Presented by ルミネ
サステナブルバトン3

子ども向けバイリンガル劇団を主宰する草野七瀬さん。国籍も言語も越え自由で平和な表現空間を

子ども向けのバイリンガル劇団「劇団バナナ」を主宰する草野七瀬さんは、東京都調布市を拠点に日本語、英語による演劇を通じて小さな子どもたちに自由な自己表現の場を提供しています。海外駐在員の妻で子育て中でもあった草野さんが、演出家として、またパフォーマーとして、米国で劇団を始めてから10年あまり。子どもたちと演劇の関係性や、次の世代に伝えたいこと、思い描く地域の未来図などについて聞いてみました。
光の演出で包み込む デザイナー迫田悠さんが手掛ける映像空間の魅力 ハンドメイドマルシェで、女性たちと地域の輪をつなぐ齋藤直美さん

●サステナブルバトン3-11

宅配型演劇が原点に

――そもそも演劇と出会ったのはいつごろですか?

草野七瀬さん(以下、草野): 中学高校時代、演劇部でした。ある時、ボランティアで老人ホームなどに出向いて劇をお見せしたら、喜んでいただけたことが宅配型演劇の原体験になっています。その後、進学した大学は、在学生の多くが何らかの形で演劇活動に加わるというほど演劇が活発だったこともあり、高校時代に経験した宅配型演劇を実践するために「劇団虹」という新しい劇団を友人と立ち上げました。お客さんがチケットを買って劇場に見に来る形ではなく、私たちから老人ホームや幼稚園に出向いて演じる“宅配型”のスタイルはコンパクトで機動力があるため、地方や海外での公演も積極的に行っていました。

また、留学先のフランスでパレスチナ人の友人ができたことから、パレスチナ問題に関心があったのですが、国際関係学科の授業の中で深く学ぶうちに、もしかしたら硬直化した国際関係を動かすために演劇やアートの力が一役買えるのでは、と考えました。ちょうどイラク戦争が勃発した時期も重なり、平和を願うミュージカル「七色夏夢」を書き、その作品を持って海外公演をしました。卒論では「国際平和のための演劇」というテーマでまとめ、参考文献に自分の脚本をつけるという「荒技」をしました。

――劇団バナナを創設したきっかけは?

草野: 一番上の娘が9か月のとき、夫の転勤でニューヨークへの転居が決まり、「娘とブロードウェイで本場の演劇を鑑賞できる!」と大喜びしました。でも、実際は1歳以下の子どもが観られる演劇はほとんどなく、がっかりしました。そんな時、現地に俳優やCM制作などをしていた学生時代の先輩がいると分かり、3人とも同じ年頃の娘もいたので、一緒に遊んだりしているうちに「この時期の子どもならではの吸収力や感性を刺激するような、五感を使う演劇を制作する劇団を作ろう !」ということになったんです。劇団を立ち上げてすぐ、ニューヨークの日本文化の拠点とも言えるジャパンソサエティーで公演のお話をいただいたり、現地のNPOの助成で地元の子どもたちに見てもらったりしました。

――バナナという名前は親しみがあって素敵ですね。

草野: ある日、マンハッタンを、ベビーカーを押しながら歩いている時にふと「バナナって最強だな」と。ナイフも要らずすぐに食べられるし、甘くてやわらかくて子どもからお年寄りまでみんな大好き。栄養豊富で、ちょっとユーモラスな雰囲気もありますよね。英語でも日本語でも「バナナ」ですし、みなさんに親しんでもらえそうだと直感しました。観客との距離が近く、親しみやすい劇団ですから、いまさらながらいい名前だなと自画自賛しています(笑)。

――そして帰国後、ここ調布市で劇団を続けることになったのですね。

草野: 絶対に何かしらの活動は続けたいと思っていました。私自身、子どものころから転勤族で、移動するたびに積み重ねてきたことをリセットされてしまう感覚がありました。ニューヨークで劇団バナナを4年間続けて、「これこそ、私がやりたいことだ」と確信したんです。帰国後すぐに活動が始められるように、衣装や小道具を2ヶ月かかる船便ではなく2週間で着く航空便で送り、すぐに上演場所やキャストを確保しました。また日本では親御さんたちの英語熱の高さを感じたので、全ての作品を日英バイリンガルで制作することにしました。

ナチュラルな会話と参加型も魅力

――子ども向けのバイリンガル劇とは、どんな特徴があるのですか。

草野: 創設から10年以上たちますが、確立されたメソッドがあるわけではありません。劇を見る子どもたちの中には、日本語だけ、英語だけが分かる子もいれば、両言語が理解できる子もいます。私が書いた台本を日英ネイティブのメンバーに読んでもらい、「ここは伝わってないかもしれないよ」と指摘をもらいながら、どちらの言葉でも自然に会話が成立するよう組み立てていきます。日本語と英語を同じ内容で繰り返すと通訳っぽくなり、劇の進行が不自然になるので、できるだけナチュラルに日英の言葉を織り交ぜながら会話が成り立つよう配慮しています。

