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サステナブルバトン3

光の演出で包み込む デザイナー迫田悠さんが手掛ける映像空間の魅力

森の暗闇に浮かび上がる星や草花。グラフィックデザイナー・迫田悠さんの手掛ける光のアートは、見る人を穏やかに包み込みます。福岡県を中心に映像と切り絵を組み合わせた空間演出などを手掛ける迫田さんのデザインの源はどこにあるのでしょうか?1月に開かれた光のイベント「浮羽稲荷神社ライトアップアート2023」を訪ねてみました。
ハンドメイドマルシェで、女性たちと地域の輪をつなぐ齋藤直美さん 【フォトギャラリー】浮羽稲荷神社ライトアップアートと迫田悠さん

●サステナブルバトン3-10

裏山に星のかけらが舞い降りた

福岡県うきは市の山あい、91基のライトアップされた鳥居が山肌を縫うように続く。足元のランタンが灯され、星模様の切り絵が浮かびあがる。木々を照らすプロジェクションマッピングは、時に深い森に咲く花々でもあり、満天の小宇宙でもあり。山道は色鮮やかなアートで埋め尽くされ、カラフルな海底の様子さえ映し出す。心地よい音楽と相まって、穏やかな空間に身も心も抱かれる。雨にも強い特殊な紙を用いた「切り絵タワー」からは、柔らかな光を受けて鳥や葉が顔を出していた。

浮羽稲荷神社で今年1月に開かれた「ライトアップアート2023」では、アート・ディレクターを務める映像作家・迫田悠さんの世界観に、計7日間の期間中約1万人が酔いしれた。

――森の暗闇に浮かぶ光のアートは幻想的ですね。

迫田悠さん(以下、迫田): 神社の裏山に夜空から星のかけらが舞い降り、森の動物たちが光る星を拾いながら集まってくるというストーリーです。他のアーティストの皆さんの作品や、ライティング、プロジェクションマッピング、音楽などがコラボレーション。森全体の空間を楽しんでいただきたい、と皆で企画しました。

森の中の木々に光を当てるので、どんな色や形だったら美しく見えるかを考えました。テストで作った映像を現地で実際に打って(=映して、の意)みて、この色はあまりうまく出ないとか、こっちの形の方が映えるかもとか、何度も何度も作り直しました。やっぱりコンピューター上とは全然違って、その場に実際に映してみて初めてわかる。そこが面白さでもあります。

――デザインには、花や星、結晶のような文様が多く使われています。

迫田: 私のスケッチブックに多く描いてある図柄は、小動物や花、草木とか、星、雪、月、結晶などですね。自然が好きだというのと、子どもたちが喜ぶから、という思いが影響しているように思います。20代の頃は、シャープなインダストリアルなものを好んで作っていた時期もありました。でも今では、自分らしさを詰めていくと、自然界に現れるモノが多いなと。うきは市やその周辺は自然も豊かで、子供たちとのお出かけ先は海か山か川が多いですしね。

音と映像がシンクロする瞬間

――グラフィックアートやデザインの世界に入られたきっかけは、どのようなことだったのでしょうか。

迫田: 子どもの頃から絵を書くのは好きでしたが、 中学、高校は吹奏楽部でクラリネットにどっぷり浸かり、大学では文学部でフランス文学を専攻していました。しかし、もしかして自分は違うことがやりたいのではないかと気づいたのです。というのも当時、映像や映画を作っているグループと交流があり、マイナーな1970年代の実験映画をかけるイベントがあり、そこで流れていた音楽と映像が完全にシンクロしてぴったりはまった瞬間を体験。これはすごいなって心にビビっときちゃったのです。そうした空間に自分が包まれたいっていう願望を追い求めるうちに、映像とかデザインとかモノを作ることをやってみたいと、大学を中退してコンピューターグラフィックス(CG)の学校に入り直しました。

そして音楽に関係したことがやりたいと、CDジャケットや音楽イベントのポスターなどのデザインをするようになりました。そうしたデザイン画をCGで動かして映像にし、そこからミュージックビデオを作り、そのミュージックビデオをアーティストのステージで流すことから、舞台演出までを手掛けるようになりました。アーティストと一緒にじっくりとトータルで世界観を作るというのが面白くて、夢中でやっていました。

――そのころはどのような作品を手掛けていらしたのですか?

