10着のうち1着はサステイナブルに」。スローファッションを提案する「Enter the E」植月友美さん
#05ソーシャルオーディター・青沼愛さん 「ラナ・プラザの悲劇」を繰り返さないために
#06 350年続く老舗酒蔵に生まれ、酒の飲めない寺田聡美さん 酒粕で発酵食品作り
#07 てぬぐいカフェから盆踊りまで 瀬能笛里子さんが鎌倉で実践する”和の豊かな暮らし”
- ■サステナブルバトン2
#01留学で気づいた「ファッションを通した社会貢献」。徳島県上勝町でゼロ・ウェイストに取り組む、大塚桃奈さんの新たな挑戦とは
#02「“エシカル”という言葉を使うことで、抜け落ちてしまう何かがある」コミュニティ・コーディネーター松丸里歩さんが考えるエシカルのかたち
#03「サトウキビストローを販売するだけでなく、回収し堆肥化までが本質」4Nature代表・平間亮太さんが取り組む、人と人とのエシカルなつながり
#04「エシカルを押し出すのではなく、コーヒーショップとしてできることを考えたい」オニバスコーヒー坂尾篤史さんが考える、エシカルの本質
#05 旅する料理人・三上奈緒さん「旅する理由は自然の中に。答えは自然が教えてくれる」
#06「自然はとても複雑で答えはひとつではない」アーティスト勅使河原香苗さんが自然から学んだこと
#07「サーキュラエコノミーとは心地よさ」fog代表・大山貴子さんが考える、循環型社会とは
#08「関わるものに、誠実に素直に対応できているか」株式会社起点代表・酒井悠太さんが福島県でオーガニックコットンを栽培する理由
#09 英国発のコスメティクス「LUSH」バイヤー・黒澤千絵実さんが魅了された「美しい原材料」の考え方
#10「心地よい空間は、他者を思いやることから」。ダウン症の人の感性を発信し、居場所作りを進める佐藤よし子さん
#11森を豊かに、自分も心地よく。森林ディレクター奥田 悠史さんが描く森の未来図
#12 ハチドリ電力の小野悠希さん「一人が出来ることは決して小さくない」地球温暖化を止めるため「最も大きなこと」に挑戦
- ■サステナブルバトン1
#01 「消えゆく氷河を前に、未来のために今日の私にできることを考えた」エシカル協会代表・末吉里花さん
#02 「ファストファッションは悪者? そうじゃないと知って、見える世界が広がった」エシカルファッションプランナー・鎌田安里紗さん
#03 「薬剤やシャンプーはすべて自然由来。体を壊して気づいた、自然体な生き方」ヴィーガンビューティーサロン美容師・中島潮里さん
#04「“地球に優しい”は、自分に優しいということ」エシカルコーディネーター・エバンズ亜莉沙さん
#05「花屋で捨てられていく花たちを、どうにかして救いたかった」フラワーサイクリスト・河島春佳さん
#06「花の命を着る下着。素肌で感じるサステナブルの新しいかたち」草木染めランジェリーデザイナー小森優美さん
#07「家庭科で学ぶエシカル。サステナブルな未来は“やってみる”から始まる」高校教諭・葭内ありささん
#08「ふぞろい野菜、瓶に詰めたらごちそうに。自然とつながる“おいしい”の作り方」ファームキャニング代表・西村千恵さん
#09「世界を9周して気づいた、子どもを育てる地域コミュニティーの大切さ」一般社団法人「そっか」共同代表・小野寺愛さん
#10「エシカルとは“つながっていること”。人生の先輩たちの生活の知恵を残していきたい」一般社団法人はっぷ代表・大橋マキさん
#11「庭で見つけた“発見”を作品に」変化し続けるアーティストasatte羽田麻子さん
#12「自分で自分を幸せにしてほしい」TOKOさんが考えるヨガとエシカルの関係
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第62回てぬぐいカフェから盆踊りまで 瀬能笛里子さんが鎌倉で実践する”和の豊かな
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第64回古着物を「野良着」にアップサイクル 日常生活に採り入れ、魅力を発信 鈴木
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第65回可愛いのに、本気でサステナブル。「O0u」という新たな選択
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第66回ハンドメイドマルシェで、女性たちと地域の輪をつなぐ齋藤直美さん