また、小さい子が45分間もじっとしていられないことは自分自身の育児で痛感していますし、子どもたちの触りたい、動きたい、話したいという衝動を止めたくないんです。子どもたちが飽きてしまわないようにインタラクティブ(双方向)な“参加型”にこだわっています。特に3歳以下の子どもは言語が未発達な分、視覚や聴覚など五感全てで感じたままを受け止めてくれます。子どもたちも劇の一部になれる、イメージで言えば、入れる絵本のような舞台づくりになるよう、例えばキャストがわざと小道具を落として注意を引いたり、子どもたちに舞台に向かって風を起こしてもらったりと、様々な仕掛けを45分間のショーの中で隅々まで用意しています。いまでは、参加型形式もバイリンガルと同様、劇団バナナの特徴の1つになりました。

――草野さんの育児の経験が、舞台づくりに生かされているのですね。

草野: ええ。子どもたちを見ていると、いろんな気付きをもらいますね。これまでアメリカや韓国、台湾でも上演してきましたが、どこの国や地域でも、どんな言語でも、子どもたちは毎回その作品の同じシーンで笑ったり驚いたりするんですよ。そうした子どもたちの反応を見ると、「文化が違っても人間って同じなんだ」としみじみ感じられますし、演じる側にとってもすごく幸せな瞬間ですね。

キャストとして登録してくれている約30名のメンバーには、劇団虹の出身者も多いんです。学生時代は好きなことに打ち込んでキラキラした時間を過ごしてきたのに、社会に出ると仕事に追われる日々になってしまいますよね。また、出産や育児で社会とのかかわりが希薄になる人もいます。そうした、ライフステージの切り替わりを迎えた後輩たちが、劇団バナナで再び舞台に立つことで、かつての私がそうだったように、生き生きとした自分を取り戻せることも、劇団を立ち上げてよかったことの1つです。

――順調に活動域を広げていたなか、新型コロナウイルスの感染が拡大しました。

草野: はい。なにしろ子どもたちに参加してもらうインタラクティブな劇は、“濃厚接触”が避けられません。半年近く上演できない期間がありました。その時期は映像の仕事をしていた時に培ったスキルを使って、動画での作品作りに挑戦しました。しばらくするとまた幼稚園や保育園の方から、「子どもたちの成長のためにはやっぱり対面での体験が欠かせない。また公演をしに来てくれませんか」とお誘いをいただくようになりました。マウスシールドをしたり、演出で距離を取ったりするような工夫をしながら、公演を再開しました。

そんなあるとき、保育園で公演した際、ふだんはおとなしいある外国籍の子が、クラスの先生も驚くほど、ノリに乗ってすごく楽しんでくれたんです。もしかしたら、それまで子どもなりにいろいろと感じて自分を抑えていた部分もあったのかなと思い、私たちの劇が少しでも気持ちの解放のお手伝いができたとしたら、すごく嬉しいなと。改めてバイリンガル劇の価値を再認識できました。

――近年は、地域のイベントなど活動の場が広がっているそうですね。

草野: そうなんです! 今日、おじゃましているコミュニティカフェ「POSTO」で月2回、子どもたち向けのミュージカルクラス「劇団バナナkids演劇創作ラボ」を開催しています。こちらのカフェの姉妹店に、我が家の3姉妹を連れて以前からふらっと立ち寄っていたご縁です。子連れで行ける場所は、とてもありがたいです。

以前は、「転勤族だから、3年経つとどうせここを離れるし…」と、地域とあまり関わりを持たずに生活していましたが、「自分がほっとできる居場所、地域があるっていいな」と思うようになりました。その喫茶室がきっかけで、団地内の広場でパフォーマンスをしたり、カフェで雑談したりする仲間が増えるにつれ、地域に対しても興味や愛着を持つようになりました。

練習の場ともなっているコミュニティカフェ「POSTO」=東京都調布市仙川町

今までは、街に対する自分の“温度感”が全然違います。街中で知り合いに会って気軽にあいさつを交わしたりするような些細なこと一つで心が温かくなりますね。また、子連れでも「ここは●●さんがやってるお店だな」と安心して入れるのも嬉しいです。このPOSTOも、安心して子どもを置いておける場所で、私が忙しいときはここが子どもたちの居場所にもなっています。そうやって地域やそこに暮らす方々と関わりながら、街ぐるみで子育てをしている感覚です。
いまは、私自身も地域の中で自分が貢献できることは何でもしたい、という思いでいます。子どもたちがお店を出店する“子どもまつり”を企画したり、対話と食をテーマにした交流会を企画したりもしています。

演劇で心に平和のとりでを築きたい

――劇団バナナとしての、新しい取り組みは?

