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卵子凍結は「いつか必ず産みたい」人の切り札になるか?

6、7年前から「卵子の老化」が、メディアで報じられるようになりました。夫婦のどちらにも疾患がないのに妊娠できないというケースは、卵子の老化が原因だとか。アラフォーで初めて出産する芸能人のニュースなどを見て、「まだ大丈夫」と思っている人は多いはず。見た目は若くても、卵子は年をとっているなんて……。こうしたことは、これまで誰も教えてくれませんでした。だからあわてて卵子を凍結保存する人もいます。年をとることと卵子の間には、どんな問題があるのでしょうか? 女性の健康と生き方を応援する活動を続ける産婦人科医の種部恭子先生に聞きました。

卵子が減るスピードは37.5歳以降、2倍に加速する

 女性は生まれる前にたくさんの卵子をつくってから、生まれてきます。あとから卵子をつくることはできません。女性は、月に1つ排出される卵子を待ち受けるために、月経で子宮内環境をリセットして準備をします。だから、卵子が1個でもある限り、月経は続くのです。卵子が底を尽く50歳ぐらいまでは間隔があいても月経は起こるため、「月経がある限り妊娠できる」と考えている女性は多いかもしれません。

 年齢を重ねると卵子が少なくなることは、かなりの方が知っていると思います。月に1個ずつ減るのではなく、卵子は月に約1000個ずつ減っています。女性の身体は、毎月1000個のうちの1つ、最も状態のよい卵子のみを排出し、残りの999個は消滅・吸収しています。そして、卵子が減るスピードは37.5歳以降、2倍に加速することが分かっています。卵子の絶対数が少なくなると、状態のよい卵子が得られにくくなるため、妊娠も起こりにくくなります。

生まれたときに700万個あった卵子は45歳で200個に

 生まれたときに700万個あった卵子は、20歳までに12万個、30歳で5万個と減り続け、40歳では5000個になってしまいます。45歳ではたった200個しかありません。 

  子どもを持つか持たないかは、個人の自由。妊娠・出産の有無で人の評価や存在意義が変わるものではない。でも、生きることそのものが科学です。「自分で自分の人生を選んで生きる」ために、科学の知識は必要です。「もっと早く教えてほしかった」と思う人も少なくないのではないでしょうか。保健体育では二次性徴ぐらいは学んでも、産むこと、老いることは教えてくれません。

  一方、男性は生涯、精子をつくることができます。しかし、卵子と同じように加齢に伴う影響はあり、35歳前後から、精子の質や量に加齢による変化が表れます。精子の減少は34歳から、運動率の低下は43歳ごろから。さらに、55歳を過ぎるとY染色体を持つ精子が減ります。卵子と精子の質・量が低下すれば当然、妊娠しやすさ――妊孕性(にんようせい)は低くなります。いったい何歳になったら、どのくらい妊娠しにくくなるのでしょうか? 

 不妊治療も避妊もない昔の人口統計で、結婚した年齢と子どもが1人以上いる人の割合を調べた研究があります。それによると、2024歳で結婚した人で子どもがいない人の割合は5.7%、2529歳で9.3%、3034歳で15.5%3539歳になると一気に高くなり29.6%。4044歳で結婚した人では、子どもがいない割合は63.6%でした。 

 スキンケアやメイクなど、女性が自分に投資することができる時代です。外見が若々しくても、卵子は「年相応」。卵巣や精巣の機能については、禁煙以外のアンチエイジングはありません。そして、仕事にも年相応の適齢期があります。女性の妊孕性が最も高い時期と、女性のキャリア形成に大切な時期は一致しています。残念ながら今の日本では、子どもを持つことにエネルギーがかからない20代で産み、キャリアも手に入れる、ということが困難です。仕方がないので、両方手に入れたい人は「どちらをとるか」という個人レベルのトレードオフをせざるを得ません。少子化は日本の若者の「ストライキ」のようなものです。

健康な女性の卵子凍結は専門家の間でも意見が分かれる

 「卵子を凍結して将来の妊娠のために保存する」という選択もあります。確かに、若い女性ががんになった場合、抗がん剤などの治療で卵巣機能の低下が予想されるため、治療後の妊娠の可能性を残すために実施することはあります。健康な女性の卵子凍結の是非については、専門家の間でも意見が分かれるところです。私は「いつか必ず産みたい」と願う人にはお勧めしません。「それなら、先に産もう」と。

 凍結卵子が受精・着床し妊娠が成立する確率は、通常の体外受精胚移植よりも低いのです。高額なことも問題。加えて、加齢により妊娠合併症のリスクが高くなってからの妊娠出産は、命がけ。妊娠することがゴールではありません。そして子育てには体力が必要です。少しでも若いほうが、子どもと楽しめる時間も長くなります。また、米国では今年3月、不妊治療施設が保管していた卵子と受精卵4000個が凍結保管庫の故障により、全滅するというトラブルが起こりました。凍結という手段は、盤石ではないのです。

 「いつか必ず産むつもり」なら、「今」でない理由を解決する方法を探しませんか? 産みたいならば、産んでから、いい仕事をしてください。出産・子育ての経験は、必ず仕事の役に立ちます。それを不可能にするような組織に、未来はありません。働くことを躊躇したり、心が折れたりする時もあると思いますが、よい子育てをしたければ、仕事や社会活動などで「自分の居場所」を持つことをお勧めします。

構成:若林朋子

富山市生まれ、富山医薬大医学部(現富山大医学部)卒。同大付属病院などを経て2006年から女性クリニックWe富山院長。専門は生殖医療(内分泌・不妊)、思春期・更年期、女性医療。
北陸に拠点を置く新聞社でスポーツ、教育・研究・医療などの分野を担当し2012年に退社。現在はフリーランスの記者として雑誌・書籍などに執筆。
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