350年続く老舗酒蔵に生まれ、酒の飲めない寺田聡美さん 酒粕で発酵食品作り
●サステナブルバトン3-6
自分らしい方法で酒造りを応援
――酒粕料理研究家として活動するようになったのはいつ頃からですか?
寺田聡美さん(以下、寺田): もともと食べることが好きで、20代前半は都内のビーガン料理店で働いていました。地域の安心安全な食材を使っていたので、生産者さんのもとを訪ねることもあり、ものづくりに興味が湧いてきました。やがて「酒造りをやってみたい」と思うようになりました。これが23歳のときです。
――酒造りを志したのに、なぜ酒粕料理の研究をすることに?
寺田: 「研究しよう!」と意気込んだというより、流れでそうなった感じですね。実は私、酒蔵の娘なのに、お酒が全然飲めなくて(笑)。酒造りの職人さんたちは出来上がる酒を楽しみに、早起きしたり、重いものでもがんばって運んだりするようなところがあるのですが、私にはそうした原動力がない。別の方法で、酒造りを応援したいと考えるようになりました。
ちょうどそのころ、栄養価が高いのに売れずに廃棄されていた酒粕が気になっていたので、レシピ本をまねて酒粕の天ぷらに挑戦したんです。ですが、酒粕そのままの味で私の口にはいまいち。ただ、はじっこをかじったらチーズみたいな味がしておいしかった。酒粕もチーズも乳酸発酵なので、油と塩が加わって似た味になったのかなと思い、小麦粉と塩を混ぜ合わせて「酒粕クラッカー」を焼いたんです。子供たちもおいしいと食べてくれ、「これならいける」と手ごたえを感じました。
――酒蔵に生まれながら、お酒が飲めないことへの葛藤はありませんでしたか?
寺田: 父も下戸で、それをネタによく笑い話にしていました。ただ、笑い飛ばせるようになる前は、「大変なところへ婿に来てしまった」と悩んでいたそうです。それが影響したのか、私が幼いころに体調を崩して…。そこから、無農薬米での酒造りに舵を切り、百薬の長と呼ばれていた本来の酒造りに還りました。35年前に少しずつ始め、よい生産者さんに恵まれ、2010年以降は全て無農薬米でお酒を造れるようになりました。
発酵食と地元産食材のカフェ
――近年の発酵食ブームをどう受け止めていますか?
寺田: 5年前に「カフェうふふ」をオープンし、小さいお子さんがいる親御さんや、アレルギーのある人など、もともと食への関心が高い方には以前からよく利用していただいていました。加えてここ最近は、コロナウイルス感染症の影響もあり健康への意識がより強まり、腸内環境を整えることへの意識も高まっていると感じますね。また、発酵食+ベジタリアン料理を提供しているので、肉食による環境への負荷を減らしたいという人がわざわざ足を運んでくださることもあります。
――メニューを考えるにあたって工夫していることは?
