スプツニ子!流“育児と仕事の両立” 育休取らず、深夜は2部制 「思い込み」から自らを解放しよう!

アーティストで東京芸術大などで教鞭も執るスプツニ子!さんは昨年、36歳で第一子を出産しました。ジェンダーなど社会課題について作品を通じて問題提起してきた彼女は、どのように仕事と子育てを両立させているのでしょうか? 妊娠・出産と仕事のタイミングに悩む30代女性に向け、生き方のヒントをtelling,の柏木友紀編集長が聞きました。
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――昨年、36歳で第一子を出産されました。育児と仕事はどのように両立されていますか?

スプツニ子!: うちは分担が本当にフェアです。パートナーはとても理解があり、育休を1カ月間取りました。一方、実は私は、育休はとってないんです。ちょうど女性の体の問題と企業のD&Iを支援するスタートアップ・クレードルの設立準備をしていたころ。ラッキーなことに元気だったので、出産後まもなくは、夫が子どもの面倒を見ている間に、リモートで打ち合わせや営業をしていました。

私自身が母乳でなくミルクで育ち、こだわりも無かったので、子どもへはミルク。おかげで子どもも父母それぞれにイーブンに懐いています。彼も私も仕事は忙しいけれど、夜に赤ちゃんをみる時は交代で2部制にしています。夜一晩中1人で見ると寝られないので私が朝3時までで、彼が朝3時からという風に分けています。もちろん家事も分担しています。それでも毎日大変なので、世の中の夫と家事・育児分担ができてない女性たちの苦労たるや……。

マミートラック問題と向き合う

――イーブンな子育てに、憧れる人も多いと思います。一般的に共働きの場合、育児のために女性側が時短勤務を取ったり、キャリアを諦めたりしてしまう傾向があります。

スプツニ子!: 実は私も、それに近い問題に直面しました。私は妊娠したことを、周りにいるほとんどの仕事関係の人に言わなかったんです。フリーランスの女性の友達も言わない人が多い。その理由は仕事が来なくなっちゃうから。だから私も本当にギリギリまでずっと隠し、生まれた少し後に、実は生まれていましたと明かしました。すると、「おめでとう」って言われた後に、「これから仕事はほどほどにね」という感じの余計な一言が付いて来ることがあります。同世代の仕事関係者からも結構言われて、びっくりしちゃって。「勝手に私を引退させないで」と。ちょうどスタートアップのクレードルから新しいサービスを出す時で、しかも2カ月後には新作のアートを香港で出す予定だった。「私は絶対にやるし、できる」って、全部プランニングしていたのに。出産を機に色々な人から「仕事を辞めろ、辞めろ」って言われてるみたいで……。

とはいえ、かなりベビーシッターさんの力を借りました。「仕事をすぐに再開して、すごいねっ」て言われたけれど、正直、私にとっては仕事の方が楽なんです、育児より(笑)。もちろん夜に子どもは見るけど、日中は仕事で気分転換する感じ。逆に産後すぐに一日中育児をしてる方の大変さは痛感しました。

――一般的に女性自身にも、「子育ては母である自分がやらなきゃ」とか、「自分が勤務時間を制限しなきゃ」という思い込みもあるようですね。男性側が制限勤務をする、などの発想も持ちにくい社会環境です。

スプツニ子!: そうそう。あと、私とパートナーは同じくらい育児を頑張っていますが、なぜか彼の方だけがイクメンと褒められるのも気になります。同じだけ育児に時間を使っているのに私が「育児をしていない女性」みたいに捉えられ、彼は大絶賛される。忙しい2人がそれぞれ同じぐらい育児してるんだから、私も褒めてほしいと思いますけど、なぜか彼だけが「イクメン」と褒められるんですよね!?(笑)

私が小さい頃、イギリス人の母は大学教授で「本当に仕事との両立は大変」と言われて育ちました。「ベビーシッターさんを雇えるくらいお金を稼ぐまで、絶対結婚してはダメっ」とも言われていて。

日本社会は欧米より「良き母とは?」というのが根強くあると思う。私が比較検討すると、日本の良き母のレベルは相当に高い。日本のスタンダードしか知らないとそれが分からず、母として当然と思って頑張ってしまうのかもしれない。例えば離乳食やお弁当を手作りする、母乳にこだわりすぎる等といった点ですね。日本は液体ミルクもつい最近まで売っていなかったし、今でも災害時の非常用といった扱いで値段も高い。でも、ヨーロッパでは昔からスーパーで売っていて、値段も安い。それに日本ではまだまだベビーシッターや家事代行を頼むのにも抵抗がありますよね。

