毎日のごはんから感じるしあわせ 菅野のなさんが伝える素朴だからこそ奥深い料理
●サステナブルバトン4-1
「ま、ご、わ、や、さ、し、い」料理のわけ
――オーガニック料理教室「ワクワクワーク」を開いたきっかけから教えていただけますか。
菅野のなさん(以下、菅野): 幼いころからオーガニック食材が身近だったことが大きいですね。管理栄養士だった母は、私が子どものころから有機農家さんの支援をしていて、家には農家さんから届いた大きな有機米の袋などが積んでありました。そうして毎日食べていた有機野菜の料理が実は特別なのだと気づいたのは、大学を卒業してIT企業に就職してからです。本当に忙しくて疲れがどんどん体に溜まり、体調を崩してしまって。食の重要性を改めて感じ、もともと料理をするのが好きだったこともあり、母と一緒にオーガニック料理教室を始めることにしました。
――教室で教えている料理にはどんな特徴がありますか?
菅野: オーガニック料理教室というと難しくとらえられがちですが、お伝えしているのは素朴だけれど食べた後にほっとしたり、しみじみと美味しかったなと思えたりするような滋味深い料理です。私たちの理念である“毎日のごはんからしあわせを感じる”ためには、手が込み過ぎていたり、レシピや材料が複雑だったりすると続けられませんよね。どこでも手に入りやすいものを使ったシンプルで丁寧な料理をお伝えしています。
受講する方も幅広く、献立の立て方が分からないという料理初心者の方もいれば、ご家族のごはんづくりに疲れてしまって自分の食がおろそかになっているお母さんもいます。お子さんたちが巣立ってしまい、夫と二人暮らしで料理を作る気力が沸いてこないという方も。約半年かけて受講するコースでは、最初のころは野菜の出汁だけで作ったスープを塩気がなく「物足りない」と感じた人も、回を重ねるごとに調味料がなくても野菜本来の旨味が分かるようになります。コンビニやファストフードなどの食べ物は塩気や甘味などが強いので、食べてすぐに美味しいと感じられます。料理教室ではじっくり味わうとしみじみおいしさが感じられるような味を目指しています。素材そのものを味わうことで、繊細な味覚を取り戻せるようになるんです。
――近年、おうち時間が増え健康志向も高まり、身体や環境にやさしい食へ関心を寄せる人は増えていますよね。教室でも教えていらっしゃる気軽に取り組めるヒントとは?
菅野: 食品研究家で医学博士の吉村裕之先生が提唱する“まごわやさしい”は実践しやすいと思います。ま=まめ、ご=ごま、わ=わかめ(海藻)、や=野菜、さ=さかな、し=しいたけ(キノコ類)、い=いも類を摂るとバランスの良い食事になるというものです。ごまとじゃこのおにぎりに、海藻やキノコ、野菜の入った具沢山のお味噌汁があれば、ほとんどが揃いますよね。
常備菜を上手く活用すると時短に繋がります。おかずというときんぴらやひじきの煮物などが定番に思い浮かびますが、キャロットラペや蒸した野菜や塩もみした野菜といった仕込みが簡単なおかずを、普段の1.5倍程度の量を作るだけでも常備菜になります。手軽に常備菜が作れるうえ、食材を余らせず使い切ることにもつながります。
コロナ禍で立ち上げた「おにぎりキャラバン」
――コロナ禍でも食育の大切さを伝えようと、「おにぎりキャラバン」を始めましたね。農林水産省・消費者庁・環境省連携「あふの環プロジェクト」が主催する「サステナアワード2020伝えたい日本の“サステナブル”AgVentureLab賞」を受賞しています。
菅野: はい、これはコロナ禍のステイホームの期間に生まれました。どこにも出かけられず、お子さんと四六時中家の中で過ごすことになった保護者は、私もそうでしたが、食事の準備が大変になりましたよね。そんな時、やはり子育て中のスタッフと、「お昼ご飯を我々と子どもたちが一緒に作ったら喜ばれるのではないか」という話になり、週1回、おにぎりのにぎり方を伝えながらおにぎりにまつわるクイズなどを出す、無料のオンライン料理教室を開くことにしました。作ったおにぎりはそのままお昼ごはんになるので、親としては1食作らずに済むという点も好評でした。次第に、一緒に暮らすおばあちゃんもお話に加わってくれたりして、おにぎりの輪が多世代に広がっていきました。今も月1回開催し、海外の方とも交流しています。
――対象は子どもたちに加え、他の世代にも広がっているのですね。
菅野: 最近は、企業が福利厚生の一環として「ワクワクワーク」のオンライン教室を導入してくださる例も増えています。なかには、今まで1度もおにぎりをにぎったことがないという50代男性もいて、「1回目はうまくいかなかったけど、今回は上手ににぎれた」と、とてもうれしそうに話してくれたことも。