迫田: ロックバンドから、コンテンポラリーダンス、ポップスから即興音楽まで、いろいろなアーティストの曲に合わせた映像作品だったり、ポスターだったり。真っ暗闇の即興ライブでは、会場の非常灯も全部消して、その暗闇で音を聞くというコンセプトに合わせて、画用紙をいろいろな色のクレヨンで塗りつぶした後に、1回上から全部黒で潰して真っ暗に。そして、それを引っかいて絵を削り出すという、ポスターを作りました。

ミュージシャンの奏でる音楽に、即興で映像を合わせることも長い間やっていました。音楽でいうDJみたいな機材を使い、聞こえてくる音楽のイメージで複数の素材をミックスして流れを作って投影するといったような。10年以上お付き合いしているバンドとは、東京・日比谷の野外音楽堂でライブをしたり、一緒にツアーに連れて行ってもらったりしました。自分で作った何百個もの映像素材を即興で組み合わせて一つのアニメーションにし、投影して舞台を演出するという感じです。DREAMS COME TRUEの味の素スタジアムでのコンサートのオープニング映像を作る仕事もさせていただきました。

ターニングポイントはシルクロードへの旅

――その後、ご結婚され、33歳の時に旅に出たのですね。

迫田: シルクロードを1年かけて旅をしたのは大きな転機になりました。2012年のことです。それまでは東京で自分が好む音楽と、その作り手たちと一緒に活動をし、思う存分、好きな表現ができていることを、本当に恵まれていると感じていました。けれどもその旅で、世界における自分の無力さを実感しました。

料理人の夫は旅好きで、二人で長崎からフェリーで上海に渡り、最終的な行き先も決めず、バックパックで西へ西へと進んだのです。ガイドブックも携帯も持たず、ノートパソコンも禁止。中国を一歩出たら旧ソ連圏では英語も通じないし、その独特の文字も読めませんでした。

英語-ロシア語辞典を手に入れ、ロシア語を何とか読みながら旅をしましたが、国が変わる度に言語も少し変わる。もちろん通貨もルールも変わり、全部リセットされてしまう。水1本買うのも大変で、まるで赤ちゃんに戻されたような感じがして、無力感にとらわれました。結局、ユーラシア大陸を横断し、最終的にトルコのイスタンブールまで行きました。

――ご自身のデザインにも影響がありましたか。

迫田: 私は装飾や文様とかが以前からすごく好きでした。旅先では、中国なら唐草文様、それが隣の国に行くと少しずつフォルムを変えていく。文化ってグラデーションになっているんだなとよく分かりました。そういうことが肌でわかることや、勉強しながら旅することが楽しかったです。イスラムのモザイク文様とかも大好きで、この時に見たいろいろなもののかけらが、今作るものに影響しているなと感じています。

切り絵ワークの魅力

――切り絵の手法も取り入れられています。それはなぜですか?

迫田: 茨城県つくば市のカフェの内装を任されたことが、切り絵に取り組むきっかけになりました。オーナーさんがカフェをリニューアルしたいということで、夫が料理の監修を引き受け、私は建築士の友人とともにロゴや壁とか照明とかの内装デザインを担当しました。くつろげる森の中みたいな世界観に、という意向があったので、森の中なら花や木々や動物を登場させようと思いつつも、可愛くなりすぎるのは避けたくて思案しました。そこで、 そうしたモチーフでも、切り絵にすればカットした線が少しシャープな印象を作り出すのではと、この手法を取り入れたのです。そのうち、夜のバータイムにはその切り絵のデータをOHPで映し出したりするようにもなりました。

今回、この連載コラム「サステナブルバトン」をつないでくださった齋藤直美(前回コラムはこちら)さんと出会ったのは、このカフェです。齋藤さんがこのカフェで以前からお惣菜のデリを担当していらして、つくば市や隣の下妻市で積極的にマルシェも主催していらっしゃいました。人と人とをつなぐ輪というか、場所づくりがお上手で、このカフェ作りをきっかけに、私も家族でつくば市に引っ越しました。筑波山の西側に椎尾山薬王院というお寺があって、家族で山歩きに通っていました。そしたら、お寺から「新しく御朱印を作りたい」というご相談をいただきました。そこで切り絵を用いて、お寺の境内をパトロールしている3匹の猫を主人公に、四季をテーマにした御朱印作りが始まり、この春に完結する予定です。

――その後、福岡県に移住されることになったのはどうしてですか?

