「バリキャリ」と言われた私が、山に登る理由
今年42歳になる先輩女性、太田彩子さんは、まさに“バリキャリ”な女性でした。リクルートのトップセールスとして活躍後、株式会社ベレフェクトを起業し、日本最大級の営業女性コミュニティ「営業部女子課」を主宰。ほかにも社外取締役など多岐に渡る活動をしています。プライベートでは21歳で出産、のちに離婚を経験しひとり親に。ここ数年は海外遠征をするほど本格的に登山に取り組み、昨年には心理学を研究するために筑波大学大学院に入学しました。 そんな彼女に、これまでを振り返ってもらう本連載、太田彩子さんの「キャリアを上って、山に登る」。初回は、山や大学院など、仕事以外のことに目が向いた理由について伺いました。
「母親以外の自分」に悩んで、仕事以外の世界に目が向いた
私は学生結婚して大学3年生で子どもを産んで、20代後半でひとり親になりました。生きていくために仕事をしなければいけないし、息子は持病があったので、そのケアも必要。もう必死で、趣味らしい趣味はこれまでありませんでした。
そんな私にできた趣味が、登山です。30代後半くらいから、本格的に山に登り始めました。
必死に働いた先にできた、「登山」という趣味
最初の山は高校の林間学校で行った八ヶ岳。雨が降ってびしょびしょになって、もう二度と登るものかと思っていました(笑)。それ以来、山への興味はなかったけれど、高尾山や尾瀬にみんなでハイキングに行ったら、なんだか自分に合っていたんですよね。
調べたら「日本百名山」というのがあって、自分の性格上、目標があると頑張れるんですよ。それで「百名山を制覇する」という目標をつくったら、どんどんのめり込んでしまって。今はまだ50に満たない程度しか登れていませんが、企業の人材育成を支援する研修講師として全国行脚するようになったこともあり、出張の合間を縫っては山へ行っています。
「40歳の危機」を手前に感じていた違和感
その一方で、2017年4月から大学院にも通い始めました。多い時で週4日、おもに平日の夜と土曜日の時間に研究を進めています。
学んでいる一つが「生涯発達」。人の加齢に伴う発達的変化を研究する、心理学の一分野です。この分野に興味を持ったきっかけは、自分自身のアイデンティティの変化でした。
「40歳の危機」という表現があり、ユングという心理学者は「40歳は人生の正午」と言っています。40歳までは午前中。日向に当たって、前を向いて生きていた。ところが40歳から午後を迎え、初めて終わりを意識するようになる。
私の場合は30代後半から、非常に悩み始めたんです。将来の焦りというか、自分はどうしたいのかわからない虚無感というか、忙し過ぎる日々の中でなんとも言えない気持ちを感じていました。言葉にするのは難しいのですが、まったく自分らしくないんです。
「今の私は何者なのか」アイデンティティの再構築が始まった
この違和感は一体何なんだろう。そんなことを考えていた矢先に、働き過ぎて体を壊してしまいました。同時に、この違和感の背景のひとつにあるのが「空の巣症候群」だったことが分かりました。
空の巣症候群とは、子どもが巣立つことの喪失感による不安を抱えている状態を指します。今までは子育てが自分の人生の大半を占めていたのに、子どもが大きくなるにつれて、子育ての比重はどんどん少なくなっていく。
それまでは無我夢中で子育てをしてきたけれど、だんだんと自分の時間が増えていくんですよね。なんだか、自分のアイデンティティが崩壊するような気がしました。女性の人生は、ライフステージによって変わるんです。働き方も、価値観も、アイデンティティも、すべてが変わる。
ここから、私のアイデンティティの再構築が始まりました。今の私は何者なのか。自分のアイデンティティを見つめ直したとき、初めて仕事以外のことに目が向きました。これまでは子育てのため、自分のために必死で仕事をしてきたけど、これからは仕事も含めた「人生そのもの」を楽しみたいと思ったんです。それで大学院や、なんとなく始めていた山に意識が向きました。
子育てが終わったことで、“母親以外のアイデンティティ”を突きつけられたこと。これは私にとって、すごく大きな出来事でした。