外食やインスタントな味の強い食事を摂りがちな多忙な人ほど、それが身体によくないことは薄々感じていると思うんです。料理や食にあまり関心が高くない人にも参加していただけるようになった今こそ、滋味深い料理を毎日いただくことは10年後、20年後のご自分にとって良いことなのだと広く伝えていきたいですね。
――そうした料理や食育の考え方を伝えていく講師の育成にも力を入れています。
菅野: 滋味深く体にも良い、食べてしあわせになれる料理を広めるのには、母と私だけでは限界があると感じ、2015年から講師養成講座をはじめました。IT企業でコンテンツ制作をしていた経験を活かし講座内容を考案。伝えたい思いや技術をきちんと伝え、習得してもらえるよう、試験の時は例えば焼き菓子の焼き色や食べた時の食感などまで、細かくチェックしています。今では200名以上の講師が、全国で活躍してくれています。
何を選び、どう買い、どう生きていくか
――環境にも身体にもやさしい持続可能な食への取り組みが評価されて、2019年に「かながわSDGsパートナー」に登録されています。
菅野: 開講以来、私たちが日常的に行ってきたことが評価していただけたと感じ、嬉しく思っています。SDGs(持続可能な開発目標)が掲げる未来と、「ワクワクワーク」が大事にしたい思いの根っこは同じだと感じるので、登録をきっかけに教室で何を伝えられるかを改めて考える機会にもなりました。
私たちは、「食べものを大事にする」「食べるしあわせ」「未来への負担を減らす」の3つを特に大事にすることにしました。発信するのは、食べきることの大切さや冷蔵庫の中身を確かめてものを余らせない、捨てない工夫など、これまでも料理教室で伝えてきたことですが、より皆さんに分かりやすく伝えたいですね。
――具体的には、どんな活動がSDGsのアクションにつながっているとお考えですか?
菅野: 「食品ロスへの対応」、「食の研究」、「ひとり親家庭支援」の3つがあります。食品ロスは、買い過ぎや過剰除去を止めることでかなり減らせると思います。野菜の皮むきやヘタ取りなど、何となく続けている人も多いと思いますが、「ワクワクワーク」では、人参や大根などの野菜の皮をむかずに調理する方法を伝えています。皮付近は栄養も豊富なので、捨ててしまうのはもったいないですよね。しかも、ごみも減らせるのでいい事尽くめです。
2021年からは「食育研究ラボラトリー」を立ち上げ、今年は「料理することの意味や意義」についての研究もしています。また、たとえば、「持続可能な農業の追求」や「母と母でつながる家庭の味」など、認定講師の皆さんの関心事を深堀りしてもらい、発表する場も設けています。他の団体などの協力も得ながら、誰かと一緒に料理をしたり、食卓を囲んだり、片づけたりする一連の流れの中で得られる幸せを、様々なデータで示せるようにしたいですね。
ひとり親家庭への支援も、認定講師との会話から立ち上がったアクションです。「物的支援だけでなく、料理教室だからできることを」と考え、お子さん向けのオンライン料理教室を思いつきました。1回目はおにぎり、2回目は炊き込みご飯やお味噌汁づくり、3回目はお鍋でご飯を炊くことに挑戦しました。回を追うごとに子どもたちはめきめき上達していくんです。東京都足立区と熊本県で実施し、手ごたえを感じたのでさらに広めていきたいです。
――活動の内容がどんどん広がっていますね。
菅野: 今回、この連載「サステナブルバトン」のバトンをつないでくださったポラリスの市川望美さんとはそもそも、2017年の国際女性デーに母で起業家のママプレナーが登壇するイベントでご一緒したのがご縁の始まり。多様性のある働き方の創出について真剣に取り組む姿勢や、起業家の先輩として尊敬しています。私たちも認定講師の皆さんやスタッフに自分らしい働き方をしてもらいたいと思っており、刺激もいただいています。そんな憧れの人からバトンが回ってきたので有り難く、喜んでいます。
2019年には神奈川・武蔵小杉でプラスチックフリーの「よっといでマルシェ」を主催しました。オーガニックの農家や地域の人気店などに出店してもらい、ごみや食品ロス問題に関するワークショップなども開きました。超えるべきハードルが多く当時は苦労しましたが、今では「あのマルシェができたのだから、きっとこれもできる」という原動力になっています。
――では、最後に菅野さんにとってサステナブルとは?