寺田: 酒粕や甘酒が身体に良いと分かっていても、私のようにアルコールの風味が苦手な人もいます。そういう方やお子さんも、美味しく食べていただける料理を提案したいなと考えています。長期発酵甘酒「うふふのモト」は、ノンアルコールで甘酒くささもほとんど感じません。季節のフルーツを漬け込んだシロップと炭酸水で割ってドリンクとして飲んだり、練りごまとお酢や醤油などと合わせればドレッシングになったりするので、皆さんに喜んでいただいています。
――地元産の食材にもこだわっていますね。
寺田: 和のイメージが強い酒粕や麹を多彩に楽しんでいただけるよう、周辺で採れる季節の野菜と合わせたメニューをお出ししています。夏なら、きゅうりと「うふふのモト」でオイキムチを作ったり、ゴーヤと近所のお豆腐屋さんが作る豆腐でゴーヤチャンプルーにしたり。秋は、梨とカボチャを塩麹で和えたサラダなど季節の野菜と合わせてみたり。
昔の酒蔵は、農家さんだけでなく近所の桶屋や麹屋など、さまざまな地域産業を下支えしていたんです。このカフェでも、地元の産物を積極的に使い地域で頑張る生産者さんを応援したいと考えています。
――地域経済を循環させる「サーキュラーエコノミー」のハブ的な役割ですね。
寺田: そうかもしれません。寺田本家の古い地図には、敷地内に郵便局や桶屋が描かれていて、昔は1つのコミュニティのようだったのだと思うんです。そうした酒蔵が本来担ってきた役割を、取り戻していけるように頑張っているところです。
そうそう、酒蔵のすぐ裏手に神崎神社という鎮守の森があるのですが、ある方から「酒蔵でちょうどよく水を使い続けてきたから、森も保たれている」と言われてハッとしました。水の循環や自然な米作りによる生き物の多様性の保護など、地域の生態系を守る役割も引き継いでいきたいですね。子供が生まれてからは、その気持ちがより強くなりました。
発酵も町もゆっくり育つ
――地域を守り、活性化させるために、様々な活動を展開しています。
寺田: 20年ほど前から田植えや稲刈りなどの農業体験イベントを行っています。今回、この連載「サステナブルバトン」をつないでくれた青沼愛さんも、イベントに参加してくれたひとり。以来、コロナ禍で始めたオンラインイベントをはじめ、ボランティアでいろいろと手伝ってもらっています。大変なときに助けてくれる、心優しい仲間ですね。
また、15年ほど前から夫で24代当主の優と毎週金曜の夕方に小さな市を立てています。はじめは数人でしたが、今ではたくさんのメンバーが支えて下さるようになりました。
――頼もしい仲間が増えているのですね。
寺田: はい。いまは情報が氾濫していて、真贋を見抜くのが難しい時代ですよね。でも、私たちの仲間は手間や時間を惜しまず、本物を作るということはなにかを分かっている人たちだなと感じます。発酵もどこか似ているんですよね。たとえば、ブームになった塩麹は1週間ほどで作れると言われていますが、うちでは冷暗所で半年近く寝かせます。するとタイ料理の調味料ナンプラーのような豊かな風味が生まれます。
発酵食品のような時間をかけた豊かで丁寧なものづくりや、地域のつながりに惹かれてこの町に移住する人たちも増えてきました。今後は、そうした強い想いを持つ人たちや面白いアイデアがひらめいている人たちを応援していきたいと思っています。
――私たちが日常生活に発酵食品をうまく取り入れるコツを教えていただけますか?
寺田: 生きものを扱っているという気持ちが大事かなと。子育てや植物を育てたりするときは、待つ時間も楽しかったりしますよね。近年、幼稚園などで味噌作り体験を盛んに行うのも、「時間がかかることだけど、楽しくておいしいんだよ」ということが実感しやすいからだと思うんです。
もし発酵が進んで腐敗したとしても、それは自然としてあるべき姿。プラスチックは、循環の中に存在しないから育つことも腐ることもない。それよりはずっと命を感じられるし、人本来の感覚も取り戻せるような気がします。
――では最後に、寺田さんにとってサステナブルとは?
