ハンドメイドマルシェで、女性たちと地域の輪をつなぐ齋藤直美さん
●サステナブルバトン3-9
クリスマスマルシェに100店舗
――齋藤さんが主宰している「陽だまりマルシェ」は、どのような特徴がありますか?
斎藤直美さん(以下、齋藤): 布小物やアクセサリーなどのクラフト品や、クッキーなどの焼き菓子まで、手作りが好きな方が気軽に出店できるアットホームなマルシェです。たくさん売ってもうけを出したいというより、自信はないけれど手作り作品を発表できる場を求めていたり、人と関わりを持ちたいなと思っていたりする方々が出店してくださいます。手作り品のほかに、エレクトーンなどの楽器演奏やオカリナ、フラダンス、二胡、などの各種音楽教室の発表といったライブステージも行っています。
今年12月に筑西市で開催したクリスマスマルシェには、2日間合わせて100店舗以上が出店し、約3000人が来場しました。「不思議の国のアリス」をテーマに、会場のあちこちに「クリスマス×アリス」風の装飾を施したり、エレクトーン奏者で現役音大生のお嬢さんに、アリスに扮してもらいライブ演奏をしたりしていただきました。
3年前からのコロナ禍で、当たり前だった日常が一変してしまいました。まるで不思議の国みたいだねって、話しています。それをヒントに、このアリスのテーマは昨年5月のゴールデンウィークから始めたもので、小さなお子さんたちは、アリスのコスプレをしてマルシェに来るのを楽しみにしてくれているんです。おかげ様で多くの方々に喜んでいただいています。
――大規模なイベントですが、どのように運営していらっしゃるのでしょうか。
齋藤: 陽だまりマルシェ主要メンバーは普通の主婦で、イベントに関しては私を含め素人ばかりです。そんな私たちの活動を面白がって集まってきてくれたサポートメンバーに、毎回助けてもらっています。アリスの装飾を制作してくださったのは、つくば市でタクシー会社を経営している方です。ステージ構成は先ほどお話しした現役音大生とエレクトーン奏者の母子が担当してくれています。事務局は「人をサポートして輝かせることが好き」な女性で、WEB関係や配置図考案などをお願いしています。他にもマルシェに関わってくれる仲間は多く、人に恵まれているなと思います。
――齋藤さんと、ハンドメイドマルシェのきっかけはどんなことからなのでしょう?
齋藤: 私自身は大学では油絵を専攻しており、もともとものづくりは好きでした。ただ、マルシェを始めたきっかけは絵画ではなく、そのころに細々とやっていた料理のケータリングなんです。そのころ地元・下妻に二世帯住宅を新築したばかりで、少しでも家計の足しになにかできないかと。ただ、都心と違って働く場所も限られていますし、下の子が幼稚園に通っていた時期だったので労働時間も思うように作れませんでした。
そんなときに、エステサロンを運営する友人から「サロンが忙しくて料理を作る暇がない。でも、スーパーの総菜に飽きたから、料理が得意な直美ちゃんに作ってほしい」と頼まれたのです。私の実家は下妻の農家で、野菜はたくさんありましたし、かつてミュージアムやギャラリーの展示会を企画した際に、カフェメニューなどの開発もしたことがあったので、わりとそうしたノウハウはあったんです。
初めてのマルシェは自宅の庭先で
――友達とのつながりから、新たな一歩を踏み出されたのですね。
齋藤: ええ。その友達に作って届けていたら、次第にエステサロンの従業員さんの分も作ってほしいと言われ、さらには、サロンの取引先の方からもオーダーをいただくようになりました。働くお母さんたちは、こんなにも手作りの料理を必要としているんだなと驚きました。
同時に、幼稚園のママ友には結婚以前はキャリアを築いて活躍していたのに、お母さんになって能力を発揮する場所がないと感じている人も多くて。ある日、いつものように子どもたちのお迎えを待つ間、ママ友とおしゃべりしていたら、1人が雑誌の切り抜きを出して「私もこんな“おうちマルシェ”をやってみたい」と言い出したんです。それで数名のママたちとチラシを手作りし、我が家の庭先でマルシェをはじめたのが2012年10月です。
――最初のマルシェはいかがでしたか?