菅野: 持続可能な豊かな生活とはなにか…と考えたとき、結局は何を選び、どう買い、どう生きていくかということになるのかなと思います。自分が選んだものは持続可能なものか、いま食べようとしているものは本当に食べたいものなのか。それをきちんと自分で選び取ることは、お金がたくさんあるという物質的な豊かさとは違う、心の豊かさにつながるのではないでしょうか。
たとえば、その時期にしか出会えない旬のものを美味しくいただくことで幸せな気持ちになれたりしますよね。手をかけたシンプルだけど滋味深い料理を食べ続けることが、結局は自分にも環境にもやさしくサステナブルなのかなと。何でも手軽に手に入る世の中だからこそ、家で作って食べるという素朴な幸せを安易に手放さない、そんな未来を作っていけたらいいですね。
●菅野のな(すがの・のな)さんのプロフィール
1979年生まれ、神奈川県出身。東京造形大学デザイン学科卒業後、ITベンチャー企業に入社。独立して起業する人も多く、ここでの経験も踏まえて2007年、管理栄養士の母親とともにオーガニック料理教室「ワクワクワーク」を設立。2015年より講師養成講座を開き、現在までに約200名が同教室の認定講師として活動している。「卵・乳製品なしでもおいしい 今日も手作りおやつをひとつ。」(朝日新聞出版)「はじめての常備菜」「みんなで食べたい時短おやつ」(すべて辰巳出版)など、著書も多数。2人の小中学生の母。
- ■サステナブルバトン4
#01 毎日のごはんから感じるしあわせ 菅野のなさんが伝える素朴だからこそ奥深い料理
- ■サステナブルバトン3
#01「”賞味期限”から解放されよう」食品ロス問題ジャーナリスト井出留美さん
#02 アフリカのバナナペーパーで環境と貧困対策を実践 エクベリ聡子さん
#03「AFRIKA ROSE」萩生田愛さん ケニアのバラが紡ぐフェアトレードの絆
#04 「10着のうち1着はサステイナブルに」。スローファッションを提案する「Enter the E」植月友美さん
#05ソーシャルオーディター・青沼愛さん 「ラナ・プラザの悲劇」を繰り返さないために
#06 350年続く老舗酒蔵に生まれ、酒の飲めない寺田聡美さん 酒粕で発酵食品作り
#07 てぬぐいカフェから盆踊りまで 瀬能笛里子さんが鎌倉で実践する”和の豊かな暮らし”
#08古着物を「野良着」にアップサイクル 日常生活に採り入れ、魅力を発信 鈴木早織さん
#09ハンドメイドマルシェで、女性たちと地域の輪をつなぐ齋藤直美さん
#10光の演出で包み込む デザイナー迫田悠さんが手掛ける映像空間の魅力
#11子ども向けバイリンガル劇団を主宰する草野七瀬さん。国籍も言語も越え自由で平和な表現空間を
#12柔軟な働き方を選べる社会を目指すPolaris市川望美さん。「シゴト軸のコミュニティ」も構築
- ■サステナブルバトン2
#01留学で気づいた「ファッションを通した社会貢献」。徳島県上勝町でゼロ・ウェイストに取り組む、大塚桃奈さんの新たな挑戦とは
#02「“エシカル”という言葉を使うことで、抜け落ちてしまう何かがある」コミュニティ・コーディネーター松丸里歩さんが考えるエシカルのかたち
#03「サトウキビストローを販売するだけでなく、回収し堆肥化までが本質」4Nature代表・平間亮太さんが取り組む、人と人とのエシカルなつながり
#04「エシカルを押し出すのではなく、コーヒーショップとしてできることを考えたい」オニバスコーヒー坂尾篤史さんが考える、エシカルの本質
#05 旅する料理人・三上奈緒さん「旅する理由は自然の中に。答えは自然が教えてくれる」