寺田: なるべく心地よく、なるべく楽しく。父も「楽しさは大事だ」とよく言っていました。無理をし過ぎたりストレスがあったりすると続かないですし、きちんと循環させるには時間が必要だと思うんです。
発酵も強いエネルギーが加わると急速に進む一方で、そうした発酵は長続きしません。逆に、緩やかに長く熟成すると美味しくなります。いま、この町では、ゆっくりだけど町をよくしたいという気持ちがいい感じに熟成してきているなと感じますし、そのゆっくり感が気持ちいいんです。ゆるやかな「発酵」を作ってくれている人たちとともに、少しずつでもいい方向に進んでいきたいですね。
●寺田聡美(てらだ・さとみ)さんのプロフィール:
酒粕料理研究家。千葉県香取郡で江戸時代初期・延宝年間(1673~81年)創業の造り酒屋・寺田本家に生まれる。都内でビーガン料理を学んだあと、実家で酒造りを手伝うかたわら、廃棄される酒粕を生かした料理を酒蔵見学の客などにふるまい好評を博す。現在は夫で24代目当主寺田優とともに蔵を守りながら「発酵暮らし研究所&カフェうふふ」で、考案したレシピを提供するほか、不定期で料理教室なども実施している。近著は「寺田本家発酵カフェの甘酒・酒粕・麹のやさしいおやつ 」
- ■サステナブルバトン3
#01「”賞味期限”から解放されよう」食品ロス問題ジャーナリスト井出留美さん
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#05ソーシャルオーディター・青沼愛さん 「ラナ・プラザの悲劇」を繰り返さないために
- ■サステナブルバトン2
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#03「サトウキビストローを販売するだけでなく、回収し堆肥化までが本質」4Nature代表・平間亮太さんが取り組む、人と人とのエシカルなつながり
#04「エシカルを押し出すのではなく、コーヒーショップとしてできることを考えたい」オニバスコーヒー坂尾篤史さんが考える、エシカルの本質
#05 旅する料理人・三上奈緒さん「旅する理由は自然の中に。答えは自然が教えてくれる」
#06「自然はとても複雑で答えはひとつではない」アーティスト勅使河原香苗さんが自然から学んだこと
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#08「関わるものに、誠実に素直に対応できているか」株式会社起点代表・酒井悠太さんが福島県でオーガニックコットンを栽培する理由
#09 英国発のコスメティクス「LUSH」バイヤー・黒澤千絵実さんが魅了された「美しい原材料」の考え方
#10「心地よい空間は、他者を思いやることから」。ダウン症の人の感性を発信し、居場所作りを進める佐藤よし子さん
#11森を豊かに、自分も心地よく。森林ディレクター奥田 悠史さんが描く森の未来図
#12 ハチドリ電力の小野悠希さん「一人が出来ることは決して小さくない」地球温暖化を止めるため「最も大きなこと」に挑戦
- ■サステナブルバトン1
#01 「消えゆく氷河を前に、未来のために今日の私にできることを考えた」エシカル協会代表・末吉里花さん
#02 「ファストファッションは悪者? そうじゃないと知って、見える世界が広がった」エシカルファッションプランナー・鎌田安里紗さん
#03 「薬剤やシャンプーはすべて自然由来。体を壊して気づいた、自然体な生き方」ヴィーガンビューティーサロン美容師・中島潮里さん
#04「“地球に優しい”は、自分に優しいということ」エシカルコーディネーター・エバンズ亜莉沙さん
#05「花屋で捨てられていく花たちを、どうにかして救いたかった」フラワーサイクリスト・河島春佳さん
#06「花の命を着る下着。素肌で感じるサステナブルの新しいかたち」草木染めランジェリーデザイナー小森優美さん
#07「家庭科で学ぶエシカル。サステナブルな未来は“やってみる”から始まる」高校教諭・葭内ありささん
#08「ふぞろい野菜、瓶に詰めたらごちそうに。自然とつながる“おいしい”の作り方」ファームキャニング代表・西村千恵さん
#09「世界を9周して気づいた、子どもを育てる地域コミュニティーの大切さ」一般社団法人「そっか」共同代表・小野寺愛さん
#10「エシカルとは“つながっていること”。人生の先輩たちの生活の知恵を残していきたい」一般社団法人はっぷ代表・大橋マキさん
#11「庭で見つけた“発見”を作品に」変化し続けるアーティストasatte羽田麻子さん
#12「自分で自分を幸せにしてほしい」TOKOさんが考えるヨガとエシカルの関係
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第58回ソーシャルオーディター・青沼愛さん 「ラナ・プラザの悲劇」を繰り返さない
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第61回ユニークな手洗い機が水問題解決の糸口に。「WOTA」が目指す豊かな社会と
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