齋藤: 平日の日中ですし、それほど人は来ないだろうと思っていました。ところが、家の前の道路が渋滞するくらい大盛況でした。それに気をよくした私たちは、またやろうと。ただ、我が家の庭では狭すぎるので、お仲間のご実家であるお寺の境内をお借りしたこともありました。以来、大小様々な形で約2カ月に一度、年に6-7回はマルシェを開催しています。
マルシェを始めてから分かったのですが、公民館などの公共施設の多くは営利目的では借りにくいということ。また、食べ物を販売する際には保健所の指導が必要なことも後から知りました。地域のお祭りに出たくても、商工会に入っていないからダメと言われたことも…。知らない事の連続で、世の中には好きな事をするのにも制限が多い事を知りました。それでもあきらめず、誰かに出会いたい人、作品を届けたい人と、来たい人は確実にいる、と信じて、みんなで場所探しから、ひとつひとつ手探りでやってきた感じです。
――転機となった出来事があるそうですね。
齋藤: 1つは、2015年、鬼怒川の決壊に端を発した常総市などでの水害です。甚大な被害のニュースを目にして、無力感に襲われました。そんなときに、知り合いから「炊き出しでおにぎりを握るボランティアを募ってほしい」と相談されました。そこでマルシェの仲間に、その情報をシェアしました。「なぜ私が災害ボランティア?」といった反応も中にはありましたが、喜んで参加したいという方もたくさんいました。嬉しかったですね。
マルシェをきっかけに集まったけれど、それだけではない、たとえば人助けなどにも踏み出せるんだと思ったし、こうしたコミュニティが1つあると可能性が広がるなと感じました。
――もう1つの転機は、新型コロナウイルス感染症によるコロナ禍だったと。
齋藤: はい、コロナ禍でマルシェも開けなくなりましたが、待ち望む人のために、我が家で予約制のマルシェを細々と続けていました。そんなとき、関東最古の八幡宮・大宝八幡宮(下妻市)の宮司さんから、「街を活気づけたいから、うちでマルシェをしませんか」とお声がけいただきました。八幡宮には「風鈴祭り」と「菊祭り」があり、8月の風鈴祭りで“浴衣”をテーマにしたマルシェをやることにしました。盆踊りや花火大会が中止になり、浴衣を着ていく場がなかったこともあって、皆さんにとても喜んでいただきました。
今回、この「サステナブルバトン3」のバトンを繋いでくれた鈴木早織さんは、昨年8月の風鈴祭りに出店くださった1人です。水戸に双方の知り合いがいて、引き合わせてくれました。マルシェは2日間開催したのですが、初日が終わったら「これから鵠沼(神奈川県)に帰る」と言うじゃないですか。荷物もあるし、また来るのは大変そうだと思い、初対面ですが我が家に泊まってもらいました(笑)。姉妹のように打ち解けて話せたし、子どもたちとも仲良くしてくれましたよ。
女性たちが輝ける「あたたかい居場所」に
――コロナ禍でも、新しい流れが生まれたのですね。
齋藤: はい。神社は昔からつながりのある屋台の方々もいるため、神社でマルシェをするのは珍しいそうです。でも、屋台の皆さんも「こんなときだからこそ、地域が盛り上げましょう」と、チラシ配りなども手伝ってくださいました。
マルシェではいろんな女性と出会います。そしてそれぞれが抱えている悩みなどを話したりすることも多い。コロナ禍で家にこもりがちになり、それまで先送りにしていた、家族や夫婦の問題が見えてきた家庭もありました。仕事が減ったり、自宅でリモートワークしたりする方も増え、働き方の多様性も生まれましたよね。そうした様々な事情を抱えた女性がマルシェという、ふだんとは違う場所に出て、「素敵ですね」と認められることが生きる光になる。そうした“居場所”を作るのが私の役目なのかな…とも思うようになりました。
――マルシェの活動などを通して、地域のみなさんの結びつきが強まっているのですね。
齋藤: 今年5月からは、地域で「毎日子ども食堂・お茶NOMA」がスタートしました。ボランティアとしてこちらにも関わっており、料理・メニューの担当をしています。よく耳にするのは、子ども食堂の開催がいろいろな事情から開催が不定期で、本当に必要な子供たちに届かないとも聞きます。「お茶NOMA」は、月曜~金曜日は毎日オープンしていて、代表の小笠原紀子さんを中心として約40人のボランティアが集い、おしゃべりを楽しみながら、18歳以下の子どもたちを見守る場所になっています。
地域のカフェとしての役割もあり、その売り上げが子どもたちの食事代に回る仕組みです。料理の材料を寄付していただくことも多いですし、自治体から助成金なども得て回しています。近隣の役所の方がケータリングを注文してくださったりもして、みなさんの善意を有り難く感じています。
――今後、どのように活動を展開したいとお考えですか?