#06「自然はとても複雑で答えはひとつではない」アーティスト勅使河原香苗さんが自然から学んだこと
#07「サーキュラエコノミーとは心地よさ」fog代表・大山貴子さんが考える、循環型社会とは
#08「関わるものに、誠実に素直に対応できているか」株式会社起点代表・酒井悠太さんが福島県でオーガニックコットンを栽培する理由
#09 英国発のコスメティクス「LUSH」バイヤー・黒澤千絵実さんが魅了された「美しい原材料」の考え方
#10「心地よい空間は、他者を思いやることから」。ダウン症の人の感性を発信し、居場所作りを進める佐藤よし子さん
#11森を豊かに、自分も心地よく。森林ディレクター奥田 悠史さんが描く森の未来図
#12 ハチドリ電力の小野悠希さん「一人が出来ることは決して小さくない」地球温暖化を止めるため「最も大きなこと」に挑戦
- ■サステナブルバトン1
#01 「消えゆく氷河を前に、未来のために今日の私にできることを考えた」エシカル協会代表・末吉里花さん
#02 「ファストファッションは悪者? そうじゃないと知って、見える世界が広がった」エシカルファッションプランナー・鎌田安里紗さん
#03 「薬剤やシャンプーはすべて自然由来。体を壊して気づいた、自然体な生き方」ヴィーガンビューティーサロン美容師・中島潮里さん
#04「“地球に優しい”は、自分に優しいということ」エシカルコーディネーター・エバンズ亜莉沙さん
#05「花屋で捨てられていく花たちを、どうにかして救いたかった」フラワーサイクリスト・河島春佳さん
#06「花の命を着る下着。素肌で感じるサステナブルの新しいかたち」草木染めランジェリーデザイナー小森優美さん
#07「家庭科で学ぶエシカル。サステナブルな未来は“やってみる”から始まる」高校教諭・葭内ありささん
#08「ふぞろい野菜、瓶に詰めたらごちそうに。自然とつながる“おいしい”の作り方」ファームキャニング代表・西村千恵さん
#09「世界を9周して気づいた、子どもを育てる地域コミュニティーの大切さ」一般社団法人「そっか」共同代表・小野寺愛さん
#10「エシカルとは“つながっていること”。人生の先輩たちの生活の知恵を残していきたい」一般社団法人はっぷ代表・大橋マキさん
#11「庭で見つけた“発見”を作品に」変化し続けるアーティストasatte羽田麻子さん
#12「自分で自分を幸せにしてほしい」TOKOさんが考えるヨガとエシカルの関係
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第72回柔軟な働き方を選べる社会を目指すPolaris市川望美さん。「シゴト軸の
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第73回「ランジェリーク」のランジェリーから始める、セルフケアのすすめ
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第74回毎日のごはんから感じるしあわせ 菅野のなさんが伝える素朴だからこそ奥深い
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第75回“エシカル”がリアルに見えて、気分が上がるセレクトショップ「style
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第76回長く愛せて顔が見える服づくり 会津木綿で受注生産を続ける山崎ナナさん