私は大学で働いている母を「かっこいいお母さんだなー」って思っていたのですが、たまにクラスメイトの家に遊びに行くと、友達のお母さんが専業主婦で変な嫌味を言われる時が、あったんですよ。「あなたのお母さんは、こんなご飯作ってくれないでしょ?」と言いながら食事を出してきたり。私は全面的に母の応援団だったから、「何故こんな嫌味を言うんだろう?うちのお母さんは大学で研究しててかっこいいんだから!」みたいな気持ちでいました。

確かに忙しいから、ご飯は買ったお惣菜とかフライドチキンみたいな感じだったけど、とにかくお母さんはバリバリでかっこいい! だから、フライドチキンを頬張りながら、お母さんの研究は応援しなきゃと思っていました。もし母が「ごめんなさい」みたいに私に接していたら、「自分はかわいそうなのかな?」って思ったかもしれないですが、でも母は「かっこいいでしょう、私?応援しなさい!」って感じで。それが良かったですね。今では母が私の応援団になってくれて、母ととても仲良しです。

「構造的な差別」と、アンコンシャス・バイアス

――お母様は子育てと仕事の両立、大成功ですね! こうした「母はこうあるべし」というアンコンシャス・バイアスは実際には、まだまだ根強いですね。

スプツニ子!: セミナーなどで、私はよく構造的な差別の話をします。日本のD&Iにとって、構造的な差別とアンコンシャス・バイアスへの理解が一番足りておらず、克服するべきです。今の時代、「女性を差別しよう」と思っている人は、ほとんどいないと思うんです。でも、社会の構造によって、無意識に、かつ見えづらいのだけれども、特定の性別にとって不利な状況が生まれやすくなっていることに気づかなきゃいけない。

例えば「男性、女性なんて関係ない、能力がある人がやればいい、ジェンダーレスの時代だから、女性活躍なんて逆差別だ」という言説。一見正しいことを言ってるように聞こえるけれども、本当に社会全体がフェアならいいですが、日本というのは、たった3年半前まで医大・医学部が組織的に女性受験者を減点していた社会ですからね。つまり、そんな状況にも関わらず「性別なんて関係ない」というのは、いま実際にある社会の偏りや構造的差別を無視している非常に残酷な発言なんですよ。

アンコンシャス・バイアスも根強く残っています。例えば地方の女子高生は東京の大学への進学を反対されるとか、医大・医学部への進学を反対されるとか。女の子はおしとやかに、男の子は元気になどという親の教育方針や、結婚した後に家事育児は女性がやるもの、という感覚。男性だけでなく女性本人もだし、両親も親戚も持っている。

家事・育児の男女の負担の時間が、日本は女性が男性の約5倍だとか、会社の昇進、賃金格差があるなど社会構造が偏りだらけなので、「男も女も関係ない、女性活躍なんて逆差別だよ」という発言がいかにズレているか認識を持たなきゃいけない。社会構造に偏りがあるままの「平等」は「公平」ではないんです。でも、女性自身も気づいていなかったりするんですよね。「女性活躍って、私を優遇してるみたいで嫌だわ」っていう人もいる。

――最近も、映画監督によるセクハラ案件や、飲食チェーン店幹部による女性蔑視発言など、女性を下に見る意識がいまだに社会にはびこっています。

スプツニ子!: ああいう言説が出てくるところが本当にまだまだ。しかもメジャーなカルチャーなんだと思って話していることが驚きです。ハリウッド映画などを見ても、つい数年前の映画でも信じられないような差別的なセリフが出てきたり、日本のアニメでも、女性が行き遅れるからとか、家事育児は女がするものとか、ステレオタイプやバイアス的なセリフが当たり前のように散りばめられたりしていて、モヤモヤすることがあります。。

逆に、女性で活躍してる人や目立つ人に対して、攻撃をするという現象がインターネットを中心にままあります。これは企業組織でも同じだと思います。しばしば紹介されるコロンビア大学のビジネススクールで実施された「ハイディ・ハワード実験」では、ハイディ・ローゼンという実際にとても成功した女性起業家のプロフィールを、名前を「ハイディ(女性)」と読む群と、「ハワード(男性)」と変えて読む群に分けて学生たちに知らせます。するとハワード、つまり男性としたものには学生から好感が抱かれ「一緒に働きたい!」っていう評価になる一方、女性のハイディの方は「能力はあるけど、なにか傲慢で出しゃばりな感じがする」、「一緒に働きたくない」というような反応になってしまう。ビジネスの世界でも、目立つ女性に対しては攻撃をしたいとか、陰口を言いたい、みたいなエネルギーが働きやすいんだろうなと思います。

社会は変わり始めたけれど……

――構造的差別や、無意識の思い込みを無くすためのアイデアはありますか?

