広報(34歳)

今は言える。「そのままでいい、そこから始めよう」って。

広報(34歳) 交差点で立ち止まって、書類を眺めたりスマホを操っている人がいる。春らしい軽やかなトップスに、光沢感のあるジャケット。忙しい中でも美しく装うことを惜しまない、まさに話を聞いてみたかったタイプの女性だ。「仕事の合間なら断られてもしかたない」、緊張しながら声をかけると、笑顔で応えてくれた。そして颯爽とした姿からは想像もつかなかった、「以前の私」についてそっと教えてくれたのだった。

 すぐ近くの会社で働いてます。ずっと人材系の会社で法人営業をしていましたが、何か新しいことをやりたいという気持ちがあって、今年から広報として働き始めました。広報は初めてなので、まだ手探りでやっています。

 いえ、特に、深い理由があるわけではないです。ただ、単純にできることを増やしたくて。

 社会人になりたての24~25歳だったら、ちょっとできたぐらいでも役に立っている感じがしていたし、周りの期待もそうだったと思うんです。でも、34歳になると、同じことの繰り返しでは役に立っている感覚が得られなくて。やったことがないことをやってみたら違う自分に出会えるかな、なんて思ったんです。 

続けてると分からないこと、決めないと気づかないことがある

 広報になる前は1年ほど、書店で働いてました。劇団もやっているちょっと変わった書店です。求人はしていなかったんですけど、その書店が運営するメディアを見ておもしろいと思って、社長に直接コンタクトして。アルバイトからスタートしました。その間、ダブルワークで人材系の仕事もやるつもりでいたんですけど、すぐに社員になって忙しくなっちゃって。1年経った時に、「ダブルワークをするなら、今動かないと」と思って、広報の仕事を始めました。

 私、HR(人材開発業務)が好きなんだっていうことは、前の会社を辞めることを決めてから気づきました。

 もともと、すごくやりたい仕事があるタイプではなかったんです。お金をもらっていて目の前に仕事があって、だったら、やらなきゃっていう感じ。成果が出ないよりは出た方がいい、誰かが喜んでくれるんだったらその人のために頑張りたいっていう。どうしてもこの仕事じゃないと、っていうことはなくて、何の業界でも、何の仕事でもいいんだと思ってました。
 でも離れてみたら、自分は、人の人生の転機に関わるようなこととか、人が今出せていない力をひき出すのを助けることに興味があるんだなって気がついたんです。続けてると分からないこともあるんだ、決めないと気づかないことがあるんだって思いました。

やりたいことがハッキリしていない人って多いと思います

 キャリアアドバイザーをやっていての経験ですが、やりたいことがハッキリしていない人って多いと思いますよ。8割ぐらい、そうじゃないですか? それでもいいと思えるようになったのは・・・そうですね、悩んでる自分が、人の役に立った経験があるからだと思います。

 私が最初にいた会社って、すごくビジョナリーな会社だったんです。名の知れた起業家も輩出している会社で。やりたいことが明確で、モチベーションも高い人ばかりでした。だから、自分に「これがやりたい」っていう思いがないと引け目を感じるというか、やりたいことがある人がうらやましくて、ちょっとムカついたりも(笑)。成果は出ていたので、「すごく仕事がんばってて、輝いてますよね」とよく言われていたんですが、受け容れられなかったんですよね。

 就職して数年は、モチベーションの浮き沈みもありませんでした。それが、28歳のときにプライベートで嫌なことがあって、急に仕事が手につかなくなっちゃったんです。他の人には全然気づかれなかったんですが、上司はよく見てくれていて「何かあったの?目が違うんだけど」って言われました。

 やりたいことがハッキリしていたら、それでもやれてたのかもしれません。でも、もう「人のためにがんばる」では頑張りきれなかった。

 それまではぶれたことがなく、会社が期待するパフォーマンスを出せている自信もあったので、すごくショックでした。今の自分ではもう期待に応えられないと思い、悩みました。

 会社に留まることにはなりましたが、環境を変えたいと思い、異動した先で女性ばかり20人ほどのチームのマネジメントをすることになりました。

あの頃があったから今は言える。「そのままでいい、そこから始めよう」って。

 そこにいたチームの子たちは自分の姿と重なりました。頑張れないときもあって、そんな自分を責めちゃったり。努力家で、誰かのためには頑張れるんだけど、自分のやりたいことが明確にはない。そんな姿を見ていたら「助けたい」と自然に思いました。大丈夫だよ、あなたたちは本当はすごい力があるんだよって。

 あの時、たぶん「そのままでいいから、そこから始めよう」って言ってほしかったんですよ、私。それをこの子たちにしてあげたいって思いました。どうしてもやる気が出ないなら、そんな自分をまずは認めよう。どうやったら、それでも仕事をしようって思えるかを考えてみようって。あの経験がなかったら、そうは言えなかったと思います。

 いえいえ。久しぶりに話しました、この話。 こちらこそ、ありがとうございました。

原宿にて

建材メーカーで6年間、企画・広報・宣伝を担当したのち、企業取材や家づくり・家具などの住にまつわる分野を中心に、各種WEB媒体で活動中。プライベートでは夫と2人暮らし。
neru lab(ネル・ラボ)として、広告映像・音楽制作を手がける。2017年に新江ノ島水族館で開催された「ナイトワンダーアクアリウム2017~満天の星降る水族館~」では、総合演出としてイベント全体のクリエイティブを担当。休止していた音楽ユニットkrackpotの活動を再開。表現研究ゼミTRANSWEETS(トランスウィーツ)を主宰するなど幅広く活動している。
街頭インタビュー