齋藤: マルシェと子ども食堂に共通しているのは、安心できる「あたたかい場所作り」ということ。そうなって欲しいという願いを込めて「陽だまりマルシェ」と名付けたこともあり、それが少しずつ地域に根付いてきたのかなと嬉しく思っています。
一見、外からは幸せそうに見えても、家庭で問題を抱えていたり、職場で悩みがあったりと、なかなか言い出せずに一人で抱えていることってありますよね。そんなお母さんやお子さん、時にはお父さんも、実際にお店に立って手伝ってもらうと、親も子もすごく嬉しそうなんですよ。そうした自分らしく居られる場所があれば、はじめの一歩が踏み出せるんじゃないかなと思うのです。10年前の私のように。
現在は、茨城県内での活動がほとんどですが、来年からはフードカー事業を本格化させる予定なので、活動範囲を広げていきたいですね。まずは、早織ちゃんのいる鵠沼周辺で、何か一緒に地域への活動が出来たらいいなと思っています。
――では最後に、齋藤さんにとってサステナブルとは何でしょう?
齋藤: 人との繋がりですね。この10年間を振り返ると、出会えた方々を繫ぎ、それぞれのいい面を引き出す………、ということを繰り返してきたように感じます。結婚前に才能を生かして活躍していたママ友が、私たちのマルシェに関わる事で再び活躍の場を見つけて生き生きしてくれたこともそう。コロナ禍でご家庭のトラブルに直面した方の悩みに出くわしたときは、マルシェの活動を介して知り合った友人が、その人に支援団体を紹介したこともありました。こうした実感のある繋がりを大事にしたいですし、夢を夢で終わらせる事なく、前へ踏み出したい人のサポートを、これから仕事にしていきたいなと考えているところです。
●齋藤直美(さいとう・なおみ)さんのプロフィール:
1973年、茨城県下妻市生まれ。美術系大学に進学、油絵を専攻し、博物館学芸員の資格を取得。東京都内のギャラリーに勤務しキュレーションなどを手がけた後、地元・下妻にUターン。2006年、結婚。2012年に、自宅庭先で「陽だまりマルシェ」を始める。現在は、シングルマザーとして2人の男の子を育てながら、マルシェの主宰とフードケータリングサービス「こころDELI」や、子ども食堂のボランティアスタッフとしても活動中。2023年よりカフェ&イベントコンサルを始動予定。
- ■サステナブルバトン3
#01「”賞味期限”から解放されよう」食品ロス問題ジャーナリスト井出留美さん
#02 アフリカのバナナペーパーで環境と貧困対策を実践 エクベリ聡子さん
#03「AFRIKA ROSE」萩生田愛さん ケニアのバラが紡ぐフェアトレードの絆
#04 「10着のうち1着はサステイナブルに」。スローファッションを提案する「Enter the E」植月友美さん
#05ソーシャルオーディター・青沼愛さん 「ラナ・プラザの悲劇」を繰り返さないために
#06 350年続く老舗酒蔵に生まれ、酒の飲めない寺田聡美さん 酒粕で発酵食品作り
#07 てぬぐいカフェから盆踊りまで 瀬能笛里子さんが鎌倉で実践する”和の豊かな暮らし”
#08古着物を「野良着」にアップサイクル 日常生活に採り入れ、魅力を発信 鈴木早織さん
- ■サステナブルバトン2
#01留学で気づいた「ファッションを通した社会貢献」。徳島県上勝町でゼロ・ウェイストに取り組む、大塚桃奈さんの新たな挑戦とは