迫田: このうきは市は、白壁に瓦屋根の土蔵や古民家が立ち並ぶ古い街並みを生かし、観光や町おこしに力を入れています。ここで地域活性化を手掛けるNPO法人の友人から、夫が商品開発を手伝ってほしいと言われたのがきっかけでした。その友人も東京からの移住組なんですよ。

それから空間演出の機会をいただくことが増え、一昨年には、そのNPO法人が経営するセレクトショップが福岡・天神にある百貨店で商品を展開する際、空間演出を頼まれ、壁や天井に大きな切り絵を施したのです。その後、浮羽稲荷神社でライトアップイベントが開催されることになり、ポスターなどのデザインや映像演出のお話をいただくことになったのです。

デザインとは、問題を解決すること 

――迫田さんが作品を作るうえで、大事にしていることはどんなことですか?

迫田: こういうことを自分が伝えたいっていうよりも、何をやったら喜んでもらえるかなっていうことをずっと考えています。ライブの演出でも目指すのは、1曲のストーリーを映像でどう伝えられるかということ。デザインは問題解決だと、よく本などに載っていますが、本当にその通りだなと。

私が手掛けてきたCDジャケットのデザインとか、ミュージックビデオとかも、もとをたどれば問題解決なのですよね。多くの人に見てもらうにはどうしたらいいとか、一瞬でその音楽の内容を伝えるにはどうしたらいいか、どんな映像が来たら一番みんなの心をぐっと持ってけるかとかいう問題を解決している。

ライトアップアートなら、どんな映像をどんな空間に何分くらい流したら寒くても立ち止まって見てもらえるか、とか。空間演出はその場所、場所で、毎回環境が違います。寒かったり、暗かったり、風が強かったり、背景の木々の葉が密集していたり、落ちていたり。どうやったらそこで一番きれいな形で見てもらえるかなと、毎回試行錯誤しています。空間演出には、そうした問題を投げかけられて、それを必死で解くみたいな側面があります。

――そうした自然環境に溶け込む作品を通じて、サステナブルな世の中を意識していらっしゃるのですね。

迫田: 映像は投影する対象物を傷つけないアートということもあります。切り絵も大量消費するものではない。こうした活動を通して自分にできるサステナブルなことって、「子どもの笑顔を生み出すこと」なのかなと思います。私が作っているのは衣食住から離れた「非日常の空間」ですが、学校とも、遊びとも、ゲームのバーチャルな世界とも違う、「こんな世界もあるんだ!」っていう経験は,子どもにとってとても大事なのではないかと。そういうことが心の栄養の一つになって、ものの見方を将来的に広げてくれるといいなと思っています。

この先も、屋外内問わず、とにかく大きい場所に大きく映像を打ちたい。音と映像が完全にぴったり響きあった空間に、子どもたちと共に包まれることができたらいいなって思います。

●迫田悠(さこた・はるか)さんのプロフィール:

グラフィックデザイナー、映像作家。1979年、東京生まれ。様々なアーティストのミュージックビデオ(MV)やCDのアートワーク、ライブステージでの映像演出などを手がける。手塚治虫の「火の鳥」をモチーフにしたSYSTEM7(UK)の「hinotori」MV、DREAMS COME TRUEの「史上最強の移動遊園地 WONDERLAND 2011」オープニング映像、Ego-Wrappin'結成10周年ライブ演出映像など。2020年に福岡県へ移住、近年は切り絵の手法も取り入れながら、プロジェクターを用いて野外や屋内の空間演出に取り組んでいる。一男一女あり。

ハンドメイドマルシェで、女性たちと地域の輪をつなぐ齋藤直美さん 【フォトギャラリー】浮羽稲荷神社ライトアップアートと迫田悠さん
telling,編集長。朝日新聞社会部、文化部、AERAなどで記者として教育や文化、メディア、ファッションなどを幅広く取材/執筆。教育媒体「朝日新聞EduA」の創刊編集長などを経て現職。TBS「news23」のゲストコメンテーターも務める。
写真家。1982年東京生まれ。東京造形大学卒業後、新聞社などでのアシスタントを経て2009年よりフリーランス。 コマーシャルフォトグラファーとしての仕事のかたわら、都市を主題とした写真作品の制作を続けている。
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