スプツニ子!: ここ3年くらいで日本社会も変わり始めていると思います。ピルとか生理といった女性の身体に関する話がすごく表立ってされるようになりました。貢献したのは、telling,みたいな女性の問題を掘り下げるウェブメディアかと。これまでメディアはやはり男性中心で、メジャーではないトピックは扱いづらかったのだと思います。表立って社会では語られていないけれど、女性にとっては日々の重要なトピックが、タブー視されて隠されてきました。

もう一つは、ソーシャルメディアの特性と、女性の隠されたニーズが合致したのかなと思います。今は生理とかフェムテックといった話が、盛り上がるようになっていますしね。
あとは学校などでの性教育を充実させてほしいと思いますね。男性も女性も生理の知識が不足していますし、男子の変化についての知識を女性もあんまり持ってない。それに妊娠や体全般、更年期もわからないっていう人が、多すぎますよね。学校の性教育では男女お互いのことをちゃんと理解し合える授業が、もっとあればなぁと思います。

80%の自信でも、「出来る」と答える

――最後に体の問題や、家庭とキャリアの築き方に悩んでる女性たちへ、メッセージをお願いします。

スプツニ子!: 女性たちは自分に自信を持つということがすごく大事だと思います。力はあるのに、自信がないことで損をしている女性をたくさん見てきました。もちろん社会の暗示とか、ロールモデルの不在とか、自信がなくなっちゃう理由は、大いにあると思うんですよ。

それでも「これできる?」と頼んだ時、120%の自信がないと「できる」と言わない女性が多いのはもったいない。自信が80%でも「できます!」と答えると、成長のきっかけになる。自信を持つことって無料だし、実際にパフォーマンスも上がる。そこは意識してほしいな。

私がMIT(マサチューセッツ工科大)にいた時に先輩の女性教授に言われたのが、女性と男性が同じくらいの能力を持っていても、女性の方が自信がなくて、新規ポストに応募しないということ。だから、その女性教授からは「無理かもって思うことがあったら、思い出してほしい。あえて自分に自信を1.5倍か2倍ぐらい上積みしてあげると、女性はちょうどいいから」って言われました。これ、オススメしたいです。

夫の週1「保育園お迎え」が妻のキャリアに影響 働く子持ち女性「夫のキャリア優先」過半数に 生理の不調、卵子凍結に悩んだスプツニ子!さん 女性の健康問題解決へスタートアップ

●スプツニ子!さんのプロフィール

Cradle 代表取締役社長。本名・マリ尾崎。東京生まれ。06年、ロンドン大インペリアル・カレッジの数学科と情報工学科を卒業、英国王立芸術学院入学、卒業制作で「生理マシーン、タカシの場合」などを制作。MIT(マサチューセッツ工科大)メディアラボ助教授、東大大学院特任准教授を経て、現在、東京藝術大学美術学部デザイン科准教授。2017年より世界経済フォーラム「ヤング・グローバル・リーダー」選出。第11回「ロレアル‐ユネスコ女性科学者 日本特別賞」など、受賞多数。

株式会社Cradle(クレードル)

所在地:東京都渋谷区神南一丁目11番3号 PORTALPOINT SHIBUYA FD-11
事業内容:企業でのダイバーシティ&インクルージョン推進をサポートする法人向けサービス
代表者:マリ尾崎 (スプツニ子!)
設立:2019年12月
資本金:8500万円

telling,編集長。朝日新聞社会部、文化部、AERAなどで記者として教育や文化、メディア、ファッションなどを幅広く取材/執筆。教育媒体「朝日新聞EduA」の創刊編集長などを経て現職。TBS「news23」のゲストコメンテーターも務める。
写真家。1982年東京生まれ。東京造形大学卒業後、新聞社などでのアシスタントを経て2009年よりフリーランス。 コマーシャルフォトグラファーとしての仕事のかたわら、都市を主題とした写真作品の制作を続けている。
育児も、仕事も、My Style