#02「“エシカル”という言葉を使うことで、抜け落ちてしまう何かがある」コミュニティ・コーディネーター松丸里歩さんが考えるエシカルのかたち
#03「サトウキビストローを販売するだけでなく、回収し堆肥化までが本質」4Nature代表・平間亮太さんが取り組む、人と人とのエシカルなつながり
#04「エシカルを押し出すのではなく、コーヒーショップとしてできることを考えたい」オニバスコーヒー坂尾篤史さんが考える、エシカルの本質
#05 旅する料理人・三上奈緒さん「旅する理由は自然の中に。答えは自然が教えてくれる」
#06「自然はとても複雑で答えはひとつではない」アーティスト勅使河原香苗さんが自然から学んだこと
#07「サーキュラエコノミーとは心地よさ」fog代表・大山貴子さんが考える、循環型社会とは
#08「関わるものに、誠実に素直に対応できているか」株式会社起点代表・酒井悠太さんが福島県でオーガニックコットンを栽培する理由
#09 英国発のコスメティクス「LUSH」バイヤー・黒澤千絵実さんが魅了された「美しい原材料」の考え方
#10「心地よい空間は、他者を思いやることから」。ダウン症の人の感性を発信し、居場所作りを進める佐藤よし子さん
#11森を豊かに、自分も心地よく。森林ディレクター奥田 悠史さんが描く森の未来図
#12 ハチドリ電力の小野悠希さん「一人が出来ることは決して小さくない」地球温暖化を止めるため「最も大きなこと」に挑戦
- ■サステナブルバトン1
#01 「消えゆく氷河を前に、未来のために今日の私にできることを考えた」エシカル協会代表・末吉里花さん
#02 「ファストファッションは悪者? そうじゃないと知って、見える世界が広がった」エシカルファッションプランナー・鎌田安里紗さん
#03 「薬剤やシャンプーはすべて自然由来。体を壊して気づいた、自然体な生き方」ヴィーガンビューティーサロン美容師・中島潮里さん
#04「“地球に優しい”は、自分に優しいということ」エシカルコーディネーター・エバンズ亜莉沙さん
#05「花屋で捨てられていく花たちを、どうにかして救いたかった」フラワーサイクリスト・河島春佳さん
#06「花の命を着る下着。素肌で感じるサステナブルの新しいかたち」草木染めランジェリーデザイナー小森優美さん
#07「家庭科で学ぶエシカル。サステナブルな未来は“やってみる”から始まる」高校教諭・葭内ありささん
#08「ふぞろい野菜、瓶に詰めたらごちそうに。自然とつながる“おいしい”の作り方」ファームキャニング代表・西村千恵さん
#09「世界を9周して気づいた、子どもを育てる地域コミュニティーの大切さ」一般社団法人「そっか」共同代表・小野寺愛さん
#10「エシカルとは“つながっていること”。人生の先輩たちの生活の知恵を残していきたい」一般社団法人はっぷ代表・大橋マキさん
#11「庭で見つけた“発見”を作品に」変化し続けるアーティストasatte羽田麻子さん
#12「自分で自分を幸せにしてほしい」TOKOさんが考えるヨガとエシカルの関係
-
第64回古着物を「野良着」にアップサイクル 日常生活に採り入れ、魅力を発信 鈴木
-
第65回可愛いのに、本気でサステナブル。「O0u」という新たな選択
-
第66回ハンドメイドマルシェで、女性たちと地域の輪をつなぐ齋藤直美さん
-
第67回使い切れなかったコスメをクレヨンに再生。「COSME no IPPO」
-
第68回光の演出で包み込む デザイナー迫田悠さんが手掛ける映像空間の魅力