草野: 2月中旬に福岡市のホールで、劇団史上最大規模の約400人のお客様をお招きし、オリジナル劇「ちゅうもんのおおいB&B」を上演しました。普段、照明やセットもない空間で演じてきた私たちにとっては新たな挑戦でした。夫の故郷が福岡県朝倉市で、年に2回帰省するタイミングで現地でも劇団バナナの劇を上演してきたことが、今回のお話につながったので、本当に継続することの大切さを実感しました。この連載「サステナブルバトン」のバトンを繋いでくださった迫田悠さんとも、昨年夏に福岡で知り合ったんです。朝倉市の廃校を利用した美術館「共星の里」でキュレーターをしている方が、迫田さんと私を引き合わせてくださいました。初対面から迫田さんの作られているアート作品に魅了され、仲良くなりました。

3月には、長野県野沢温泉村にてニューヨークで交流していたアーティストたちと、コンテンポラリーダンスとプロジェクションマッピングをかけ合わせた作品を上演する予定です。これから、さまざまなジャンルのアーティストとコラボレーションしたいと思っているので、いつか迫田さんともご一緒出来たら嬉しいです。

今年2月の福岡公演

――そうした子どもたちと演劇の取り組みを通じて、次の世代に伝えて行きたいこと、草野さんにとってのサステナブルとはどんなことでしょう?

草野: サステナブル、大学時代に国際関係を専攻していた私には、なじみのある言葉でもあります。持続可能という意味でとらえるなら、根本的には学生の頃に学んだ「平和」こそがサステナブルだと思いますね。戦争がないというだけでなく、子どもたちが学びたいものを学べ、自由に表現できる場があること。そして、それを維持できる環境を作ることが大事だなと。

はじめにお話したように、イラク戦争をきっかけに作った「七色夏夢」は、テーマが重く、オリジナル曲が9曲も入った長い作品のため、ずっとお蔵入りになっていました。ですが、昨年2月のウクライナ侵攻を目にし、今こそ争うことの無意味さを訴えるこの作品を次世代に引き継いできたいと、再演を決意したのです。昨年春から「劇団バナナkids演劇創作ラボ」で演劇を学んでいる子どもたちと一緒に、少しづつ稽古を進めているところです。まだ4シーンしかできていないので、最後までやり遂げ、発表したいですね。

小さな子向けの劇団バナナの作品では、道徳的なメッセージを強く発しているわけでありませんが、世の中には違う言語を話す人たちがいて、その人たちも自分たちと同じ人間で一緒に楽しい時間が過ごせるんだよと感じてもらうことが大事だなと思っています。日々の生活から少し視野を広げて、想像力の中で時間と空間をシェアすることで共感が生まれ、それが平和にもつながったらと願います。

ユネスコ憲章の序文に「戦争は人の心の中で生まれるものであるから、人の心の中に平和のとりでを築かなければならない」という文があります。私の関わっている活動の1つひとつが、その“平和のとりで”を築くためのものであればと思っています。キラキラした目で劇を観ている子どもたちの姿からは、そんなことは子どもたちはとっくにわかっているのが明らか。大人の方こそ、そんな子どもたちから学ぼうよ、という気持ちになりますね。

●草野七瀬(くさの・ななせ)さんプロフィール:

秋田県生まれ。学生時代を東京都調布市周辺で過ごす。国際基督教大学在学中に、宅配ミュージカル「劇団虹」を創設。卒業後は、BS-TBSの子ども英語番組「CatChatえいごでFRIENDS DX」の制作などに携わる。2012年、パートナーの転勤でニューヨークに住みはじめたのを機に、「劇団バナナ」を立ち上げる。現在、3人の子どもの育児と劇団運営、地域でのプロジェクトを手掛けつつ、映像作品の脚本の書き方などを改めて学び始めている。

光の演出で包み込む デザイナー迫田悠さんが手掛ける映像空間の魅力 ハンドメイドマルシェで、女性たちと地域の輪をつなぐ齋藤直美さん
ライター×エシカルコンシェルジュ×ヨガ伝播人。出版社やラジオ局勤務などを経てフリーランスに。アーティストをはじめ、“いま輝く人”の魅力を深掘るインタビュー記事を中心に、新譜紹介の連載などエンタメ~ライフスタイル全般で執筆中。取材や文章を通して、エシカルな表現者と社会をつなぐ役に立てたらハッピー♪ ゆるベジ、旅と自然Love
写真家。1982年東京生まれ。東京造形大学卒業後、新聞社などでのアシスタントを経て2009年よりフリーランス。 コマーシャルフォトグラファーとしての仕事のかたわら、都市を主題とした写真作品の制作を続けている。
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